第二十三話 結婚前夜⑤
「結局、マッドデーモンが六十体も出てくるとは」
十体倒したら、二十体、それを倒したら三十体、計六十体をシェリーたちに指一本触れさせずに倒した。
流石に疲れて、俺は床に転がっていた。
「全部。レオが瞬殺したけどね」
「あいつら消えるからね。何かされる前に殺しておかないと」
「そうかもしれないけど……急に悪魔の首が飛んできた時は流石に私も悲鳴をあげちゃったわ」
言われてみれば、シェリーの目の前で首を飛ばした悪魔がいたかも。
倒すのに必死過ぎたな。
「ごめん。そこまで気が回ってなかった」
「いや、そこまで気を回さなくて良いんだけどさ。それでレオが大変になるのは嫌だし。とりあえずお疲れ様」
「ありがとう。でも、次は流石に危ない気がするからリーナたちと避難していてくれない?」
次は、流石に瞬殺するのは難しいだろうし、もしかしたら戦いの中で城が倒壊するかもしれない。
「嫌よ。と、言いたいところだけど……わかった。邪魔にならないように避難するわ」
「ありがとう。じゃあ、一旦皆をミュルディーンに送っておくか」
立ち上がった俺は、リーナや勇者たちがいる方に向かった。
「リーナお疲れ。助かったよ」
「いえ、これくらい大したことありませんよ。それで、この後はどうするつもりですか?」
「それなんだけど、皆でミュルディーンに逃げていてくれない? この後たぶん、もの凄く強い敵が出てくるだろうから」
「わかりました……。王女様たちは?」
リーナが頷くと、後ろにいた王女と勇者に目を向けた。
そうだね。二人にも避難してもらうか。
「一旦、安全なミュルディーン領まで避難していて貰えませんか?」
「レオンス侯爵の領まで……? ここから、随分と距離がありますよね?」
「実は、僕には転移というスキルがありまして……それで、一瞬でどんな場所に移動することが出来るんです」
「ああ、そういえばそんなスキルをお持ちでしたね。うん……」
やっぱり、敵の領地に得体の知れないスキルで移動するんだもん。抵抗があるよな。
さて、どうやって交渉……。
「エレーヌ。避難してて」
ん? 思わぬ援護だな。いや、王女の安全を考えての選択か。
狂化の剣を抜く前に、強めに突っかかってきたから、勇者が拒否してくると思った。
ちゃんと、王女が第一なんだな。
「でも……」
「これを仕掛けた奴らの目的はエレーヌなんでしょ? なら、エレーヌは逃げていて欲しい」
「カイトは?」
「俺はここに残るよ。流石に、この国の人間がここに一人もいないのはおかしいから」
まあ、そんな気はした。
ここで断るのもおかしな気がするし、勇者と戦うことにするか。
「わかったわ……無事でいてよね?」
「大丈夫。俺にはお守りがあるから」
そう言って、勇者が綺麗な宝石がついた首飾りを王女に見せた。
王女のプレゼントなのかな? 確かに、それはご利益ありそうだな。
「それじゃあ、レオンス侯爵、あなたの領地に避難させて貰っても?」
「はい。それじゃあ、全員俺に触って」
「師匠、僕たちも残ります」
今度はヘルマンか。
「いや、いいよ。俺と勇者で十分。それに、一応領内でも王女様の護衛は必要でしょ」
「……わかりました」
素直でよろしい。
ヘルマンを納得させ、俺は転移を使った。
「ここがミュルディーン領?」
「にある城の中ですよ。とりあえず、魔物襲撃が終わるまで泊まっていってください。シェリー、案内をお願い」
「わかった。こっちは私に任せて」
「うん。じゃあ、俺はあっちに戻ってるよ」
「えっと……レオンス侯爵」
王城に戻ろうとすると、王女様が遠慮しがちに呼び止めてきた。
「はい。何でしょうか?」
「本来、客人であるあなたがここまでする義理はないと思います。どうしてここまでしてくださるのですか?」
言われてみれば、確かに俺がここまでする意味はないのかな?
