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第六話 二人の幸せ

 

 SIDE:ジョゼッティア


 学校再開初日、誰にも見つからずに手紙をフランクさんの机に入れる為、私は久しぶりに早起きをして教室に向かっていた。

 ちょっと前まで、これが習慣でしたんですけどね……久しぶりの今日は凄く眠いです。


「今日も誰もいませんよね……」

 いつもそう呟いてから教室に入る。

 最初の頃はビクビク周りの目を気にしていましたけど、今は言葉だけでこれっぽっちも心配していません。

 寮生活が始まってからは、皆さんギリギリで教室に来ますからね。

 こんな早く教室に来る人なんていません。

 そのはずなんですが……どうしてでしょう? 二人もいます。


「え、えっと……おはよう」

 私が固まっていると、私を待っていたかのように二人組の片方が私のところまでやって来た。


「お、おはようございます……フランクさん。それと……レオさん」


「おはよう。俺はすぐいなくなるから気にしないで」

 いなくなる? どういうことでしょうか?


「……驚かせちゃってごめんね。授業が始まるまでまだまだ時間があるから……ちょっと二人で話さない?」


「お話ですか? だ、大丈夫ですけど……」

 フランクさんは大丈夫なのでしょうか? 二人で話しているところを見られてしまったら、不味いのでは?

 あ、違うわ。これ、そういうことじゃない。

 そうですよね……これで終わり……仕方ないですね。


「なら良かった。レオ、お願い」

 私が一人悲しんでいると、フランクさんが覚悟を決めたように振り返った。

 すると、少しニコッと笑ったレオさんが私たちのところまでやってきた。


「はいはい。ジョゼ、少しだけ手を貸して」


「え?」

 フランクさんの手を握ったレオさんに手を差し出され、私はキョトンとしてしまった。

 こ、これから何をするつもりなのでしょうか?


「大丈夫。ちょっと場所を変えたいだけだから」

 レオさんがそう言って混乱している私の手を取ると、辺りの景色が一瞬で変わった。

 こ、ここは? それに、今のは……転移ですか?


「ここなら誰も来ないし、盗み聞きも出来ないよ。フランク、終わったら連絡して」


「わかった。ありがとう」


「いいってことよ。それじゃあ、頑張れよ!」

 え? ……え!?

 状況が飲み込めません。私、今どういう状況ですか?

 誰もいないはずの教室にフランクさんとレオさんがいて……急にどこかに連れて来られ、レオさんはどこかに消えてしまい……部屋には私とフランクさんだけ。


「ごめん。混乱しているよね」


「は、はい……」

 フランクさんの問いかけに、私は遠慮がちに頷いてしまいました。

 とても、平然としていられません。


「えっと……こうして話すのは初めてだよね」


「……はい」

 確かに、挨拶以外で話すのは初めて。それが出来なくて手紙を書いていたんですから。


「こんなに長く手紙のやり取りをしていたのに、本当おかしな話だよね」


「仕方ないですよ……お互い事情がありましたから」


「事情か……事情さえなければ……」

 そうですね。本当に事情さえなければ……。


「ああ……ダメだ。そんな話をしたいんじゃないだろ?」


「え? なんて?」


「あ、違う。そ、そう。ちょっとこっち来て。ここから景色、凄いから」

 私が聞き取れず聞き返すと、フランクさんが慌てたように外を指さした。


「は、はい……え? これは……凄く賑やかな街ですね。こんなたくさん人がいる街なんて……帝都ではないですし」

 フランクさんに言われ、窓をのぞき込むと見知らぬ街が下に広がっていました。

 あんな数の人が行き来している街なんて見たことがありません。

 帝都でもここまでは……私たち、どこに連れて来られたのでしょうか?


