第二十一話 結婚前夜③
SIDE:エレーヌ
「……てください。起きてください!」
「う、うう……え?」
目が覚めると、目の前に見慣れない顔……聖女の孫であるリアーナさんがいた。
あれ? 私、どうして寝てるの? 魔物は?
「混乱されていると思いますが、一刻も争う事態ですので細かいことは聞かずに手を貸して貰えないでしょうか?」
「手を貸すって……何をすればいいの?」
記憶に残っているあの魔物の数を考えれば、一刻も争うのは間違い無いと思う。
でも、私に出来ることなんてないわよ。
「勇者カイト様の暴走を止めるのに協力して貰えないでしょうか?」
「……カイトが暴走?」
リアーナさんの言葉に、寝起きで回らなかった頭が急に覚めてしまった。
どういうこと? カイト、もしかしてこんな時にレオンス侯爵に殴りかかってたりしてないよね?
「あれを見てもらえればわかると思います」
そう指さされた方向を見ると、少し遠くでカイトと見知らぬ男女二人組が戦っていた。
「何……あの黒い剣は……」
カイトが持っている剣、それにカイト自身が何か嫌な雰囲気が離れていても感じ取れる。
あれはカイトだけどカイトじゃない。カイトはあんな荒々しい戦い方じゃないわ。
「レオくんが狂化の剣と言っていました。持ち主を強くする代わりに、凶暴にしてしまう恐ろしい剣です」
レオくん……ああ、レオンス侯爵のこと。
うん……魔物が出てきた時と言い、何か知っていそうね。
「けど、どうして……どうしてそんなものがカイトの手に?」
「王国の騎士が渡したのではないのですか?」
「あ、ああ……」
思い出した。剣が無くて困ってたカイトに一人の騎士がカイトに剣を差し出したんだっけ。
そういうこと……あの騎士もハゲの手下だったわけね。
あいつ……絶対に許さない。これが終わったら、絶対反逆罪で処刑してやるんだから。
「お願いします。勇者が作り出す光の壁について教えてください。今、この中で勇者様を止められるのはあの二人しかいないんです」
「光の壁? ああ、カイトのスキルね。あの二人は……?」
カイトと戦っているのは誰? あんな動ける人が王国にいると思えないわ。
「ミュルディーン家最強騎士の二人ですよ。二人なら、ドラゴン相手でも怖くありません。それでも……暴走した勇者を止めるのは厳しいみたいなんです。あの光の壁を攻略できれば、なんとかなると思うのですが……」
なるほど。レオンス侯爵が言っていた三人のうちの二人か。
ドラゴンを倒せる二人を相手にして、あそこまで一方的にカイトが攻撃しているとなると……あの剣、恐ろしいわね。
「わかったわ。協力する。でも、カイトを止めるのは私がやる」
「それは……」
「これは譲れない。あなただって、レオンス侯爵のためなら命だって惜しくないでしょ?」
私はリアーナさんの言葉を遮るように、そして絶対に言い返せないように自分の主張を伝えた。
この人も、同じ立場なら絶対譲らないはず。
「はい……そうですね。わかりました。それで、どのように止めるおつもりで?」
「簡単よ。私がカイトから剣を奪い取れば良いのよ」
単純なカイトに余計な考えは必要無いわ。
「さ、流石にそれは……近づくことすら出来ないと思います」
「そんなことない。あの光の壁は、敵と認識した相手に対して絶対的な防御が働くの。つまり、敵として認識されない私なら、問題なく近づけるわ」
あの壁の弱点は他に、一度に一方向だけしか使えないことと、スキルの発動を意識していない時は発動しないことがある。
まあ、そんなことまでは敵になるかもしれない人たちには教えてあげられないけど。
「今、彼は剣に取り憑かれて意識がないのですよ!?」
「大丈夫。カイトは絶対に私を攻撃しない」
意識がなくたって、気が狂ったって、カイトは絶対に私を攻撃しないわ。
私はジッとリアーナさんの目を見て、自分の主張を曲げるつもりがないことを伝えた。
「……わかりました。ただ、一応二人に勇者様の注意を引きつけるように伝えておきます」
「別にいいのに」
まあ、それくらいなら好きにすればいいわ。
「じゃあ、行ってくるわ」
「お気をつけて……」
「まったく……強くなって一人でも大丈夫みたいな雰囲気を出しといて、結局私がいないとダメなんだから」
騎士二人が必死に攻撃を避けている中、私は怖がらず堂々とカイトに近づいて行った。
「ウルアアア!」
まるで魔物ね……。