「うん……折角の結婚式が台無しになったら可愛そうだから? ですかね」
一生に一度しかないのに、それが嫌な思い出になって欲しくない。
例え、これから敵になるとしてもね。
「そんな理由で……」
「あとは、僕の計画を成功させるなら、あなたには生きていて貰わないと困るからです。これで納得ですか?」
エレーヌ王女がいないと、他の面倒な王族たちと色々と交渉しないといけなくなるからね……。
うん。それを考えれば、これくらいの労力は大したことないな。
「は、はい……」
「じゃあ、終わったら呼びにきますね。それまでくつろいでください」
「エレーヌは大丈夫なんだろうな?」
俺が戻って来ると、勇者が俺の肩を掴んで迫ってきた。
やっぱり、心配だったんだな。
「大丈夫だよ。というか、俺が王女様に危害を加えないと思ったから任せたわけでしょ?」
「そうだけど……」
「大丈夫。異世界の記憶を持つ者として、異世界から来た人に悪いようにはしないさ」
「ん? 異世界の記憶を持つ者? お前……」
そう。俺がこいつを領地に連れて行かなかったのは、ちょっと二人だけで本音の話をしたかったからだ。
あとは、個人的に同じ異世界人として話をしたからかな。
「転生者、って言いたいところだけど、ちょっと違うみたい。転生者の記憶をコピーして入れられたような感じ?」
「つまり?」
「うん……少しだけ異世界の記憶を持って生まれた人だと思ってくれればいいよ」
俺は説明することを放棄した。
今から転生者たちの争いとどうして俺が生まれたのかまで説明するなんて、そんな気力はない。
「そうなのか。お前みたいな人は他にもいるのか?」
「いるよ。例えばゲルト」
「ゲルトさんが?」
「転生者たちの間では、付与士って呼ばれてるよ。ちなみに、俺は創造士」
「創造士!?」
「創造士がどうしたの?」
目を見開いてまで驚くこと? 何か、創造士について知っているのか?
「あの、山やドラゴン、王国を造ったという創造士なのか?」
ああ。やっぱり俺じゃない方の創造士を知っているんだ。
「いや、それはもう一人の方だね。帝国のダンジョンにいるみたいだよ」
「そうなのか……てか、まだ生きているんだな」
種族は俺たちと同じらしいんだけどね。何か、魔法アイテムでも使っているんだろうな。
「それで、なんでカイト……カイトって呼んでいいか?」
「別にそれくらい聞かなくて良いよ。俺はレオでいいか?」
確かにそうなんだけど。なんか、さっきまで仲が悪かった奴を急に呼び捨てで呼ぶのも気持ち悪いじゃん?
「うん。いいよ。で、どうしてカイトが元の方の創造士を知っているんだ?」
「本で読んだ。ずっと昔にいた勇者が書いた本だよ」
「へえ。そんな本が残っているんだな」
まあ、勇者は何回も召還されているみたいだし、誰かが書いていてもおかしくないか。
俺も、後に生まれた転生者たちの力になるために本でも書こうかな。
「レオはどこで知ったのさ」
「魔王に聞いた」
「魔王!? 魔王は死んだんじゃないの?」
あ、そういえばそうだったな。
最近、ミュルディーン家では当たり前のこととして扱っていたから、すっかり忘れてたよ。
「いや、あの人は死なないよ。そういうスキルを持ってるから」
超再生のスキルがあるから、あの人は不死身なんだよね。
「スキルか……。俺の限界突破と守護の光も強力だもんな。レオも転移以外にスキルを持っているのか?」
「持ってるよ。何を持っているかは秘密だけど」
「秘密。そうだよな……あと二年したら、戦争で戦う相手だもんな」
「まあ、このままいけばそうなるのかな? 全ては、王女様次第だ」
王女様が明日の結婚と同時に現国王を引きずり下ろして戦争を止めるなら、全力で支援するつもりさ。
まあ、それは流石に貴族が言うことを聞かないだろうから厳しいかな。
俺が手を出したら侵略と変わらない気もするし。
「レオは戦争が怖くないのか?」
「もちろん怖いさ。王国より戦力が整っていると言っても、勇者と付与士の二人を相手しないといけないからね。正直、出来る限りやりたくない」
「ゲルトさんはわかるけど……俺が?」
「勇者の怖さは追い込まれたときに出る。これ以上は言わないよ」
流石に、一番厄介な勇者補正を教えるわけにはいかない。
そんなもの狙って俺に使われたら、敵わないからな。
「追い込まれたときか……起死回生が出来るスキル?」
「教えないよ」
「それも、魔王から教わったのか? それとも、先代の勇者から?」
「魔王だよ。じいちゃんは、そこまで自分の力を理解していたのかわからないな」
そもそも、じいちゃんと一年も生活していないからな……。
魔王と戦った時の話とか、聞いとけば良かった。
「なあ。先代はどのくらい強かったんだ?」
「ちょうどカイトくらいかな。今考えると、使える魔法が無属性魔法だけとは思えない強さだったよ」
俺たちは魔法に恵まれているから簡単に強くなれるけど、無属性魔法は本当に努力が必要だからな。
「そうなんだ……。凄い人だったんだな」
「うん。凄い人だったよ」
マッドデーモン。さっき、あれだけ倒したけど……この後悔から来るモヤモヤした気持ちは晴れないな。
そんなことを思っていると、空間に穴が開き始めた。
「あ、来た。よし。どうにか結婚式が出来るように頑張るぞ」
「戦いが始まる前に言わせてくれ。レオ……ありがとうな」
「もう、気にするなって。ほら構えて。どんな魔物が出てくるかわからないからね」
あ、てか、俺と勇者だけだったらルーを連れてきても良かったじゃないか?
城が壊れる前提で王女を逃がしたわけだから、ルーが破壊しても問題無かったし……。
いや、流石に仲良くなったからと言って、ルーまで見せるのは良くないか。
うん。きっとそうだ。別に、後悔したくないわけじゃないからね。