第九話 メイド失格
「ふう、帰って来た。やっぱり、我が家に帰ると安心するな」
自分の部屋に帰ってきた俺は、そのまま床に寝転んだ。
「本当ですよ……もう、こうなることがわかっていたなら、絶対に許可なんて出しませんでした」
安らいでいる俺とは反対に、ベルはもの凄く不機嫌だった。
まあ、あれだけ危ないことだらけだったら怒るよな。
「だからごめんって。その分、有益な情報を知れたからいいってことにしない?」
今日魔王に会ってなかったらと思うと、めっちゃ怖いくらい情報を得られたからね。
俺は全く後悔してないぞ。
「そんなこと、レオ様の命に比べたらどうでもいいことです! 私、レオ様がいなくなったら生きていける自信はありませんからね?」
「わ、わかったよ……。でも、ベルの両親が誰だったのかは、知れて良かったんじゃない?」
ベルが獣王の娘だってことも意外だったし、ちゃんと愛されていたってことを知れたのは凄い収穫だったと思うけど?
「そうですね。でも、レオ様よりも大事というほどではありません」
「そうなの? ベルは、故郷に行ってみたいとかは思わない?」
「いえ。私の故郷はあの孤児院ですし、もう滅んでしまったことがわかっている場所に、わざわざ危険を冒してまで行きたいとは思いません」
あ、これ……ムキになっちゃてる。
「俺が連れて行ってあげるとしても?」
「それなら尚更です。何度も言いますが、私はレオ様が一番大切です。そんなレオ様に、危険なことはして欲しくありません。魔王様がおっしゃっていたじゃないですか? 帝国の外は危険だって。だから、私は帝国の外に出るのは反対ですからね?」
どうしよう……これじゃあ、何を言おうと反対してくるじゃん。
まずは、機嫌を直さないと。
「わ、わかったよ……それじゃあ、いつか安全になったら行こうか?」
「……それなら」
おお、それなら良いのか。これは、突破口が見つかったぞ。
それに、やっぱり産まれ故郷に行ってみたい気持ちはあるんだね。
「よし、そうとなったら頑張って世界を平和にするか!」
目標も出来たことだし、頑張るぞ!
「別にレオ様が危険を冒してまで、世界を平和にする必要なんてないと思います……いえ、むしろやめてください」
あ、今度はそう来るの? んん……どうすればいいんだ?
「どうして? 何か目標があった方が楽しいでしょ?」
今日のベルは、なかなか機嫌が直りませんな……。
「よくありません! レオ様、もう少し自分の体を大切にして下さい! 今日だって、ドラゴンに殺されそうになっていたのを見せられた私の身にもなってください!」
ああ、俺がドラゴンに吹き飛ばされるところを見ちゃったんだよね……。
よく考えたら、今日はベルに心配をかけっぱなしだったな。
魔の森の魔物だけでもベルにとって恐怖だったのに……魔王や転生者たちの話、仕舞いには俺がドラゴンにやられる……うん、普通に考えて心が壊れちゃうわ。
「ごめん……あ、行っちゃった」
ベルの心の状態に気がついて、誠心誠意謝ろうとしたら、ベルが部屋から出て行ってしまった。
「はあ、どうすればいいのかな……」
追いかけるべき? それとも、追いかけたら逆効果?
「ちゃんと謝ってきたら? 相手を不機嫌にさせてしまった時は、すぐにお詫びの品を持って謝りに行かないとダメだってよくエル姉さんが言ってたよ?」
「そ、そうだな……お詫びの品って何だと思う? って……ルー、どうしてここにいるんだ?」
振り返ると、もぞもぞとルーが俺のベッドから這い出てきた。
「今日は、皆城にいなくて寂しかったから、レオのベッドでお昼寝してた」
あ、そういえば最近、シェリーやリーナは魔法の特訓に夢中で、エルシーさんも地下市街の開発がいよいよ大詰めで忙しいからな……。
確かに、ルーは暇だったろう。てか、よく考えたらルーも連れてくれば良かったじゃん。
そしたら、もっと安全に素材集めが出来たはず。
まあ、今そんなことを言っても仕方ないけど。
「うん……今聞いたことは、エルシーやシェリーたちには内緒だからな?」
「え? どうして?」
「それは知らなくていい」
ルーがエルシーやシェリーたちの味方なのはわかっているからな。
ここで、シェリーたちに怒られちゃうとか言ったら、絶対そっちの味方をするもん。
「ふ~ん。まあ、いいや。ドラゴンのお肉で手を打ってあげる。ドラゴンと戦ったんでしょ?」
「お、おう……ドラゴンの肉な」
ルーが交換条件を提示してくるだと?
