第二話 はじめの来訪者
翌日、夕方頃に予定通りフォンテーヌ家がミュルディーンに到着した。
父さんか、父さんより少し年上くらいの男と俺と同じくらいの女の子が馬車から降りてきた。
「はじめまして。フォンテーヌ家当主ガエル。レオンス殿、これから三国会議が終わるまでどうぞよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
「それと、娘のレリアです」
「レオンス様、これからよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。それじゃあこちらも……僕の婚約者であるシェリアとリアーナです」
「シェリア様にリアーナさん、これからよろしくお願いしますね」
「「よろしくお願いします」」
「それでは長旅でお疲れだと思いますので、中にお入りください」
一通り自己紹介が終わったところで、二人を中に案内した。
そして、それから二人に滞在して貰う予定の部屋を案内し、レリアさんはシェリーとリーナで旅の汗を流しに風呂へ向かい、その間ガエルさんと俺は少し話すことになった。
「レオンス殿、昨日成人したと聞いたのですが……申し訳ございません。先ほどその事実を知ったもので、祝いの品を用意することが出来ませんでした」
そう言いながら渡された手土産もそこそこ高そうな彫刻品だった。
まあ、粗品ですがって感じかな。
「いえいえ。そんな、お気になさらず。と言っても、まだ僕は正式に成人したわけではないのですがね」
「ああ、そうだったのですか? それでは、いつ頃成人する予定で?」
「三国会議が終わって……落ち着いた頃にでも、と考えています。たぶん、結婚式と合わせて行うことになるはずです」
「そうだったのですか……。それでは、時期を見計らって祝いの品を贈らせて頂きます」
「ありがとうございます」
うん……今のところ何かぶっ込んできそうな雰囲気は無さそうだな。
まあ、流石に初日で何か大きなことを言うはずもないか。
三国会議までまだまだ時間はあるしね。
「それにしても、レオンス殿はとても私の娘たちと同じ年には見えませんね」
「そうですか? あ、レリアさんも今年で成人なのですね」
「はい。レリアは双子の妹でして、ボードレール家に嫁いだ長女のアリーンと同じく三ヶ月後に十六になります」
「あ、そういえば双子でしたね。ボードレール家の次期当主とは小さい頃からの友人でして、たまにアリーンさんの話を聞かせて貰いますよ」
「そうですか。アリーンはフランク殿との関係は良好そうでしょうか?」
「はい。話を聞く限り、良好だと思いますよ」
ジョゼとも上手くいっているみたいだし、三人で仲良く魔法学校で楽しんでいるみたいだ。
忙しくなかったら、フランクの成人パーティーで会いたかったんだけどな~。
まさか、皇帝が到着する日に領主が領地にいないわけにもいかないし。
くそ……絶対、結婚パーティーには参加するぞ。
「それは良かった。アリーンは、妹のレリアに劣等感を抱いていて、教国にいた頃は人と会うのを拒んでいて社交慣れしていなく、とても心配だったのです」
へえ。まあ、フランクが相手ならその辺大丈夫だろう。
事実、フランクは仲良くなれたわけだし。
「そうでしたか。やっぱり、アリーンさんの劣等感というのは、レリアさんが聖女になったことですか?」
「まあ、そうですね。双子ですと、見た目はほとんど同じですから……どうしても普通の姉妹よりも比べられてしまうのですよ」
なるほどね。確かに、双子だとその辺大変だろうな。
うちの兄弟は、皆優秀だから特に何か言われることはなかったけど、俺が創造魔法に目覚めなかったら、同じような扱いを受けていたのかもな。
「そうだったのですか……。でも、今は帝国で楽しく暮らせているようで、良かったですね」
フランクと結婚出来るなら、結果オーライなはずだ。
「そうですね」
SIDE:リアーナ
夕食前にレリアさんの汗を流そうとお風呂に来ました。
「わあ~立派な浴場ですね。シェリア様たちは毎日ここに入っているのですか?」
「はい。基本的に毎日入っていますね」
贅沢なのはわかっていますが、毎日入ってしまうのです。
教国で自給自足の生活をしていたとは、とても思えないですね。
「流石、今世界で一番勢いのあるミュルディーン家ですね」
「ふふ。と言っても、フォンテーヌ家も教国では今一番勢いがあるんじゃないの?」
ですよね。次期教皇になるのですから。
「そうですかね? 確かに、次の教皇にはお父様がなりそうですが……まだまだ敵も強いですよ?」
「そうなのですか?」
うん……王国派に対抗できる家はありましたっけ?
小さい頃の記憶と、おばあちゃんに聞いたことだけだから、しっかりとは覚えられていないんですよね……。
「はい。お父様が教皇になれる大きな要因は、私が聖女に任命されたからですね。でも、私なんかより、国から追い出された本当の聖女様やその孫のリアーナさんに比べたら私の力は劣っていますからね。私を聖女として認めない人が王国派だけでなく仲間の帝国派にもいるのですよ。」
なるほど、帝国派も完全に纏まっているわけではないってことですね。
それなら納得です。
「だから、まだレリアさんのお父様が教皇になれるとは限らないと?」
「はい。だから、お父様はレオンス様に何か頼みごとをする予定だと言っていました。これが成功すれば、フォンテーヌ家は安泰だと」
「だとするとちょうど今、レオは何か頼まれているのかな?」
頼み事……何でしょうか?
