第十八話 新たな勇者と宝石姫③
次の日、さっそく俺は剣の先生である前剣聖と対面した。
失恋したことはとりあえず頭の外に放り出して、目の前にいる老人に意識を集中した。
剣聖を引退したと聞いていたから、そこそこの歳なんだろうな……などと思ってはいたが、予想よりも老人が出てきてビックリした。
大体、六十歳くらいかな?
ただ、老人だと見くびれないオーラを感じて、この人に教わっても大丈夫、いや、むしろ恐れ多いと思ってしまった。
よく漫画とかに出て来る剣の達人キャラって感じだな。
黙って立っているだけでも、凄いプレッシャーを感じる。
「はじめまして。カイトです。これからよろしくお願いします」
これから剣を教わる側だし、怒らせたら怖そうだから出来る限りの敬語を使って挨拶した。
「こちらこそ、よろしくお願いします。私のことは、アーロンとでも呼んで下さい」
「アーロンさんですね。わかりました」
「見ての通り、前線から十年も前に退いた老いぼれですが、任された仕事はしっかりとやるつもりなので、心配しないで下さい」
「も、もちろんです。心配なんてしていません!」
少しはしたけど、ほんのちょっとだからノーカンでしょ?
「それはありがたいですね。それでは、さっそく稽古を始めましょう……と言いたいところですが、まずは勇者とこの世界について勉強してからにしましょうか」
「本当ですか? それはありがたいです」
正直、誰も教えてくれないから困っていたんだよね。
ほとんど用意された部屋に閉じ込められていて、自分で調べることも出来ないし、諦めかけてたよ。
「ほう。やはり、陛下はちゃんと説明をしませんでしたな? まあ、正確には勇者について理解してないから説明も出来ないというところが正解ってところでしょう」
「勇者について理解していない? どういうことですか?」
え? 自分で呼び出しておいて、理解してないって無責任すぎるだろ。
「簡単ですよ。怠惰な彼らは何も学んでいないということです。詳しいことについては、移動中の馬車でお話しします」
怠惰って……この二日くらい見ていてそんな気はしていたけど、仮にも国王なんだからそれを堂々と言っちゃダメだと思うけどな。
まあ、そんなことより……
「馬車? どこに向かうのですか?」
「行き先は着いてからのお楽しみです。それでは、ついて来て下さい」
ふーん。何か、勇者と関係する話があったりするのかな?
そんなことを思いながら、俺はアーロンさんと馬車に乗り込んだ。
「さて、どこから話しましょうか……この世界には、人間界と魔界が存在して、人の国は大きく三つあることは聞きましたか?」
人間界? 魔界? 人の国が三つ?
「いえ……」
そんなこと、何も教わっていないぞ。
「そうですか。それじゃあ、そこからお話ししていきましょうか」
「ありがとうございます」
「この世界には、魔人族の住む魔界と人族が住む人間界があります。そして、私たちの住む人間界には、我らが住むアルバー王国、そしてその東に位置するベクター帝国、南に位置するガルム教国があります」
「アルバー王国、ベクター帝国、ガルム教国の三つですね」
「そうです。そして、我が王国と東の帝国はもう百何十年も前から非常に仲がよくありません」
「何か原因があったりするのでしょうか?」
勇者を召喚してまで、帝国を滅ぼしたい理由があるの?
「そうですね……我ら王国は、血筋重視の貴族を尊重した国となっております。それに対して帝国は、貴族制度ではありますが、どちらかというと実力を重視しており、何か手柄を上げれば庶民でも貴族になれ、貴族でも失敗すれば普通に奴隷にまで身分を落とされる国なのです」
帝国厳しい! とか思っちゃったけど、成り上がろうと思ったら帝国の方がいいんだろうね。
「なるほど。けど、その違いがどうして争いまでに発展してしまったのですか?」
「簡単です。帝国の制度の方が速く発展出来るのですよ。実力主義の帝国では、庶民であっても成り上がりを目指して、国の発展に全力で手を貸します。それに比べて貴族に甘い王国は、上層部である貴族及び王族が腐敗してしまいました。自分たちの地位が無くならない安心感から貴族たちは傲慢になり、何も学ばず、努力というものをしようとせず、いかに自分たちがどう楽に富を得るのかということしか考えていない。そんな王国は、自分たちの国よりも発展した帝国が羨ましくて仕方ないのですよ」
あ、一方的に王国が悪いパターンだった。
「もしかして……だから、帝国から奪おうって考えているのですか?」
「幼稚な発想だと思いますか? 私も思います」
おいおい。
「そんなこと……仮にも引退したとは言え、元々王国に仕えていたアーロンさんが言っても大丈夫なんですか?」
「城の中では口が裂けても言えませんね。だから、わざわざ馬車に乗ってお話をしているんじゃないですか」
「ああ、その為の馬車なんですか」
移動の為じゃなくて、本音で話すための馬車か。
確かに、馬車の中なら盗み聞きは出来ないもんね。
「いえ、ちゃんと行き先は決まっていますよ。ただ、凄く遠回りをしていますが」
「そうなんですか……」
一体、どこに向かっているんだろう?
