第十七話 新たな勇者と宝石姫②
SIDE:エレーヌ
「もう、何なのよ! あれが勇者? 見た目が良いから少しは期待したのに、蓋を開けてみたらただの無能勇者じゃない!!」
勇者カイトが出て行ってすぐ私は机を蹴っ飛ばし、怒鳴った。
「どうするのよ……この私が召喚した勇者が無能なんて、あの豚やハゲに知られたら、絶対私の召喚魔法のせいにされてしまうわ。何とかして、バレないようにしないと……」
それに、絶対妹や弟たちも私の失敗に黙っているはずがないわ。
これ見よがしに、私の足を引っ張ってくるはず。
ああ、本当に苛立たしい。全部、あいつのせいよ!
「失礼します」
「何よ! 今、私はとても不機嫌なの!」
私がイライラしているの、見てわからないの? 本当、無能な騎士ね。
そう思いながら、私は騎士を睨んだ。
「それは失礼しました。ですが、陛下の伝言を預かっておりまして」
騎士の言葉を聞いて、私は急に全身の力が抜けた。
怒りよりも不安感の方が勝ってしまった。
「お父様が? 何?」
も、もしかして、勇者が無能だってことがバレた?
「勇者との会談が終わったなら、至急陛下のところに向かうように、とのことです」
「……わかったわ」
その伝言だと、何の目的で呼び出されているのかわからないじゃない……。
そう騎士に文句を言う余裕も無く、私はお父様の待っている部屋に向かった。
それから、騎士に案内されて連れて来られたのは、お父様の寝室。
寝室と言っても、別に寝るために用意された部屋ではない。
お父様が気に入った女性と、そういう行為をするための部屋だわ。
本当、万年発情した豚よね。あんなのが父親なんて、気持ち悪くて仕方ないわ。
そう嫌悪しながら、私は寝室に入った。
「来たか。それで、勇者への説明は終わったのか?」
娘の前だと言うのに、豚は裸の女性を数人抱えてベッドに座り込んでいた。
まあ、もう今更だし、豚が服を着ているだけでも良いとしましょう。
「はい。勇者様にも、戦争に参加して貰うよう納得して貰えました」
私は裸の女性たちのことは気にもせず、豚の質問に答えた。
もちろん、質問の答えには私なりの解釈を加えたけどね。
カイトも戦争に参加することに関しては仕方なくだけど納得していたし、別に嘘はついていないわよ?
「そうか。思ったよりも納得が早いな。やはり、ムロスの言う通り、エレーヌを餌にするのが良かったみたいだな」
私の言葉に、豚は嬉しそうに部屋の端に突っ立っていたハゲに気持ち悪い笑顔を向けた。
「はい。みたいですね。私の考えでは、これで間違いないでしょう」
「え? どういうことですか?」
私を餌にするってどういうこと!?
「ムロス、説明してやれ」
「はい。エレーヌ様は、先代の勇者がどうして我が国を裏切ったのかは知っていますでしょうか?」
「えっと……汚い帝国が魔導師を使って自分の国に引き込んだからでしたよね?」
実際のところはよく知らないけど、小さい頃にそう習ったわ。
「そうです。ですから、今回は逆にそれを私たちが利用してみようと思いました」
「と言うと?」
などと聞き返してはみたはいいけど、何となくハゲの考えが理解できてしまった。
「簡単です。勇者カイト様に、姫様のことを好きになって貰い、王国から離れられないようにして貰おうということですよ」
やっぱりね……。勇者に私が事情を説明しろって言われた時から、そんな気がしていたわ。
「つまり……私が勇者様を惚れさせれば良いということですよね?」
「はい。間違いありません。まあ、姫様の美貌なら心配ないと思っていますが」
あなたに言われなくても、私が宝石よりも美しい女性だってことはわかっているわよ!
