第四話 到着
SIDE:カイト
「ねえ、本当に大丈夫なのか?」
「だから大丈夫だって言っているでしょ。それに、ここまで来て、今更私に帰れとか言うの?」
「そういうわけじゃないけど……」
自分でもしつこいのはわかっている。
王国を出てから、何回エレーヌに聞いたかわからないもん。
けど、心配でつい……。
「心配してくれてありがとう。でも、ここが頑張り時だから、ね?」
「……わかった」
「ありがとう」
エレーヌは本当に凄いな。
絶対、大変なはずなのに……こうして平気な顔で俺の気遣いまでできるなんて。
俺も頑張らないと……。三国会議、絶対エレーヌに無理をさせないぞ。
「それにしても……本当に帝国西部は廃れているわね。あの馬鹿たちは、本当にこれを手に入れたら王国が潤うと思っているのかしらね?」
そう言うエレーヌは、窓からもう何年も手を加えられていないことが見て取れる荒れた畑を眺めていた。
確かに、こんな土地を手に入れても、王国は利益が手元に入ってくる前の損失で国が破綻してしまうだろう。
ダンジョンもないから魔石の供給源にすることも出来ないし……。どう考えても、王国にとって、ここは宝になり得ない土地だ。
「あいつらは、土地と人さえあれば勝手に金が湧いてくると本気で思っているからね。仕方ないよ」
だって、毎日食って遊んで寝ているような生活をしているような奴らだぜ? 頭も良くないし、世間知らずなのは間違いないだろ。
「そんな奴らが国を動かしているんだから、全くもって仕方なくないわ」
「そうだね。はあ……数少ない真面目な人も俺とエレーヌ以外にアーロンさんと将軍になっちゃったからな……」
「ゲルトが心配?」
「そりゃあね。奴隷にされて、寝ずに働かされているんだよ?」
レオからゲルトさんが返還されたと思ったら、ゲルトさんは奴隷にされてしまった。
理由は、客人であるレオたちを自分の魔法具で殺そうとしたから。命令したのは、国王たちだ。
ゲルトが責められるのは、おかしい。
「でも、自業自得な気もするわ。結局、人を裏切るってことはそういうことなのよ」
「そうだけど……」
ゲルトさんは帝国を裏切り、前の主も裏切って王国に逃げて来た。
その間に、たくさんの人を殺したらしい。
それは、とても許されないし、人の信用を失っても仕方ない行為だ。
でも……俺の知っているゲルトさんは、優しくて頼りになる人だった。
「もう一度だけ会って……本当はどんな人だったのか、知りたいな」
ゲルトさんが本当はどんな人なのか、自分の目で確かめたいな。
だって、俺の知っているゲルトさんは優しくて頼りがいのある人だったんだから。
「もうすぐ目的地に到着いたします。あちらに見えますのが、ミュルディーン領になります」
しばらくお互いに話さず、馬車に揺られていると窓から騎士の報告が飛んできた。
「あ、見えたわ! ほら、あそこ」
エレーヌに急かされ、指が向いている方向に目を向けた。
すると……とんでもなく大きな街、いや都市が見えた。
帝都じゃないのか? などと疑いたくなってしまう。
「随分と立派な城壁ね……」
「恐ろしいな」
果たして、俺たちはこの大きな壁を突破できるのか……。
「あれがミュルディーン城……あんな立派な城だったのね」
壁の中に入ると、すぐにレオの城が見えた。
あれ……本当にレオの城なのか? 下手したら、王城よりも大きい気がするぞ……。
「この街がどれだけ栄えているかを象徴しているな」
あんな物を建てられる余裕がこの街にはあるってことだ。
そんなことを思いながら、人が溢れた街並みを眺めていた。
「王都よりも活気があるもんね……。聞いた? ここの土地、店一つ建てるのに、王都で立派な屋敷が建てられるくらい高いんだって」
これだけ人がいればね……。どんな商売も上手くいきそうだもん。
逆に、今の王国は落ち目で、新しくあそこで商売を始めようと思う人はいないだろう。
「凄いな……。確かに、この街を手に入れられれば、王国の財政なんてどうにでもなってしまいそうだね」
「手に入れられればだけどな……」
国王は、この街を見てどう思ったのだろうか?
