第三話 平和的解決
SIDE:ガエル
「やってしまった……私はとんでもないことをしてしまった。いくら焦りがあったとしても……」
一夜過ぎ、私は自室で頭を抱えていた。
友好を深めようと一番に到着したにも関わらず、昨日の自分がしたことは真逆であったからだ。
利益があれば頷くと思って強気に出たが……対価の交渉すらせずに断られてしまったからな。
まさか、レオンス殿ほどの男が愛などという戯れ言にとらわれているわけではあるまい。
教国が内輪揉めしている方が、これから王国と戦争をしないといけない帝国からしたら都合が良いのだろうよ。
「過ぎたことを悔やんでいても仕方ありません。次の手を考えましょう」
老いた声に顔を上げると、参謀のブルーノが部屋に入ってきていた。
「そうは言うが……お前に何か案があるのか?」
「そうですね……。ここは、待つべきではないでしょうか? 今のレオンス様は、きっと何を言っても首を縦に振りませんでしょう」
「待つ? 待って何になるというのだ? あの二人が結婚してしまえば、聖女にすることは出来ないんだぞ?」
「わかっております……。ですが、ここで帝国との関係をこれ以上悪化させてしまえば、本末転倒です。レオンス様と完全に敵対してしまえば、派閥での立場が危うく成りかねません」
「それもそうだが……聖女がいなければ私が教皇になるのは難しいぞ……」
くそ。どうすれば良いんだ。
「ガエル様、焦りすぎです。次の戦争が終われば、政局は帝国派有利になるのですから」
「もともと王国派など眼中にない。敵は、教皇子飼いの中立派と同じ帝国派の奴らだよ。今は、王国派という敵がいるから纏まっていられるが、王国派が弱体化してみろ。身内で争うのは目に見えているだろ?」
教皇はまだまだ元気だ。まだ十年は退位することはないだろう。
十年、十年もあれば、何があるかわからないのだ。
「そうですね……。ですが、リアーナ様が教国に戻らないとしたら、どちらにしてもレリア様が教国一の聖魔法使いになります。結局は、レリア様を聖女にすることで落ち着くのではないでしょうか?」
「いや、そんなことはない。レリアは、他と比べて圧倒的な差があるわけではない。いつ追い越されるかわからないのだよ」
十年もあれば若い者に抜かされるだろうよ。
それをわかっているから、今こぞって貴族は優秀な家庭教師を雇っているのだ。
「なら、レオンス様に頼ってみてはいかがでしょうか?」
「はあ、相変わらずお前は回りくどい男だな。俺に何をレオンス殿に頼ませたい?」
ブルーノはいつもこうだ。助言をするときは、わざと私を試すような提案を何個か先に出す。
優秀でなければ即刻解任してやるんだが……過去何度ブルーノに助けられたかわからないから仕方ない。
「この期間中、いえ、これから半年程レオンス様にレリア様を預けてみてはいかがでしょうか?」
はあ、また意図が読めない提案だな。
「預けてどうする? 色仕掛けでもさせるのか?」
「まさか。魔法の極意を教わるのですよ」
「魔法の極意?」
「ええ。なんでも、フォースター家と先代の聖女にしか伝わっていない特別な技法のようです」
「なるほど……フォースター家や聖女が最強と名高いのもそれが一つの要因か」
「そうですね」
「だが、国の奴らにはどうやって納得させる? 半年も聖女が不在なのは流石に許されないだろう?」
それこそ、フォンテーヌ家に批判殺到だろう。聖女を個人利用するなとな。
「帝国での布教活動とでも言っておけば良いのでは? 布教活動と言われてしまえば、表だって批判する貴族もいないでしょう」
なるほど、歴代聖女も他国での布教活動を行っている。
確かに、あいつらも聖女の役目なら個人的な利用には当たらないか。
「わかった。その方向で、教会に手紙を書いておくとしよう」
「はい。お願いします」
「で、レオンスはその極意を教えてくれると思うか?」
国内を納得させるより、レオンス殿に許可を貰う方が難しいはずだ。
なんせレリアに魔法の極意を教えたところで、レオンス殿に一切利益はない。
むしろ、私が力を得てしまうことは教国の安定につながり、レオンス殿にとって不利益になるだろう。
「必ず教えてくださるでしょう」
「必ずだと?」
どこからそんな自信が出てくる?
「はい。まず、レリア様を帝国に派遣していることで、教国からも攻められる心配が無くなります。あと、彼はリアーナ様を助ける為なら、これくらいのことは引き受けてくださると思いますよ。レオンス様は、リアーナ様をそれほど愛しているはずですから」
愛だと?
