第六話 ダンジョンは遠足感覚
「ほい、来たぞ」
「ここは?」
目的の場所に到着すると、フランクが辺りを見渡してから俺に質問してきた。
ダンジョンは街にあると思っていたんだろうね。
それなのに、ここは建物どころか人の姿が全く見当たらない木々に囲まれた場所に連れて来られたら『ここはどこ?』になるよな。
「ここは、山のダンジョンの入り口の近くだよ。ほら、あそこに入り口が見えるだろ?」
俺は森から山道に飛び出して、山にあいたトンネルのような穴を指さした。
「入り口? ということは、これの先にはダンジョンがあるのか?」
「そうだよ。ラスボスは、この山の頂上だって」
山の中がダンジョンになっていて、その中の階層を上っていく形式みたい。
ちなみに、ダンジョン近くの街は山の麓にあって、そこそこ大きな街だったよ。
「なかなか大変そうだな……」
「そんなことない。ちゃんと地図もあって罠がどこにあるのかもわかっているんだから。それに、このダンジョンで出て来る魔物なんて、俺たちなら簡単に倒せるから」
心配するなよ。別に、魔の森に連れて行こうとしているわけじゃないんだから。
「それでも、俺とヘルマンは初めてのダンジョンなんだぞ?」
「心配ないさ。俺も初めてで踏破したし」
しかも、八歳でね。
「お前の場合は……まあ、いいや。それで、どんな陣形で進むんだ?」
俺には話が通じないと思ったのか、フランクは諦めた顔をしながら話題を変えた。
陣形か……。まあ、一択しかないよね。
「ヘルマンが前、俺が真ん中、フランクが後ろかな」
近距離攻撃のヘルマンが前、遠距離のフランクが後ろ、どっちも出来る俺が真ん中。
これしかないよね。
「まあ、そうだよな」
「わかりました」
「ということで、さっそく行こうか」
挑戦前最後の作戦会議を終え、俺たちはダンジョンの中に入って行った。
「う~。凄くワクワクします。これから、どんな戦いが待っているんだろう……」
前にいるからどんな顔をしているのかはわからないけど、ヘルマンの顔はきっとニンマリしているんだろうな。
ウキウキした声だけでわかる。
「まだそんな期待しない方がいいよ。一階の魔物なんて、誰でも倒せる強さだから」
期待され過ぎて、後でがっかりされるのも嫌だったからとりあえず釘を刺しておいた。
「そうなんですか? それじゃあ、歯応えのある魔物は何階くらいからなんですか?」
「たぶん、ラスボスくらいかな。あ、来た」
俺がヘルマンの質問に答えていると、スライム数体が飛び出してきた。
ちっちゃくて、全然脅威に思えないな。
「本当にスライムだな」
「五階までスライムだよ。だから、これから当分は戦闘と言うよりも作業だな」
スライムは踏み潰すだけで倒せるからね。
それも面倒だったら、素通りでも大丈夫だし。
「よ~し、師匠! 師匠に貰った剣を試しに使っていいですか?」
俺の言葉と裏腹に、ヘルマンは一人で凄い盛り上がっていた。
スライムごときで剣を使う必要なんて無いのに。
「うん……まあ、いいよ」
ヘルマンも新しい剣を使いたいだろうからね。
「わかりました。よ~し、どんな切れ味なのか、楽しみだな~!」
そう言って、剣を一振りすると、スライムたちは綺麗にパカッと真っ二つになってしまった。
「え?」
「まあ、スライムなんてこんなもんだよな」
スライム相手じゃあ、剣の性能なんて試せないぞ。
と、思ったんだけど本人はどうやら何か感じたらしい。
「違います。斬った感覚が無かったんです。本当に、ただ素振りをしたぐらいにしか感じないくらい抵抗が無かったんです」
そう言って振り返ったヘルマンは凄く興奮していて、嬉しそうに剣を見せてきた。
あ! 待て! こっちに向けて剣を振るな! 危ないだろ!
「……おい。レオ、この剣はどんな能力が入っているんだ?」
俺の慌てた顔を見て、呆れた顔をしたフランクが質問をしてきた。
「あ、そういえばまだ教えてなかったね。えっと……」
そうだな……これ、どう説明すればいいんだろう?