「ここは、レオの街だよ」


「なるほど……それなら、納得です。今、ミュルディーン領に領民が移ってしまうことをお父様が頭を抱えるくらいですから」

 世界の中心とされる街。初めて見ましたが、ここまで凄いとは。

 ここまでなら、確かにうちから人が出て行ってしまうのも仕方ない気がします。


「あ、ルフェーブル家も? うちの親も商人たちが減ってしまったって頭を抱えてたよ。本当、凄いよな……俺たちと同じ歳でこの街を運営して、更に拡大しているんだぜ?」


「そうですね……。とても、同級生だとは思えません」


「だよな……ずっと間近で見てきたけど、あいつは本当に凄いよ」

 そう言うフランクさんは、どこか誇らしげで……嬉しそうでした。


「フランクさん、よく手紙にレオさんのことを書いてくださいますよね。実はあれ、読んでいて凄く楽しかったです」

 何より、書いているフランクさんが楽しそうだった。それが伝わってくるだけで、私は嬉しかったんです。

 ああ、そうですよね……もうそれも読めなくなってしまうのか……。


「そうか? まあ、とんでもないことに巻き込まれることも多々あったけどな。ダンジョンに連れて行かれた時は、本当に身の危険を感じた」


「最後の手紙の内容ですね」


「最後……そうだった……あの後、爆発が起きて手紙のやり取りが途絶えたんだった」


「はい……」

 悲しい顔を我慢するのは無理でした。

 作り笑顔が崩れ、私はうつむいた。


「本当、フィリベール家は余計なことをしてくれたよ。国を裏切るなんて、貴族として一番やってはいけないことだ」


「そうですね……」

 あれさえなければ、もう少しフランクさんと手紙を送り合えていたのに。


「そうだ。あの時もレオが俺たちを助けてくれたんだ」


「あの壁ですね」

 そう。爆心地の間近にいたにも関わらず、私が生き残っているのはレオさんに壁で守って貰えたからです。

 自分が瀕死になってまで……。


「フィリベール家も爆弾で殺され……その爆弾を作製した男は今、帝国との戦争に向けて王国に力を貸している。本当、やり返したくても出来なくて嫌になってしまうよ」


「戦争……」

 凄く不安です。ただでさえ、爆弾でたくさんの人が死んでしまったのに……これからまた多くの人が死んでいくなんて。


「大丈夫さ。レオなら、きっと勝てる。あいつは本当に凄いんだぞ。常に誰よりも先を進んでいくんだ。レールも道も整備されていない茨道をあいつみたいに走り続けるなんて、俺には出来ないよ」


「そうですね……レオさんの功績や出世話に目が行きがちですが、レオさんは本当に苦労されていますよね」

 親に縛られない生き方に羨ましく思った時期もありましたが、よくよく考えればレオさんはその分たくさんの苦労を経験しています。

 私は、ただ文句を言いながら親の敷いたレールに沿って進んでいるだけ。

 レールから逸れる勇気なんて無い私に、羨む権利なんてありません。


「ふふふ。実は私、学校でレオさん、フランクさん、ヘルマンさんのやり取りを見ているのが凄く好きだったんです。三人で楽しそうに会話しているのを見ていると、私まで楽しくなってきて」

 前の席で三人が楽しく会話しているのを眺めているだけで、私は凄く幸せだったんですよね~。

 また、今日からそれが見られると思うと私は凄く幸せですね。

 もう一年しかそれが見られないと思うと……ちょっと寂しいですが。


「見られてたんだ……」


「はい。ずっと、私はフランクさんのことを見ていましたよ」

 ふう、と一息つき、私は決心して踏み出すことにしました。

 世間話をしに来たわけではないんですから……ここは、私から切り出しましょう。


「私、心の底からフランクさんのことが好きですから」


「え?」


「私、親のことなど関係無く、フランクさんのことが大好きです。それだけは知っていて欲しいです。例え、今日で手紙のやり取りが終わるとしても……」

 そう。フランクさんに今日、終わりを告げられても、私の気持ちだけでも知っておいて欲しかったんです。

 フランクさんがこれから教国の女性と結ばれても、私が知らない人と結婚したとしてもそれだけは知っておいて欲しい。

 私は心からフランクさんのことが好きだってことを。


「えっと……色々と答えないといけないな。その前にまず、一つだけ確認させて欲しいんだけど……手紙のやり取りが終わるってどういうこと?」


「え? 違うのですか? もう、手紙のやり取りが出来ない。それを伝える為に、二人だけになったのでしょう?」

 じゃあ、どういうことですか?


「いや……。うん。そうだよな。伝えないと何も伝わらない。伝えないで後悔するより、伝えて後悔しろ……。そうだったな」

 独り言のように呟くと、フランクさんは決心したかのように力強い目で私を見つめた。


「今から、ちょっと辛い話をする……少しだけ我慢して聞いていてくれないか?」


「……はい。大丈夫です」

 まったく話の流れがわかりませんが……覚悟は出来ています。


「俺、実は次期教皇の娘と婚約することになった」


「あ、ああ……そ、そうですか……お、おめでとうございます」

 覚悟はしていたけど、あまりの現実に私は言葉がすぐに出てきませんでした。

 フランクさんが婚約してしまう事実……その相手が私には敵わない相手であることに……あまりのショックに……膝の力が抜けてしまった。


「待ってくれ。まだ話を聞いてくれ」

 まだ何かあるのですか? もう、何も聞きたくありません!