などとは言えず
「ありがとうございます」
私は素直に感謝の言葉を述べた。
「エレーヌ」
「は、はい」
「勇者のことはお前に任せた。何をしてもいい、絶対お前に惚れさせろ。そして、この国の為なら命も惜しまない戦士に仕立て上げろ」
「わ、わかりました……」
「失敗は許されないからな」
「もちろん……わかっております」
私は頭を下げ、早々退室した。
「あ~もう! 何なの、あの豚とハゲ!」
自分の部屋から戻ってきた私は、また机を蹴っ飛ばした。
とにかく、八つ当たりをしないとやってられなかった。
あの部屋に入るだけでもとてもイライラするのに、それに加えてあの二人に言い渡された命令……。
私が勇者に媚びを売らないといけない? ふざけないでよ!
どうして私があんな無能に惚れられるように頑張らないといけないのよ!
世界一可愛い私が男のご機嫌取りなんて、考えられないわ!
それから、私は部屋にある宝石以外の物を壊して、ストレスを発散した。
そして……大体の物が壊し終わり、少し頭が冷えてきた私はふと自分の現状を理解し、自分の変わり果てた部屋を見て、何を馬鹿なことをしているのかしらと思ってしまった。
もう、私に失敗は許されないじゃない。
どっちにしろ、私とカイトは運命共同体。
カイトが無能だってことになれば、私も無能になってしまう。
そうなるくらいなら……カイトに媚びを売るくらい大したことじゃないわ。
「はあ……とにかく何かしないと」
とりあえず、勇者を強くするのが何よりも重要よね。
そう思い、私は呼び鈴を鳴らした。
すると、すぐに私直属の騎士が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「勇者の教育係を至急手配して。なるべく優秀な人よ。期限は明日」
「はい」
「それと、歴代勇者に関係する情報を出来る限り集めなさい。いい? 強さに関係する物は見つけ次第私のところに持ってきなさい」
「はい」
「以上よ。わかったなら、さっさと行きなさい!!」
「はい!」
私の怒鳴り声を聞いて急いで出て行く騎士を眺めながら、私は頭を抱えていた。
「はあ、もうイヤ……」
SIDE:カイト
学校の制服からこっちの服に着替え、ベッドで横になった俺は、今自分が置かれている状況について考えていた。
「はあ、もうよくわかんないな……とりあえず、異世界に来てしまったことは納得するとしよう」
てか、納得しないと考察が進まないんだけどな。
「それが、ファンタジーな世界なのもわかった」
ドラゴンがいて、魔法がある世界ってこともね。
魔法があるのは、俺の担当になったメイドさんが、俺の脱いだ服を一瞬で綺麗にしてくれたのを見て確信した。
あんなことが出来るのは、魔法くらいしかないだろう。
「けど、俺が全く強くないお先真っ暗な勇者だってことがどうしても納得出来ないんだよ!」
俺の頭の中は、さっきからエレーヌに言われた言葉で支配されていた。
『無能』一目惚れとは言え、惚れた女の子にそんなことを言われたら誰だって傷つくし、落ち込む。
「普通……勇者なら、もっと強いでしょ? いや、ゲームの勇者も低レベルからスタートするけど、現実で低レベルスタートをしたら、ほぼ詰んだようなもんだろ! 相手も低レベルからスタートするわけじゃないんだぞ!!」
何のスキルも持たない一般人がどうやって人と戦えって言うんだよ!
