第二十二話 新たな勇者と宝石姫⑦
現在、俺は歴史の教科書に載っていたコロッセオのような場所に来ていた。
つまり、今俺は闘技場にいる。
これから、遂に運命の時だ。
「準備はいいか? 何か装備し忘れていたりしないか?」
そう言って、俺の装備を入念にチェックしているのはゲルトさん。
悪いことをして帝国から逃げて来たと言う割にはこの人、面倒見が良くて全然悪人に見えないんだよな……。
「大丈夫ですよ。ゲルトさんに作って貰った剣と鎧もしっかりと装備してますから」
「はい、大丈夫ですよ。今のカイト殿なら、余裕です。緊張せず、リラックスして挑んでください」
俺以上にソワソワしているゲルトさんと対極的に、アーロンさんは俺を落ち着かせるように最後の激励をくれた。
いや~本当、この人には頭が上がらない。
「はい。これまでの練習を信じて、冷静に挑みます」
そして
「カイト……」
残るエレーヌは、誰よりも元気が無かった。
「大丈夫。頑張ってくるよ。勝ったら褒めてね?」
そう言って、俺は優しく抱きしめてあげた。
半分はエレーヌを元気づける為だけど、半分は戦いを前にエレーヌパワーを分けて貰おうと思ってね。
「もちろんよ。勝ったら何でもしてあげるわ! で、でも……無理はしないでよ? あれだけ勝て勝て言っておいておかしな話だけど……別に勝たなくてもいい。私はあなたが強いことは知っているから。だから、無理して私に治せない怪我とかはしないで」
ああ、エレーヌが可愛すぎる……。
「もちろん無傷で勝つつもりさ。それじゃあ、帰ってきてからご褒美楽しみにしておくよ」
最後にギュッと抱きしめて、俺は戦いに向かった。
「相変わらず主人公みたいだな。それにしても、本当に宝石姫はカイトにだけはツンが無いよな」
「カイト殿と同じくらい、姫様も成長しましたからね」
闘技場に入場すると、先にホルストが待っていた。
「お前が一年後と啖呵を切ってから一年二ヶ月と七日。当初の一年よりも長い期間があったわけだから、言い訳は認めないぞ?」
そんな細かい日付まで覚えているのか……以外に細かい男だな。
「うん。そうだね」
「その格好……本気で戦うつもりなのか?」
ホルストは俺を上から下まで見ると、そんな質問をしてきた。
なんだその質問。俺のやる気を削ぐ作戦か?
「そうだけど? 逆に、ホルストは戦うつもりはないの?」
「いや、俺は逃げも隠れもしない。俺が言いたいのは、棄権するなら今の内だぞと言っているんだ。この国王や国民が見ている中で、お前が無能だということを晒す。大怪我では済まないぞ?」
何だよ。結局俺は強いって言いたいだけじゃん。
「はあ……お前は口喧嘩がしたいの? 国王も待っているし、さっさと始めようよ」
俺は特等席で眺めている王に目配せしながら、ホルストにそう言った。
「言ったな!? どうなっても知らないぞ!」
「ハイハイ」
もう面倒だから、俺から攻撃しよっと。
俺は電気魔法を使って、高速移動でホルストに突撃した。
「クッ!」
「うん……アーロンさんより反応が遅いとは言え、やっぱりまだまだ練度が低いな。予定なら、この一撃で倒す予定だったんだけど」
吹っ飛ばすことには成功したが、ギリギリで防御されたせいでほとんどダメージは与えられなかった。
長引けば長引くほど、魔力も少なくて基礎も出来ていない俺の方が不利になっちゃうから困ったな……。
「殺す! お前を殺す!」
なんだ……お前はそんなに弱かったのか。
「そんな怒りを露わにしちゃって……剣が単調になってるよ?」
剣聖になるような人なら、絶対この程度で感情を爆発させたりしない。
少なくとも、アーロンさんなら怖いくらい無表情のままだぞ!
「殺す。お前は俺よりも弱い。絶対に弱いんだ!」
「一回頭を冷やせ」
俺はホルストの攻撃をわざと剣で受け、剣を伝ってホルストに電流を流した。
金属の鎧を着ているから、全身ビリビリしただろ?
