第二十話 新たな勇者と宝石姫⑤
「ああ~~!! 勢いに任せてとんでもないことを言っちゃった~~~~!! これから、何度も顔を合わせるのに、どうするんだよ!」
自分の部屋に戻ってきた俺は、ベッドに突っ伏しながら自分のやってしまったことに対して叫びまくっていた。
「もうやだ……次から、どんな顔してエレーヌに会えば良いんだよ」
絶対気まずくなるじゃん!
いや、これは急に好きでもない男に告白されたエレーヌの言葉だな。
ああ、本当に申し訳ないことをした。
「で、でも、あんな胡散臭い女の方が好きなんて言われたら、仕方ないだろ?」
それに、あの寂しげなエレーヌの顔を見たら、もう自分の気持ちとエレーヌがどんな素晴らしい女性なのかを伝えずにいられないって。
「うん。俺は悪くない。いや、エレーヌも悪いってことでいいかな?」
「私の何が悪いって?」
「うわあ!!」
急にエレーヌの声が飛んできたから慌ててベッドから飛び降りると、顔が真っ赤なエレーヌがベッドのすぐ近くまで来ていた。
「……いつからいたの?」
「今さっきよ。具体的に言うと、胡散臭い女がどうたらこうたら言っている時からいたわ」
「そ、そう……」
大体のことは聞かれていたと……。
「「……」」
ほら、やっぱり気まずい。
「……えっと……色々と言いたいことがあるけど、まずはこれを言っておくわ。あなた、何か勘違いしているわよ?」
「え? 勘違い?」
「そう。私、いつあなたに好きな人がいるなんて言ったかしら?」
「で、でも、男を惚れさせるためにはどうすれば良いのかって聞いてきたでしょ? あれって、誰か惚れさせたい人がいるから聞いたんじゃないの?」
その為の質問でしょ?
「ああ……それが原因だったのね。はあ、本当は恥ずかしいからこんなことは言いたくないけど……仕方ないわね」
「あれはね……あなたを惚れさせるための質問だったのよ」
「え? 俺を惚れさせるため?」
エレーヌの言葉に、俺は思考が全く働いてくれなかった。
「そうよ。それで、あなたに優しくされたら惚れるって言われたから、アーロンと相談して聖魔法で傷を癒やしてあげるって作戦になったのよ! 悪い?」
「わ、悪くないです」
「なら良いわ」
いや、悪くないんだけど……悪くはないんだけどね?
「マ、マジか……どうして俺なんかを惚れさせたいんだ? あんなに無能、無能言っていたのに」
「それは……」
「何か訳があるんじゃないの?」
「そ、そんな訳ないでしょ? ちゃんとあなたがす、好きよ」
「ふ~ん」
エレーヌの慌てた反応からして、純粋に俺のことが好きって訳では無い気がする。
たぶん、エレーヌには俺を惚れさせないといけない他の理由があるはず。
「な、何? 私を疑っているの?」
「いや、別に~」
まあ、俺はエレーヌになら騙されても良いかな。
嘘でも好きって言われたのは嬉しいし。
「そう。それじゃあ、私は自分の部屋に戻るわ」
「あ、ちょっと待って……行っちまった」
どうせなら、もうちょっとお話したかったのに。
はあ、心も体も疲れたし寝るか。
バタン!!!
「お前が勇者か!?」
「そうだけど……あなたは?」
俺がベッドに横になって、さあ寝るぞ! と言う時に、男二人組が俺の部屋に入ってきた。
片方は俺より二歳くらい年下で、『ぼんぼん』という言葉がめっちゃ似合うずんぐりと太った男の子と、それに仕えているそれと同い年くらいの騎士らしき人だ。
「俺か? 俺は次期国王、マティウスだ」
「マティウスね……。この国って次期国王が何人もいるのか?」
エレーヌも次期女王とか自分で言っていたけど?
