第二十五話 結婚当日
SIDE:ラムロス
「こ、これで良かったのでしょうか?」
全て言われた通り行った後、メイ様にお伺いを立てていた。
結局誰も死なず、パーティーが中止になっただけ。
とても、メイ様がやりたかったことは思えない。だとすると、私が何かミスを?
そうなったら、今度こそ……。
「うーん。まあ、良かったんじゃない?」
「そ、そうですか……」
どうやら、あれが失敗というわけでは無かったみたいだ。
きっと、メイ様は王国に混乱をもたらしたかっただけだったのだろう。
「ねえ、そろそろ隠れてないで出てきたら? 私と話すチャンスはこれが最後よ」
「そうさせてもらおうかな~~~。久しぶり~~~」
私の影に向かってメイ様が話しかけたと思ったら、私の影から一人の男が出てきた。
それには思わず、「ヒイ」と変な声を出して尻餅をついてしまった。
ど、どうして私の影から人が出てくるんだ!
「キモい。私と話すときは、普通に話せって言ったでしょ?」
「酷いじゃないか~~~。二百年も一緒に仕事をした仲だろ~~~」
二人は、俺を無視して会話を始めた。
いや、メイ様と対等に喋っていることからして、只者ではないだろう。
ここは、大人しく黙っておくのが賢明なはずだ。
「だからよ」
「仕方ないな~。それで~? あんな中途半端な仕事で許されるのか~?」
中途半端? やっぱり、あれは失敗だったのか?
「あなたに邪魔されたって報告しておくわ」
「相変わらずだな~。何度、私がメイの後始末を任されたことか~」
やはり、メイ様と対等な方なのか。
絶対、失礼な態度を取らないようにしないと。
「あ、そう。というか、いつか自分を殺そうとしている奴の下で真面目に働ける変態はあなたぐらいよ」
「酷いな~。何度も彼女とは協力関係だって言っていたじゃないか~」
二人は誰の話をしているのか? というより、メイ様の上にも人がいるのか?
想像がつかないな。
「協力関係って……なら、簡単に裏切らないで欲しいわ」
裏切った? こいつ……裏切り者なのか。
「彼の方が私の考えに合ってるから仕方な~い」
「あの人が言っていることは綺麗事にしか聞こえないわ。結局、殺し合わないといけなくなるのはわかっているくせに」
「そんなこと言って、メイは殺しが苦手なくせに~」
え? メイ様が殺すのが苦手?
「苦手じゃないわ。何年この戦いの中で生き抜いていると思っているの? 必要になったら、殺す。ただ、ちょっと感情移入しやすいだけよ」
「あ、そうだったね~。メイは善人を殺せない、の間違いだった~。だから、今日も安心して襲撃イベント見守っていられたよ~。彼らの青春を見てしまったら、メイはそれを邪魔出来ないからね~」
そ、そんな……メイ様が勇者のことを気に入ってしまっただと?
くっ、戦争が終わったら勇者を殺そうと思っていたが、考え直した方が良いな……。
「うるさい。そうやって自分の中で線引きしておかないと、罪悪感が半端ないのよ」
「ああ、今から三百年前の話だったっけ~? まだ年齢が二桁の時に子供の転生者を殺して、二十年も引きこもったって話~」
三百年前……この人たちは一体何者なんだ?
「よく覚えているわね」
「そりゃあ、メイを言い表すのにぴったりなエピソードだから~」
「そうね。今日だって、勇者の暴走を必死に止める王女を見ちゃったら、罪悪感がまた上塗りされたわ」
「本当、君は悪役に向いていないと思うよ~」
「……私もそう思うわ」
「ふう……。あと少しの我慢……彼が……」
「ということで、また何年後かに会お~う!」
私の影に隠れていた男がメイ様の耳元で何か語りかけると、すぐに消えてしまった。
一体、何をメイ様に伝えたんだ?
「……ふう。さて、私も帰るとするか~」
「あ、あの……」
ちょっと待ってくれ! 私はこれからどうすればいいんだ!