 耐えられなくなってしまった私は、耳を手で塞いでうずくまってしまった。

 覚悟してたのに……何を言われても平気な顔してようと思ってたのに……。


「ジョゼ。顔を上げてくれ」

 イヤイヤと顔を横に振る中、私の手が温かい手に優しく包み込まれた。

 少し驚き、顔を上げてしまうと……しゃがみ込んだフランクさんと目が合いました。


「俺も、心の底からジョゼのことが好きだ。ジョゼの手紙を読むのが凄く楽しかったし、手紙の内容を考えて生活するのが凄く楽しかったんだ。手紙を通して、君の素直な気持ちや優しさが凄く伝わってきた。気がついた頃には君に惚れていたよ……」


「そ、そんな……そんなこと……そんなこと言って困らせないでくださいよ……」

 余計に悲しくなってしまうじゃないですか。

 片思いだったらまだ諦められたのに……。


「ごめん。親の決定には逆らえないんだ。これを断れば、ボードレール家は完全に分断してしまう。それはどうにかして、避けないといけないんだ。ボードレールを第二のフィリベールにはしたくない」


「わかってます。私たちは貴族です。特権に見合った責任があることも……」

 わかっているんです。でも、でも……。

 もう、耐えられず、私はフランクさんに抱きついて泣いてしまった。

 こうして、甘えられるのは最初で最後。

 そう思うと、更に涙が流れてきます。


「ごめんよ。でも、まだあとちょっとだけ俺の顔を見て話を聞いてくれないか?」

 そう言われ、私は涙を止めようと目を擦り、真っ赤になっているであろう目でフランクさんを見つめました。


「諦めていたんだけどね……俺の親友がそうさせてくれないんだよ。そうだな。俺も茨の道を進んでみようかな」


「え?」


「ジョゼ、俺と結婚してくれ」

 そ、そんな……。


「いけません……ダメなんです。フランクさんには家があります」

 その言葉をずっと……ずっと……待ち望んでいました……待ち望んでいましたけど、ダメなんです。

 凄く甘えたい……甘えたいよ……。でも、フランクさんのことを考えたら絶対に良くありません。


「大丈夫。家は俺がどうにかしてみせるさ」


「次期教皇の娘さんとの結婚はどうするんですか? まさか、断るつもりですか?」


「ああ、断るよ。許して貰えるかはわからないけど、直接謝りに行く」


「そ、そんな……謝って済む話ではありません」

 大問題です。もしかしたら、教国との関係が悪化してしまうかもしれません。

 ただでさえ、王国との戦争が控えているのに……。


「本当はな。今日、この場でジョゼに俺の側室になってくれって頼む予定だったんだ。昨日レオたちに相談して、そうしろと言われて」


「そ、そんなことが……」

 それで、先ほどレオさんがいらしたのですか……。

 ああ、昨日リーナさんが私の部屋に来た意味もわかりました。

 リーナさん……そうですね。


「でも、それじゃあどうしても納得出来なかったんだ。ジョゼがついでになってしまう気がして……凄く嫌だったんだ。それに、ここでこの意見に流されていたら一生後悔する気がしてね。だから、俺はジョゼと結婚することに決めたんだ!」


「……嫌です」

 じっとフランクさんの目を見て、私は断った。


「え?」


「嫌です! フランクさんだけが苦しい結婚なんて! 私にも茨の道を歩ませてください! 夫婦とは、そういうものじゃないですか?!」


「え、え!?」


「別に、私は側室で構いません。側室が不幸かと聞かれたら、私はそう思いません。だって、少なくともリーナさんは凄く幸せそうですから!」

 そうですよ! リーナさん、いつも楽しそうにレオさんやシェリーさん、他のお嫁さんたちと楽しく生活しているじゃないですか!

 そんなリーナさんの幸せを、私は否定出来ません!


