第四話 フランクの恋事情
遅くなってすみませんm(_ _)m
「よっと。早かったね」
シェリーの部屋に転移すると、二人は嬉しそうに立っていた。
「ふふん。急いで終わらせたからね!」
「はい。頑張りました!」
「それはお疲れ様。俺はフランクの相談に乗っていたところだよ」
「フランクさんの相談? フランクさんに何か悩みでもあるんですか?」
「きっと、この長期休暇の間に家で何かあったんでしょ? ボードレール家は跡継ぎ争いで問題が多い公爵家として有名だからね」
おお、よくわかったな。へえ、ボードレールの跡継ぎ争いってそこまで有名だったのか。
これは、帝国貴族の特徴や現状を全て勉強する必要があるな。
「まさしくそうだよ。とりあえず、詳しい話は俺の部屋でしよう。掴まって」
俺は二人と手を繋いで、俺の部屋に転移した。
「戻ってきたぞ」
「お、おう。急にいなくなったと思ったら、本当に連れてきたのか……」
「何か悪い?」
「い、いえ……」
たぶん、男子寮に女子を連れて来て大丈夫なのか? って、俺に言いたかったんだと思うが、シェリーの鋭い睨みにフランクは黙ってしまった。
「バレなきゃ大丈夫でしょ。てことで、さっきの続きをしようか。女子がいた方がまた違ったアドバイスが出てくるかもしれないでしょ?」
恋愛なら、女子視点でのアドバイスも必要だと思うぞ。うん。
男だけで話し合っても、意見が偏るかもしれないからな。
「た、確かにそうかもしれないけど……」
「よし。ベルも加えて、フランクの悩みを解消するぞ!」
こうして、フランクの恋の悩みを議題に六人で話し合いを始めた。
「それで、フランクの悩みってなんなの?」
「フランクの悩みは、家に帰ったら勝手に婚約者が決められちゃったことだよ。それで、好きとは何かについてヘルマンの話を聞いていた」
端的に言うとこんな感じだよな。
「ヘルマン? ああ、アルマに告白したんだっけ?」
「どうしてシェリーが知っているの!? 俺なんて、最近知ったばかりなんだぞ!」
それに、ヘルマンやアルマと接点があったことに驚きなんだけど。
「当たり前でしょ。私たち、毎日ダンジョンに通って、騎士団の食堂で昼食を食べていたのよ? その時に、騎士の人と会話ぐらいするわ。特に、アルマはベルが仲良かったからよく一緒に食べていたわ」
「な、なるほどね」
そうだった。シェリーたちは俺なんかよりも騎士団を見ているんだよな。
俺より騎士たちのことを知っていて当然か。
「アルマさん。ヘルマンくんに告白されて凄く喜んでいましたよ」
「負けたくないとも言っていたけどね」
「う、うう……」
シェリーとリーナの言葉に、ヘルマンの顔は真っ赤だ。
本当にアルマのことが好きなんだな。
「よし。ヘルマンの話はこのくらいにして、フランクの相談に乗ってあげて」
「そうだったわね。フランク、婚約者が出来たって誰なの?」
あ、そういえば相手を聞き忘れていたな。
「教国で二番目に偉い人の娘さんだよ」
教国で二番目の娘? 帝国で言うと誰だ?
公爵家と同じくらいの立場かな? だとすると、相手としては十分だな。
「会ったことはあるの?」
「小さい頃に一回だけ。教国との貿易についての話し合いの時に」
なるほどね。貿易で少しでも良くして貰う為に、ボードレール家に嫁を送り込むわけか。
「本当に政略結婚だ……。なんか、珍しいわね」
確かに、最近の帝国では政略結婚なんて話は聞かないな。
ほとんどが自由恋愛だな。
「いやいや。ここ四十年くらいが異常なだけで、それ以前は政略結婚が当たり前だったんだからね? どこぞの勇者様が自由恋愛して大丈夫な公爵家を造ったことで、他の貴族もそれに対応せざるを得なくなってしまっただけだからな?」
まったく、どこの勇者だろうな~?