「そういえば、いたわね。うん……あなたを殺しても、罪悪感は感じないかな」
え、え……? そ、そんな……確かに私は善人ではないだろう……だから、こうなるな予感はしていた。
けど、殺されるなんてあんまりだ。
「なんてね。今は、人を殺すような気分じゃないわ」
驚かさないでくれよ……というか、あの男がいなかったら私は殺されていたのか!?
「まあ、元々の約束通りちゃんと帝国と戦争する方向なら、好きにしていていいわ」
「あ、ありがとうございます……」
好きにしていいが怖すぎる……余計なことをして殺されないように十分注意しなくては……。
「本来なら、私の手を汚さないで若い転生者同士で潰し合いをして貰う予定だったんだけどね……。あの二人仲良くなっちゃったから……そうならないんだろうね」
私が頭を下げていると、メイ様が落ち込んだようにそんなことを呟いた。
あの二人が誰なのかよくわからないが……余計なことを言うのはやめておこう。
「うん……もう、戦争はやる意味がない? いや、むしろあの二人が死なないのはありがたい……。ああ、もう! あいつが余計なことを言ってきたせいで、頭がおかしくなっちゃった~!!」
私が少し顔を上げてメイ様の様子を確認してみると、メイ様はイライラしたように両手で頭を掻いていた。
「何が私を助けたいよ!」
SIDE:カイト
「帰ってきたぞー」
グルとの戦いも終わり、エレーヌの待つレオの城までやって来た。
「あ! 帰ってきた」
「カイト! 大丈夫だったの!? 怪我してない?」
俺に気がついたエレーヌが急いで駆け寄って、体の隅々まで確認を始めた。
「大丈夫だよ。どこも怪我してないから」
「本当? カイトは戦ったの?」
「うん。てか、ほとんど俺しか戦ってないよ」
「え? どうして!? どういうことなの?」
エレーヌは俺ではなく、レオに迫った。
その気持ちもわからないでもないけどさ……。助けて貰った側なんだから、もうちょっと言い方を考えようよ。
「え? あ、えっと……」
「そんなレオを怒らないであげて。あれは、俺が戦わないといけない状況だったんだ」
「カイトが戦わないといけない状況ってどういうことよ!」
どう説明すれば納得して貰えるかな……。
「最後に召喚された魔物が魔王だったんだ」
『魔王!?』
エレーヌだけでなく、皇女にリアーナさんまで驚きの声をあげた。
そりゃあ、あの魔王だからね。
「それって、本当なの? だって、魔王は魔の森にいるって……」
「新しい方の魔王だよ」
皇女の質問に、レオが端的に答えた。いや、もう少し説明しないの?
「ああ、そういうこと」
え? それで理解出来るの?
「そいうことってどういうこと!? 教えなさいよシェリー!」
だよね。それにしてもエレーヌ、この短い間に愛称で呼ばせて貰えるほど皇女と仲良くなったんだな。
まあ、俺もレオと仲良くなったし、時間としては十分だったのか。
「えー」
「何をもったいぶっているのよ。いいから」
「簡単よ。五十年前に倒されたはずの魔王は、今も生きているってこと」
ああ、知ってたんだ。いや、レオが知っていれば、帝国の中で情報が共有されるか。
「え!? 凄く危ないじゃない! どうして放置しているの!?」
「今はそんな危ない人じゃないから大丈夫ですよ。てか、あの人強すぎるから放置以外俺たちに出来ることはないと思います」
そうだろうね。あの子供魔王相手でもギリギリの引き分けだったのに、大人の魔王なんて……。
「あなたでも?」
「もちろん。遊ばれて終わるよ。そんなことより、カイトの心配はいいのか?」
「あ、そうだった! どうしてあなたじゃなくてカイトが新しい方の魔王と戦ったのよ?」
あ、そういえば、そんな話をしていたんだっけ。
「そういう話の流れになってたのと……カイトでも戦える相手だと思ったからです」
「そう……カイト、魔王を倒したのね。やったじゃない」
「いいや。倒してないよ」
別に、戦える相手=倒せる相手ではないと思うよ。
まあ、あと少しだったんだけど。
そう考えると、魔王相手にそこまで戦えた俺って凄くない?
