第四話 あちら側の悩み
SIDE:???
「なに? 潜入に失敗しただと!?」
俺は、部下からとんでもない失敗の報告を聞き、思わず声を荒げてしまった。
「す、すみません!」
「どうしてだ? あれだけの数を送り込んだんだぞ? 普通、一人くらい採用されるだろ? もしかして、お前が用意した兵たちは中級貴族の騎士団に入ることが出来ないほど質が悪かったのか?」
「ち、違います! 決してそのようなわけではございません!」
だろうよ。俺が見た限り、少なくとも十人くらいは上級貴族の騎士団でもやっていける奴がいたんだから。
「じゃあ、どうしてそうなった?」
「今回、レオンス・ミュルディーンが採用した騎士はたったの二名だけだったのです」
……二名? 二名だと!?
「はあ? たったの二名? お前、保身の為に嘘をつくのも大概にしろ!」
つくなら、もっとまともな嘘をつけ!
「嘘じゃありません! 本当に二名だけだったのです」
「じゃあ、あいつはその二名だけで俺と戦争しようと考えているのか?」
「い、いえ……。レオンスは、もともと謎の赤い騎士を所有しておりまして……」
「ああ、知っている。全身真っ赤の鎧を着ているんだろ? だが、あいつらは戦争するのには数が足りなすぎる。だから、脅威になることはないだろ?」
確かに、あいつらの強さは未知だ。
だが、あの数なら大したことはない。
「はい。そうだと思います」
たく……奴の考えが読めないぞ。
何が目的か? もしかして、スパイがたくさん紛れ込んでいることに気がついていて、本当に実力がある奴以外採用するつもりが無かったか?
「それで、その二名というのはどんな奴なんだ?」
「それが……一人の素性はわかっているのですが、もう一人の方は現在調査中です」
「そうか。それじゃあ、わかっている方の話を詳しく。わからない方は、わかっている範囲で教えろ」
「はい。まず、わかっている方から申し上げます。元S級冒険者ベルノルトです」
ベルノルトだと?
「はあ? あの、この世界で三組しかいないS級パーティーのリーダーのベルノルトか?」
「はい。間違いありません」
「ど、どうしてだ? ベルノルトがどうして奴の騎士団に?」
あいつに、冒険者を辞めてまで騎士になる理由はないだろ?
「それが……先月、ベルノルトの所属していた『勇者に続け』が解散しまして」
あのパーティーが解散しただと!?
「何故だ? あそこのパーティーは、仲がいいことで有名だっただろ? 誰か、大きな怪我でもしたのか?」
「いえ、違います。『勇者に続け』の魔術師が妊娠したそうで、これを期に解散してそれぞれ自由に活動することに決めたそうです」
なるほどな。十分稼いだし、これからはそれぞれ気楽に生きようってことだな。
「そういうことだったのか……。それで、どうしてベルノルトは奴の騎士団に入ることになったんだ?」
「それが、どうやら気まぐれのようです。冒険者を辞めて、暇を持て余していた時にたまたま募集を見つけ、入ることにしたそうです」
気まぐれね……それは、あいつの口癖だ。
「たぶん、違うな。あいつは、気まぐれで生きているように見せて、実はちゃんと目的を持って生きている。じゃないと、自分のパーティーをS級にまですることは出来ないだろうよ」
「そ、そうですか……」
まあ、会ったことがないお前にはわからないさ。
きっと、魔術師の腹の中にいるのは、ベルノルトの子供なんだろうよ。
今まで稼いだ金で十分暮らしていけるだろうに……たぶん、あいつのことだから家庭を持ったから安定した職に就いておいた方がいいと思ったんだろうな。
「まあ、いい。それより、もう一人の方はどんな奴なんだ? 俺は、そっちの方が気になるぞ」
謎の女……情報不足ほど怖い物はないからな。
しっかりと調べさせないといけないな。
「それが……わかっていること言えば、もの凄く強い女ということだけでして……」
「もの凄く強い? ベルノルトと同じくらいか?」
「いえ、たぶん違います。レオンスがその女の相手は自分の部下にやらせていましたが、ベルノルトの時は自身が相手していましたから」
「うん? どういうことだ? 奴は、どんな試験を行ったんだ?」
何で、あいつ自身が相手をしているんだ?