「うん。これで終わりかな?」
倒れたホルストを見ながら俺は構えを解いた。
ホルストが思っていたよりも未熟で良かった。
ちゃんとした剣聖候補だったら、勝てなかっただろうからね。
そう思っていたのだが……
「……ろす」
ホルストが立ち上がった。
と思ったら……既に目の前にいた。
「うお!」
俺は慌てて距離を取ろうとした。
けど……間に合わなかった。
「殺す」
集中したホルストによる斬撃が俺の胸に直撃した。
「カイト!!!!!」
「だい……じょうぶ。俺は殺されたりしないさ」
どこからか聞こえてくるエレーヌの叫び声に、俺は地面に剣を突き刺して倒れないよう踏みとどまりながらそう答えた。
ゲルトさんの鎧のおかげで致命傷は免れた。
これで本来の性能は出せてないとか、本当ゲルトさんは凄えな。
「うん。出血はヤバそうだけど……まだ戦える」
「死ね!」
俺が構え直すと、すぐにホルストの攻撃が飛んできた。
うん。やっぱり腐っても剣聖候補だな……俺の限界以上の速さだ。
「チッ!」
「でも、俺なら限界を超えられる」
ホルストの剣を受け止めながら、俺はまた電気魔法を発動した。
今の俺では、限界突破を使えるのは一分も無い。
この一瞬で決めないと俺は負ける。
それから、俺は全速力での攻撃を始めた。
攻めて、攻めて、攻めまくる。
ホルストに反撃の隙を与えない。
剣がホルストの剣、鎧に当たった瞬間に俺の勝ちが決定する。
逆に、一分避け切れればホルストの勝ち。
そんな戦いが始まった。
俺の全身全霊の攻撃を、研ぎ澄まされたホルストがミリ単位で全て避けていく。
クソ! あと少しだ。 どうする? このままだと負けてしまう!
そんな焦りからだったのか……はたまた攻撃を当てたいという気持ちが先行したからなのか……俺は無意識に電気の塊をホルストに向けて飛ばしていた。
当たっても静電気程度の威力、そんなちっぽけな魔法がホルストに当たった。
「!?」
当たった瞬間、ホルストの動きが止まってしまった。
小さくとも、思わぬ衝撃に体が反応してしまったんだ。
そして、ホルストの首に俺の剣が当てられた。
「殺せ! お前に負けるなど恥だ!」
「嫌だね。これから戦争だって言うのに、仲間を減らしてどうするんだよ。それに……俺も限界だし」
限界突破の効果が切れ、俺は意識を失った。
「うん……ここは?」
起きると、この一年でもう見慣れた天井があった。
あれ? 俺は闘技場にいったんじゃないの?
「ここはあなたの寝室よ。限界突破の副作用で丸一日寝ていたわ」
「あ、エレーヌ。限界突破の副作用……てことは、俺は勝ったってことで良いんだよね?」
良かった。勝てたのは夢じゃなかったみたいだ。
「ええ。ギリギリだったけどちゃんと勝ったわよ。マティウスが圧倒的な差じゃなかったとか言ってケチをつけてきたけど、私が軽くあしらっておいたわ」
「流石エレーヌ。ありがとう」
「どういたしまして」
「はあ……」
「何? 何か溜息つくことなんてあったかしら?」
「ひとまずエレーヌとの約束を守れて良かったな~と思ってね」
一年で強くなるって約束、ちゃんと守れて良かった。
「あの時は……ごめんなさいね。連れて来られたばかりで混乱していただろうに、あんなに勝手なことを言ってしまって」
「まあ、あの時は傷ついたよ。でも同時に、エレーヌに認められたいとも思ったね。ここまで頑張ってこられたのは、エレーヌのおかげだよ。だから、そんなに悲しい顔をしないで」
ここまで強くなろうと思えたのは全てエレーヌのおかげ、俺が弱気になれば発破をかけてくれて、体が傷ついたら優しく癒やしてくれる。
そんなエレーヌだったからこそ、俺は強くなってエレーヌに王様になって貰おうと思えたんだ。
「カイトって……本当に優しいよね。普通なら、こんな性格の悪い私なんかよりもリーズの方が楽だった筈なのに……」
「そうかな? 俺はリーズのことは信用出来ないし、エレーヌの方が遠慮無く話せるから一緒にいて楽だけどな?」
「そんなはずないわ……。だって、あなたが来るまで私はいつも一人だったもの。宝石を集め始めたのも、一人でいる寂しさを紛らわせるため」
「そうだったんだ……」
なんか、エレーヌは寂しがり屋だな……と思ってはいたけど、本当にひとりぼっちだったのか。
「べ、別に慰めてなんて言ってないわよ。今は、寂しくなんてないんだからね!」
そ、それって……?