「え? どういうこと? 倒さないでどうやって解決したの?」
「結果は引き分け。そういうことでグル……魔王を納得させてきた」
皇女の質問に、レオが相変わらず端的に答えていた。
もう少し……魔王城に連れていかれた話とかしないの?
「そうなんだ……。まあ、カイトが無事ならそれで良いわ」
あ、良いんだ。
「そうですね。私もレオくんが無事ならそれ良いです」
リアーナさんがエレーヌの意見に同調すると、レオに抱きついた。
「あ、ズル~い」
続いて、すぐに皇女もレオに抱きついた。
それを見て、少し羨ましそうな顔をしてエレーヌが俺のことを見てきた。
「……どうぞ?」
これで良いんだよね?
俺は両手を広げて、エレーヌを誘った。
「ふふ。じゃあ、お言葉に甘えて」
ニッコリと笑ったエレーヌが飛びついてきた。
「そろそろ王城に戻った方が良いんじゃないか? 明日というか、今日の結婚式は朝早くからやるんでしょ?」
皇女とリアーナさんに抱きつかれながら、同様にくっついている俺とエレーヌに向かってそんなことを聞いて来た。
もう少し余韻に浸らせてくれても良かったじゃん。今、早起きという現実を見せられるのはあんまりだ。
「そうだよ。はあ、今から寝たとしても一、二時間しか寝られないな……」
「まあ、折角の晴れ舞台なんだから今日くらい我慢しなよ」
「そうだな。ふあ~」
「うわ~。数時間前までパーティーをやっていたようには見えないわね」
王城に戻ってくると、変わり果てたパーティーにエレーヌがそんなことを呟いた。
魔物の死体が散らばっていて、ライトが壊されたせれたせいで薄暗い。一つも明るく楽しかったパーティーの雰囲気は感じられないな。
「とりあえず、魔物の死体を片付けるか。臭いし」
え? 今からこの魔物を片付けるの!?
「疲れてるんだから寝なさいよ」
そうだよ。レオだって、たくさんの魔物と戦っていたじゃないか。
「一時間くらいで起きられる自信もないし、起きてるよ。そのついでに、ここの片付けをしておく」
「じゃあ、俺も起きていようかな……」
レオだけ掃除をやらせるのは悪いし。
「いや、お前はこんな汚れることはしないで、さっさと風呂に入ってきた方が良いと思うぞ。汚いまま結婚式に参加するのは良くない」
確かに、汚いから風呂に入っておくべきか。
血の匂い、取れるかな……?
「じゃあ、悪いけど俺は自分の部屋に戻るよ」
「お疲れー」
「お疲れ」
「ふふ。随分と仲良くなったわね」
パーティー会場を後にしてすぐ、エレーヌが笑いながら俺とレオが仲良くなったことを茶化してきた。
「そういうエレーヌこそ、皇女様たちと仲良くなっていたじゃないか」
「そういえばそうね。短い間だったけど、楽しい時間を過ごさせて貰ったわ」
俺たちが魔王の相手をしている間、風呂にでも入っていたんだっけ?
