第十六話 新たな勇者と宝石姫①
五巻の番外編に入れようか迷った結果、こっちに投稿することにしました。
主人公以外の甘い話は番外編で書くようにしているのですが、今後の内容に必要だったので本編に入れてしまいました。
SIDE:カイト
『あなたの使命は、人類の繁栄と邪神の使者を倒すことです。期限はあと少し、頼みましたよ』
人類の繁栄? 邪神の使者?
「……ここは?」
気がついたら、見知らぬ部屋に寝ていた。
硬い石製の床に困惑しながら、上体を起こした。
「ここはどこだ?」
気を失うまでの記憶を探りつつ、俺は部屋の隅々まで見渡そうとして……すぐに目を擦った。
夢の間違いなんじゃないか? と思うくらい、異様な光景で溢れていた。
絵本とか歴史の教科書に出てきそうな……数百年前のヨーロッパで着られてそうな服装の集団に囲まれ、俺が寝ていた床の周りには全く意味のわからない文字なのか記号なのかわからないものがびっしりと描かれていた。
そして、何よりも驚いたのが……自分の目の前で膝を着き、目を瞑り、両手を組んでお祈りをしている少女を見た時だった。
真っ赤なドレスに、綺麗な金髪の少女。
いや、これは驚きより一目惚れの方が正しいかな?
お祈りをしている姿が、凄く綺麗で、とても美しかった。
『おお~~』
「成功したぞ」
「これで、王国の未来も明るいな」
「国王、やりましたね」
俺が目の前の美しい少女に見とれていると、さっきまで静まり返っていたのが一転して急に騒がしくなった。
そして、でっぷりとよく太ったおっさんと、黒い首輪を持った細身で髪が薄めなおっさんがこっちに向かって歩いてきた。
「エレーヌご苦労。もう下がって良い」
「わかりました……」
でっぷりと太った男に話しかけられ、美しい少女が目を開け、顔を上げた……そして……俺と目が合った。
お互い、何も言わず、何も表情を変えず、静かに見つめ合った。
少女の目は以外にもキリッとしていて、美しい、綺麗という俺のイメージに少しかっこよさが加わった。
「どうしましたか?」
「い、いえ、それじゃあ私はこれで」
少女が動かないのを心配した頭の薄い男が話しかけると、少女はハッとして後ろの方に下がっていった。
そして、少女と取って変わるようにおっさん二人が俺の目の前にやってきた。
「はじめまして。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「な、名前ですか? カイトです」
「カイト様ですか。私は、この国の宰相をしておりますラムロス・ベックマンと申します。こちらは、この国の王でおられます、クレールハンツ陛下です」
「ど、どうも、はじめまして?」
なんなんだ? 意味がわからないぞ。サイショウ? 王? 何故か言葉は通じるけど、言っている意味が全くわからない。
確かにこっちの男、偉そうな服を着ているけど、それ抜きで見たらそこら辺にいるおっさんにしか見えないぞ?
「自己紹介などどうでもいい。ラムロス、さっさとその男に首輪を着けろ」
国王と紹介されたおっさんは、偉そうにサイショウのおっさんに命令を出した。
「はい。それじゃ、失礼します」
「え?」
急にサイショウのおっさんが俺の首に手を持って行ったと思ったら、硬い首輪を装着されてしまった。
ハッとして俺が取り外そうと首輪に触ろうとすると、その手を捕まれてしまった。
「これは、あなたがこの世界で生きていくのに必要な物です。絶対に取らないで下さい。必ず常に着けていてくださいね?」
「え? あ、そうなんですか……はい」
もう、目まぐるしい情報量にパンクした俺の頭に、正しい判断など出来ず、そういうもんなんだと納得してしまった。
「うむ。それじゃあ、この国の発展の為に、精々働くんだな」
精々働く? 何を言っているんだこいつは?
そんなことを思っていると、王は満足そうに扉に向かって歩き始めてしまった。
「ちょ? え? それ以上の説明はないの?」
ここがどこだとか。俺がどうしてここにいるのかとか。質問したいことがあるんだけど!!
「詳しい説明ですか? そうですね……姫様、カイト様にこの世界について教えて頂けませんかな?」
俺の言葉に立ち止まったおっさんが、少し考え込んでからニヤリと笑ってさっきの少女の方に目を向けてそんなことを言った。
姫様? え? お姫様なの? 通りで美しいわけだ。
「そうだな。エレーヌ、頼んだぞ」
「はい……」
王の言葉に返事するお姫様は無表情だけど、どこか不満そうな雰囲気を感じられた。
「頼んだぞ」
それだけ言って、王たちは部屋から出て行ってしまった。
本当なら、一番偉そうなお前たちに説明して貰いたかったんだけどね。
そんな不満を心の中で呟きながら、お姫様の方に目を向けた。
「……」
「……」
え? 何か話してよ。俺の方が全くこの状況を理解していないんだよ?
