第十九話 結婚前夜①
SIDE:ラムロス
「何!? あの亜人が捕らえられただと?」
今朝あの無能亜人に最後の宣告をした後、すぐにそんな報告が飛んできた。
「はい。帝国の使者の近くで怪しい動きを見せていたため、拘束されました。そして、それが帝国で大量殺人を犯した罪があるので言い逃れできず……」
くそ……何をしているんだあいつは。
「あの馬鹿……くそ。私が行ってくる」
レオンスを殺すには、あいつが絶対に必要だ。
ここは、私が直接行くしかないだろう。
「失礼します」
「あ、ラムロス殿。ゲルトの件ですね?」
私が部屋に入ると、待っていたかのようにレオンスが一人でこっちに向かって椅子に座っていた。
「はい。この度は、本当に申し訳ございませんでした」
「いえ、幸い誰も怪我していませんのでお気になさらず。ただ、身柄は私たちの方で預からせてもらいますね」
くそ……そうなるよな。
どうする? どう言えば、返して貰えるか?
「そ、それは困ります。彼は王国市民でございます。王国国民は王国が裁かないといけません」
「それで、王国はどんな罰をゲルトに与えるのですか?」
「犯罪奴隷というのはどうでしょうか? 王国では死刑の次に重い、場合によっては死んだ方がマシな刑でございます」
「それでも、ゲルトは生きているってことですよね?」
「はい……でも、王国で殺人を犯したわけではありませんので。それに、怪しい行動をしていただけで死刑にするのもおかしな話ではないかと」
もっともらしい理由を付け加えてみたが、普通他国の王族に危害を加えようとしていたら、そのまま殺されても文句は言えない。
理由として弱い……。
「まあ、それもそうか。なら、こうしましょう。私たちがこの国にいる間だけ彼の身柄は私たちが預かり、帰り際に王国に引き渡すという形でどうでしょうか? また、怪しい動きをされても困ります。それに、王国側で裁くという条件を満たしているので、王国側も問題ありませんしね」
「そ、それは……」
本来ならありがたい申し出だが、あいつの利用価値は今しかない。
ここで利用できなければ、単なる魔法具職人と変わらないんだぞ。
「何か困ることでもあるのでしょうか? 彼は私たちに危害を加えようとしていたのですよ? もしかして、あれは王国の命令だったのでしょうか? 彼もそんなことを証言していますし……」
あいつ、裏切ったのか!? くそ……やはり、裏切り者は信用ならない。
「ま、まさか! そんなのでっち上げです!」
「そうですか。なら、滞在期間の身柄は私たちの方でお預かりさせて頂きますね」
「……わかりました」
私はこれ以上何も言えず、諦めて自分の部屋に戻った。
「くそ!」
私は部屋に戻るなり、椅子を蹴り飛ばした。
ここまでイライラしているのはいつぶりだ。
こんなに上手くいかなかったのは、陛下が婚約相手を見捨てて他の女と結婚した時以来だぞ。
「物に当たるのはよくありませんよ」
「うるさい! だまれ……え、あ、あなたがどうしてここに?」
後ろから、私を止める声が聞こえ、感情のままぶん殴ってやろうと思ったら、メイ様がいらしていた。
私を宰相までにして下さった方だが、普段は絶対こんなところに現れない。
ど、どうしてこの人がここに? 私が失敗したと思って、消しに来たのか?
私は恐怖で冷や汗が止まらなかった。
「主人からの命令よ。ほら、これを使いなさい」
私が必死に震えるのを我慢していると、怪しげな水晶と真っ黒な大剣、綺麗なオルゴールが渡された。
「こ、これは……?」
「これはね。私がよく使う魔法アイテム。使い勝手がよくて、誰かに騒動を起こさせる時には決まってこれを使うの」
な、何を言っているんだ? この人は?