「……」

 私の気持ちが伝わったのか、フランクさんはハッとして黙り込んでしまった。


「茨の道も、二人で歩けば少しは楽ですって。それとも、フランクさんは私が側室だったら愛してくれないんですか?」


「そんなことない」


「なら、いいです。フランクさん、末永くよろしくお願いしますね」


「……わかったよ。そうだな。よく考えたら、レオも別に一人で茨の道を歩いているわけでもないもんな。あの嫁さんたちに支えられているんだ」


「そうですよ。フランクさんも一人だけで頑張る必要なんて無いんです」


「そうだよな……うん、そうだ……。ああ……もうダメ」

 うんうんと頷きながら、フランクさんの目に涙が溜まっていき……耐えられなくなったのか、私に抱きついて泣き始めてしまった。


「ちょっと。泣かないでくださいよ。私、やっと落ち着いてきたんですから……もう」

 せっかく、涙を止めたのに……。

 私もフランクさんを抱きしめて、また泣き始めました。


「ごめん。これから、茨の道のお供を頼むよ」


「任せてください。フランクさんも、私に飽きても捨てないでくださいよ?」


「絶対に飽きないし、絶対に捨てないから大丈夫さ」


「その言葉、信じますからね。旦那様」


「ま、まだ気が早いって……」

 ふふふ。旦那様……凄く良い響きですね。


「ちょっとくらい良いじゃないですか。これが私の夢だったんですから」


「旦那様って呼ぶのが? まあ、いいけど……」


「ふふふ。それじゃあ、二人きりの時だけそう呼ばせて貰いますね」


「わ、わかったよ……」

 やったー! 許可を貰いました。

 これから、二人きりなるのが楽しみですね。


「あの……これからいいところなのは重々承知なのですが……タイムリミットです」


「きゃあ(うおお)!」

 急に間近で私じゃ無い女の人の声がして、私と旦那様は大きな声で驚いてしまいました。

 声がした方を見ると、申し訳なさそうに謝るリーナさん……その奥にニヤニヤと笑ったレオさんがいました。


「驚かせてごめんよ。でも、久しぶりの授業に出ないのは不味いでしょ?」


「わかりました……旦那様、続きは放課後」

 うう……授業休んで一日中こうしていたいのに……!

 でも、授業を休むのはよくありません。

 私は断腸の思いで旦那様から離れた。


「そ、その呼び方は二人きりの時だけだって……」


「リーナさん、昨日はありがとうございました。おかげで、凄く勇気が出ました」

 私はフランクさんの訴えを聞き流しながら、隣にいたリーナさんに頭を下げた。

 リーナさんの言葉がなかったら、ずっと後悔していたと思います。

 もし旦那様の提案に乗っていたなら、嬉しさよりも旦那様に対する申し訳なさが勝っていたはずです。

 そんな気持ちでは、とても幸せにはなれなかったでしょう。


「いえいえ。私も、ジョゼさんの思いが叶って凄く嬉しいです。後で、話を聞かせてくださいね?」


「もちろんです!」

 いつも、リーナさんには甘い話を聞かされていましたからね。お返しをしなくては。


「旦那様が無視されて拗ねているぞ~。それと、マジで遅刻するから話は後にしよう」


「は、はい! あ、旦那様、無視してごめんなさい」

 拗ねた顔をした旦那様を見て、内心可愛いなあなどと思いながら謝った。

 これからこんな顔も見られるのですか……私、とても幸せですね。


「だから……」


「ふふ。冗談ですよ。旦那様」

 あ、癖になっちゃった。

 フランクさんと呼ぼうと思い、口から旦那様と出てきたことに思わず口を押さえてしまった。

 学校で呼んじゃうかも……。


「アツアツだな……」


「なんだか、私もレオくんを旦那様って呼んでみたくなってきました……」


「別に、リーナはどこでも遠慮せず呼んでもいいよ」


「本当ですか!? それじゃあ……」


「ゴホン。遅刻するんじゃなかったのかな?」

 さっきまで、早くしろと言っていた二人がイチャイチャし始めたのを見て、だんな……フランクさんが咳払いをして注意しました。

 ああ、これからこの二人のやり取りも間近で見ても大丈夫になったのですよね……。

 本当、手紙を書き続けていて正解でした。

 何度やめようと思ったかはわかりませんが、続けていて……諦めないで良かった。

 あ、そういえば今日の手紙を渡していませんでしたね。


「旦那様。これ、今日の手紙です」


「あ、ああ……帰ったらすぐに呼んで返事を書かせて貰うよ」


「ふふ。楽しみにしておきますね」

 あ~。もう、明日が待ち遠しいですね。


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[一言] ふふふ… 正室との関係がどうなるか、期待が高まる…
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