第十七話 宰相の企み
「帝国の使者たちよ。よく来てくれた」
ぶくぶくと太った男が俺たちを見下ろすように椅子に踏ん反り返っていた。
愚王の象徴みたいな奴だな。
現在、俺達は国王と謁見中だ。
シェリーの誘拐を企てた張本人だから、本当は下げたくないけど仕方なく頭を下げておいた。
「いえ。この度はエレメナーヌ殿下のご結婚おめでとうございます。こちらは、帝国からのお祝いの品です」
代表として、皇族のシェリーがとある魔法具を国王に差し出した。
「ん? これはなんだ?」
「カメラと言って、本物そっくりの絵を瞬時に写してくれる魔法具です」
そう。俺が贈り物として選んだのはカメラ。
素材とか金目の物は渡すわけにもいかないし、戦争には役立たなそうな物。
あとは、この愚王が私欲に使いそうな物ってことでカメラにしておいた。
「おお。本当だ。ぐふふ。これは面白いことを思い浮かんだぞ」
一枚写真を撮ると、愚王は気持ち悪い笑い声をあげた。
予想通りだな。
「それとお前たち、ドラゴンで我が国に来たと言ったが……どういうことだ?」
ん?
「どういうことと言われますと?」
「どういうつもりで我が国にドラゴンを連れてきたと聞いているのだ!」
さっきまで気持ち悪く笑っていたくせに、急に怒りだしてどうしたし。
本当、何を考えているのかわからないな。
「移動手段です。ドラゴンに乗れば、馬車で数週間かかる王都にも一日ですから」
ここは、シェリーの代わりに俺が答えた。
「そういうことじゃない! これはドラゴンによる侵略行為だ! よって、罰としてドラゴンを我々に引き渡せ」
はあ?
「どういったところが侵略行為だったのでしょうか?」
確かに、言われてみれば関所を通っていないから、反論出来ないところが痛いな。
「危険なドラゴンを連れてきたこと自体が侵略行為ではないか。よって、早急にドラゴンを引き渡すのだ」
あ、こいつ関所のことに気がついていないぞ。
これは強気でいくべきだな。
「お断りします」
「なに?」
「それに、王国にはドラゴンを扱えると思いません。誰か、ドラゴンを倒せる人はいるのですか? いないのなら、国にドラゴンを置いておくなんてことはやめた方が良いと思います。下手したら、国が滅びますよ?」
「なに? それなら、我が国にはゆうしゃ」
「陛下。良いではないですか。王国にいればドラゴンを見る機会なんてありませんよ? 帝国の使者は、見世物も兼ねてドラゴンを連れて来られたのでしょう。それに、おめでたい日目前に陛下の手を汚すのは良くないと思います」
勇者なら倒せるって言い出したら、実際に戦わせるつもりでいたんだけど、宰相が止めてしまった。
「それもそうだな。それじゃあ、今回は見逃してやることにしよう」
「ありがとうございます」
本当、どうしてこいつに頭を下げないといけないのか。
謁見が終わって部屋に戻ってくると、シェリーとリーナが倒れ込むようにソファーに座り込んだ。
「一時はどうなるのかわからなかったですね」
「そうね。もしかしたら結婚式にも参加しないで終わってたかも」
「宰相に助けられましたね」
いや、ドラゴンに国を滅ぼされるのが怖かったんだと思うよ。
国王は勇者なら倒せると思ったんだろうけど、宰相はそれが無理なのをわかっていたんだろうね。
バルスの話だと、スキルを得てもまだスタン程度って言っていたからな。
普通のドラゴンなら倒せるかもしれないけど、竜王には到底敵わないだろう。
もし、宰相が止めていなかったらそれを実演させて、俺たちが侵略行為をしたのかという話から勇者がドラゴンより強いのか、に論点を変えてしまおうと思ったんだけどな。
勇者のスキルを見ておきたかったし。
「一応、あっちの様子を覗かせて貰うとするか」
何を考えてはいるのかは大体わかるけど、誤算があっても嫌だし、知っておくに越したことはないよね。
俺は仕掛けておいたネズミから何か情報が送られてきていないか、モニターを出して確認を始めた。
SIDE:ラムロス
「まったく……。普段は扱いやすくていいが、こういうときに馬鹿な王だと困る」
ちょっと考えればわかるだろ? 相手はドラゴンだぞ? そんなものを王都で戦わせたらどんなことになるのか想像つくだろ。
「それに、レオンス・ミュルディーン……。ドラゴンを倒せるという噂は本当だったのか……。くそ。前勇者はいつになっても我々の邪魔をするか」
あの魔王を倒した勇者の孫だ。何かしら勇者の力を引き継いでいてもおかしくないだろう。
ああ、本当に憎たらしい。こうなることがわかっていたのに、先代はどうして勇者を逃がしたんだろうか?