「簡単です。名乗り出た者をレオンスの弟子であるヘルマン・カルーンまたは、レオンス自身が相手するという形式でした」
「そうか。ヘルマン……前に貰った情報にあったな。確か、元勇者の弟子だったラルス・カルーンの息子だろ? 元々、魔力がゼロに近かったが、レオンスに何かを教わってからとんでもなく強くなったという」
「はい。そうです」
「それで、実際にヘルマンはどのくらい強かったんだ?」
その情報は、凄く重要だぞ。
俺の中で、今回の戦いの鍵を握る人物の一人だ。
「それが、判断できるほど戦っていませんでしたのでなんとも……」
「どういうことだ? 奴が全部相手したのか?」
「いえ、レオンスが相手したのはベルノルトだけです」
「それじゃあ、他は誰が相手したんだ?」
まさか、奴にはヘルマン以外にも強い部下がいたのか?
「いえ、誰もいません。そもそも、誰も名乗り出なかったんです」
「どういうことだ?」
「まず始めにレオンスが腕に自信がある奴は手を挙げろと言ったんです」
「ああ」
「それで、はじめは当たり前ですが、全員挙げました」
「まあ、そうだろうな」
自信が無い奴は受けないだろうからな。
挙げなかった奴なんていないだろうよ。
「そこで、レオンスが適当に一番前にいた男を選んでヘルマンと戦わせたんです」
「それで?」
「一瞬でした……。一瞬で、私の目に見えない速さで、男の方が倒されてしまったんです」
ハハハ。それほどか。
「なんだ。十分化け物なのがわかっているじゃないか。お前の目に見えない速さで動けるとか、なかなかいないだろ」
「言われてみれば、確かにそうですね……。その後の戦いが凄すぎて、忘れていました」
「その後? ああ、ベルノルトと謎の女か」
「はい。話を戻しますと、ヘルマンのとんでもない強さを見せつけられた入団希望者たちは、様子を見ようと手を挙げるのをやめてしまいました」
「お前らもか?」
「はい。あの状況で前に出てしまうと、目立ってしまうので……」
「そうだな。それに、奴自身が試験官をやっているなら目立って顔を覚えられるのも余り良くないな」
「そうなんです。それに、私たちはあの試験に合格できる自信がありませんでした」
それなら、一旦様子を見て何か他の試験が始まるのを待つのが得策だな。
はあ、きっと奴はこれが狙いだったんだろうな。
頭までいいとか、勘弁してくれよ。
「まあ、その状況なら俺でも諦める。それで、その後の話を聞かせろ」
「はい。その後、誰も申し出ない中、一人の女が申し出たんです」
「例の女か。ヘルマンといい勝負したのか?」
「はい。と言っても、いくらかヘルマンが手加減しているように見受けられました。ただ、それでも私たちが諦めるのに十分なレベルの戦いをしておりました」
ベルノルトといい、この女といい、本当に面倒なのが入ってしまったな。
どんどんこっちが不利になっていくぞ。
「そうか。それで、その後にベルノルトか?」
「はい。あれは、凄い戦いでした。正直、あの二人の戦いは異常でした」
「だろうな。どちらもS級でも上位の力を持っているだろうからな。で、奴が勝ったのか?」
「はい。ベルノルトの猛攻を余裕で耐え、最後にベルノルトの首に剣を当てて終わらせてしまいました」
「ハハハ。あいつ、ベルノルト相手でも手加減出来るほど強いのかよ」
帝国のダミアンや忍び屋のアレンほどまでの強さは無いが、それでも冒険者最強の一人だぞ?
