第十五話 愚王の下で
SIDE:ゲルト
「ほう、お前が憎き偽勇者の子孫を瀕死に追いやったという混ざり人か」
「はい。生まれ育ちはフェルマー商会だそうで、奇想天外な魔法具を作ります」
「そうか……あの亜人の商会、帝国を滅ぼしたら真っ先に王国の奴隷にして、王国の為に一生働いて貰うぞ」
「おお、いいですね」
現在、王国に来て半年くらいして初めて国王と謁見していた。
そして、俺は目の前で行われているとても苛立たしい会話を我慢して聞いていた。
混ざり人……人族以外の血が入った人に使う差別用語だな。
この王国は人族以外の人たちを亜人として、奴隷のように扱ってもいいという法律があるくらい人族以外を見下している。
本当なら、こんな所に来たくはなかったんだが……俺を拾ってくれるところはここしかなかったからな。
だから、目の前にいるブクブクに太った愚王と阿呆な宰相の馬鹿にした会話に怒ったりは出来ない。
だが、フェルマー商会を馬鹿にされたのは本気でイラッとした。
叔父さんがあんなにも頑張って大きくした商会を奴隷にするだと?
コルト叔父さんは酒癖が悪いところは玉に瑕だけど、親父と違って子供の頃から優しかった。
魔法具開発に夢中な親父の代わりに、俺のことを何かと気にかけてくれた。
地方周りの仕事の時は、俺も馬車に乗せて連れて行ったのは本当に良い思い出だ。
それに、あそこの職人たちには感謝しかない。
親父は自分が俺に魔法具作りを教えてやったと思っているが、ほとんどはフェルマーの職人たちに教わったようなもんだ。
工房に遊びに行くと、必ず暇な職人が俺に魔法具の作り方を教えてくれた。
本当に、あそこは心温かい人たちばかりだった。
そんな人たちを奴隷にすると聞いて、思わずこの馬鹿二人を殺してしまいそうになってしまった。
けど、ここで死にたくはなかった俺は、実行するまでにはいたらなかった。
それに、隣に勇者がいるから殺すのは無理だろう。
そんなことを思いながら、隣で一緒に愚王に跪いている男に目を向けた。
名前はカイト。
一年前くらいからこの世界に来て、訓練を受けているらしい。
見た目は黒目黒髪の前世の記憶にある生粋の日本人だろう。
この半年で随分と仲良くなったが……背が高く、引き締まった体に、美形な顔、優しい性格、最近では王国の姫との恋仲も噂されているこいつを見て、どんなに頑張っても俺はこいつの脇役にしかなれないと理解させられてしまった。
ただこいつは、イイ奴だった。
いや、前世にいたら性格が良くてイケメンな高校生だった程度なんだろうけど。
この世界だと、聖人並に心が澄んでいるように見えてしまう。
騙し合いは当たり前、自分が生きられるなら他人はどうだっていい、弱肉強食の世界、地球で温々と育った高校生の考えは甘すぎなんだよ。
まあ、こいつとは当分運命共同体になるんだし、騙されたりしないようしっかりと見張っておくか。
「で、お前たちにはこれから数年後に行う戦争に向けて準備をして貰いたい」
馬鹿二人での会話が終わったのか、愚王が俺たちに向かって適当な言葉を発した。
頑張れって何だよな。頑張らないと勝てない戦争を挑もうとしている時点で終わっているんだよ。
「「はい」」
まあ、素直に返事するしかないんだが。
「カイトは出来る限りレベルを上げるんだ。混ざり人の……ゲルトは戦争に向けてカイトの武器と防具、帝国に勝てる兵器を発明しろ」
「はい(了解しました)」
混ざり人って呼ばれるのも、もう慣れたな。
それから俺と勇者は謁見の間を退出して、俺の部屋で会話をしていた。
「この国、戦争に勝てるんですかね? あんな人がトップな国じゃあ……」
そう、この勇者、全く国王に忠誠心が無い。
元々は国王に奴隷の首輪を着けられていたんだが、俺が外してダミーの首輪にしてしまっているから、今は国王の文句を言いたい放題になってしまっているわけだ。
もちろん、この部屋の壁には『遮音』をしているから盗聴することは出来ない。
まあ、国王も奴隷にした勇者が裏切るとは微塵にも思っていないから、勇者の行動に監視なんてつけていないんだろうが。
「まあ、無理だろうな。負けた時にどうやって逃げるのかを考えておいた方がいいぞ」
逃げるとしたら、次は教国だな。あそこに向かうとなると、帝国を通らないといけないからな……。
「え!? 逃げることを考えないといけないほどなんですか?」
はあ、流石異世界人。平和ボケしてやがる。
「いや、よく考えろ。戦争に勝ったとしても、あの馬鹿な王様にそんな広い土地を管理できると思うか? 反乱が起きて国が終わると思わないか?」
あの、差別主義の選民思想の塊みたいなヤツが民衆から支持されると思っているのか?