「勇者と相打ちになれば良いと思ったが、それすらさせて貰えない実力の差があるだろうな。だとすると……暗殺、人質か。最高な結果は、皇女と聖女を人質にしてレオンスを殺すことだが……残ったドラゴンが面倒だな……」
レオンスには前例がある。
だが、どう考えてもドラゴンの暗殺に成功できるとは思えない。
強力な毒を盛ればいけるか……?
いや、失敗した時が怖い。ドラゴンの怒りはなるべく買わない方が良いだろう。
「しかし……ドラゴンをどうにかしないことには……仕方ない。こうなったら、切り札を使うしかないか」
前勇者が魔王を倒したときに使ったあのスキルがあれば、ドラゴン二体程度大丈夫だろう。
戦争に取って置きたいところだが、人質を確保出来て、レオンスを殺せるなら、ここで使うのも悪くない……か。
「どちらにしろ。用済みになったら勇者とエレメナーヌにはいなくなってもらうつもりだったんだ。そのときに苦労するよりはマシか」
エレメナーヌ……宝石姫のままでいれば生かしてやったというのに。
これも勇者のせいか。ああ、本当に鬱陶しいやつだ。
「はあ……」
ため息をつきながら、私はチリンとベルを鳴らした。
すると、すぐに一人の執事が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「影に動くように伝えろ。どんな手段を使っても構わんから、なんとしても計画を成功させろ。と」
この際、何人犠牲になろうと構わない。
最悪、同じ派閥の王国貴族が死んでも良い。その損より大きな利益を得られるからな。
「了解しました」
「あとは、それとなくエレメナーヌがレオンスの命を狙っていることをあいつらの耳に入れておけ」
そうすれば、失敗してもエレメナーヌの計画だったとすることが出来るだろう。
「了解しました」
「要件は以上だ。下がって良い」
「ふう。後は成功を祈るだけか」
SIDE:レオンス
「勝手に祈ってろ。まあ、この世界の神がそんなに都合の良い奴だとは思えないけど」
「それにしても、勇者補正をここで使うつもりか」
王国が取れる手としては悪くないのかな。
確かに魔王を倒せた能力なら、ドラゴンなんて楽勝だろう。
俺がいなくなれば、戦争で勇者補正を使う必要もないし。
けど、その前提にある俺の暗殺はどうするつもりなんだろうな。
ドラゴンよりも俺の方が厄介な自信はあるんだけど。
「それと、やっぱり王国は必要がなくなったら勇者と王女を殺すつもりだったんだな」
あのバカ国王を操って良い思いをしてるやつらが、自分の思い通りにならなそうなエレメナーヌを王にするとは思えなかったんだよね。
「エレメナーヌが王になれば、多少はマシな国になりそうなんだけどな」
「あ、また覗きをしているんですか? 誰のお風呂シーンです?」
俺がモニター向かってブツブツと呟いていると、後ろからリーナが抱きついてきた。
珍しいな。リーナか。と思ってシェリーの方を見てみたら、疲れたのかソファーでうとうとしていた。
「いやいや。ハゲたおっさんの独り言だよ」
最近覗きって言われるから、迂闊にネズミモニターに触れないんだよな。
「あら、旦那様にはそんな趣味が」
「断じて違います。ちゃんとしたスパイ活動です」
おっさんの独り言を眺める趣味とか、キモすぎるでしょ。
「ふふ。わかっていますよ。お疲れ様です。何か新しい発見はありましたか?」
「いや、特に。強いて言えば、やっぱりあいつらは暗殺を企んでいるってところかな」
勇者補正には触れないでおく。必要以上に不安にはさせたくないからね。
「あら、怖いですね。もしかしたら、今も壁越しに狙われているかも」
「もしかしたらね……。あ」
何気なく壁の向こう側を透視してみたら、なんと立派な大砲がこっちに向けられていた。
そこまでするのか……。
「え? どうしたんですか?」
「いや、何でもないよ」
流石に壁の向こう側にある物を言ったらパニックになってしまいそうな気がするし、誤魔化しておくか。
今は撃たれそうにないし、後でこっそり壊しておこう。
「そんなはずありません。あっちに何かあるのですか?」
「違うよ。えっと……」
俺はちょっと悩んでから、リーナの耳に口を近づける。
そして、最も俺らしいことを呟いた。
「透視を使った時に皆の裸を見ちゃっただけ」
「うう……変態」
顔を赤くすると、ペチンと軽く俺の頬を叩いた。
まあ、これで誤魔化せただろ。