第十四話 姉ちゃん到来②
姉ちゃんを部屋に案内して、午後の仕事を始めるか! という頃、シェリーから念話で連絡が入った。
(レオ! ダンジョンの攻略が終わったから、迎えに来て!)
(終わった? 随分と早いけど、何かあったの? 大丈夫?)
(え? 早い? そんなことないわ。だって、私たちもう十時間くらいはダンジョンにいたわよ?)
(ああ。そういえば、そうだったね。今迎えに行くよ)
ダンジョン内の時間が半分になったんだった。
シェリーたちも混乱しているだろうな……。
あっちに着いたら説明しないと。
「姉ちゃん、ちょっとシェリーたちを迎えに行ってくるから待ってて」
「え? 夕方まで帰って来ないんじゃなかったの? 私が来たからだったら大丈夫だよって言って」
「いや、そういうわけじゃないよ。単純に仕事が終わっただけみたいだよ」
まだシェリーたちには、姉ちゃんが帰って来たことは教えてないからね。
「そうなの? それならいいわ」
「了解。それじゃあ、行ってくるよ」
そう言って、俺は訓練場に転移した。
訓練場に到着してから四人を捜すと、四人とも食堂にいた。
「お疲れ。今日はどうだった?」
「あ、レオくん。聞いて下さい! 四階層のボス部屋を見つけることに成功しました!」
俺の問いかけに、リーナが嬉しそうに教えてくれた。
「おお、凄いじゃん。それじゃあ、明日はボスに挑戦だね」
四階のボスは何だったかな……物理無効のスライムか、めっちゃ動きが速いコボルドだったはず。
まあ、どっちも四人なら余裕だろ。
「ねえ、そんなことより……どうして外と中の時間が違っているのか教えてくれない? もう夜になっているかな? と思って外に出たらまだ明るくて驚いたんだけど?」
ご機嫌なリーナと対照的に、シェリーはボスのことよりもダンジョンでの時間がおかしいことに物申したいらしい。
「それは、ダンジョンに新しく出来た能力だよ。ダンジョンでの時間はこっちの時間の半分なんだ。だから、今日シェリーたちが十時間ダンジョンの中にいたとしても、外では五時間しか経っていないってことになるね」
「え? それじゃあ、ダンジョンの中にいたら、二倍の速さで歳を取るってこと?」
「ま、まあ、そうなるのかな? でも、ダンジョンの中で何年も過ごすわけではないんだから大丈夫じゃない?」
俺も新機能として追加された時は、同じことを思ったよ?
でも、ダンジョンに何日間もいることはないだろうし大丈夫だと判断したんだ。
「そうでしょうか? 私たちはたぶんちょっとの間で済むでしょうけど……騎士の方たちはこれからもダンジョンで訓練していく訳ですし……それが積み重なっていけば大きな年数になってしまうのではないでしょうか?」
ベルが急に口を開いたと思ったら、凄く的確な指摘をしてきた。
言われてみれば、騎士たちはこれから毎日何時間もダンジョンに挑戦していくわけだし……。
それが何年間も続けば、大きな時間の差になってしまうな。
「確かに。うん……ちょっと相談してくる」
俺だけでは解決できるかどうかわからないから、アンナに聞いてみよう。
「アンナ~~! ダンジョンでの老化を止める方法は無い?」
『それは、外と同じくらいの老化速度にしたいってことですか?』
「うん、そう!」
そうだね。老化を止めるというより、外と同じにしたいって方が当たっているね。
流石アンナ、瞬時に俺の考えていることを当てるとは。
『追加で魔力を使えば、新しい機能として追加できますよ』
「本当? あ、でも、魔力がたくさん必要になるよね?」
完全体にするだけでも一ヶ月もかけて魔力を貯めてやっとだったのに、更に加えるとなるとな……。
『はい。元々の予定に無かった機能ですので、追加に必要な魔力も、維持に必要な魔力も桁違いになります』
やっぱり。
「そ、そうなんだ……。それで、どのくらい魔力を貯めれば追加できそう?」
『そうですね……挑戦者たちの魔力がこの調子で増えていくことを考えたとしましても、三~四ヶ月はかかると思います』
「早くてもってことは大体四ヶ月か……。八ヶ月分の老化……まあ、そのくらいなら大丈夫かな?」
四ヶ月多く歳を取るくらいなら、特に問題ないよね?