どう考えても無理だろ?
「確かに……そんな話、歴史の授業で習ったかも。うーん、エレーヌの国を滅ぼしたくはないし、どうすれば良いのかな……」
エレーヌね……。
こいつ、しっかりと姫でこの国に縛り付けるという宰相の思惑に嵌まっているぞ。
「お前、本当にあの王女のことが好きなのか?」
エレミナーヌ王女殿下、巷では宝石狂いの姫で有名だな。
実際に城の中で何度か見かけたが、あの親にしてあの娘ありって感じだな。
「確かに性格がキツくて、宝石集めに夢中で金遣いが荒くて、部下を奴隷の様に使っているのは知っていますからね?」
なんだ。そうなのか。
宝石狂いの姫がお前の前だけ猫を被っているから、騙されているのかと思ったぞ。
あいつの本性を知っているのか。
「ん? じゃあ、どうしてだ?」
あの性格を知っていて、どうしてそこまで好きになったんだ?
お前、見た目が良ければ性格なんて気にしないのか?
止めておいた方がいいと思うけどな。
お前の顔なら、もっといい女と結婚出来ると思うぞ。
「エレーヌが単純に寂しがり屋だってことを知っているからです。そう見ると、あのキツい性格も可愛らしく見えてきますよ。僕がいた世界ではツンデレという言葉がありまして……」
「はいはい。わかった」
勇者はツンデレキャラが好き。はいはい。
てか、あいつデレるのか? いや、違うな。
お前の前だと猫を被っているから、ツンがあるのか?
「最後まで説明を聞いて下さいよ! もう……とりあえず、あのエリーヌの性格は僕がどうにかしますよ。悪役令嬢を僕の手でおしとやかで心優しい完璧なヒロインに……」
「はいはい。頑張ってくれ」
主人公は言うことが違うな。
あれがおしとやかとか、逆に怖いわ。
「だから最後まで話を聞いて下さいって!」
「そんなことより、戦争の準備について話し合うぞ」
「え? 二人だけで作戦会議ですか?」
「王国は馬鹿ばかりだからな。お前と二人でどうやって生き残るかを話し合った方が有意義だろう?」
「まあ、そうですけど……」
この国、帝国と違って教育が行き届いていない。
王国の騎士たちも、貴族の次男、三男とか、甘やかされて育てられた奴しかいないから、保身と出世以外には頭が回らない。
そんな奴らと作戦会議なんて、単なる時間の無駄だ。
「エドモント将軍は?」
「ああ、あいつか……」
確かに、あいつなら有りだな。
フィリベール家にいた時に裏切られたのは許せないが、逆に仲間になってしまえばあの場面で即座に徹底を選ぶ頭を持っている将軍は、会議に呼ぶべきだろう。
まあ、あいつは王国の犬だから、俺たちが国を裏切るかもしれないことは隠さないといけないけどな。
さて、帝国に惨敗して逃げる前に殺されるとか最悪な未来にならないようにするために、全力で準備しますか。
出来ることなら、引き分けが俺にとっては最高の未来なんだが、あの愚王の性格からして、次の戦争は勝敗が決するまで戦争を続けるだろうから難しいだろうな……。