資金援助? それとも、何かレオ様の技術を使いたいとか?
SIDE:レオンス
「実は、レオンス様に頼みたいことがございまして……」
ん? 頼み事?
しばらく世間話を続けていると、急にガエルさんがぶっ込んできた。
今日はぶっ込んでこないと思っていたんだけどな。
「頼み事とは、何でしょうか?」
絶対、めんどうなことを頼んでくるんだろうな……。
「私の姪であるリアーナを返して貰えないでしょうか?」
はい?
「……返す?」
しばらく何を言われたのかわからなかった。
いや、今も何を言われたのかよくわかってないんだけど。
「はい。元々、リアーナはフォンテーヌ家の人間です。彼女は教国で暮らすべきなのです」
いや、そんな自信満々に言われても……。
こいつ、本気で言っているのか?
「……教国が追放したのですよね?」
「それは、前代の聖女だけです。孫のリアーナには何の罪もございません」
そうだったけ? かなり前のことだから声明文は忘れたけど、リーナも含めていなかったか?
まあ、そんな事実はこの人にとって簡単に変えられることなんだろうけど。
「でも、リアーナは僕と結婚するんですよ?」
「申し訳ございません。その分、迷惑料をしっかり払いますので……。それと、代わりにレリアを差し出します」
「は?」
と言ってみたが、なんとなくこいつの意図がわかった。
リーナをレリアの代わりにするんだ。
当初は、聖女とリーナがいなくなれば自分の思い通りになると思ったのかな?
でも、前聖女を支持する貴族たちが思っていたよりも多かったのだろう。
で、困ったこいつはリーナを聖女にして、誰にも文句を言われないようにしようって魂胆に至ったわけか。
「ですから、リアーナを返して頂けるなら、レリアを好きにして貰って構いません。教国一の美女と言われておりますから、さぞレオンス様もお気に召して頂けるでしょう」
リーナの言っていた通りの男だったな。
最初は、娘を心配している優しい親だと思ったけど、あれも演技だったんだろう。
「いや、そういうことじゃなくて……レリアさんは聖女ですよね? その扱いはおかしくないですか?」
「いえ、彼女は本当の聖女がいない間に任されただけの仮初めの聖女ですので、問題ございません」
やっぱりそうだよね。
「てことは、リーナを聖女にするってことですか?」
「はい。彼女なら、実力も血統も問題ございませんから。誰にも文句を言われない聖女です」
「なるほどね……」
はあ、予想通りの展開だな。
「どうか、お願いします。もし、今回の三国会議で王国が宣戦布告を行った際には、教国の帝国派一同が一早く駆けつけますので」
そんな言葉、信用出来るかよ。
「お断りします。リアーナは渡しません」
「どうしてか……聞かせて貰っても?」
いや、普通に考えて断れるだろ。
誰が結婚前の婚約者を捨てる馬鹿がいる?
「単純に、リアーナを渡したくないからです」
「どうやら……私はあなたの評価を誤っていたようですね。政に私情を持ち込むとは……まだあなたも子供ということですか」
「まあ、なんと言われようと構いませんよ」
お前の評判が下がろうと、俺は痛くも痒くもないからな。
「よく考えてください。これは、お互い国の利益に関わることなんですよ? この交渉が成立すれば、教国は醜い争いが終息し、帝国は楽に王国を手に入れることが出来る。どうでしょう? もう一度考え直してみては?」
ウィンウィンみたいなこと言っているけど、別に帝国は教国の助けなんて要らないし。
なんなら、平気で背中を狙ってきそうだし。
「それでも断ります。国の利益よりもリーナの幸せの方が大切ですから」
「いえ。リアーナだって、教国で聖女になった方が幸せです。彼女は聖女になるべき人間なのですから。彼女だって、自分が聖女として認められたいときっと願っているはずです!」
「そんなのはあなたの妄想ですよ」
利用されるだけとわかっていて、帰りたくなるやつなんていないだろ。
本当に交渉が下手だな。
いや、それだけフォンテーヌ家に余裕がないってことかな。
目の前の男は、具体的な対価が出せないのかも。
「妄想!? いえ、わかりました……今日はこの辺にしておきましょう。また、来ます」
「はあ……何が今日はこの辺にしておきます、だよ。ベル~助けて。俺、これから毎日あいつの相手をしないといけないとか嫌だよ~」
ガエルが出て行った後、俺は後ろで控えていたベルに泣きついた。
ストレスが溜まった時は、ベルに甘えるのが一番だ。
「お辛いと思いますが、頑張ってください。リーナさんを守れるのはレオ様だけですから」
俺に抱きつかれたベルは、優しく頭を撫でながら励ましてくれた。
もう、これだけで俺の心は全回復だ。
「そうだよね……。よし、頑張るか」
リーナのためだ。頑張るぞ!





