第十一話 騎士最強決定戦①
公爵会議から約一ヶ月、ミュルディーン騎士団最強決定戦の日だ。
ルールは簡単、武器や魔法、スキルの使用は自由、相手を殺すのもあり。
言い訳無しのガチンコバトル。
こんなことが出来るのは、もちろん闘技場に師匠の手を借りられない代わりに俺が少し手を加えたからだ。
ダンジョン化したのはいいけど、普通のドラゴン一体分の魔石しか使っていないから、魔力の制限が大きいのが問題点かな。
だから、その性能テストを騎士にやって貰おうと思って、この企画をやることになった。
成功すると良いんだけどな……魔力が足りるか心配だ。
そして今日の主役、騎士たちはと言うと、今盛大に抽選会で盛り上がっている。
騎士団創設から約二年。三年目に突入したが、まだ総勢百二人。
この前の入団試験でやっと百人、とても侯爵家の持つ騎士の規模じゃない。
最初の試験が厳し過ぎたね。あれにベルノルトも合わせたもんだから、一月に二桁以上入団したことがない。
まあ、質だけを見れば帝国いや、世界一の騎士団だろう。
弱くても、A級冒険者程度の強さはあるからな。
お、抽選結果が出たみたいだな。
自分の割り振られたグループを見て一喜一憂しているみたいだ。
今日のスケジュールは、午前中に予選大会。午後に決勝トーナメントだ。
予選大会の方式は二十五人ごとに乱戦方式で戦って貰い、最後に立っていた三人、計十二人が決勝トーナメントの参加権を得られることになっている。
で、余った二人はシードだ。
シード権は、ベルノルト、アルマ、ヘルマンの三人にくじを引いて貰って、当たったベルノルトとヘルマンが獲得した。
あの三人の強さは別格だから、誰もシード権に文句は言わない。
むしろ、自分が予選で当たる確率が減ってラッキーと思っている人がほとんどだろう。
トーナメントに進むだけでも褒美が貰えるからな。
「グループ分けが終わったから、そろそろかな?」
そして俺は、闘技場の特等席でシェリー、ベル、エルシー、ルーと一緒に観戦している。
リーナやジョゼは、ダンジョンが治さなかった軽い傷の治療をするために、今日はずっと下にいることになっている。
そしてフランクも、とあるイベントの為に下で待機して貰っている。
本当はリーナたちにも楽しんで貰いたかったし、全ての傷を治せるように設定したかったんだけど……それをやるとすぐに魔力が枯渇しちゃうからな。
「そろそろだと思いますよ。あ、第一グループが入ってきました」
抽選会が終わり、それぞれ準備が整ったのか、ぞろぞろと男たちが闘技場に入ってきた。
「アハハ。皆、緊張しすぎ!」
ルーに笑われている騎士たちの顔を注視してみると、確かに表情が強張っていた。
「まあ、始まって身体を動かせば緊張も和らぐだろ。それより、ただ見ているだけでもつまらないから、この中で誰が勝ち残るか予想しようよ」
「いいわよ。この中で勝ち残れそうなのは……あの斧を持った全身鎧のロブかな? 力だけなら、騎士団の中でベルノルトさんの次ね。あと、もちろん副団長のクロードさんは経験、実力的にも確実ね」
俺が軽い気持ちで提案すると、シェリーが指さして名前を呼びながらの解説をしてくれた。
俺の騎士なのに俺より騎士に詳しいんだが……まあ、ダンジョンに挑んでいる間、騎士たちと交流する時間はたくさんあったか。
この一ヶ月もダンジョンに挑戦していたみたいだし。
「初戦、どうなるのか楽しみだな」
そうこう言っている間に、開戦の準備が整ったようだ。
始めの合図は俺がやることになっている。
「始め!」
俺の声が響き渡るのと同時に、男たちが一斉に動き始めた。
「まるで戦場だな」
剣で斬り合い、血が飛び交う光景は正に戦場だった。
「お客さん、こんなの見て喜ぶの?」
「闘技場に来る人は、こういうのが好きなんだよ」
帝都の闘技場でも、犯罪奴隷同士で殺しは行うらしいからな。
それに比べたら、死なないことがわかっているこっちの方が見ていて気分が悪くなりづらいだろう。
「まあ、流石に普段は事故が怖いから魔物以外相手を殺すのは禁止だけど」
週に一回くらいなら、そういう試合をやっても大丈夫かな?