「ふふん。エル姉さんに、何か頼み事をされた時は、ちゃんとその対価を貰えるように交渉するように教えて貰ったんだ」
そう言って胸を張るルーに苦笑いをしながら、俺は思わずエルシーやってくれたな……と思ってしまった。
「よ、良かったね……」
「それより、ベルに謝りに行かなくていいの? 早くしないとダメだよ?」
「あ、そうだった! お詫びの品はどうしたらいいと思う?」
「う~ん。レオのパンツとかはどう? ベル、ベッドの下の箱に、レオのパンツを大事そうに集めていたよ?」
俺のパンツ?
「そうなの? 俺のパンツ、そんなに価値あるのかな?」
てか、ベッドの下にある物って見たら何かされるんじゃなかったけ?
「さあ? ベルにとってはあるんじゃない?」
「うん……とりあえず、ベルのところに行ってくるよ」
まあ、とりあえず謝る方が先だな。
SIDE:ベル
レオ様の部屋を飛び出した私は、自分の部屋に戻って一人で泣いていた。
「うう……もう私嫌い……」
どうしてレオ様が頑張ろうとしているのに、水を差すようなことを言っちゃうのかな……。
レオ様が心配だからって言い過ぎよ。
レオ様、優しいからあの手この手で私の機嫌を直そうとしてくれたけど、本来は私がレオ様のご機嫌を伺わないといけない立場……。
はあ、最近の私、優しいレオ様に甘え過ぎているわ……。
シェリーさんたちに認めて貰えたとしても私は単なるメイド、思い上がってはいけない。
ちゃんと、メイドとしての責務を果たさないと……。
「それでもレオ様……私、レオ様がドラゴンに吹き飛ばされた時、どれほど焦ったと思っているんですか? 私、凄く不安で、心配で、泣くに泣けなかったんですからね?」
これから、あれよりも段違いに強い人たちとレオ様が戦わないといけないと思うと……
「心配で心配でこれから夜も寝られませんよ。どうしてくれるんですか……レオ様?」
「それなら、俺も当分は一人で寝られそうにないし丁度良かったよ。これから平和が訪れるまで添い寝してくれない?」
「!?」
聞き慣れた声が聞こえて慌てて振り返ると、レオ様の顔がドアから覗いていた。
「あ、ごめん。でも、ノックはしたんだよ? 反応が無かったから確認するのにドアを開けたら声が聞こえてさ」
「え、えっと……」
今の、聞かれてたの?
どうしよう……私、どこまで声に出てた?
レオ様に聞かれてしまったことに気が動転してしまった私は、思うように話を切り出せなかった。
「ごめんなさい。危ないことはしないって約束で魔の森に行かせて貰ったのに、危ないことをしてしまってごめんなさい! ど、どうか……機嫌を直してくれないでしょうか?」
レオ様は、地面に膝を着いて、頭を地面に擦り付けるように謝ってきた。
いつもレオ様が本気で謝る時の儀式みたいなもので、レオ様はよくドゲザって言っていたはず……。
「いえ、謝るのは私の方です……生意気なことを言って申し訳ございません」
私も慌てて、同じようにドゲザで謝った。
「違う。どう考えても俺が悪いんだ。だからどうか、お許し下さい。パンツでも何でも差し出しますので」
「だから、許すも何も……パンツなんて? パンツ?」
思わぬ言葉に、私は顔を上げてしまった。
それに気がついたのか、レオ様も気まずそうに顔を上げた。
「あ、ルーが……いえ、何も言っていません」
レオ様が何か言い訳をし始めたので、私は一睨みして黙らせた。
「そうですか。とりあえず、ルーさんを叱るのは後にして、レオ様……」
「は、はい……何でしょうか? うお!?」
私は、レオ様をベッドに押し倒して、馬乗りの体勢になった。
「記憶を消させて貰いますね?」
ニッコリと笑いながら、私は右腕を振り上げた。
この記憶だけは、なんとしてもレオ様から消さないといけません。
「ちょ、ちょっと、ベルさん? う、腕がガチで人を殴ったらダメな腕をしているんですけど? 主人をそれで殴るのは良くないと思うな~」
レオ様は、私の獣化した腕を見て本気で焦っていた。
ごめんなさい。でも、レオ様の記憶を飛ばすにはこれくらいしないと……。
「ふふふ。レオ様の記憶が無くなれば、全て丸く収まりますよ」
「ハハハ。ねえ、冗談だよね? さっきまで、俺に危ないことはして欲しくないとか言っていたよね?」