その勇者は、きっと貴族の決まりとか風習とかが随分と嫌いだったんだろうね~。
「確かに。で、そのここ最近では珍しく政略結婚することになったフランクの相手はどんな人なの? 教国で二番目に偉い人って凄いのよね?」
「ああ、次期教皇に一番近い人だよ」
あれ? 思っていたよりも偉い人?
それって、もう断ることも出来ないし、悩むのも馬鹿らしくない?
「へえ、教皇と親戚になれるんだ。良かったじゃん!」
フランクのことを元気づける意味も込めて、笑顔でフランクの背中を叩いた。
けど……余計にフランクが落ち込んでしまった。
「そうだな……」
「……なんかごめん」
どうやら、フランクなりに何か嫌なことがあるんだろう。
まあ、一回しか会ったことがない相手だからな。
同じ立場なら俺も悩むだろうから、これは俺が悪いな。
「いや……俺にはもったいないくらいの相手だと思うよ。普通は喜ぶべきだよな」
「なら、どうして? 相手がどんな人かわからないから?」
「そういうわけじゃなくて……」
シェリーの更なる追求に、フランクは黙り込んでしまった。
相変わらずシェリーは遠慮が無いな。
もう……どんどんフランクが落ち込んじゃってどうするんだよ。
そんなことを思っていると、リーナが動いた。
「あの……フランクさん、少し耳を貸して貰えますか?」
遠慮がちにリーナがコソコソとフランクに何かを伝えると、フランクは目を見開いて驚いた。
「ど、どうして!?」
「大丈夫ですよ。彼女は私以外に話していませんから」
彼女? リーナは何をフランクに伝えたんだ?
「そ、そうなんだ……」
「彼女って……誰なの? もしかして、フランク……」
だから、シェリーはもう少し遠慮というものをだな。
まあ、俺も知りたいから良いんだけど。
「はあ、もう隠していても仕方ないから白状するよ。俺は好きな人がいる」
やっぱり……。他に理由が思いつかないもん。
でも、隠す理由もわからないな。恥ずかしいから、というわけでもないだろ?
「でも誰だ? 俺が知っている限り、フランクがシェリーやリーナ以外の女子と話しているところを見たことがないんだけど」
そう。学校ではもちろん、学校が終わった後もほとんど一緒にいる俺が一番フランクに女っ気がないのを知っている。
一体、いつどうやって好きな人が出来たんだ?
「そりゃあ、バレないようにしていたからな」
マジか……隠されていたのか……。
「で、相手は誰なのよ」
「……同じクラスのジョゼだよ」
ジョゼ?
「え? あの?」
ジョゼッティア・ルフェーブル。この前姉ちゃんが結婚したバートさんの妹だ。
なるほど、確かに公爵家同士なら会う機会はあるか。
「フランクがジョゼと? 想像出来ない……」
まあ、話しているところすら全く想像できないな。
「同じ公爵家だから小さい時から接点が多かったとしても、いつから好きだったんだ?」
「二年生くらいからだよ。毎朝、俺の机の中に手紙が入っているようになったのは」
二年生? それじゃあ、まだ俺たちと同じクラスでも無いじゃん。
でも、手紙なら会う必要も無いから俺が知らなくて当然か。
「へー。ラブレターがジョゼからね~。フランクも返事を書いていたんでしょ?」
「そ、そうだよ。でも、これにはちゃんと裏があってだな」
「裏?」
「実はこの文通、最初の目的はジョゼのお父さんの目を誤魔化す為だけの文通だったんだ」
「ジョゼのお父さんを誤魔化す為?」
何を誤魔化すんだ? 父親としては、娘に男が出来ることの方が嫌だから、むしろ手紙のやり取りをする方が不味いでしょ。
「そう。ジョゼはお父さんに俺を口説くように命じられていたんだ。ジョゼを俺の嫁にするためにね」
あ、そっち。ジョゼの父さんってそんな感じの人なのか。
「まあ、娘をなるべく良い相手に嫁がせたいのはわかるけど……わざわざそんなことをね……」
当主がそこそこの家系の人と結婚しないといけないのは百歩譲ってわかるけど、継承権も無い娘まで結婚相手を指定しなくてもいいだろ。
「今、帝国貴族では、親同士で相手を決める政略結婚より、子供同士が自由に相手を決める自由恋愛が当たり前みたいになってきているだろ?」