そんな気持ちが通じたのか、お姫様が口を開いた。
ただ……
「それじゃあ、こちらに」
その一言だけだった。
「は、はい……」
それからお姫様に豪華な部屋に案内された。
素人の俺が見ても、高そうな宝石やら、その装飾品やらが壁一面に飾られた部屋だ。
凄い居心地の悪い部屋だな……。
そんなことを思いながら、俺は机を挟んでお姫様の向かい側の席に座った。
「はじめまして。私はエレメナーヌ・アルバー。エレーヌとお呼び下さい」
「え、えっと……俺、いや、僕は江見 海斗……違う、カイト・エミです。カイトと呼んで下さい」
お姫様の丁寧な言葉に対して、俺はかっこ悪い返事になってしまった。
だ、だって、急に普段使わない敬語を使おうとしたら、こうなっちゃうでしょ?
「無理して敬語を使わなくてもよろしいですよ?」
俺の敬語が余っ程だったのか、お姫様から申し出をされてしまった。
「え、えっと……それじゃあ。普段、敬語は使わなくてね……。エレーヌも敬語なしでお願い」
「普段、敬語を使わない? どういうこと……ですか? もしかしてあなた、いえ、カイト様は元の世界では名の知れた貴族様だったとか?」
ん? ああ、この国には王様がいるんだから、貴族とかもいるのか。
「違うよ。庶民オブ庶民。てか、元の世界では貴族とかいなかったし。だから、敬語とか抜きで気軽に話そうよ。いや、お姫様相手だから、俺の方が敬語を使わないといけないのか」
まあ、前の世界でも、本当は先生とかには敬語を使わないといけない人はいたんだけどね。
昔から、気さくに話していたら許されちゃったんだよね。
「私が王女であることは気にしなくていいわよ。あなたは、今日から勇者様なんだから。勇者様は、形式上この国で一番偉いんだからね?」
形式上? まあ、いいや。それより
「勇者様? 勇者ってあの物語に出て来る?」
幼稚園児とかが読みそうな絵本に出てくるようなやつか?
「え? あなたの世界にも勇者様の物語があるの?」
「まあ、あるかな……。ドラゴンに捉えられたお姫様を助けに行く話とか?」
俺は、うろ覚えな記憶を頼りに、適当な勇者の物語をでっち上げた。
たぶんこんな内容の話は、世界中を探せば何個もあるよね?
俺、普段から教科書以外本とか読まないからわかんないんだよね。
「へえ……あなたの世界にもドラゴンとかいるのね」
「え? ちょっと待って。あなたの世界にもドラゴンがいるってどういうこと? この世界にはドラゴンがいるの?」
てっきり、タイムスリップみたいなのに巻き込まれた? とか、勝手に予想してたけど、本気で違う世界に来てしまった?
「え? いないの? この世界には、珍しいけどいるわよ。ずっと東の方に大きな山脈があって、そこにたくさんのドラゴンが住み着いているわ」
「うわあ……なんかその山、めっちゃ危険そうだね」
そして、ここは地球じゃないことがこの話を聞いて確定した。
俺、どうしてこんな世界に来ちゃったんだろう……誰かにこのとんでもない夢を強制的に見せられているとかの方が、あり得るというか納得出来るぞ。
「危険なんてもんじゃないわよ。未だかつて、人類はドラゴンを倒せたことがないのよ? 魔王を倒した先代の勇者でも、人里に迷い込んだはぐれドラゴンを追い返すのがやっとだったんだから」
「へえ……先代の勇者とかもいたんだね。それよりも、魔王よりも強いドラゴンってどういうこと? ゲームでいうところの、クリア後に出てくる裏ボスとかなのか? 嫌だな……ドラゴンを倒せないと帰れないとか」
先代の勇者はどうやって元の世界に帰ったんだろう?
「何を言っているの? あなた、もう帰れないわよ?」
「え?」
今、何て言った?
「だから、あなたは死ぬまでこの世界にいるしかないの」
死ぬまで……この世界に……いるしかない?
「ほ、本気?」
「本気よ。現に、先代の勇者は孫まで作って、おじいちゃんになってから死んだわよ」
「そうなんだ……」
それはそれは幸せそうな人生を送れたようで……。
ただ、俺にそんな未来が存在するとは思えない。
「ねえ、あなたの世界ってここに連れて来られたら、そんなにがっかりするくらいの世界なの?」
「まあ、そうかな。たぶん、三、四百年くらいは文明が進んだ世界だよ」
見た感じ、電気が通ってなさそうなこの部屋と、この世界にいる人たちの服装を見た感じ、軽く三百年くらいは差があるよね?
そんな世界で今日から一生暮らして下さいって言われても、嬉しくなるはずがないじゃん。
「四百年もね……それじゃあここにある宝石は、あっちの世界だとそうでもないの?」
「そんなことないよ。宝石はあっちの世界でも珍しくて、高価な物ばかりだね。たぶん、あっちで普段通りの生活を続けていたら、こんな凄い宝石たちに囲まれることは一生無かっただろうね」
どこかの博物館とか行かないと無理そうだよね。まあ、博物館とか興味無いし、一生と言っても過言では無かっただろう。
「そ、そう……」
「それにしても、凄いね。これを全て集めようと思ったら十回以上遊んで暮らせる人生を送れそうな金が必要だよね。これは、王族が代々集めてきた物なの?」
国民からの献上品とかで手に入れた物を代々、この部屋に飾っているとか?