「本腰を入れて剣を教え始める前に、カイト殿にはこの国がどれだけ酷い国なのかを知っておいて欲しかったんです」
「どうしてですか? 俺がそれを聞いてこの国から逃げようとするのもありえますよね?」
正直、こんな国の為に戦うなんてイヤだよ?
「遅かれ早かれ知ることですから。それなら、先に説明しておいた方がそこまでショックを受けなくて済みますでしょ? それに、カイト殿ならこの国を変えられると思いまして、この国の実態をお話ししました」
「うん……」
俺に国を変えるとか、そんな強大な力は無いと思うよ?
第一に、一年後に生きていられるのかすらわからない強さだし。
「自分に出来るかどうか不安ですか?」
「正直言うと……そうですね。俺は、この十五年間人と争ったことすらもありませんから」
生まれてから口喧嘩程度ならまだしも、暴力的な喧嘩は一度もせずに生きていた。
だから人を殴ることさえ、とても抵抗があった。
それに、何かを率先してやろうと思ったこともない。
そんな俺が、戦争で生き残れて、この国を変えるなんて無理だと思うな。
「そうですか。でも、大丈夫だと思いますよ。前代の勇者もこちらの世界に来たばかりの頃は同じように弱音を吐いていましたから」
「そうなんですか? 魔王を倒したって聞いていたから、元々何か特技があったのかと思いました」
「前の世界で独特な剣術を習っていたみたいですが、逆にそれがこちらの世界の剣を使う邪魔になってしまったみたいで、最初の頃はとても苦労していましたよ」
独特な剣術? 剣道とかやっていたのかな?
「最初の頃は……か」
まあ、剣道をやっていたなら、俺よりも剣を使うことに早く慣れることが出来そうだもんね。
「はい。まあ、これに関しては口で説明するよりも、実際に体験して貰った方が良いでしょう。てことで、目的地に向かいましょうか」
コンコン
アーロンさんが馬車の運転手がいる側の壁をノックした。
何かの合図なのかな?
……などと思っていると、馬車はすぐに止まった。
どうやら、目的地に止まって良いよ。という合図だったみたいだ。
馬車から下りると、前世の教会に似た建物に入った。
「アーロン様、お久しぶりです。本日はどのようなご用件で?」
中に入ると、神父さんらしき人が慌ててやって来た。
アーロンさん、前剣聖だけあってやっぱり偉いんだね。
「地下の女神像の部屋を少し借りたい」
「今日は特に予約はございませんので大丈夫ですが……何をなさるおつもりなのですか?」
アーロンさんの言葉に、神父さんは俺とアーロンさんを交互に見ながら聞き返した。
「少し調べたいことがあってな。すぐに終わるから心配するな」
「はあ……わかりました」
そう言って、それ以上は何も言わずに神父さんはアーロンさんに鍵を渡した。
それからアーロンさんに案内されて、地下の部屋にやって来た。
何も無い空間に、膝を着いて両手を差し伸べている女の人の像があった。
いや、さっき女神像って言っていたか。
「ここは?」
「説明は後です。とりあえず女神像に触ってみてください」
「女神像ってこれのことですよね? わかりました」
まあ、説明してくれるならいいか。などと思いつつ、女神の掌に手を乗せた。
すると、とんでもなくまぶしい光が女神像から放たれた。
「うわあ! 何これ!?」
「あ、光が消えるまで手を離してはいけませんよ」
「は、はい」
それから、まぶしいのを我慢して女神像の手を握り続けた。
すると……しばらくして光が収まり、女神の掌に一枚のカードがあった。
「それでは、そのカードを持ってみてください」
「これですか? あ、え? 消えちゃった……」
カードに触った瞬間、跡形も無く消えてしまった。
「大丈夫です。それでは、馬車に戻りましょう」
ほ、本当に大丈夫なの?