私が近づいてきたことに気がついたカイトが、大きな雄叫びを上げながら私に向かって剣を振り下ろしてきた。
「大丈夫。あなたは絶対に私を傷つけたりしない」
そんな状況でも、私は足を止めなかった。
「ほら、やっぱり大丈夫だった」
カイトの剣が私を真っ二つにするようなことはなく、しっかりと私の真上で剣が止まっていた。
さて、後は私が頑張る番。
私は電気魔法を纏ったカイトの右手を握った。
「うぐ……思ったより痛くないわね。いや、これはリアーナさん……あとでお礼しないと」
激痛に変わりはないけど、体が焼ける程じゃない。
聖魔法を極めると、ここまで出来るのね……。私も頑張らないと。
「ほら……私も我慢するから、あなたも自力でどうにかしなさいよ。幸せになるって約束はどうしたのよ!」
そう言って、私はカイトの手を強く握った。
「ウガアアア!!!」
「うう……」
カイトが中で剣と戦っているのか、電気魔法の威力が増した。
それこそ……本当に体が焼けそう……。
「これ以上は危ないです! 離れて!」
「大丈夫……これくらい単なるスキンシップよ……」
ちょっと気が早いけど、夫婦のふれあいよ。
「カイト。頑張って、私はここにいるよ」
「うぐ……」
また魔法の威力が強くなった。
流石にヤバいわね……もう、意識が飛びそう。
「もう危険です!」
「大丈夫よ……もう、カイトは戻ってくるから……」
SIDE:カイト
「……? 確か……魔物が出て……」
気がついたら、服がボロボロになったエレーヌが俺に抱きついていた。
「良かった。カイトが戻ってきた」
「ど、どうして……」
どうしてエレーヌがボロボロになっているんだ? 俺はどうしてこんなところに?
確か、魔物と戦おうとしていたんじゃないのか?
「大丈夫。ちょっとビリビリしただけだから」
「ビリビリ? え? どういうこと? 俺、もしかしてエレーヌに……」
「大丈夫。カイトは一回も私に攻撃しなかったわ」
「で、でも……」
俺、エレーヌを殺しかけたってことだよな?
そんなの、許されるはずがない。許されるはずが……。
あまりの事実に俺が顔面蒼白になり、言葉を失ってしまった。
すると、エレーヌが急にキスをしてきた。
「ちょっと激しいスキンシップをしただけよ。あなたは私に攻撃してない」
「そんなわけ……」
俺が否定しようとすると、エレーヌがキスをして口を塞いできた。
「キス、明日にとっておきたかったんだけど……まあ、減るものじゃないしいいよね」
そう言って、もう一回キスをしてきた。
普段なら嬉しいことだけど、今は複雑な気分だな。
「私を信じて。あなたは私に攻撃なんてしてない」
「……わかったよ」
信じて……か。それを言われたら、信じるしかないじゃん。
「大丈夫そうですね。あとは私だけで十分です。二人はレオくんのところに行ってください」
近くで女の人の声が聞こえて顔を上げると、近くで二人の女性と一人の男が話していた。
あれは……レオンスと一緒にいたリアーナさん?
あと二人は誰だ?
そんなことを思っていると、二人は『はい』とリアーナさんに返事をして、魔物と戦っているレオンスたちの方に行ってしまった。
あ、魔物……やはり、あれは夢じゃなかったのか。
くそ……本当に俺は何をやっているんだ。こんな時に邪魔をしただけじゃないか。
「あの二人、レオンス侯爵の騎士だって。ほら、ドラゴンを倒せるって言っていた。たぶん、そのうちの二人よ」
「今まで、俺はそんな二人と戦っていたの?」
とても戦いになる自信がしないんだけど?
「うん。でも、カイトが勝ちそうだったから、私が助けてあげた」
「え? 俺が勝ちそうだった?」
そんな馬鹿な。俺のどこに勝てる要素がある?
「うん。あの剣、持った人を狂わせる代わりに、強力な力を与えてくれるみたいなの」
「そうなんだ……」
そういう剣だったのか……使う場面によっては……。
「あれは二度と使ったらダメ。敵味方関係無く殺すあなたなんて見たくない」
「そうだね……ごめん」
俺は何を考えているんだ。現に、ここまでエレーヌを傷つけておいて。
「いいわ。で、まだ動けそう?」
「うん。まだ戦える」
限界突破は使えそうにないけど。
「なら、少しでもレオンス侯爵への借りを少なくしないと」
「わかった。今度は自分の剣で戦うよ」
ドラゴンを倒せる二人が加わったんだ。俺が剣を取りに行っている間くらいでやられることはないでしょ。
俺はエレーヌをぎゅっと抱きしめた後、自分の部屋に向かって全速力で走り始めた。