「それとこれは別です。それに、私が殴ったくらいではレオ様、死にませんよね?」
そんなこと、私がレオ様のパンツを集めてコソコソと匂いを嗅いでいるなんてバレるよりはマシなんですから。
「い、いや……危ないのは変わりないよね……?」
「ふふ、覚悟を決めて、歯を食いしばって下さいね」
私は笑顔のまま、レオ様のお顔に向けて思い切り拳を振り下ろした。
「うお!」
レオ様は、間一髪で私の拳を避けてしまった。
もう、男の子なんですから、これくらい我慢して下さい。
「どうして避けてしまうんですか? 次はちゃんと当たって下さいよ?」
そう言って、私はもう一度腕を持ち上げた。
「ベ、ベッド! 穴開いてるからね!? 避けない方が難しいでしょ?」
自分の顔の横に出来た穴に恐怖しながら、レオ様が私に訴えかけてきますが、私は笑って流した。
「ふふ。それは、目を覚ました後のレオ様に直して貰います」
そう言って、もう一度レオ様のお顔を殴ろうとしますが、やっぱり避けられてしまった。
「もう、こうなったら仕方ないですね……」
私は、魔法で強化した左手でガッチリと顔を掴んだ。
「そ、そんな……べ、別に、ベルが俺のパンツを大事にしてくれているのを知ったからって何もしないから。ねえ? ベルの趣味を尊敬するから、さ?」
「やっぱり、全部知ってしまったんすね? これは、レオ様に記憶が定着するよりも早く消さないといけませんね」
ドス!!
「あははは……。私、もうこれでメイドとして終わりね……あははは」
主人を殴ってしまうなんて、メイドとして最低だわ。
気を失った主人を見ながら、私は弱々しい笑い声をあげて泣いていた。
「ごめんなさい。レオ様、ごめんなさい……もう、私……メイドを辞めます……たぶん、レオ様なら許しちゃうと思います。でも、だとしても、もう私はメイドとして働けません」
メイドとしているのが凄く辛いんです。
「レオ様のことが好きって感情、これがメイドだってことを意識させないようにしているの……」
もう、レオ様に甘えたいという感情と、メイドなんだからしっかりしないといけないという感情が入り交じって、とてもメイドの仕事なんてちゃんと出来そうにないんです。
「ちょうど、生まれ故郷のことを知れたわけだし、辞めて一人で旅に出ようかな……」
旅の費用なら、これまで働いてきたお金でどうにでもなるし。
「そうね。ちょうどいいわ。レオ様、今までありがとうございました」
レオ様の寝顔に向かってお礼を言った私は、ベッドから立ち上がった。
「あ、でも、最後に、少しだけ匂いを嗅いでから……」
少し未練が残ってしまった私は、最後と決めて気を失っているレオ様に抱きついて、思いっきり匂いを嗅いだ。
この匂い、二度と忘れません。
「捕まえた」
「え?」
匂いを嗅ぎ終わり、起き上がろうと瞬間、気を失っていたはずのレオ様に頭をガッチリと捕まえられてしまった。
「やっと本音を聞けて良かったよ」
「ど、どうして?」
「ベル、俺のスキルを忘れてない?」
「あ、ああ……」
再生のスキルだ。
「ちゃんと気は失ったけど、数秒で回復しちゃったみたい」
「う、うう……離して下さい」
全力でレオ様の拘束から逃れようとするけど、レオ様の力には叶わなかった。
「嫌だね。そしたら、逃げるでしょ?」
「もう、私は辞めるべきなんです!」
「そんなことないと思うよ?」
「だって、もう……私、メイドとしてダメダメです。レオ様、パンツのことを聞いて気持ち悪いと思いませんでしたか?」
もう、吹っ切れた私は、レオ様にパンツの話題を振った。
だって、どう考えたって気持ち悪いと思うもの。
嫌われた方が、辞めやすくなっていいわ。
「そんなことないよ。俺だって覗き見をして散々怒られているわけだし?」
「そ、それは……」
その返しはズルいです。何て言い返したらいいのかわからないじゃないですか。
「ねえ、ベル? ずっと前から言っているけど、ベルはもう俺の家族なんだよ。一緒にいる時間なら、たぶん父さんや母さんよりも長くて、ベルが断トツで一番長いはずだよ。もうベルがいないと、俺はまともに生活できないよ。朝だって起きられないし」
追い打ちのように、レオ様が更に優しい言葉を畳み掛けてきた。
