第十話 恐怖の尋問会
いつも絶対に一人で起きることなんて出来ないのに、何故かベルと一緒に寝た時だけは早く目が覚めちゃうんだよな……。
そんなことを思いつつ十分くらいベルの寝顔を眺めていると、ようやくベルの瞼が開いた。
「おはよう。よく眠れた?」
「……はようございます。ふへへ……レオ様だ」
変な笑い方をしているベルに、ん? 寝ぼけているのか? などと思っていると、ベルの唇が俺の唇にくっついた。
「ふふふ……またキスしちゃった」
おいおいおい! ベルさん、どうしちまったんだよ!
いきなりのキスに、いつもとは違うキャラに混乱していると、またベルの顔が近づいてきた。
「はい。ストップ!」
バン! と大きな音を立ててシェリーとリーナが入ってきた。
「昨日、ルーさんがレオくんに怒っていたって聞いて、夜ご飯を食べに来なかった二人を心配してたのに……随分と昨夜はお楽しみでしたみたいですね?」
「いや、え? あ、えっと……」
べ、別にお楽しみだったわけじゃないよね?
「とりあえず朝ご飯を食べてから、じっくりとお話ししましょうか?」
「は、はい……」
寝起きで頭が回らなくて、何も反論出来なかった……てか、何も言葉を話せてなかった。
それからベルと朝ご飯をパパッと食べてしまい、エルシーとルーも合流して、俺の部屋で尋問会が始まった。
俺は、自主的に硬い床に正座して、ベルはその後ろで申し訳なそうに立っていた。
ちなみに、ルーはまだ眠いらしくて俺のベッドで丸くなっている。
たぶん、話には参加して来ないだろう。
てことで、シェリー、リーナ、エルシーによる尋問がスタートした。
「それで、昨日は一体どこに行っていたの? ルーは何か知っていたみたいだけど、レオに聞いての一点張りだったし……。一体、何があったの?」
あ、ルー、ちゃんと約束を守ったんだ。
これは俺も約束通りドラゴンの肉をたくさん食べさせてあげないとな。
まあ、どうせ全部教えないといけなくなってしまったんだけど。
「えっと……昨日は、二人で魔の森に行っていました」
「「「魔の森!?」」」
三人は俺の言葉に、目を見開いて驚いていた。
そこまで驚くことかな? 俺、魔の森に行くのは三回目だぞ?
「お母さんと大人になるまで行かないって約束してましたよね?」
あ、そうだ。そっちの約束も忘れてた……。
頼む。母さんには黙っておいてくれ! と言いたいところだけど、とても言えるような状況では無いので、静かに弁明を始めた。
「それが……ここのところ、城壁とか造っていたら素材がなくなっちゃって……ベルを説得して、ベルが危ないと判断したらすぐに帰るという条件で行かせて貰いました」
「そう……それで何があったの? ただ、素材を集めていたわけじゃないよね?」
シェリーが物静かに話を進めてきた。
こ、怖い……シェリーがこんなに静かなのが怖い……いつものシェリーなら、朝の俺とベルが一緒に寝ていたところを見た時点で、感情を露わにして本気で怒るのに……。
「え、えっと……これから話すことは他言しないでくれる?」
「誰かに知られたら不味いことですか? それならわかりました。約束します」
「約束しないと話を続けてくれないんでしょ? それなら、約束するわ」
「私も他言しないと約束します」
「ありがとう。実は、魔の森には魔王がまだ生きているんだ」
俺は三人に確認を取れたので、さっそく魔王の話を始めた。
一応、魔王があそこで生きているのは秘密にしておいた方がいいと思うからね。
「「「魔王!?」」」
うん。さっきから、驚かせることばかりでごめん。
でも、これからもっと驚きの情報が盛りだくさんだから、覚悟しておいてね?