<神剣ラルフ(未熟)>
持ち主と念話が出来るが、剣が持ち主を認めてからでないと話しかけてこない
この世のほとんどの物を斬ることができ、本気で振れば斬撃も飛ばせる
斬った相手の魔力や血を吸収、または持ち主の成長によってこの剣は成長する
成長段階ごとに剣の形が変わり、どんどん切れ味や耐久力、使える能力が増していく
成熟すると名実ともに神の剣になる
自動修復機能あり
セレナやエレナよりも凄いのは確実だよな。
やっぱり、あの名前の無い魔物は素材として優秀だったんだな……。
この剣、成熟したら本当に恐ろしいよな。
「おい、レオ」
「ん? あ、ごめん。えっと、ヘルマンの剣は敵を斬れば斬るほど強くなる剣かな。あとは、本気で素振りをすると斬撃が飛ばせるくらいだよ」
うん、嘘は言ってないぞ。
「本気で素振りですか? わかりました。やってみます」
そう言って、ヘルマンは俺たちがいる方向と反対側に体の向きを戻し、頭の上にまで剣を持ち上げた。
そして、気合いを溜めてから、大きな気合いと共に剣を振り下ろした。
「せい!」
ヘルマンが剣を振り下ろすと、神剣の先から鋭い斬撃が勢いよく飛んでいった。
「うお!」
ドン!!
という音と衝撃に、俺の後ろにいたヘルマンが思わず驚きの声をあげてしまった。
それもそのはず、普通は壊れるはずのないダンジョンの壁が、斬撃に当たって縦に深くえぐられているんだから。
「凄いです! これで、僕も遠距離から攻撃が出来ます!」
「普段は扱いに気をつけろよ?」
嬉しそうにしているヘルマンに、若干ビビっているフランクがマジな顔をして注意した。
まあ、学校で素振りの練習をしただけで帝都に大打撃を与えるだろうからな。
「は、はい!」
「普段はいつもの剣を練習で使いなよ。大きさも重さも同じなんだから」
「わかりました。この剣は、本当に必要な時にだけ使わせて貰います」
うん、そうしな。
「ということで、剣の確認も終わったし、今日中に十階のボスまで行くよ!」
「今日だけでそこまで行けるか? いや、この感じだと心配ないか」
フランクはヘルマンに目を向けて、俺の計画に納得してくれたみたいだ。
「はい。全然行ける気がします。もっと斬り応えのある奴と戦いたいので早く上の階に行きたいです!」
だから、そんな期待するなって。
「わかったよ。それじゃあ、俺が地図を見ながら指示を出すから二人は近づいてきたスライムを適当に倒して」
「了解」
「任せてください!」
《二時間後》
一回、俺が地図を読み間違えて迷ってしまう事件があったが、なんとか目標の半分まで来た。
「よし、五階も終了。次からはゴブリンだ」
「五階まで来てもゴブリンなのか?」
「まあ、ここは通称初心者用ダンジョンだからね。ここにいる二十階のボスを倒せたら、冒険者として一人前と認めて貰えるらしいよ」
「え? そんなダンジョンを潰していいのか?」
「まあ、ここで踏破を目指している冒険者もたくさんいるから心配ないと思うよ。それに、申し訳ないけど俺の大切なモノを守るためだから仕方ないよ。多少恨まれても、誰かが死ぬことよりはマシだから」
初心者用と言われるくらい簡単だからこそ、このダンジョンはダンジョンを踏破して貴族になりたいと思っている冒険者が一番挑戦するダンジョンだったりする。
だから、いつかは踏破されるものだと思われており、俺たちが踏破しても冒険者にはそこまで恨まれないかなと思っている。
「誰かが死ぬ? どういうことだ? お前、何か目的があって意図的にダンジョンを踏破しようとしているのか?」
「そうだよ。ここまで来たから教えてあげるけど……今、帝国はいつ戦争が始まってもおかしくない状況なんだ」
「戦争? 戦争が始まるんですか?」
「そう。それで、その戦争の相手がフィリベール家と王国なんだ」
「はあ? フィリベール家が裏切ったのか? いや、あそこは昔から自分たちのことしか考えていなかったな……」
フィリベール家をよく知っているフランクは、自分で自分の言葉に納得した。
「そういうこと。今回も王国と何か取引したんだと思う。今、フィリベール領には王国の騎士たちが集まっている」
「マジか……。本当に戦争が起きるんだな」
「そうならないために、これからダンジョンを踏破するんだよ」
「どういうこと? このダンジョンを踏破して何が変わるんだ?」
「どうやら、王国は今回の戦争に人を出すだけで、資金面は全てフィリベール家が負担するみたいなんだ」
「あ、そういうことか。フィリベール家の金を減らして、戦争を起こさせないようにするんだな?」
流石フランク、理解が早くて助かるよ。
「そういうこと。まあ、そんな上手くいくわけでも無いだろうし、時期を遅らせる程度になってしまうけどね。でも、そしたらこっちも準備する時間が出来る。それに、またその間に戦争を起こさせないために何か妨害をすればいいからね」
たまたま忍び込んだネズミが、あっち側のことを全て俺に教えてくれるから、これから作戦を考える上でこっちの方が断然有利だからね。
