第八話 公爵会議②
「それでは、年一回の定例公爵家会議を行う。さて、今回の主な議題は三年後に控えた戦争に向け、各家で分担する仕事についてだ。議長は、ディオルク・フォースターが行わせて貰う」
皇帝も到着しそれぞれ着席すると、父さんの言葉によって公爵会議が始まった。
「それでは、陛下から」
「諸君、遠路はるばるご苦労。今回は事前に知らせた通り、戦争に向けた具体的な支援要請が主な議題だが……その前に、戦争の作戦について説明させて貰おう」
「作戦? 西の国境でただ守るだけでは?」
確かに、細かな作戦は必要かもしれないけど、単純な防衛戦にここで話しておきたい作戦なんてあるのか?
「そうだな……本来なら、西の国境で王国を食い止めるのが一番だ。だが、壊された城壁の修復が……防衛拠点とするには到底三年では間に合いそうにない。それに、旧フィリベール領には食料の備蓄が一切無い。この状況では、国境付近で戦うのは逆に不利だ」
「なるほど……確かに、国境付近まで食料を運ぶとなるとかなりのコストが……」
そうだよね。最短の領地でも俺の所か。フィリベール領はとても余所に回せるほど食料に余裕が無い。
となると……。
「王国の兵をミュルディーン領まで誘い込むと?」
俺の代わりにジョゼのお父さんが皇帝に聞いてくれた。
たぶん、皇帝はミュルディーン領を防衛拠点にする考えだろう。
「そういうことだ。王国が攻め込むとしたら、最低目標はミュルディーン領だと思う。荒れた旧フィリベール領を奪い取っても王国にはうま味がないからな。確実、奴らはこの誘いに乗ってくる」
まさか……ここで俺が行った荒らしが効いてくるとは。
違う手で王国兵士を追い返していたらどんな未来が待っていたんだろうか?
「さらに、この誘いには他にも狙いがある。ミュルディーン領までの移動で王国の兵士を疲弊させられる。移動途中、何度も奇襲をかけることで、奴らに警戒させ続ける。ミュルディーン領手前で敵の食料を枯渇させることが出来たら御の字だな」
まあ、そうだろうね。ただでさえ長距離で疲労が溜まる遠征。
休む暇を与えなかったら、何人も脱落者が出て来るだろう。
これが成功すれば、相手に長期戦に持ち込ませなくて済む。
「なるほど……それでは、奇襲部隊も用意しなくてはなりませんね」
「それについてだが、それはレオに任せたいと思う。転移のスキルは奇襲にこれ以上ないほど効果的だ」
おっと、俺か。まあ、転移があれば特に問題無いか。
なんなら、魔物を造って襲わせるとかも出来るし。
「なるほど……ですが、レオンス殿の負担が大きくなるのでは?」
ご心配無く、少し魔力を使う程度ですから。
「奇襲作戦は、ミュルディーン領から兵が歩いて四日の距離までをレオに、それ以降は他の家に任せたい」
別に、大丈夫だけどな……。
まあ、流石に衝突直前で防衛拠点に指揮官がいないのは不味いか。
「それじゃあ、その仕事はうちに任せて貰います。危険な仕事は兵に余裕があるフォースター家で引き受けるべきでしょう」
「そうか。それなら、フォースター家に頼もう」
「次に、長期戦を想定した補給部隊をミュルディーン領に比較的近いボードレール家に任せたい」
長期戦にはしたくないけど、その準備も怠らない、か。
王国の様子を知っている俺からすると、本当に頼りがいのあるリーダーだな。
「はい。補給物資もこちら持ちで構いません」
ん? 戦争での補給物資って相当するだろ?
「いいのか?」
「はい。レオンス殿には借りがありまして」
いやいや。俺、大したことしてないし。
これは、フランクに感謝だな。
「そうか。なら、頼んだ」
「最後に、残ったルフェーブル家は補給経路の確保を頼みたい」
補給経路の確保? ああ、戦争中にそっちを狙われないようにするためか。
ん? だとしたら……。
「すみません。発言のお許しを」
「かまわない」
「補給物資についてですが、僕が直接運ぶ形で構わないかと」
俺の鞄と転移があればすぐに終わる。
何も危険を冒す必要は無い。
「いや、それも考えたが指揮官が戦場を離れるわけにはいかん。もしかしたら、レオが指揮から抜け出せなくなる時がくるかもしれない。戦争は何が起こるかわからないから、非効率だが確実な方法を取るしかないのだよ」
言われてみればそうか。今回、俺は自分が大将なのを自覚しておかないと。
「そういうことですか……失礼しました」
「気にするな。それで、ルフェーブル家は大丈夫か?」
「はい。そうですね……補給拠点になりそうな近隣の貴族への協力要請と拠点造りはうちにお任せください」
「それはありがたいが……そうすると、負担が大きくならないか?」
「ご心配無く。ボードレール家同様、個人的な借りを返したいだけですから」
だから、俺は大したことはやっていないんだけどな……。
「そうか。それぞれ準備の方を頼んだ」
「それでは次の議題に。王国の現状を説明して貰いたい。半月前まで王国に潜入していたバルス殿、頼めるか?」
ついに来たか……。頼むから皇帝たちをなるべく不快にさせないでくれよ?