と思いながらも、先に部屋から出て行ってしまったアーロンさんの後を追った。
「あのさっきのは……」
馬車に戻ると、俺はさっそくさっきのカードについて説明を求めた。
「所謂ステータスカードというものですよ。その人個人の強さがわかります。先ほどのカードを思い浮かべて手から出るように念じてみてください」
そんなまさか、厨二病じゃあるまいし……
「出ろ! うわ」
マジで出てきた! 異世界スゲー!!
「それじゃあ。まずは、ご自身で内容を確認してみて下さい」
「あ、はい」
よく見たら、カードに何か書かれているぞ……。
江見 海斗 Lv.1
年齢:15
種族:人族
職業:勇者
体力:11/11
魔力:6/6
力:9
速さ:12
運:1000
属性:電気
スキル
電気魔法Lv.1 限界突破
称号
異世界から来た者
うん、ゲームとかでよくあるステータスって奴だね。
やっぱりレベルは1か~。ステータスが強いのか弱いのかはわからんな。
それよりも、電気魔法って何!? めっちゃ気になるんだけど!
「確認は終わりましたか?」
「は、はい。でも何が何だか……」
「でしょうね。見せて貰っても構いませんでしょうか?」
「もちろんです。むしろ、見て説明してください」
俺が強いのか弱いのか教えてくれ!
「それじゃあ、失礼して。うん、悪くないですね。それに、勇者限定の電気属性ですか。これは、先代を簡単に超えられますよ」
「勇者限定?」
「はい。電気属性、火炎属性、水氷属性が勇者しか持つことが出来ない属性ですね。勇者が記録に残っているだけでも十七人いるのですが、限定属性を持っていたのは五人だけ……カイト殿を合わせると、十八人中六人。勇者の中でも三人に一人しか持つことの出来ない特別な魔法を使えるということです」
特別な魔法?
「三人に一人か……運が良いな」
これは、ちょっと自信が出てきたぞ。
「そうですね。ですが、珍しい分教えられる人もいませんので、我流で魔法は極めるしかありませんな」
「そ、そんな……」
魔法の使い方なんて、知るはずがないじゃん!
誰か教えられる人はいないの!?
「大丈夫ですよ。歴代最弱とまで言われていた前代の勇者でさえ、魔王を倒すことが出来たのですから」
「歴代最弱ね……前の勇者はどんな魔法を使えたんですか?」
魔王を倒せたのに歴代最弱か……。勇者のハードルが高くて困っちゃうな。
「無属性魔法。身体を強化する魔法ですね」
「え? 普通に強そうじゃないですか? いや、そうでもないのか?」
身体強化系って、漫画とかでもよく強キャラとして出てくるよね?
でも、現実だと遠距離攻撃が出来る普通の魔法の方が強いのかな?
「結果としては強かったですね。ただ、当時は無属性魔法の使い方は一部でしか知られておらず、今よりはマシですが使える人がごくわずかで、普通には使えない魔法……弱い魔法と思われていました。それに、勇者限定の魔法に比べてしまうと弱いですね。」
なんだ。限定魔法と比べなければやっぱり強かったじゃん。
「へえ。今はもっと使える人は少ないんですか?」
「はい。王国では剣聖の家系と帝国だと前勇者の子孫だけになってしまったはずです」
なるほど、そんなに難しい魔法なんだね。
そう考えると、それを使いこなせた勇者は凄いな。
「そうなんだ……って、いつか前勇者の子孫たちと戦わないといけないってことですよね!?」
帝国にいるってことはそうだよね?
