第十九話 新たな勇者と宝石姫④
修行一日目
俺は剣も持てないくらい疲弊し、床に倒れ込んでいた。
「今日はこの辺にしておきましょうか。お疲れ様です」
「ハアハアハア。あ、ありがとうございました」
俺は起き上がる体力も無く、申し訳ないと思いつつも寝転がったまま返事をした。
「しっかりと怪我の手当をしておくのですよ?」
「はい。わかりました」
「初日にしては、良い動きをしておりましたよ。この調子で頑張っていきましょう。それでは、また明日」
そう言って、アーロンさんは訓練場から外に出て行った。
「うう……体中が痛い」
まさか、初日から剣で打ち合いをやらないといけなくなるとは……いや、一方的に打たれていただけだから打ち合いとは呼べないけど。
徹底的に基礎から教える時間が無いのと、俺に攻撃し返さないと痛いってことを体に教える為に初日から俺はボコボコにされたらしい。
おかげで、模擬剣なら相手に攻撃してもいいと思えるようになった。
なったけど……ここまで痛い思いをしないといけないとなると、明日からも頑張ろう! とはならないよな。
正直、命の危険を感じたぞ!
「はあ、起き上がるのも怠い。このまま、ここで寝ようかな……」
「そんなことしたら風邪引くわよ? それに、怪我の治療もしないと」
「そうだよな……ん? って、何でエレーヌがここにいるの?」
声がした方に目を向けると、エレーヌが入り口付近で腕を組んで立っていた。
「いちゃダメ?」
「そ、そういう意味じゃ無いけど……」
あれか? ボコボコにされた俺を笑いに来たのか?
そんなことを思っていると、エレーヌがこっちに向かって歩いてきた。
「そう。なら、傷を見せなさい」
「え? いや、ならの意味がわからないし。傷なんて見ても面白くないよ?」
それに、こんな傷だらけなのをエレーヌに見られるのもイヤだ。
俺はエレーヌから傷を隠すようにうつ伏せになった。
「いいから。こっちに向きなさい」
ボロボロな俺の抵抗はむなしく、俺の痣だらけな顔がエレーヌに見られてしまった。
「はあ、アーロンは手加減を知らないのかしらね? それじゃあ、まずは顔から治すわよ」
治療? エレーヌが手当をしてくれるのか?
などと思っていると、エレーヌが俺の顔に優しく触った。
「イッタ!」
「これくらい男なんだから我慢しなさい」
イヤイヤ、男だって痛いものは痛いんだって! と抗議しようとしたら、俺に触れていたエレーヌの手から光が放たれた。
な、何? 眩しいんだけど!?
「何をして……え? 顔の痛みが引いた……」
「聖魔法よ。私は召喚魔法の他に、聖魔法も使えるの。そこまで得意じゃないけど、打撲とか小さな切り傷くらいなら治せるわ」
ああ、魔法か。
傷を治せるキャラクターって、ゲームとかだとよくいるけど、現実にいたらとんでもないチートじゃない?
だって、あんなに痛かった傷が一瞬で無くなっちゃうんだから。
「……エレーヌって凄いね」
「あたりまえよ。私を誰だと思っているの? 次期女王よ」
「はいはい。凄いですよ。女王様」
「じょ、女王様って呼ぶのは気が早いわよ」
照れたエレーヌがそう言って、打撲だらけの背中をバシン! と叩いた。
「イッテ~~~!!」
お前、ふざけんな!
「あ、ごめん。今治してあげるから」
それからエレーヌの治療が終わり、俺は立ち上がって自分の体を確認していた。
「ふう、助かった。治療、ありがとうね」
「どういたしまして。感謝しなさいよ?」
「はいはい。感謝していますよ。それにしても、エレーヌがわざわざ傷の手当てをしに来てくれるなんてな~。エレーヌって思ってたよりも優しいんだね」
いつもあんなに冷たいことしか行ってこないのにな……。
あ、これはエレーヌの作戦か?
冷たい言葉で俺を真剣に練習させるようにして、練習がイヤにならないように優しくケアする。
すると、俺はどんなにキツい練習も素直に頑張ってしまう。
くそ……流石王女様、人を手懐ける術をしっかりと会得してやがる。
「そう!? そうでしょ! ふふ、私って優しいんだから」
「うん?」
あれ? エレーヌがこんなに喜んでいる姿を見ていると、なんか違う気がしてきたぞ。
ハ! これは作戦の一部だ! 騙されるな。これは俺に練習を頑張って貰うための演技だ!
くそ……だが、もう手遅れだ。
俺の心は明日からも練習を頑張る気満々だ。
体がこんなにも嫌がっているというのに……。
「ふふふ。どう? 私にほれ「あ、お姉様。こんなところにいらしたんですね」」
俺の中で心に体が敗北している最中、エレーヌが何か俺に話しかけようとし、それを邪魔するようにエレーヌに似た女の子が入ってきた。
「リーズ……あなたがどうしてここに?」
おいおい。妹なんだからそこまで睨むなよ。姉妹の仲がそんなによろしくないのかな?
「お姉様が召喚された勇者を一目見ようと思いまして来ちゃいました。お邪魔でしたか?」
俺に話題を振るな! ほら見ろ、エレーヌの睨む対象が俺に変わっちまったじゃねえか!