『心配でしたら、老化速度低下の機能を加えるまで、経過時間を半分にする機能を停止しておきますか? そうなると、維持に回る魔力も減りますし』
「おお、それはナイスアイディアだ! よし、新機能を付け加えるまではそれでいこう!」
すぐに最適解を出してくれるから、本当にアンナは最高のナビゲーターだ。
『了解しました。それでは、ダンジョンと外の経過時間を同じにしておきます』
「うん。よろしく。また来るね!」
『はい。お待ちしております』
問題も解決して、俺はご機嫌でシェリーたちの所に帰って来た。
「ただいまー」
「あ、レオ。で、どうしたの?」
「新しい機能を加えて、老化を外と同じになるようにすることにしたよ」
「そうなんだ。それなら安心ね」
「あ、でも、魔力が全然足りないから当分はダンジョンの時間と外の時間は同じにするってことになったんだっけ。だから、三、四ヶ月は外と同じ時間のままだね」
「そうなんですか。時間が半分になるの、効率がとても上がるから良かったんですけど、しばらくはお預けですね」
リーナは、そこまで老化が加速することは気にしないんだな。
「仕方ないですよ。安全には代えられませんから」
「そうね」
ベルの言うとおり、安全第一でやっていかないとな。
「それじゃあ、帰るか。あ、そういえば姉ちゃんが来ているんだっけ」
「え? お姉ちゃん?」
さっきまで、難しい話についていけず、食堂の机に突っ伏していたルーが、姉ちゃんと聞いてバッと勢いよく起き上がった。
「そう。俺の姉ちゃんが長期休暇で遊びに来てるんだった」
「え? ヘレナさんが? それじゃあ待たせちゃっているのよね? 早く帰らないと」
「まあ、そこまで気にしなくてもだいじょうぶだけど」
どうせ、エルシーと会話を楽しみながらお茶でもしているんだろうし。
そんなことを思いながら、姉ちゃんの待つ城に俺は転移した。
「ただいまー」
「あ、帰って来た。四人ともお疲れ様」
「ヘレナさん……お久しぶりです」
「もう、お義姉さんって呼びなさいって前に言ったでしょ? もう、忘れちゃった? ねえ、リーナちゃん?」
「い、いえ……お義姉さん。お久しぶりです」
さっきまで元気だった二人が急に、姉ちゃんを前にしてしおらしくなってしまった。
てか、お義姉さんって何だ? 姉ちゃん、そんな呼び方を二人に強要していたのかよ。
「ふふふ。二人とも、見ない間にまた一段と可愛らしくなっちゃって……羨ましいわ。で、二人がベルちゃんとルーちゃんよね?」
シェリーとリーナに抱きつきながら、次のターゲットに目を移した。
一応、シェリーはお姫様なんだけどね……。
そこら辺、遠慮しないのは母さんにそっくりだな。
「はい。ベルです。よろしくお願いします」
「可愛いわね。うちは自由恋愛だから、身分の差は気にしなくていいからね? あ、もうレオはフォースター家じゃなかったわね。まあ、ミュルディーンでも変わらないわよね?」
「……変わらないよ。てか、言っておくけどベルは獣人族の王の娘だからね?」
「え!? ベルちゃん、お姫様なの!?」
「い、いえ……もう滅んでしまった国なので身分は平民で間違いありません」
「それでも、元王族をメイドにしておくなんて不味いわよ」
改めて考えてみるとそうだよね。ベルをメイドのままにしておかなくて良かった。
今頃、姉ちゃんに怒られていただろうからね。
「心配ないよ。もう、ベルはメイドじゃないし」
「え? そうなの? それなら安心ね」
そう言うと、今度はベルの隣にいるルーに狙いを定めた。
「ふふ。あなたがルーちゃん? わあ、本当に角がある~。小さい頃から、悪いことをしたら魔族がやって来るぞ! なんて怒られていたけど、こんなに可愛い魔族がいるなら怖がる必要も無かったわね」