少しでも考える頭があれば、自分たちの力でここを手に入れることは出来ないことはわかるはずなんだけどな……。
まあ、そんな国王だったら、ここまで苦労することはないか。
「ようこそミュルディーン領に。私がこの街の領主、レオンス・ミュルディーンでございます」
城に到着すると、レオとシェリー、リーナ、あとは……皇帝と皇太子? が出迎えてくれた。
「ふむ。良い街を持っているな」
「ありがとうございます。さて、こちらが皇帝陛下、その隣におられますのがクリフィス殿下となっております」
やっぱりそうだったか。
どちらも、うちの王様の数倍頭が回りそうだな。
「これから短い間だが、よろしく頼む」
「こちらこそ」
国王と皇帝が交わした言葉はそれだけだった。
まあ、会話なんてしたら馬鹿が露呈するから良いか。
SIDE:レオンス
出迎えが終わり、それぞれ部屋に案内が終わった後、俺はカイトとエレーヌを自分の部屋に招待した。
「二人とも久しぶり、元気にしてた?」
「俺は見ての通り元気だ」
「私も元気よ」
「ふふ、あとどのくらいで産まれてくる予定なの?」
「あと二、三ヶ月後って言われたわ」
シェリーの質問に、エレーヌがお腹に手を当てながらニッコリと笑いながら教えてくれた。
まさか、ここまでお腹が大きいのに来てしまうとは。
それだけ、三国会議に立ち会いたかったということなのだろう。
「ねえねえ。触ってもいい?」
「良いわよ。ほら、手を出して」
「わあ。なんか緊張する……」
「王国、今はどんな状況なんだ?」
シェリーがエレーヌのお腹を触らせて貰っている間、俺はひそひそ声でカイトに話しかけた。
こうして堂々と会える機会は、三国会議が始まってしまえばそうそうないからな。
聞いておきたいことは、今聞くしかない。
「は? お前なら全て知っているだろ?」
「まあ、そうだけど。外からと中からじゃあ、何か新しい発見があるかもしれないだろ?」
「はあ……。特に変わらないと思うぞ。強いて言えば、俺とエレーヌに対しての風当たりがあの結婚式から弱くなったことが疑問だな。特に、宰相の派閥が足の引っ張り合いをやめて、戦争の準備を必死にやっているのが意味不明だ」
やっぱりそうか……。
「俺もそれが知りたくて聞いたんだけど、本人たちも理由がわからないのか。なんか、気持ち悪いな。あいつら、何を企んでいるんだ?」
エレーヌが王になっても構わないってことか?
それとも、戦争を目前にして、内輪揉めをしている場合ではないことにようやく気がついた?
うん……情報が少なすぎてわからないな。
エレーヌなら、何か感づいているか?
「おい、エレーヌには聞くなよ? ただでさえ、お腹の子と今回の会議のことで気持ちが限界まで張り詰めている」
「ごめん。わかったよ」
まあ、たぶん知っていたら何かしているだろうし、聞く必要はないか。
「本当に頼むぞ……」
相変わらず、しつこい男だな。
「それにしても……カイトが父親か」
まだ、あの子供魔王と戦った時からそんなに時間が経っていかないんだけどな。
「この国では、十代で子供がいても普通だからな。貴族だと二十代で結婚していない奴は、行き遅れって言われるくらいだし。てか、成人したレオももうすぐ結婚だろ?」
「そうだね。シェリーの誕生日に合わせて結婚になるかな」
子供も、他の四人が急かしてくるだろうし……もしかしたら、来年には俺も父親になっているかも。
確かに、俺も人のことは言えないな。
「その時は、結婚式に是非とも呼んでくれ」
「呼べることが出来たら良いな」
これから、王国と帝国の関係がどうなるかはわからない。
シェリーの誕生日までに戦争が始まっていないかもしれないし、もしかしたら終わっているかもしれない。
「その為に……明日から頑張るんだろ?」
「わあ! 今お腹が動いた気がします!」
「嘘!? 私ももう一回触ってみる!」
「ちょっと二人とも、くすぐったいわ!」
目線を少し動かすと、お互いの守らないといけない三人が仲良くしている姿が視界に入ってきた。
「うん。そうだね。お互い、大切なもののためにに頑張るか」
あの三人の笑顔を壊さない為にも、俺たちが頑張るべきだな。