「……本気で言っているのか?」
「ええ。本気です」
「まさか……そんな甘い奴がここまで大きくなれるはずがない」
私がここまでフォンテーヌ家を大きくするため、あれだけ非情になってきたというのに……。
「確かに、常人にはこの甘さは致命的でしょう」
「彼は常人ではないから問題無いと?」
「ええ。彼にはダンジョンを踏破した力があり、皇女と婚約することで権力を手にし、世界一の富豪と婚約することで富を得ています。そして何より、これだけのことを若くして成し遂げることを可能とした頭脳がある。とても、常人とは思えません」
ブルーノの言う通りだろう。レオンス殿は天才。私は常人。だから、私は手段を選べない。
「はあ。とすると、あとはレリア次第か」
レオンス殿が了承するとして、後はレリアが魔法の極意を取得出来るかだけが気がかりだな。
「レリア様を信じましょう」
SIDE:レオンス
「できる参謀がいるんだな。最初からこの提案をしなかったのは、リーナを手に入れることが出来ればそれに越したことはないってところか」
「上手く当主を操れていますね。ガエルさんも優秀なのかもしれませんが、どちらかというと参謀の存在が大きいのかもしれませんね。それで、魔力操作をレリアさんに教えてあげるのですか?」
今日はエルシーとモニターを見ていた。
シェリーとリーナはレリアさんとお茶会中だ。
「リーナの誘拐とか警戒しなくて済むなら、それくらい喜んで受け入れるよ」
情に弱いとか言われたけど、俺はそこまでして大きくなりたいとは思わないからな。
「そうですね。それにしても、無事に平和的な解決で終わりそうで良かったです」
まったくその通りだよ。
「もし、教国とも敵対しないといけなくなったら……とか考えていたら昨日はほとんど眠れなかったよ」
「そうだったのですね。それで、昨夜はずっとベルさんとイチャイチャしていたのですか?」
「イチャイチャというか……添い寝だけどな。あと、リーナもいたよ」
昨日は寝られなかったからベルを誘って、横になりながら少し話をしていたら、同じく寝られなかったリーナが部屋にやってきて……そのまま三人で寝た。
イチャイチャじゃないよ。うん。
「あら、リーナさんまで? 気がつきませんでした。よくシェリーさんが許しましたね」
リーナが部屋に来たのは夜中だったからね。
寝室を監視しているエルシーもあの時間は流石に寝ていたんだろう。
「レオンス様、ガエル様がいらっしゃいました」
お、来たか。
「了解。エルシーも同席する?」
「聞いているだけで良いなら……」
エルシーの了承を得て、ガエルを部屋に案内した。
「大変申し訳ございませんでした。昨日の無礼な私の物言い、どうかお許しください」
部屋に入るなり、ガエルが土下座までしそうな勢いで謝ってきた。
「いえ。フォンテーヌ家も色々と大変でしょうから、あれくらい気にしていません」
こんな簡単に許すのも普通ならおかしい気もするけど、ここで許さないと話が進まないからな。
不自然でも、さっさと許してしまおう。
「あ、ありがとうございます……」
「それで、今日はどのような件で?」
「リーナを教国に返還の件、撤回させてください」
「本当ですか!?」
わざとらしいか? いや、昨日あれだけ拒否していたんだから、これくらいの反応で良いか。
演技って難しいな。
「その代わり、レリアに魔法の極意を教えて頂けませんでしょうか?」
「魔法の極意……とは?」
「おとぼけにならないでください。先代の聖女様やフォースター家にしか使えない魔法の極意があるはずです」
そういえば、魔力操作って極意なのか? どっちかというと初歩なんだけどな。
まあ、そんな指摘をしても仕方ないんだけど。
「わかりました。良いですよ。ただ……レリア様はもう成人間際。取得できるかはわかりません。出来なかったとしても、私たちを責めないとお約束できますか?」
たぶん半年もあれば大丈夫だと思うけど、魔力の成長は小さければ小さいほど良いらしいからな。
もしダメだった時のために、保険はかけておかないと。
「え? 年齢が関係しているのですか?」
「一応。フォースター家にいた頃、私は初等学校に入る前には魔法の鍛錬をしておりましたので」
「そうですか……。わかりました。取得できなかったとしても、私たちは何も言いません。ですから、どうかお願いします。引き受けて頂けるなら、金貨五箱出しますので」
五箱とは、金貨が百枚入った箱を五箱ということだ。教国には白金貨がないから、こういう単位でやり取りするらしい。
ちなみに、教国金貨五百枚はだいたい三~五億円くらいかな。白金貨がない分、教国は金貨の価値が高めに設定されている。
「わかりました。出来る限り頑張ってみましょう」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。これからもよろしくお願いしますね」
「もちろんですとも!」
交渉成立。ふう、さっさと解決出来て良かった。
長引きそうな予感がしたんだけどな~。参謀が優秀で良かった。
よし。あとは三国会議だ!
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