一人で勝手にテンションが上がって、ルーの顔をこねくり回していた。
嫌がるかな……と思ったんだけど、
「えへへへ」
案外ルーは嬉しそうにしていた。
まあ、ルーは甘えん坊だからな。姉ちゃんに可愛がられて嬉しいんだろう。
「そういえば、ルーちゃんは奴隷のままなのね」
一通りこねくり終わった姉ちゃんが、ルーの首輪を指さして俺に聞いてきた。
「まあ、表向きは犯罪奴隷ってことだからね。人もたくさん殺しちゃったし、ルーを守る為にも必要なんだよ」
ルーが人の世界で生きて行くにはこの方法しかない。
自分でも制御できていない破壊魔法を暴発されても困るし。
「そういうものなのかな……? わかったわ。ルーちゃん、首輪がキツかったりしない?」
「ううん。平気!」
「そう。それは良かったわ」
ルーの言葉を聞いて、姉ちゃんが笑顔でルーのことを抱きしめた。
こういう、優しいところも母さんに似たんだな。
「あ、そういえば、皆どうして冒険者みたいな格好をしているの? 騎士団のところに行っていたのよね?」
しばらくルーのことを抱きしめた後、何かに気がついたように姉ちゃんが質問してきた。
言われてみれば、シェリーやリーナが動きやすい格好をしているなんて普通はあり得ないよな。
最近見慣れすぎて、すっかりわすれてた。
どう誤魔化すか……。
「それは「ダンジョンに行ってきたんだ!」 え? あ、ルー!」
おい、俺の話に被せてまでバラすな!
「ダンジョン? レオ、それは本当なの?」
くそ……どうしたら怒られない方向に持って行けるのか?
「そうだけど……安心、安全なダンジョンだから心配ないよ?」
「そんなダンジョンがあるわけないでしょ! 女の子だけで行っていい場所じゃないわよ!」
「それが大丈夫なんだって。俺がそういう風に造ったダンジョンなんだから」
「え? あなた、ダンジョンを造ったの?」
「あ……」
墓穴を掘った気がする。
「そうなんだ。レオ、凄いんだよ! とっても大きなドラゴンの魔石を取ってきたと思ったら凄く楽しい場所を造ってくれたの」
おい、俺が凄いことを姉ちゃんに伝えたかったのは悪かったけど、それは一番言ってはいけないやつ!
ああ、もう終わった。
「そう……ドラゴンの魔石ね……」
「え、えっと……姉ちゃん?」
「ここに来る前、お母さんにレオが危ないことをしていないか直接見てきてって言われていたのよね……。別に、面倒だからわざわざ探ろうとか思ってはいなかったけど……聞いちゃったからには報告しないとね……」
てことは、姉ちゃんが報告しなければ、まだ説教から逃れられるチャンスがあるってことだよね?
「ね、姉ちゃん? ど、どうか、お願いします。それだけは……」
「報告しなかったら私が怒られるの。聞いていなかったら、知らなかったって言って通せたんだけどね……」
「そ、そんな……」
「まあ、お母さんとの約束を破ったレオが悪いわね。次会う時は、お母さんが好きそうな甘い物でもお土産を持って行ってご機嫌を取るしかないわね」
「甘い物か……わかった」
よし、当分はスイーツ開発に全力を尽くさないといけないな。
とりあえず、材料の砂糖から厳選しなくては……。
「あ、それでも機嫌が直らなくても知らないからね?」
頑張っても怒られる可能性があるの!?
「くそ……。あ、そうだ。姉ちゃん、新作のドラゴン料理は食べたくない?」
「え? 新作の? ほほう。姉ちゃんを食べ物で釣る気だね?」
「そ、そんなつもりはないよ? でも、お母さんに怒られても食べたいと思えるくらいには美味しいんだけどな……」
「ふ~ん。それじゃあ、いいわよ。その代わり、そこまでだったら速達でお母さんに手紙を送ってあげるわ。いいね?」
「う、うん……絶対美味しいから心配ないって」
心配ないよな? うん、心配ない。
心配ないはず……。