まずは、一番つまらない数のゴリ押しで負けるという未来を潰しておかないといけない。
「なるほど。それなら、冒険者たちには申し訳ないけど仕方ないな」
「そういうこと」
戦争が終わったら、フィリベール家が荒らした土地も含めて俺がどうにかするからちょっとだけ我慢してくれ。
「うん……師匠たちが何の話をしているのか、さっぱりわかりません」
「気にしなくていいよ。今は、このダンジョンを踏破することを考えていな」
ヘルマンは、これからも俺の友達であり、優秀な弟子であり、俺の騎士であって欲しいな。
「はい! わかりました」
「それじゃあ、今日の夜までにボスを倒すぞ!」
「「おう!」」
「あ! もしかして、あれがゴブリンですか?」
俺たちが大きな声で話していたからか、四体のゴブリンたちが道の先から近づいてきていた。
「そうだよ。ほら、さっさと先に進むぞ。そこを右に曲がってくれ」
ヘルマンの質問に答えながら俺は魔法を飛ばして、道案内を始めた。
「あ、僕が倒そうと思ったのに……」
おっと、いけない。
倒すのはヘルマンの役目だった。
「まあ、すぐに出て来るから気にするなって。どうせ、これから嫌になるほど戦うしかないぞ」
《三時間後》
後半戦は、なんとか道を間違えることは無く、最短距離でボス部屋前まで到着した。
それでも、踏めば死ぬスライムと違って倒すのに一手間が必要なゴブリンが出てきたせいで予定よりも時間がかかってしまった。
流石に、ヘルマンも飽きるかな? と思って見ていたんだけど、最後まで楽しそうに倒していた。
「これが、ボスへの扉ですか?」
まだまだ元気なヘルマンは、俺に質問しながら大きな扉をコンコンと叩いた。
「そうだよ」
「やっぱりボスですか。楽しみだな……よいしょ。え? あれがボス?」
ボスだから、きっと強い魔物がいるだろうと意気込みながらドアを開けたヘルマンは、中にいた黒いゴブリンを見て、いかにも拍子抜けと言いたげな顔をした。
「そうだよ。ブラックゴブリン、普通のゴブリン十体分くらいの強さだ。さっきよりは少しマシだろ?」
「そ、そうなんですか……? それじゃあ、試しに」
そう言って、ヘルマンは牽制程度のつもりで斬撃を飛ばした。
「まあ、たかがゴブリンの十倍なんて大したことないけどね」
避けることも出来ず、綺麗に真っ二つになったブラックゴブリンを見ながら俺は説明を付け加えた。
「そ、そんな……」
ヘルマンは、光の粒子になっていくブラックゴブリンを見ながら、唖然としていた。
だから、ラスボス以外には期待するなって言ったのに。
「それと、物足りなく感じているのはヘルマンのレベルが上がったのもあるぞ」
がっかりを通り越して、しょんぼりとしてしまったヘルマンを慰めるのも面倒そうだったから、ヘルマンが喜びそうな話題に話を変えた。
「あ、そういえばレベル上げが本来の目的でしたね。確認してみます」
俺の思惑通り、ヘルマンは嬉しそうにステータスカードを取り出してレベルの確認をした。
「わあ! 凄いですよ師匠! もうレベルが7にまでなりました!」
うん、鑑定で見たから知っているよ。
「ここに来るまでたくさんのスライムとゴブリンを倒してきたからな。倒した数を考えたら、もう少し上がってもいいと思うんだけど」
まあ、あの弱さだとそこまで経験値も貰えないか。
「そうですか? でも、ステータスが凄く上がりましたよ! 修行だけだったらこんなに上がらなかったですね」
「まあ、しっかりと鍛えていたからこそ、伸びやすいんだけどな。よし、今日はここで休むぞ! 二人とも、このテントに入れ」
そう言って、俺は快適テントを取り出した。
「え? このテントには三人も入らないぞ?」
その反応を待ってました!
「そんなことないよ。いいから入ってみなよ」
俺は、少しニヤリと笑いながら二人をテントに向けて背中を押していく。
「わかったから押すなって」
「お邪魔しまーす!」
「「え?」」
テントに顔を突っ込んだ二人は、同時に驚きの声をあげた。
「どう? テントの中は家になってるんだ」
「どうせ、魔法アイテムなんだろうと思っていたけど想像以上だ……。まったく、レオがいたらダンジョン攻略も遠足気分になってしまうな」
「まあね。楽しく安全に攻略するに越したことはないでしょ?」
それに、公爵家の坊ちゃんには流石に野宿はキツいだろ?
「そうだけどさ……」
「うわ! 師匠、お風呂まであるんですか!? しかも、お湯が出ますよ!」
フランクが文句を言おうとすると、先に入っていったヘルマンから驚きの声が飛んできた。
「風呂もあるのか……」
「悪くないでしょ? 風呂は、飯食ったら順番に入るぞ」
「わかりました!」
「まったく……。順番はじゃんけんで決めるぞ」
何がまったくだよ。
なんだかんだ言って、一番風呂を狙っているじゃないか。
その後、公平なじゃんけんの結果、一番風呂の権利はヘルマンの物となった。