「まあ、そうだね」
どこかの勇者のおかげでね。
「で、ルフェーブル家は、親に指定された相手にどうにかして好きになって貰う方針になったんだ。親が指定するのは、今の帝国としては体裁が悪いからね。ジョゼのお兄さんも、レオの姉さんと結婚するよう小さい時から言われていたらしいぞ」
「バートさんもそうだったの!? 普通に、姉さんに恋している目をしていたんだけどなあ」
ルフェーブル家は、勇者の影響でそんなことになっているのか……。
まあ、バートさんもジョゼさんのどっちも、相手に好きになって貰うのは成功しているから、結果論としてはいいのかもしれないけど。
嫁いだ姉ちゃんの子供が心配……いや、姉ちゃんなら大丈夫だろう。
最悪、バートさんとバートさんのお父さんをボコボコにしてでも認めさせそうだからな。
「あ、心配しないで。ジョゼの兄さんは本気でレオの姉さんを愛しているよ」
「なんでフランクが知っているのさ。あ、ジョゼに聞いたのか」
とか言ってみたが、バートさんが愛しているかどうかなんてこれっぽっちも疑ってないんだけど。
第一、あのブラコンで意思の強い姉ちゃんが、そんな命令だけで口説いている人のことを好きになるとは思えないし。
「そうだよ。ジョゼの兄さん、レオの姉さんに婚約を申し込む前に親と一悶着あったみたいだよ。ジョゼの兄さんは、レオの姉さんが冒険者になりたがっていたのを知っていたから、自分と結婚して夢を奪うのが嫌だったらしい。それで、成人するギリギリまで告白出来なかったんだって」
なんだそれ……バートさんは俺が思っていたよりも男らしい人だったのかよ。
それに、姉ちゃんが冒険者になろうと思っていたことに驚きなんだけど。
あの性格と強さからしてあり得るけど、そんなことを公言していて母さんに怒られただろうな……。
「へえ。ヘタレなのかと思ってたら、そんなエピソードが隠されていたんだ」
バートさんは俺が想像していた以上に苦労したんだな。ヘタレとか思ってしまってごめんなさい。
こんど会ったら、何気なく謝りたいな。
「ヘレナお義姉さん、ちゃんと愛されているみたいで良かったわ」
「そうですね。結婚式でのお二人はとても幸せそうでした」
「ああ! そうやってまた私が行けなかったのを!」
そういえば、姉ちゃんの結婚式にクリフさんが参加することが決まっていたから、シェリーは参加させて貰えなかったんだよね。
まさか、シェリーと姉ちゃんがそんな仲良くなるとは思わなかっただろうから、皇帝はとんだ災難だったろうな。
「まあまあ。それより、フランクの話に戻ろうよ。ジョゼが親の命令を守る為、フランクにラブレターを書くようになったんだよね? それで、誤魔化すってどういう意味だったの?」
「簡単だよ。俺とジョゼは文通する仲ですよって見せつける為だな」
「普通に会って会話するのはダメだったの?」
「それをすると今度は俺の親がうるさいからな。うちの親は、どうしても教国の人間と俺を結婚させたいらしい。だから、昔から帝国の女とは会話すらするなって念を押されていたんだよ。レオの婚約者とこうして話している分には問題ないけど、流石にジョゼと会うのは不味いだろ?」
なるほどね……お互い複雑な家庭環境同士だと、そうなるのか。
ジョゼはどうしてもフランクに近づかないと親に怒られる。
逆に、フランクはジョゼが近づくと怒られる。
そして、優しいフランクはジョゼが怒られるのが可愛そうだから、少しリスクを冒して文通を始めたと……。
ああ! そういうことか! だから、ジョゼはフランクの机の中に手紙を入れていたのか。
どうして家に送るなりしないのかな? とか思ったけど、フランクの親にバレたらいけないから、フランクの家には送れなかったんだ。
なるほどね……。
「で、結局。文通をしている間にジョゼを好きになっちゃったけど、気がついた時には親が相手を決めてしまったのか……」
「そうだよ」
「本当に好きなら、正直に親に相談するべきなんじゃない?」
いや、相談して許される相手なら、フランクも馬鹿じゃないんだからとっくにしているさ。
それも出来なかったら、ここまで一人で抱え込んじゃったんだろ?