そういえば、さっき抱きつかれたときにエレーヌから良い匂いがしたな。
もしかしたら、レオは風呂にこだわっているのかも。
いつか、機会があったら俺も入らせて貰いたいな~。
「それは良かった。ふあ~。眠い。眠すぎる。式中に寝ちゃうかも」
「今日一日大変だったからね……。私も正直、寝ちゃう気がする」
だよね……。我慢しないと。
そして数時間後。
「え? 貴族たちが起きてない?」
結婚式に向けて、きっちりと衣装やら髪型やら準備を終えた後に、レオがそんなことを言いに来た。
「そうなんだよ。オルゴールの効果が半日続くのをすっかり忘れてた」
「え~。どうして忘れてたのさ。それなら、昼からやることにして、睡眠時間を確保出来たんだよ?」
それなら、あと二時間は寝ることが出来た。
この差は大きいぞ……。
「ごめんって。俺だって、眠くて頭が回ってなかったんだ。許してくれ」
「わかったけど……エレーヌだって用意しちゃったよ? どうするのさ?」
「うん……午前中って何をする予定だったの?」
「教会で神様にお祈りして、国民の前に出て挨拶をする予定だったよ。そういえば、国王からの祝いの言葉が長めの時間用意されてたな」
お祈りの儀式が三時間くらいかかるって言われてて、国民への挨拶が一時間。国王の話は三十分くらい用意されていたな。
あの人、三十分も話せるのか? 疑問だな。
「じゃあ、司祭と国王もまだ眠ってるらしいから、お祈りと要らない国王の話はカット。誓いのキスと国民の挨拶だけやっとけば? あと、結婚指輪」
「いや、それはあっちの世界の話で……」
郷に入ったら郷に従うべきだと思うんだけどな。
「いいじゃん。どうせ皆寝ているんだからバレないって。仕方ないな。指輪は俺が造ってやるよ。ちょっと待ってて」
俺に拒否権はないらしく、レオは一人で話を進めるとどこかに行ってしまった。
「ほら、ミスリル製だから、輝いていて、強固でさびない。結婚指輪として最高の素材でしょ。あと、ずっと二人の仲がこのまま続くようにおまじないをかけといたから」
ちょっと時間を置いて戻って来ると、綺麗な結婚指輪二つを渡された。
どっちにもエレーヌと俺の名前が彫られていて、とても短時間で作られた指輪には見えない。
「あ、ありがとう……」
「礼はいいから。ほら、花嫁が待っているから教会に行くぞ!」
「え? どういうこと?」
どうしてエレーヌが教会に?
そんな疑問が思い浮かぶか浮かばないくらいで教会に転移されてしまった。
「あっ……」
目の前に、白いウエディングドレス……ではないが、真っ赤なドレスを着たエレーヌが立っていた。
うん。凄く綺麗だ。
この世界に召喚された時とまったく同じ格好だけど……あの時よりもエレーヌは大人びていて、更に美しさに磨きがかかっていた。
「遅かったわね。何をしていたの?」
「ご、ごめん……」
「冗談よ。覚えてる? カイトが召喚されて次の日に、呼んですぐに来なかったカイトに私が怒ったこと」
「ああ、そんなこともあったね。あの時のエレーヌは理不尽だったな」
懐かしい。あの強気のエレーヌも可愛らしかったな。
「ごめんって。でも、今の私は凄く優しいでしょ?」
「うん。凄く優しいよ。もう、俺はエレーヌの支えなしじゃ生きていけないよ」
「ふふ。ありがとう。私も、カイトがいなかったら、きっとさっさと死んでいたと思うわ。ここまで頑張って来れたのは、カイトのおかげ。いつもありがとう。そして、これからもよろしくね」
そう言うと、エレーヌが両手を俺の頬に添えて思いっきりキスをしてきた。
「誓いのキスってこんな感じで良いの?」
「うん。良いんじゃない? ね?」
「甘々で良かったわ」
「はい。良かったと思います」
参列席の最前列に座った三人がうんうんと頷いていた。
まあ、ここは異世界だからそこら辺、適当でもいいか。
「あ、そうだ。結婚指輪」
「え? 結婚指輪?」
「俺の故郷では、夫婦で同じ指輪をつける風習があるんだ」
そう言って、エレーヌに二つの指輪を見せた。
「へえ~。じゃあ、着けてあげるから指輪一個貸して」
「うん」
「これ、どこの指に着けるとか決まってるの?」
「左薬指」
「そうなんだ。じゃあ、左手貸して」
言われたとおり左手を差し出すと、エレーヌは嬉しそうに俺の指に指輪をはめ込んだ。
「ふふ。じゃあ、今度は私の番」
エレーヌに手を差し出され、俺も優しく指輪をはめてあげた。
「うふふ。お揃いって良いわね」
うん。凄く良いと思うよ。
これからその笑顔を守り続けることこそが、俺の使命なんだろうな。
エレーヌの嬉しそうな笑顔に、しみじみとそう感じた。
これにて十章は終わりです。