「い、いや……」
まあ、エレーヌに似て可愛いから許すけど。
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
よく笑うな……姉妹でこうも性格が違うものなんだな……。
そんなことを思いながら、今も俺を睨みつけているエレーヌに目を向けた。
「そういえば、今日はいつもみたいに男を連れていないの?」
男を連れて歩いている?
「え? 何のことですか? そういうお姉様こそ、いつもみたいに宝石収集をしなくてよろしいのですか?」
「ええ。今はカイトの方が大事だから」
そう言って、エレーヌが俺に胸を押しつけるように抱きついてきた。
うん、俺の腕に当たっている柔らかい感触については後で考えよう。
そう俺に聞かせながら、俺はエレーヌを見た。
エレーヌは俺に抱きつきながらも、リーズを睨んでいた。
まるで、玩具を取られたくない子供みたいだな。
「あら、もうそんなに惚れ込んでしまったのですか? 宝石狂いの姫も、勇者を前にすると変わるものですね。あ、それとも、宝石よりも女王の地位ってところですかね?」
「男狂いの姫が言うじゃない。あなたこそ、いつもの男たちはどうしたの?」
男狂いとか、嫌なあだ名だな……。
てか、姉妹揃って不名誉なあだ名とか、この国の王族は大丈夫か?
「はて? 誰かと勘違いしているんじゃないでしょうか? 勇者様……お姉様が酷いですわ。私、清純なお姫様ですわよ? 小さい頃から、勇者様と結ばれることだけを考えて生きてきました」
うん、これは俺でも演技だってわかるぞ。
悲しそうな演技をしながら、俺の手を握るリーズにそんなことを思った。
「勇者様……いえ、カイト様。こんな宝石と女王の座しか興味の無い女より、絶対わたしの方が良いですわよ?」
いや、その言葉いる? 余計にお前の方が怪しくなったわ。
まだ四日くらいしかエレーヌを見てないからわからないけど、少なくともお前よりは国の為に働いたと思うぞ。
「あなた、何を言っているの!? カイトは私の……」
「カイト様はお姉様の何だと言うのですか?」
リーズから俺の手を奪いつつエレーヌが文句を言おうとすると、リーズが被せ気味に反撃した。
そういえば、俺ってエレーヌの何だろうか?
前に、運命共同体的なことを言われたけど、エレーヌ的にはどう思っているんだろう?
「そんなこと、あなたに言う必要無いわ。とにかく、カイトは剣の稽古が終わったばかりで疲れているから、その辺にしてあなたは部屋に戻りなさい」
「ああ、お疲れだったのですね。それは失礼しました。もしよろしければ、これから私が癒して差し上げますが?」
そう言って、一緒に行きましょうとリーズが手を差し出してきた。
「いや、せっかくのお誘いだけど遠慮しておくよ」
俺は差し伸べられた手を掴むようなことはせず、丁寧にお断りした。
これ以上、あんたと関わると面倒なことになるのは、俺でもわかるんでね。
「そうですか……気が変わったら、私の部屋にいつでもいらしてください」
そう言って、リーズは静かに訓練場から出て行った。
「はあ……で、リーズの所に行くの?」
リーズがいなくなってから俺に抱きついたままのエレーヌが、溜息交じりで俺に確認してきた。
「え? 行かないよ?」
そんなに信用ないかな? まあ、四日程度の仲だから仕方ないか。
「行かない理由は、私に遠慮しているから?」
「別にそんなわけじゃないよ」
え~何でエレーヌよりもリーズの方が良いみたいなことになっているの?
確かに、エレーヌに似て可愛いけど、俺はエレーヌの方が好きだぞ?
「嘘よ。だって、リーズの方が愛想良いし、性格の悪い私なんかよりも可愛らしいでしょ?」
ああ、リーズの愛想の良さにコンプレックスを感じているのか。
確かに、エレーヌにはあのコミュニケーション能力は無いもんな。
「正直に答えなさい。私よりもリーズの方が良いと思ったでしょ?」
「そんなことないよ」
別に、エレーヌにも良さがあるんだから心配する必要ないと思うけどな……。
「嘘よ! 絶対に嘘! 私なんかよりも絶対リーズを選ぶわ!」
「はあ……そこまで言うなら正直に答えてやるよ」
なんか不名誉なことを決めつけられ、イラッとした俺はそう言って体の向きを変え、エレーヌと向き合った。
「俺は、この世界に来た時からずっとエレーヌのことが好きだ! きっかけは一目惚れだったから見た目で好きになったか? と聞かれたら否定出来ないけど、この四日間エレーヌを見てきてもこの気持ちは変わらなかった。今の俺は、性格も含めてエレーヌが好きだって堂々と言えるぞ!」
ここで一旦息継ぎをして、俺はまた自分の気持ちをぶちまけるのを再開した。
「確かに、エレーヌは言葉がキツい時があるけど、裏を返せば常に自分の本音をぶつけてきてくれているってことでしょ? 確かに、ほとんどの人はさっきのリーズさんみたいな丁寧で優しい言葉をかけてくれる女の子の方が良いのかも知れないね。でも、俺はあんな上面だけの言葉より、エレーヌの厳しくもビシッとした言葉の方が好きだ!」
「どう? これで満足?」
俺は最後に息を整えながら、そう言葉を締めくくった。
「え、えっと……」
「まあ、他に好きな人がいるエレーヌからしたら困っちゃうだろうけどね。ごめんよ」
「っあ……」
俺はエレーヌの返事は聞かないよう、急いで訓練場から逃げ出した。
そのままエレーヌの反応を見られるほど、俺の精神は強くない。