「そう。と言っても、何か悪さをするわけでもないし、心配する必要はないよ。俺は、魔の森に行くたびに魔王と会っていたけど、初めて会った時は修行の手伝いもしてくれたし、いい人だよ」
「なんか、物語に出て来る魔王と違いすぎて、イメージ出来ないわね」
一応実話と言っても物語だからね。多少は盛らないと、物語として面白くないから仕方ないさ。
「まあ、それでも世界最強の一人で、ベルなんか魔王の前で立つことすら出来なかったんだよ」
「え? あ、そうよね。昨日はベルも一緒にいたんだもんね。ベル、魔王はどんな人だったの?」
「慣れれば怖くはなかったです。でも……魔力の圧が強すぎて、とても近くにいて足腰に力が入りませんでした」
シェリーに話を振られたベルは、淡々と昨日会った魔王について語った。
魔力の圧ね……俺、そんなの感じられなかったんだけどな?
俺も魔力が高いから感じられないのか?
「そんなに……。それで、魔王とは何をしたんですか?」
「何をしたというか……色々と教えて貰ったんだ。この世界について」
「この世界について? それは随分と漠然としているわね。例えば、どんなことを教えて貰ったの?」
「そうだな……。例えば、ベルのお父さんが獣人族の王様だったこととかかな?」
「え? ベル、王族だったの?」
俺の言葉に、三人とも驚きながらベルに顔を向けた。
「い、いえ……もう、獣人族の国は滅んでしまったみたいなんです。だから、正確には元王族です」
「滅んだ!? どうして?」
「ある人が皆殺しにしたんだって」
「ある人って?」
「うん……」
果たして、転生者について今説明してもいいだろうか?
話したとして、何が不都合になるか?
……特に何か思いつくことは無いかな?
どっちにしても、俺が前世の記憶を持っていたことは伝えるつもりだったし……今でも問題ないか。
「実は……」
それから俺は、自分が前世の記憶を持っていること、昨日魔王に教えて貰ったことをシェリーたちに説明した。
「「「……」」」
「え、えっと……つまり、レオは所謂転生者で、これから他の転生者たちと殺し合わないといけないってこと?」
「そうだね」
「そんな……」
俺が頷くと三人とも、凄く悲しそうな顔をした。
まあ、俺も殺し合うことに関しては不安過ぎて嫌なんだけどね。
あ、そういえば昨日は早々に寝られちゃったな。
一緒に寝てくれたベルに感謝だ。
「その……レオくんが持っている前世の記憶ってどんな物なんですか? それがあったから、昔からレオくんは大人みたいなところがあって、あんなに凄いことが出来たんですか?」
少し間を置いて、今度はリーナが質問してきた。
やっぱり、その質問が来たか……。
「それは……そうだね。俺が色々と出来たのは前世の記憶があったからだと思う。小さい時から魔力の鍛錬が出来たり、勉強しなくても試験では満点が取れたり、この世界に無い物を知っていてあたかも自分が発明したようにしたり……そんな感じだよ」
「そうですか……。でも、それを含めて今のレオくんなんですよね?」
「うん、そうだよ」
てか、もう自我は完全にレオンスなっているかな?
前世の自分よりも、レオンスとしての自分の方が強いと思うし。
「それなら、大丈夫です。私の知っているレオくんと変わらないなら何も問題ありません。ですよね? シェリー?」
「そうね。ただ、レオが私たちの知っているよりも凄い能力を持っていたってだけだもの」
「ふふ、私の気持ちも特に変わりませんよ」
「三人ともありがとう」
「ねえ、そんなことよりも、私が百歳までしか生きられないってどういうこと?」
俺が三人に頭を下げていると、ムクッとベッドから起き上がったルーが俺に聞いてきた。
「あ、ああ! そういえば、ルーもその転生者だったのよね?」
「言われてみれば、それも頷ける能力を持っていますけど……」
「ルーみたいな人が十人以上もいるなんて想像できませんね」
「ルーは俺と同じで、前世の記憶を持っているんだ。まあ、何故かはわからないけど今は記憶喪失で覚えてないみたいだけど」
「うん、全くそんな記憶無い」
「で、さっき言った通り、俺とルー、新しい魔王は長くても百歳までしか生きられない。俺は人族だから百歳まで生きられるかはわからないけど、ルーは百歳になったら死んでしまうみたいなんだ」