「はい。まず、王国は攻城兵器に力を入れているようです。迅速に城壁に穴を開け、中に攻め込むという作戦です」
ん? 誰だ?
俺が驚いて振り返ると、確かにバルスが真面目に話していた。
こいつ、普通の話し方も出来るのかよ……。
「攻城兵器というのは、どのような物が?」
「魔砲と呼ばれる上級魔法を撃ち出すことが出来る大きな魔銃を発明していました。ただ、必要な魔力がとても多く、これから三年間魔力を溜めたとして撃てても五発とのことです」
最近確認できたことだけど、師匠が言っていた通り魔砲はとんでもなく燃費が悪いみたいだ。
それでも、一発で城壁に穴を開けられる威力は恐ろしいものがある。
「そうか……なら、国境付近で使い切らせるのもアリだな」
うん。それがいいかな。
元々中に誘い込むつもりなら、軽い抵抗だけで数発使って貰えるならありがたい。
「そうですね。それでは、その役目は僕だけで行います」
これは俺以外に適任はいないだろ。
「ミュルディーン家だけで? それは無茶では?」
「いや、僕だけです。僕一人で大砲を使い切らせてみせます」
なんなら、敵の数もそこで減らすのも良いかもな。
「いや、流石にそれは……」
「大丈夫です。僕には、死なないゴーレムの兵士がいますので」
さて、三年後に向けてレッドゴーレムのストックを増やしておくとしますか。
素材は問題無い。ドラゴンはこの前乱獲した。
「なるほど……わかった。その費用は帝国が出す」
「了解しました」
と言いつつも、貰えないけどね。
ドラゴンの素材大量分の費用なんて、流石に帝国が破産してしまう。
「それと、勇者についても説明をして貰っても?」
「はい。現在、勇者は着々と強くなっております。そうですね……三年もあればダミアン殿と互角になるかと」
「なるほど……それなら、レオが戦えば? いや、指揮官が前線に出るのは良くない」
「大丈夫ですよ。うちの騎士も三年あればおじさんと同等にまで強くなれる人がいますから。それに、一対一で戦う必要もありませんし」
地獄の特訓を毎日熟しているからね。三年もあればヘルマンたちなら戦える。
俺は、斜め後ろにいるヘルマンに目を向けた。
ヘルマンは少し驚きながらも、力強く頷いた。
「そうか。それと、王国の後継者問題はどうなった?」
あ、その話題か……。これについては、先に皇帝と二人きりで話しておくべきだった。
「それにつきましては、ほぼエレメナーヌ王女で確実かと。八ヶ月後、十八の誕生日に合わせて勇者との結婚式を盛大に挙げるそうです」
「そうか……そうなると、使者として皇族……シェリーを送る必要があるか。流石に、戦争が起きる前に断ることは出来ない」
そう、そうなんだよ……。王国、絶対わざとこのタイミングで結婚させただろ。
単なる嫌がらせか……何か思惑があるのか? 流石に、そこまではバルスもわからなかったみたいだ。
「となると……護衛としてレオンス殿も同行するのが一番ですかね? もし何かあったとしても転移ですぐに帰って来られますから。ただ、ミュルディーン領の戦争準備に支障が出てくる可能性も……」
「大丈夫です。どうにかしてみせます。僕以外に適任者はいないでしょう……」
他の誰かにシェリーを任せるなんて出来ない。
ここは、無理をしてでも俺が同行するべきだろう……。
「そうか。負担をかけてすまんな」
「いえ、お気になさらずに」
逆に考えれば、勇者がどんな奴なのか知ることが出来るチャンスだ。
それに、俺自身が直接行ければ出来ることが色々と増える。
俺のネズミ……なぜかバルスにはくっつけないみたいだからな。
「実際、王国は戦争前にレオンス様を確認しておきたいみたいです。レオンス様が噂通りの強さなのか気になると言ったところでしょう」
俺が勇者を気にしているように、王国も俺を気にしていると……。
「やはりな。仕方ない。これに関しては、王国にしてやられたと思うしかない。王国に力を見せつけて威圧するか、力を隠して油断させるかはレオに任せる」
「了解しました」
今はノープランでいいかな。
あっちに行ってから考えよう。
「では、戦争に向けた話し合いはこれで一旦終わりとさせて貰う。次に、帝国の予算について……」
それから、俺は話し合いには参加せず他の四人の話し合いを聞いていた。
流石に、俺が国の予算について言えることはないからね。
と思っていたら、これから三年間帝国の予算三割がミュルディーン領の補助に使うことが決まってしまった。
貰いすぎな気もするけど、正直ありがたいかな。
次は王国サイド!