一般人のお客さんから魔力を得るとなると、凄い時間がかかるだろうからそれくらい間隔を開けないとダメだ。
「それは当然よ。私たちの魔力があってギリギリなんでしょ?」
「そうですよ。しかも、大きな傷だけを治す制限付きなんですよね?」
「まあね。致命傷だけに限定しないと、二十人以上の人を何回も治したりできないから」
リーナたちが治せるぐらいまで回復するくらいで抑えとくだけで、随分と使う魔力が節約出来る。
「あ、シェリーが言っていたロブが一気に五人も倒した!」
俺たちが闘技場の仕様について話していると、それを全く無視してルーが戦いの様子を叫んだ。
いや、この場所だとルーの方が正しいのか。
俺たちも騎士たちの雄姿をちゃんと見ていないと。
「本当だ。もうあと二人になってる」
今、闘技場で立っているのは五人いる。
ロブと副団長は無傷、他はそこそこ傷を負っているな。
「ほら言ったでしょ?」
「あ、一人ロブさんを抑えましたよ」
シェリーが自慢げにしている間に、一人の騎士がロブと激しい攻防を繰り広げていた。
あの傷で、よくあそこまで動けるな……。
ロブの攻撃を避けながらも、しっかりと攻撃を返しているあの男は誰だ?
「え!? あ、そういえば……あの人は最近急激に成長しているミック。確か、まだ入団して三ヶ月くらいよ。あんなに強くなったんだ~」
マジか。シェリー、最近入った人まで把握してるのかよ。
ミックの活躍よりも、そっちの方が驚きなんだけど。
「そんな短期間で凄いな。お、そうこう言っている間にあと一人だ」
ロブとミックが熱戦を繰り広げている横で、二人相手していた副団長が両方倒した。
うん。決まりだな。
「よし、一斉回復!」
副団長が最後の一人を倒したのを見て、回復を行った。
これ、蘇生じゃないのが肝だったりする。
倒された騎士たちは死ぬ前に時間が止められ、試合が終わるまで生きて状態を保っておく。
で、試合が終わると同時に傷を治して、時間をまた進める。
やることが多くてこっちの方が魔力を使ってしまいそうだけど、蘇生に比べたら何倍もマシだ。
「ふう……全員生き返ったかな?」
「うん。全員起き上がったわ」
闘技場を見渡すと、全員意識があるようだ。
傷がまだ残っている人は、リーナたちに治して貰っていた。
「それは良かった。けど、魔力はあと三回ギリギリだな。昼休憩でシェリーたちにも協力して貰わないと」
午後のトーナメントは大人数を治す必要もないから、そこまで魔力は必要ないはず。
「いいわよ」
「了解~」
「よし、第二グループが入ってきたな。次の予想は?」
「まず、アルマは当然として……あの女の人、強いわよ」
アルマのグループか。うん?
「ん? どこかで見たな……あ! ベルノルトの奥さん?!」
「正解」
「いや、どうしてここにいんの!?」
子供はどうした! あ、観客席でベルノルトが面倒みてる。
それにしても……いつ騎士団に入団したんだ?
「最近、子供を連れて騎士団に来て、属性持ちの騎士たちに魔法を教えてるの。で、一応騎士団に入団していることになっているわ」
騎士としてじゃなくて、教育係としてか。なら納得かな。
貴重な魔法使いが増えるのはありがたいし。
「で、どうして今日は参加したんだ?」
「あの人、元はS級の冒険者だからね? そりゃあ、こういうお祭りがあったら参加するに決まっているじゃない」
そんな理由ありなのか? てか、ベルノルトの奥さん、そんな戦闘狂みたいな人だったかな?