「いるわけないだろ! 王は一人だ。エレーヌ姉さんやリーズなんかより、俺の方がずっと王にふさわしい! だから、俺が王になるべきなんだよ」
その言葉を聞くに、今はお前よりもエレーヌかリーズの方が王になれる可能性が高いってことだね。
「そうなんだ。で、俺に何の用?」
「お前! さっきから黙っていたらペラペラ……殿下に不敬だぞ!」
俺が偉そうにしているのが余っ程気に入らなかったのか、騎士らしき男が剣に手をかけて怒った。
まあ、見た目がこんなんでも一応王子様だし、敬語を使わないといけないか。
そう思ったのだが、マティウスがその必要は無いことを教えてくれた。
「ホルスト、落ち着け。一応、こいつは法の上では父上と同じ位だ。おまえこそ、不敬罪になってしまうぞ」
へえ、それは初耳。まあ、法の上では、と言う言葉をつけている辺り、精々王子に敬語を使わなくても怒られない程度だな。
「そ、そうでした……」
「てことで、単刀直入に言わせて貰おう。お前、勇者を辞退しないか?」
「はあ?」
いや、単刀直入すぎて、お前が何を言っているのかさっぱりわからないんだけど?
「今なら、痛い思いをしなくて済む。何なら、お前に仕事も与えてやろう。異世界の飯はどれも上手いんだろ? 俺専用の料理人にさせてやろう。どうだ?」
「うん、イヤだね」
俺、料理できないし。それに、エレーヌから離れて誰がお前みたいなデブの下で働くかよ。
「なあに、勇者の代わりにはホルストがいる。前回は剣聖がいなくても魔王を倒せたんだろう? なら、勇者がいなくても次期剣聖のホルストがいれば、帝国くらい倒せるだろ」
「はい。私の力を持ってさえすれば、帝国など楽勝です」
この人が次期剣聖か。てことは、アーロンさんの孫かな?
それにしても、勝手なことを言って。
お前だけで勝てるなら、そもそも俺をこの世界に呼ぶなよな。
まあ、エレーヌに会えたから、この世界に連れて来られたことに関してはそこまで怒っていないんだけどね。
「よく言ったホルスト。お前には期待しているぞ。ニシシシ……帝国の最東に位置するオオクラ。あそこにある美味な食べ物が全て俺の物になるんだ」
うわあ……こいつ、言っている言葉が序盤にやられてしまいそうな悪役そのものだ。
こいつの味方になるのは絶対にやめておいた方がいいな。
「何言っているかわかんないけど、とりあえず俺は勇者を辞退するつもりも、お前の料理人をやるつもりも無いから、さっさと帰ってくんない?」
俺は稽古で疲れているんだ。さっさと寝かしてくれ。
「はあ……こんなに丁寧にお願いしているというのに」
これが丁寧? お前、丁寧って言葉を勉強してから出直して来い! いや、また来られても困るんだけど。
「もしかして、エレーヌ姉さんのことを気にしているのか? なら、気にする必要は無いぜ?」
「ん? どういう意味?」
「姉さんは、お前のことなど一ミリも好きじゃないんだよ。姉さんが興味あるのは宝石だけ。宝石狂いの姫なんて言われるくらいだからな。お前と結婚しないと次期女王になれないから、仕方なくお前に媚びを売っているんだよ。リーズにお前を取られても困るしな」
リーズと言い、お前らエレーヌに対して宝石のイメージしかないのか?
俺の知っているエレーヌは、そこまで宝石馬鹿でも無いぞ?
まあ、それは良いとして……
「俺が結婚しないと女王になれないってどういうこと?」
それは初耳なんだけど?