「もういい。ここで文句を言っていても何も変わらないからさっさと寝よう」
考えるのが馬鹿らしくなった俺は、布団を被って不貞寝することにした。
「起きて下さい」
「……ん? あれ? ここは? ああ、思い出した」
目を開けて、見知らぬ部屋に見知らぬ女性がいて一瞬焦ったけど、昨日の出来事を思い出してそこまで慌てずに済んだ。
「気がつかれましたか? エレーヌ様が呼んでおりますので、急いで支度して下さい」
「エレーヌが? うん、わかった」
こんな朝から呼び出すとは、人使いが荒いな。
いや、この部屋には時計が無いから朝なのかどうかはわからないんだけど。
そんなことを思いながら、俺はゆっくりと支度を始めた。
「どうして呼んでからこんなに時間がかかるのかしら?」
起きて三十分くらい時間をかけて支度をしてからエレーヌの部屋に来ると、エレーヌは見てわかるくらいカンカンだった。
まあ、謝るつもりはないけど。
「ごめんごめん。寝ていたんだから仕方ないでしょ? それに、こんな朝から呼び出すつもりだったら、昨日の時点で言ってくれれば良かったんだよ」
「はあ、私に口答えなんて、あなたじゃなかったら……」
「ん? 俺じゃなかったら?」
「いえ、何でもないわ。そうね……明日からは日の出と同時くらいに起きてなさい。そしたら、私の呼び出しにも遅刻しないだろうし」
「イヤイヤ。そんな時間に起きるなんて無理だから。てか、そんなことより俺をどうして呼び出したのか教えてよ」
本気で日の出と共に起きるとかイヤだった俺は、急いで話題を変えた。
ただでさえ、この世界で生きるのは疲れるのに毎朝早起きとかふざけんなよ。
「そうね……あなたの教育係が決まったわ」
教育係? ああ、俺に剣術を教えてくれる人か。
「もう決まったの? 早いね。で、誰なの?」
「前剣聖のアーロン・フリントよ」
「剣聖? この国で剣が一番上手い人ってこと?」
なんか、名前的にそんな感じだよな?
「そうね。この国では、勇者がいない時は剣聖が最強の称号よ」
「そうなんだ。そんなに強い人に教わることが出来るなんて、逆に申し訳なくなってくるよ」
ん? よく考えたら、勇者の俺はその人よりも強くないといけないってことだよな?
戦いも知らない一般人がたかが一年くらいで、この国で最強にならないといけないとか無理ゲー過ぎるだろ。
「そんなこと言っている暇があったら死ぬ気で強くなりなさい。これから、あなたが無能なのを隠すのに私がどれだけ苦労すると思っているのかしら?」
「え? あ、はい……頑張ります」
お姫様的にも、俺が無能だと知られると何か困ることがあるのか?
うん……よくわからない。
けど、お姫様も色々と大変なんだな。
「そうよ。死ぬ気で頑張りなさい。アーロンは明日から城に来られるそうだから、それまで体を動かしてなさい!」
「わかりました。エレーヌは無理のし過ぎには気をつけて」
「え? あ、う、うん……」
俺の優しい言葉が以外だったのか、エレーヌはキョトンとしてしまった。
その顔が思っていたよりも可愛くて、ずっと眺めていたかったけど……これ以上怒鳴られ続けるのもイヤだから、この隙にお姫様から退散することにした。
「あ、ちょっと待って」
「何?」
「え、あ、その……」
俺が呼び止められたことに心の中で舌打ちしながら振り返ると、エレーヌは自分の口に手を当てて何やら慌てていた。
ん? 特に要件が無いのに呼び止めちゃったってことなのかな?
と思ったら、エレーヌは口を開いた。
「えっと……男って女性のどんな仕草とかに惚れるものなの?」
はあ? 急にどうした? さっきまでの強気なお嬢様キャラはどうしたんだよ!
急に大人しく、恥ずかしそうにしているエレーヌを見てそうツッコミを入れたくて仕方なかった。
「え、えっと……誰か好きな人でもいるの?」
てか、どうして俺に質問したんだ? お姫様なら、他にも相談できる人がたくさんいるだろ?
いや、もしかすると他の人に聞いてもお世辞しか言われなくて、参考にならないのかもな?
「そ、そうじゃないわよ。いいから教えなさい!!」
何で質問する側が怒っているんだ?
まあ、正直に答えてやるか。
「エレーヌに優しくされたら、惚れない男はいないと思うよ」
見た目は完璧なんだから、性格をどうにかすれば誰だってエレーヌのことが好きになっちゃうよ。
「や、優しくね……わ、わかったわ。行って良いわよ」
「了解」
エレーヌの許可が出て、俺は無表情で部屋から出た。が、内心は叫びたくて仕方が無かった。
あ~~!! エレーヌに好きな人がいたのかよ!
まあ、エレーヌの性格からして、俺みたいな無能よりももっと有能な奴の方が好きに決まっているよな。
はあ……俺、何を目標にこの世界で生きていけばいいのだろうか……。
俺は自分の部屋に向かう廊下の途中で、壁に頭をぶつけながらさっそくの失恋にショックを受けていた。