「それで親が許してくれたとしても、流石に次期教皇との約束を破るわけにもいかないし」
ですよね……。なんか、『良かったじゃん』なんて酷いことをフランクに言ってしまった数分前の自分を無性に殴りたくなってきた。
「そうですね……。レオくん、何か案はありませんか?」
「うん……わかんない。ヘルマンは?」
別に、俺は万能ではないぞ。
特に恋愛とか苦手分野です。俺は、頭を使わずに気持ちだけで相手を決めてきたので。
「僕も……すみません」
「大丈夫だよ。ベルは?」
「わ、私ですか?」
「もちろん。何か良い案ない?」
話し合いに参加しづらそうにしている二人の意見も聞いておかないとね。
なんの為に同じ部屋にいるのかわからないじゃん。
「え、えっと……」
流石に言いづらいよな。
さて……どうすればいいのやら。
「どちらとも結婚するというのは……ダメなのでしょうか?」
お? まさか、ベルが解決してくれる?
「詳しく聞かせて」
「えっと……二人のどちらとも結婚するのはダメなんですか? 現に、レオ様には五人の婚約者がいるわけですし……貴族は複数のお嫁さんがいても大丈夫なんですよね?」
「言われてみれば……」
公爵家の長男なら、どっちか選ぶ必要もないのか。
「確かにそうね」
「うん。凄く良い案だ。それ採用!」
「ちょっと待ってくれ。俺の意見は?」
「これ以上に自分で納得出来る案を出せたら認めてやる!」
さあ、何でも聞かせてみろ! 無いだろ?!
「うう……」
「てか。貴族なら特に公爵家なら複数の嫁を持っているのも普通なんだろ? なんか最近の帝国貴族、勇者に流され過ぎじゃない?」
わかってる。さっきまで自由恋愛になったことで感謝していたのに、自分に都合が悪くなったから掌を返している自覚はあるんだ。
でも、そうしないと自分を否定していることになってしまうじゃないか!
「そうだけど……他に嫁がいるのはジョゼに悪い気もするんだが……」
くそ……フランクも勇者に毒されている。
これはどうにかして、こっちの陣営に引き込まないと。
「なら、明日直接聞いてみればいいじゃん。ジョゼにはもう事情は説明したのか?」
「いや、まだ……」
「なら、それも含めてだな。それで振られたなら仕方ないってことにしないか?」
本当に好きならフランクの状況を理解して、絶対振らないはず。振らないよね?
「そんな簡単に割り切れるかよ……」
「大丈夫です。ジョゼさんならきっと了承してくれますよ。ジョゼさんは、本気でフランクさんのことを愛していますから」
ほ、本当か? 俺はリーナの言葉を信じるからな?
よっしゃあ! これで、できないと思っていた仲間ができるぞ!
「ククク。らしいぜ? ここは、勇気を出して告白するべきだと思うぞ。やらずに後悔するより、やって後悔しようぜ?」
「わかったよ……告白すればいいんだろ?」
「おう。そうだ」
覚悟を決め、キリッとした目を向けてきたフランクに笑顔で背中をぶっ叩いた。
それにしても、まさか俺のことを女たらしとか言って馬鹿にしていたうちの一人であるフランクが同志になるとはな。
もう、ニヤニヤが止まらないぜ。