「簡単だよ。お前は勇者、本当に強いのかは知らないが、王国にとっては強さの象徴。王国にいて貰わないと困る。だが、前回は帝国に奪われてしまった。で、今回はその対策として、お前とエレーヌを結婚させることで、この国に縛り付けようとしているわけだ。さすがに、国王になってしまえば、お前も他国には逃げられないだろ?」
「へえ……」
なるほどね。それで、エレーヌは俺のことを惚れさせようとしているわけか。
「でだ。姉さんは、お前に嫌われでもしたら、国王からの期待に応えられなかったってことになる。しかも、そこでリーズなんかがお前と結ばれちまったら、確実に姉さんは用なしになってしまうだろうな」
ああ、リーズがあそこまで俺に積極的だったのも、俺を利用して女王になるためか。
やっぱり、あいつのことは疑っていて正解だったな。
「そういうこと。で、お前はどうやって国王になるつもりなんだ?」
「それは最初に言っただろ。お前が勇者を辞退すればいいだけだ。自分が使えない勇者だってことを国王に伝えれば、姉さんの召喚魔法が失敗だったことが父上に知って貰える。そうすれば、これまた姉さんの信用が皆無になり、リーズのお前を使って国王になる作戦も邪魔できるから、晴れて俺が国王になれるってわけだ」
「ふ~ん。そうなんだ」
ベラベラと自分の作戦を教えてくれるなんて、本当にありがたいな。
これから敵になる奴の作戦がたくさん知れて良かったよ。
「おお、わかってくれたか」
「いいや。俺は勇者を辞めるつもりは無いよ」
本当、情報提供ありがとう。有効活用させて貰うよ。
「な、何だと? お前は姉さんの性格の酷さを知らないからそんなことを言えるんだ! あんなのと結婚するなら、俺がもっといい女を紹介してやる」
「いらない。それと、エレーヌの悪口を言ったらぶん殴るよ?」
エレーヌのことを馬鹿にされて怒った俺は目の前のデブのことを睨みつけた。
「くそ……ダメだ。こいつ既に、姉さんに洗脳されているぞ」
洗脳なんて失礼な。俺はエレーヌと会話する以前からエレーヌのことが大好きだったんだぞ!
「殿下。これも想定内ではありませんか。予備の作戦に切り替えましょう」
「ああ! そうだ。そうだった! でかしたホルスト!」
予備の作戦?
「今度は何?」
ホルストのニヤけ顔からして、めっちゃ面倒なことを考えていそうだな……。
「お前、父上の前でホルストと決闘をしろ」
「はあ? そんなのことわ」
「おっと。お前に拒否権は無いぞ。これは、お前に勇者の力が本当にあるのかを確かめる為の試験なんだからな」
「くそ……そういうことか」
そこで俺が負けたら、エレーヌの評価が落ちる。かと言って、断ったら俺の強さが疑われる。
よく考えたな……。
「どうだ? 今なら遅くないぞ? 勇者を辞退するか?」
「それは絶対しないよ」
だから、エレーヌから離れてお前の所に行くなんて死んでも嫌だっての。
「それじゃあ、決闘でいいんだな?」
「一年……一年後だ」
「一年後?」
「ああ、俺がこの世界に慣れるまでに一年欲しい。お前らだって、勝ったとしても俺に言い訳をされたら困るだろ?」
俺が絞り出せた条件はそれだけだった。
元々エレーヌが待っていてくれるのも一年だったし、そこが限界だよな。
「それもそうだな……ホルスト、大丈夫か?」
「はい。私はいつでも大丈夫です。それに、もし勇者が大したことなかったら、一年程度で私を超えることなど出来ませんから」
デブに対して、ホルストは俺のことをニヤニヤと笑いながら答えた。
本当、こいつらむかつくな。
「そうか。なら、一年後だな。ククク。来年、盛大に負けても、泣かないようにしっかりと心の準備をしておくんだぞ!」
「精々今を楽しんでおくんだな。来年、泣くのはお前らだ」
二人が出て行くのを見ながら、俺は闘志を燃やした。
エレーヌの為にも、あいつらには負けられない。
これから、死ぬ気で強くなるぞ。