「うん……見た目は優しいお母さんなんだけどな」
杖を持ってニコニコしているあの人が、これからたくさんの人を殺すようには見えないな。
そして、俺が始めの合図を出す時が来た。
「始め! ……え?」
「あ……」
「アハハ! 瞬殺!」
始めと同時に、アルマとベルノルトの奥さんが全員倒してしまった。
アルマがそうなるのはわかっていたけど……ベルノルトの奥さんがここまでとは……。
元S級の名は伊達じゃないな。
「これ、どうするの……?」
瞬殺された人たちが起き上がっていくのを眺めながら、俺はこの事態の収拾をどうするべきか考えていた。
うん……あと一人、どうしようか。
「仕方ない。可愛そうだから、アルマとベルノルトの奥さん以外で、仕切り直してもう一枠を争って貰うか」
流石に、今の試合は実力差があり過ぎた。
次からは、二人もシードにしとかないと。
「いいの? 魔力が足りなくなるんじゃない?」
「俺がその分補充してくるよ」
試合が終わるまでに注いでおけば、一回分くらい溜まるだろ。
「私たちも行く?」
「いや、一回分だけだから良いよ。二人は昼の時にお願い」
まだそこまで必要ないから、何もない部屋で何分も魔力を注いで貰うのは悪い。
たぶん、次は一枠の争いだから面白くなりそうだからね。
「そう、わかったわ」
「それじゃあ、始めの合図だけ頼んだ」
「ふう……時間がかかりそうだな」
ダンジョンコアがある部屋に転移すると、すぐに魔力供給を始めた。
《三十分後》
「これだけあれば、余裕持って午前中の試合は続けられるだろう」
終わりの合図が聞こえるまで、ひたすら魔力を注いでいたら三十分も経ってしまった。
ここまでやる必要はなかったな。まあ、昼の分が減ったと思えばいいか。
それにしても、長い戦いだったな。
「ただいま~」
「おかえり。ねえ聞いて! 今、凄く熱い試合だったの!」
帰ってくると、凄く興奮しているシェリーが詰め寄ってきた。
「最後、若手と中堅の騎士で一対一になって、ずーーーっとお互い譲らない攻防が続いて、最後に中堅が意地と気迫で若手の騎士を倒したの。あれは凄かったわ……」
「よ、良かったね……」
見てない俺にそんな嬉しそうに語るなって、見られなかったのが悔しくなってくるだろ。
ああ、次だ次!
「第三グループは誰に注目するべき?」
「うん……あの獣人族で小柄なケルかな? アルマほどじゃないけど、動きが速いのが特徴ね。あと、ミックと並んで今急成長中の新人バンも注目しておいて損はないわ。あと、第二回の入団試験で合格したラザと四回で合格したラルフ」
いやシェリー、本当詳しいな。俺もちょっとは騎士団に顔出すようにしないとな。
「ラザとラルフは俺も知ってるな。盾で守りながら戦う戦法と大剣を軽々振れる人だ」
まだ、俺が試験官をやっていた時だからね。
ヘルマンに勝てなかったものの、どっちも強かったのを覚えている。
「ここのグループは混戦になりそうだな」
それから十分……
「思ったよりもあっさりだったな」
俺の予想は外れ、混戦になることなく第三グループの試合が終わった。
「早々に、ケルさんがラルフさんを倒してしまいましたからね」
そう獣人族のケルが誰彼構わず倒していったのが大きかった。
「ケル、強かったな」
あれはトーナメントでも活躍できそうだ。
「ついに第四グループ、最後だ。次は誰が勝ち残りそう?」
もちろん、今回も俺はわからない。
思っていた以上に、名前の知らない騎士が多いことがショックだな。
今度、こっそり騎士の特徴と名前を覚えておくか。
「うん……このグループは誰が勝ってもおかしくないかな。たぶん、魔法と剣をバランス良く使えるスタンかな? 個人的にはアルマの他に一人しかいない女性騎士、エステラを応援しているわ」
エステラ……あの細い剣を持った女の人か。
「エステラ、毎日頑張ってるもんね~」
へえ、頑張り屋さんか。
「それは頑張って欲しいな」
「始め!」
「あ、さっそくスタンが動いた。こういう乱戦だと、魔法は有利ね」
始めの合図と共に、さっきベルノルトの奥さんがやったみたいに、スタンが魔法を広範囲に飛ばした。
「でも、その分他の騎士に集中して狙われてしまいました」
「まあ、そうなるか。ベルノルトの奥さんほどの威力は出せないから、そこまでの人数を倒せなかったな。まあ、剣も使えるなら上手く生き抜けるだろ。エステラの方はどうだ?」
「まだ残ってる。でも、足に傷を負ってしまったわ。九人……いけるかな?」
右足、引きずってるから力入ってないな……あれであと六人倒れるまで生き残るのはキツいと思う。
そう思っていたのだが、それからも上手く怪我をカバーしながら生き続けた。
「五人……四人……あっ……」
あと一人のところだったな。
「惜しかったけど、仕方ない」
悔しがるエステラを見て、しょぼんとしてしまったシェリーの頭を優しく撫でてあげた。
今回は負けてしまったけど、エステラにはこの悔しさをバネにもっともっと成長して貰いたい。
こうして、午前の予選大会が終了した。