「そうですね。帝国には、世界最強の魔法使いである魔導師と勇者の子供と孫たちがいますね。全員、強いですよ。特に、勇者の息子であるダミアン・フォースターは現役世界最強と呼ばれています」
世界最強の魔法使いと勇者の子孫とか、絶対敵にしたらダメでしょ。
それに、世界最強とか……俺、勝てる気がしないんだけど。
「ダミアン・フォースターね。覚えておかないと」
「いえ、カイト殿が警戒すべき人物は、ダミアンの方ではないですよ」
「え? 他にいるの? 誰?」
「ダミアンは、帝国を守る為の部隊に所属しています。ですから、今度の戦争には参加してこないでしょう。ですから警戒すべきは、前勇者の孫であるレオンス・ミュルディーンでしょう。彼は、次の戦争で総大将になること間違い無いでしょうから」
なるほど、ダミアンは戦争には参加しないのか。
それは良かった。
「レオンス・ミュルディーンね。その人は強いんですか?」
「彼の強さは未知です。真実かどうか定かではない話ばかり流れてきて、彼の強さの実態はわかっておりません」
「へえ、例えばどんな話があるのですか?」
「今まで、誰も倒せなかったドラゴンを倒せた。自分の領地に攻めて来た魔族を配下にしたなどですね。どれも信じられませんので、我々は帝国が意図的にレオンスを過大評価した情報を流して、王国を萎縮させようとしているのではないかと考えています」
「まあ、そうですよね。そんな人が実際に敵にいたとは思いたくないよな」
ドラゴンを倒せるとか、どんな化け物だよ。
でも、本当なら王国勝ち目なくね?
「そうですね。あとは……皇女が次期魔導師である可能性が高いことと、前勇者と共に旅をした聖女の孫が帝国にいることは頭に入れておいてください」
おいおい。帝国には強い人がどんだけいるんだよ。
「魔導師と聖女……その二人が前の勇者と旅をしていたのですか?」
「そうですね。前代の勇者は帝国の魔導師、教国の聖女と共に魔王を倒しました。歴代の勇者なら、そこに王国の剣聖が加わりますね」
「え? 歴代ならって、どうして前の代は一緒に旅をしなかったのですか?」
「前の勇者には剣聖が必要無かったのですよ。お互い剣一筋と、能力が被っていましたから。それに、私と勇者の仲が大変悪かったのも原因の一つでしょうね」
「仲が悪かった?」
アーロンさんが喧嘩とかするようには見えないんだけどな?
「あ、決して勇者は悪くありませんよ。若い頃の傲慢だった私が全ての原因です」
「何があったのか……教えて貰えませんか?」
「いいですよ。と言ってもつまらない話ですがね」
「当時魔王が人々に宣戦布告し、王国は慌てて勇者を召喚しました。当時の人は、勇者に頼むことしか考えていませんでした。ですが、肝心の勇者が無属性魔法しか使えない無能な勇者だったことがわかったのです」
無能ね……勇者って最初は皆そう言われる運命なのかな?
「そんな中負けず嫌いな勇者は、周りの言葉など気にせず当時無属性魔法を使えた私の父上に鍛えて貰い、強くなりました」
「スゲー」
諦めないその気持ちが凄い。
「はい。とても凄いですね。ですが、当時剣聖になれることが決まっており、王国には父上以外に自分よりも強い人がいなかった私は、勇者など無能であり自分よりも格下だと考えておりました。それがいけませんでしたね。勇者は、日に日に私の剣の速さについて来られるようになっていくんです。もう、当時の私は本気で焦っていましたね。鍛錬が足りないんじゃないか? などと思って、必死に練習したりしましたが、結局最後は負けてしまいました」
負けちゃったのか……まあ、勇者が一番強くないと魔王に勝てないんだから仕方ないのかな?
「そして、格下だと思っていた勇者に、しかも純粋な剣術だけで負けた私は、剣を握る気すら無くし、次期剣聖を辞退しました」
「それで、勇者の旅には参加しなかったんですね」
「はい。今思えば、勇者から逃げただけなんですけどね。結局、私は勇者にリベンジする機会すら自分で潰してしまったわけですから」
「なるほど……」
「どうして、もう一度剣を握れたか? ですか?」
俺が言おうか悩んでいると、アーロンさんが感じ取ってくれた。
「は、はい」
「そうですね……大した理由はありませんよ。気がついたら剣を握っていました。あ、もうすぐ城に到着しますね。城に着いたらさっそく稽古を始めますので、覚悟しておいて下さいよ?」
「はい……」
どうやら、教えてはくれないみたいだね。
まあ、他にたくさん教えて貰えたからいいか。
それよりも、アーロンさんの稽古がどれくらい厳しいのかの方が重要だな。
来週は四巻の発売日!!
よろしくお願いいたしますm(_ _)m