「そうなんだ……それって、私だけこの世に取り残されなくて済むってことよね?」
「う、うん」
「じゃあいいや!」
『……』
早く死ぬことに喜ばれても、反応に困るよな。
俺たちはルーの笑顔に何とも言えない空気になってしまった。
「なんだか、情報量が多くて頭がおかしくなりそうだわ。昨日、帰って来た後にベルとレオが喧嘩したのもなんだか納得だわ」
「そ、それについてはまたちょっと違う理由がありまして……」
今度は、ドラゴンの巣で死にそうになったこと、帰って来てから俺が危ないことはしないという約束を破ったことにベルが怒ってしまったこと、恋人になるという形で仲直りをしたことを細かく説明した。
シェリーに怒られるのが怖いけど……
どうせ言わないといけないなら、まだ情報の処理が追いついていない今の内に言って、あやふやにしまおうという作戦だ。
「え、えっと……お母さんとの約束を破ったのに、更にベルとの約束も破ったのですか?」
俺の大体の流れを聞いて、リーナがさっそく痛いところを突いてきた。
リーナ、母さんのこと大好きだからな……俺が約束を破ったの、相当怒っているみたいだ。
これは素直に謝っておこう。
「は、はい……申し訳ございませんでした」
「それで、ベルは怒ったのはいいものの……自分がメイドであることを思い出して、強く言いすぎてしまったのと、自分とレオくんが主従関係でしかないことに気がつき、部屋で泣いていたと……」
俺の土下座はスルーされ、リーナはベルの話へと移ってしまった。
悲しいけど……俺が悪いんだから黙っておくか。
「は、はい……」
ベルが弱々しく頷くと、リーナがまた俺に目を向けてきた。
「それから、ルーさんに謝りに行くように言われて、レオくんは急いでベルの後を追いかけた?」
「はい。間違いありません」
うう……リーナたちの視線が痛い。
頭を床に着けてるから確認は出来ないけど、睨まれているような気がするんだが?
「これに関しては、レオが全面的に悪いわよね?」
「はい。レオくんが悪いと思います。それと、ルーさんに注意されてから追いかけたことも減点です」
「は、はい……申し訳ございませんでした」
俺は土下座のまま、再度謝った。
もう、頭を上げる勇気は無いね。
「レオくんがベルさんの部屋に入ってからは、レオくんが余計にベルさんを怒らせて殴られたと……ベルさんに殴られるほど怒られることって何をしたんですか?」
今度は、エルシーさんのターンらしい。これまた、冷たい声が聞こえてきた。
「そ、それは……ベルのためにも黙秘させて頂きます」
まさか、パンツのことを言えるわけでもないからな。
「そう。ベルを怒らせたんだもん、よっぽどのことをしたに違いないわ」
「間違いないですね」
そ、そうなのかな? まあ、ベルにとってはよっぽどのことだったんだろうけど。
「で、レオくんを殴ってしまったベルさんが、自分がしてしまったことに耐えられなくてメイドを辞めようとしたんですよね?」
「……はい」
エルシーさんの問いかけに、後ろのベルが返事をした。
本当、辞めなくて良かった。
というか、俺の意識がすぐに戻らなかったら今頃ベルはここにいなかったのか?
そう考えると、再生のスキルには全力で感謝しないといけないな。
「もう、レオを殴ったくらいで辞める必要は無いのにね」
た、確かにそうなんだろうけど、そう当たり前みたいに言われても傷つくよ?
「それと、その後に出てきたレオくんのことが好き過ぎて、メイドとしていられないという気持ちもあったからじゃないんですか?」
「そっちの理由だとしても、ベルは真面目よね。レオがいなくなって一番困るのは私たちより絶対ベルだし、レオがベルのことを大切にしているのはわかっているんだから、気にしなくていいのに。というより、獣人族のお姫様ってことがわかったから、逆にメイドの身分のままの方が不味いでしょ」
は?
俺は驚いて思わず顔を上げてしまった。
「え? シェリー、もしかして熱があったりしませんか?」
「はあ? 何を言っているの? いたって健康よ?」
「そんなはずがありませんよ。だって、いつものシェリーなら、ベルが一番なんて絶対に言いませんからね?」
そうだそうだ! 嫉妬しないシェリーなんてシェリーじゃないぞ!