「わ、私はこれをどう使えば?」
「この説明書通りに使えば、何も怖くないわ。どう? うれしいでしょ?」
「あ、ありがとうございます。何とお礼を言ったら良いものか」
絶対、良くないことが起こる気がするが、私に拒否権はない。断ればどうせ殺される。
「さあね。まあ、頑張りなさい。じゃあね」
メイ様が消えた後、しばらく私は腰を抜かしていた。
SIDE:レオンス
前夜祭。俺は適当に近づいてきた王国貴族たちの相手をしながら、常に周囲の警戒をしていた。
ゲルトを拘束出来たからと言って、何もされないとは限らない。
特に、騎士と離れないといけないこの時間が一番危険だろう。
あいつら、絶対ここで俺たちに何かしてくる。
「もうそろそろ。私たちも王女のところに挨拶しに行った方が良いんじゃない?」
「うん、そうだね。もうそろそろ行くか」
シェリーに言われて、俺たちは本日の主役のところに向かった。
さて、初対面。どうなるかな?
「はじめまして。ベクター帝国皇女、シェリア・ベクターと申します。こちらは、レオンス・ミュルディーン、リアーナ・アベラール。この度のご結婚、大変おめでとうございます」
「ありがとうございます。皆さん、年齢は知っていたのですが、想像よりもお若く、びっくりしております」
若い。まあ、俺たちの見た目はまだまだ子供だからね。今日のパーティーでも大人しかいないから浮いて仕方ない。
「そうですね。まだ私たちは十四ですから」
「本当に十四歳だったのですね。特に、レオンス侯爵は王国にまで届いていた功績からして、とても子供とは思えなかったのですが」
ん? ここで俺に話を振ってくるか。
「いえ。功績と言ってもただ運が良かっただけですから」
とりあえず、謙遜しておいた。
「そんなことはないと思いますよ。あのドラゴン、とても立派でしたよ。ねえ、カイト?」
「そ、そうだね。あれにはとても驚かされました」
「あれも運が良かっただけですよ。私の騎士たちが頑張ってくれました」
嘘はついていない。ギーレと最初に戦ったのはヘルマンとベルノルト、フランクだ。
「レオンス侯爵の騎士はお強いと聞きましたが、まさかドラゴンを手懐けてしまうほどとは……」
「その分、数が少なくて困っているのですけどね。まあ、こればかりは成り上がりの貴族ですから仕方ないことなんです」
実際は、ゴーレムで数は補えるんだけどね。
ここはあえて、困っている風を装ってみた。
「それでも、ドラゴンを倒せる程個々の力があるなら問題ないのでは?」
今度は、勇者カイトが食いついてきた。
やっぱり、戦うことになる相手が気になるんだろう。
「いえいえ。人数が少ないってことは、長期戦で不利になってしまいますから。あと、ドラゴンを倒せるのは、今のところ三人しかいませんよ」
「さ、三人もいれば十分ですわ」
そうかもしれないけど、あんたの夫はもっと化け物なんだよ?
「確かに、欲張るのはよくありませんね。あ、それと、結婚式後に会談したいとのことでしたが、どのような内容で?」
「それは、帝国と王国の今後について個人的に話し合いたいと思いまして」
個人的に、か……。
「わかりました。それでは、また後日」
「はい。また」
パリン!
「きゃあああ!」
王女から離れようとすると、ガラスの割れる音と女性の叫び声が聞こえた。
俺はすぐに戦闘態勢に入った。
「やっぱり、ここで何か仕掛けてくるのか」
一番目立つタイミングを狙って仕掛けてくるとは。
「ま、魔物だ!」
ん? 魔物?
誰かの叫び声を聞いて、騒動の中心に向けて透視してみると、空間の割れ目からわらわらと出てきていた。
この光景、どこかで見たことがあるぞ。
「あれは……嘘でしょ。魔の召喚石だ」
そう。これは地下市街で地獄を見たあの魔法アイテムだ。
あれがどうしてここに?
それに、こんな狭くて人が多いところであれをどう対処すればいいんだ?
あまりの予想外に、俺はすぐに動き出すことが出来なかった。