「いえ、この部屋にある物は、私がここ数年で集めた物よ」
はあ? エレーヌが? 数年で?
冗談だよね? 俺を笑わせるための冗談なんでしょ?
「え? そんなにお金を使っても大丈夫なの?」
もし本当だとして……エレーヌの国って、これくらいの宝石を買ったとしても大丈夫なくらい潤っているの?
「だ、大丈夫よ。だって、私はこの国の王女なんだから」
いや、そういうことじゃなくて……。
「うん……まあ、この国のことはまだ何も知らないし、余計なことは言わないでおくよ」
これ以上詮索してエレーヌを怒らせても、何の得にならないからね。
「そうよ。そうしなさい。それより、もっとあなたは知りたいことがあるんじゃないの?」
「そうだった。ねえ、俺って何の為に呼び出されたの? 魔王でも倒せばいいの?」
色々と聞きたいことがあるけど、まずはこれかな。
俺が何の目的でこの世界に連れて来られたのかが、マジで知りたい。
「違うわ。魔王は五十年くらい前に倒されているわ」
「じゃあ、何をするの? こっちに来る時、人類の繁栄と邪神の使者を倒せって言われた気がしたんだけど、そんなことをすればいいの?」
こっちで目が覚める前に、こう直接頭に声が放り混まれたような感覚があったんだけどな……。
「そ、そうよ。あなたは、邪神の使者がいる隣国のベクター帝国との戦争に参加して貰うわ。邪神の使者を倒すのよ!」
ん? どうしてそんなに狼狽えているんだ? もしかして、何かやましいことがあるな?
ちょっと探ってみるか。
「戦争? しかも、人同士の?」
「そ、そうよ」
「え~。俺、人を殺すなんて嫌だよ」
これは本気だからね?
「男がそんなことを言っているんじゃないわよ。邪神の信者を倒すのがあなたの使命なんでしょ?」
あれ? 邪神の『使者』が『信者』に変わっているぞ。
やっぱり、何かおかしい。
「うん……でも、戦争なんてして人類は繁栄するのかな?」
「当たり前でしょ? 勝てば、その国の物は私たちの物になるんだから」
「でも、それってエレーヌたちの国だけで、負けた国の方は?」
負けた国のことを考えると、人類全体としては戦争で死人が出るわけだし、むしろ人類全体にとってマイナスにならないか?
「そ、それは……知らないわよ! 負けた方が悪いんだから」
うん、大体わかった。
俺はエレーヌの国が戦争に勝って、利益を得るために呼ばれたんだな。
でもね……
「確かに、勝った方が正義って言葉はあるけど、それは自分たちが負けた時も適用されるんだからね?」
「だから? 私たちは負けないわ」
うお。なんだその自信。
確かに、自信は何よりも大事だろうけど……根拠の無い自信ほど怖いものは無いよ?
「……まあ、いいや。どっちにしても俺がここで生きていくためにはその戦争に参加しないといけなそうだし。それで、俺はどうやって戦えばいいの?」
もう、俺には拒否権は無さそうだし、無事に生き残れることだけを考えておくか。
「え? 勇者ってどんな相手も剣一本で倒せるんじゃないの?」
「はあ?」
漫画の読み過ぎだろ。いや、この世界に漫画は無いのか?
「そんなの無理に決まっているじゃん。前の世界で俺は普通の学生で、戦争とか殺し合いとか無縁の生活をしていたんだよ? 格闘技の経験も無いし、どうやって剣一本で生き残ればいいの?」
なんか俺、自分で言っていて悲しくなってきた。
戦争が始まったら、俺が真っ先に死にそうじゃん。
「し、知らないわよ。まさか……勇者がこんなにも無能だったとは……」
無能? 自分から呼び出しておいて、何を言っているんだ?
「無能で悪かったね。それで、無能だって俺をどうするの?」
あ、待って。言葉の勢いに任せて煽っちゃったけど、よく考えたらダメだろ!
目の前にいるのはお姫様だぞ? 怒らせたら打ち首とか普通にありそうじゃん!
やべえ。戦争を迎える前に死にそう。
「そうね……無能なんて、お父様には報告できないし……そうね。わかったわ。あなたが気づいていないだけで、あなたの中に何かが眠っているかもしれないわ。とりあえず、あなたに剣の教師をつけるわ。一年間待ってあげる。その間に強くなりなさい」
「そう言われても……」
今すぐに殺されなくて済むのは嬉しいが、たった一年で強くなれるのか?
「いいから! 今日はとりあえず寝てなさい! 誰か、カイトに部屋を用意しなさい!」
「はあ……まだまだ聞きたいことがあったんだけどな……」
エレーヌにこれ以上何か言うのは諦め、俺は執事に連れられて素直に部屋を出た。
四巻の書影が公開されました(↓にご注目!!!)
今回の表紙はエルシーです。
それと、気がついたら今まで書いて頂いた感想の数が五百を超えてました。
全てに返信することは出来てませんが、いつも作品を書く糧にさせて貰っています。
これからも、どうぞよろしくお願いいたしますm(_ _)m