「あなたが来てから楽しかった。毎日、あなたと話すのが楽しみだった。この一年間、私の頭の中はあなたのことばかりだったわ。宝石なんて、このペンダント以外全く触りもしなかったわ」
そう言いながらエレーヌが胸元からペンダントを取り出して、俺に見せた。
確かに、そのペンダントには綺麗な宝石がついていた。
でも、これ以上に綺麗な宝石はエレーヌの部屋にいっぱいあったけどな……。
「これはね……お母さんの形見なの」
ああ、そういうこと……。
「お母さんはね、元々王妃になる予定じゃ無かったの。ちゃんと王妃候補がいて、お母さんにも婚約者がいたらしいわ。でも、王国一綺麗だと言われていたお母様を、オークの化身みたいなお父様が見逃す筈が無かったわ」
とんでもない豚野郎だな。今からでも、俺の電気魔法で豚の丸焼きにしてやろうかな?
「無理矢理結婚させられ、覚悟もせず王妃になってしまったお母様は日々ストレスで体が弱って……私が十歳になる前に病気で死んでしまったわ」
そんなに早く……。
「この城にはね。私とお母さんの味方はいなかったの。常に冷たい目を向けられ、邪魔者扱いをされていたわ。酷いよね。お母様は、別になりたくて王妃になったわけではないのに」
それで、次期女王なのにいつも一人だったのか……。
アーロンさんが言っていた通り、この国は腐り切っているな。
「お母様、いつもこのペンダントを眺めていたの。口には出さなかったけど、たぶん本来結婚する人から貰った物。これを見ている時は、何だかお母さんの顔が明るかった。だから、お母様が死んだ後私もこれを眺めていれば、元気になれると思った。……でも、お母様のことを思い出して、更に寂しくなるだけだったわ」
「他の宝石で試してもダメ。どれだけ珍しい宝石を眺めても、私の心は満たされなかったわ」
「でもね……今なら、その理由もわかるの」
そう言うと、エレーヌが俺のベッドに這い上がってきた。
「お母様がこのペンダントを見て心を癒やせていたのは、最愛の人に貰った物だったから。だから、私では何の意味も無かったのよ」
「「……」」
「ねえ、お願いがあるの」
しばらくの沈黙の後、エレーヌがそう切り出した。
「何? 何でも言って」
俺はエレーヌになら命だって捧げられる。
「このペンダント……着けていてくれない?」
え? このペンダントを?
「いいけど……逆にいいの? お母さんの形見なんだろ?」
さっきまでの話で精神的に意味が無いことはわかっても、大事な物には変わりないだろ?
「いいの。普段はあなたが着けていて。それで、戦争に行く時に返してちょうだい。あなたがいない間、それを心の支えにするわ」
え? それって……
「このペンダントが縁起悪いことはわかっているわ。でも、だからこそなのよ。お母様の代わりに、私が最愛の人と結ばれるの。お母様の無念を晴らしたい。だから、このペンダントを使うわ」
なるほどね。
「それならわかったよ。エレーヌのお母さんたちの分まで、俺たちは幸せになるぞ! 俺はこのペンダントをエレーヌだと思って大切にするよ」
「待って! 私が着けてあげる。目を瞑って」
俺がエレーヌからペンダントを受け取ろうとすると、エレーヌが慌てて手を引っ込めた。
「え? 目を瞑るの?」
首にかけるだけだよね?
「いいから瞑りなさい!」
「わ、わかったよ……」
何かサプライズでもあるのかな?
そんなことを思っていると、肩と首に重さを感じた。
「まだ目を開けたらダメよ……」
「はい。今日の報酬」
チュ
四巻が発売中です!!
まだ買ってないよ! という方は是非!
次回からはまたレオの話に戻ります!!