「……そうかしら? まあ、私も成長するのよ。と言っても、レオのことが好きなのは私が一番だし、正妻は私だしね?」
「うう……シェリーに、正妻の余裕が出てきています。でも、レオくんのことが好きな気持ちは負けませんよ?」
せ、正妻の余裕ね……。
「あら、勝負する?」
いやいや、そんなことで勝負されても俺が困ります。
まあ、何だかんだシェリーはシェリーだな。
「はいはい。二人ともその辺にしてください。話が先に進みませんから。その勝負は後で私を混ぜて厳密に行いましょう」
おいおい、喧嘩を止めたいのか参加したのかはっきりしてくれよ。
てか、厳密にってどんな勝負をするんだよ。
「ゴホン。それじゃあ、話を戻しますよ。レオくん、結局これからベルさんはどんな扱いになるのですか?」
咳払いをして、エルシーが話題を元に戻した。
ベルの扱いね……
「うん……俺の恋人兼、お世話係?」
メイドでは無くなったから……こんな表現しか出来ないな。
あ、でも、メイドじゃなくなったとしても、お世話代としてちゃんとお給料はこれまで通り払わないといけないよね。
「つまり、今までとベルがすることは変わらないけど、身分はメイドではなくなったってことね?」
「まあ、そうだね。てことでいい?」
「は、はい。えっと……皆さん、本当に私がレオ様の恋人になっても大丈夫なんですか?」
俺が振り返ってベルに確認を取ると、ベルは頷きつつも……シェリーたちの顔色を伺っていた。
「え? あなた、レオとさんざん同じベッドで寝ながら、今更そんなこと聞くの?」
「あ、はい……すみません」
よくよく考えてみれば、一緒に何度も寝ている時点でもうメイドと主人の関係では無いよな。
シェリーの言う通り今更感があるね。
まあ、俺は前からベルのことはメイドじゃなくて家族と思っているんだけど。
「まあ、いいじゃないですか。ベルさんも、メイドという立場があって、気持ちを表に出しづらかったんですよ」
「そうね……でも、本当に今更って感じがしない? ベルがレオと結婚することって、私の中では寮で仲が良くなった時から決まっていたことだから、今更恋人になることが大丈夫も何もね?」
寮で仲良くなった? しばらく嫌悪していたくせによく言うよ。
まあ、今では仲良しだからいいか。
「まあ確かに、もうとっくに恋人を通り越して、お二人は家族みたいな関係でしたからね。今更許可を求められても困っちゃいますね」
うん、だって家族だもん。
「というわけで、怒られる心配なんて無かったみたいだぞ?」
俺はニッコリと笑いながらベルに振り返った。
振り返ったら、ベルの顔は泣き崩れていた。
「う、うう……グス! お二人とも、ありがとうございます」
涙を拭いながら、ベルは三人に頭を下げた。
「え? 怒られる心配なんてされてたの?」
「仕方ないですわ。シェリーがそこまで大人になっているなんて誰も想像出来ませんから」
うんうん。まさか、シェリーに正妻の余裕があったなんて予想出来ないよ。
「え? 私がいけないの!? ふん、どうせ私はまだまだ子供よ!」
そう言ってリーナに怒りながら、シェリーはベルに向かって歩み寄って行った。
そして、泣いているベルのことを抱きしめた。
「えっと……ベル? 何も私たちに遠慮する必要は無いわ。だって、もう私たちは家族なんだから。これだけ一緒にお風呂入ったりしているんだから、遠慮されちゃう方が悲しいわよ?」
その言葉に、ベルは声が出せないくらいまで泣き崩されていた。
「そうですよ。もう、私たちは同じレオくんの女で、掛け替えのない家族なんですから」
「あ、私も仲間に入れて!」
「ふふ、私はレオくんと同じくらいベルさんのことが大好きですよ」
リーナ、ルー、エルシーも続いてベルのことを抱きしめて、四人は笑顔でベルに笑いかけていた。
「皆さん……ありがとうございます……私も、シェリーさん、リーナさん、ルーさん、エルシーさん……皆さんのことが大好きです」
うん、何というか……凄く幸せ気分になるな。
それから五人が仲良く抱き合っているのを眺めながら、立ち上がるタイミングを無くしてしまった俺は足の痺れに耐えていた。
それと、母さんとの約束を破ったことについて、リーナにこっぴどく怒られました。
まさか晩ご飯まで説教が続くとは……。