「……そうやって、レオ様はいつも私が我が儘を言っても優しくしてくれます。そして、私はいつも甘えちゃうんです。やっぱり、私はメイド失格だと思います」
「そうかな……それじゃあベル、メイドを辞めようか?」
「え?」
レオ様の言葉に、私はドキッとしてしまった。
そうなりたいと今まで思っていたにもかかわらず、いざレオ様の口から提案されると、急に寂しくなってきて……。
「メイドのベルじゃなくて、普通のベル、家族としてのベルで俺の世話をしてくれないかな? そうすれば、メイドとか、主従関係とか、気にしないで俺に甘えられるでしょ?」
「そ、それは……」
レオ様の続きの言葉に安心してしまっている自分がいる……捨てられなくて良かったって。やっぱり、私はレオ様の傍にいたいと思っているんだ。
でも、それでも、私はレオ様の傍にいるべきじゃない。
「それにね。俺だってたくさんベルに甘えているじゃないか。俺は、ベルに甘えたたいし、甘えられたいとも思うんだ。だから、これからも気にせず甘えて欲しいな……。あと、俺を叱るのはベルの仕事だから、これからもそこら辺は気にしないで怒ってね?」
「もう、私を説得するのはやめて下さい。もう、胸が苦しくて辛いです」
私は涙が止まらない目をレオ様に向けて、最後の訴えをした。
「ダメなんです……私、レオ様のことが好きになり過ぎてしまいした。今まで、シェリーさんやリーナさんと結婚して幸せになって欲しいと思うくらいには心に余裕がありました。でも……最近、レオ様が死にそうになってから、もうそんな余裕も無くなってしまいました。好きで、好きで仕方ないんです。将来、シェリーさんたちと結婚して、レオ様が私から離れていくのが怖いくらい……。これは、レオ様の傍にいる者、メイドとして持ってはいけない感情です。だから、私はレオ様とお別れしたいと思います。もしかしたら、故郷には獣人族の生き残りがいるかもしれません。だから、私はそこで暮らしていきたいと思います」
そう言って、私は一瞬の隙を突いてレオ様の拘束から抜け出した。
もう、思いは伝えられたし、悔いは無いわ。
と、心の中で呟きながら私はドアに向かおうとした……けど、すぐにまたレオ様に腕を引っ張られ、ベッドに倒れた私はレオ様に抱きつかれてまた捕まってしまった。
「……ごめん。そんなことを悩んでいたなんて気がつかなかったよ……本当に、ごめんなさい。俺もベルに甘えすぎていたよ。この際、ハッキリ言うよ。ベル、大好きだ。これからもずっと、ずっとずっと、俺がおじいちゃんになって、ベルがお婆ちゃんになったとしても一緒にいて欲しいんだ。メイドでも家族じゃなくていい……恋人としてこれからも俺の世話を続けて欲しいんだ」
そう言うレオ様の涙が溜まった目からは、凄い真剣さが伝わってきた。
ああ、もう……だからこれ以上私を説得しないでって言ったのに……。
「もう……そんなこと言って……シェリーさんたちに怒られても知りませんよ? 私、本気にしちゃいますよ?」
「本気にして貰って構わないさ。それくらいの覚悟は出来ている。それで、ベルの答えは?」
うう……ズルすぎです。
もう、どうなっても知りませんからね!?
「そうですね。私も、シェリーさんに怒られる覚悟を決めました。これからも、目一杯甘えさせて貰いますから、覚悟しておいて下さいね?」
「あ、ありがとう……こちらこそ、存分に甘えさせてもらうさ」
「ふふふ……恋人か……。あの……レオ様、さっそく一つだけ我が儘を言っても良いでしょうか?」
「何? いいよ」
「お休みのキスをして貰えないでしょうか?」
ずっと、ずっと、レオ様にして貰いたくて、何度も添い寝しながら夢見ていた寝る前のキス……勢いでお願いしちゃった。
「逆にいいの? それじゃあ、するね」
私が目を瞑るとチュッと言いそうなほど優しく、レオ様がキスしてくれました。
「ふふ、ありがとうございます。お休みなさい」
目を開けた私は、今日一日の疲れと、たくさん泣いて安心したのもあって眠くなってきたから、そのままレオ様を抱き枕にしてもう一度目を閉じた。
「お休み」
それからレオ様の優しい声と、頭を撫でてくれる手の感覚に癒やされながら意識が遠のいていった。
今日、漫画版が更新されたみたいです。
良かったらニコニコ静画にて確認してみて下さい!