それを、首に剣を当てるだけで終わらせるとか……。
「はい。あれは間違いなく手加減をしておりました」
「流石だな。フォースター家の麒麟児は伊達ではないみたいだな……。はあ、俺はそんな奴と戦わないといけないのか……。なあ、フィリベールさんよお」
この、どんどん勝ち筋が潰されていく状況にうんざりし、今俺のことを一番イラつかせている男に嫌みを言ってやった。
まともに働かないくせに偉ぶっているし、今も女を抱きながら偉そうに踏ん反り返っている男が、今俺の中で一番の敵だ。
「うるさい。お前は黙って絶望に打ちひしがれたあいつを俺の前に連れてくればいいんだよ」
「いや、私の仕事は王国の領土を広げることだけなので。それは、ご自身の力でどうにかしてください」
誰が、あんな化け物と直接勝負するかよ。
精々、お前が挑んで殺されろ。
「はあ? お前、誰が金を出してやっていると思っているんだ?」
「それじゃあ、もっと金を出して下さいよ。一向に準備が進められないじゃないですか。今が絶好のチャンスなんですよ? これから、奴の戦力はどんどん増えていくというのに……」
「うるさい!」
「はあ……戦争はいつになることやら」
痛いことを言われ、逆ギレするオークにため息をつき、これ以上話していても無駄だから俺は部屋を後にした。
SIDE:レオンス
「「……」」
今、寝る前にベルと肩を寄せ合ってネズミモニターを見ていたんだけど、予想外の映像が流れてきて、俺とベルは固まっていた。
たぶん、今日の挑戦者にネズミがくっついて行ってしまったんだろう……。
これは、予想外だ。
これから、相手の情報が筒抜けかと思うと、逆に申し訳なくなってくるな。
「ど、どうやら、すぐには攻めては来なそうですね」
「そうだね。たぶん、もうフィリベール家には、戦争に使える金がそこまで無いんだよ。領地はボロボロだし、罰金で大量に金が持って行かれたからね」
「そんなに大変な状況なら、諦めればいいのに……」
「確かに」
真面目に領地を経営した方がよっぽど金になりそうだよな。
「でも、もう引くに引けないんだと思うよ。王国まで関わって来ちゃったし」
「そうみたいですね。あの、男の人は一体誰なんでしょうね?」
あの、部下からの話を真剣に聞いていた男のことか?
「さあ? 王国の将軍とかかな?」
王国から派遣された人の中で、一番偉いのは間違いないけどな。
「私もそんな気がしました」
「それにしても、あの感じだとまだまだ戦争を起こしそうにないな。と思いたいが、あの将軍はデキる奴みたいだから、もしかすると無理矢理でも戦争を始めるかも」
「そうなると、レオ様的には困りますか?」
「うん、非常に困る。基本的に、あっちの方が断然戦争の準備が整っているんだよ。こっちは、まだ領地の経営がやっと順調になった程度だからめっちゃキツい」
だから、今は本当に大人しくしておいて欲しいんだよね。
「だとすると……何か、あちらが戦争を始めづらくするしかありませんね」
流石ベル! わかっているじゃないか。
「そうだな……。会話を聞く限り、どうやら金が足りてないみたいなんだよね。しかも、金をフィリベール家に頼っている状況なんだと思うんだ」
王国も政治が腐敗しているから、たぶんそこまで金が回って来てないんだと思う。
本当、あの男には同情するよ。
「はい」
「でだ。フィリベール家の財政難をもっと悪化させてやろうかなと思う」
「え? どうやってですか? バレると、レオ様が悪くなってしまいそうですが」
「だから。俺が悪くならないようにするんだ。いや、むしろ皇帝に褒美が貰えるくらいの良いことだね」
「え? 一体、何をするつもりなんですか?」
「ダンジョンを踏破しちゃうんだよ」
「ダンジョン? ああ、そういうことですか」
俺の言葉を聞いて、ベルが少し考えてからなるほどと頷いた。
「あ、わかった? そう、ダンジョンはあるだけでその領地を潤してくれるんだ。でも、無くなると、その領地は終わる」
ダンジョンは危険だけど、その分冒険者を集めてくれるからね。
その分、その領地はダンジョン頼りになってしまうんだ。
「そうですね……」
「で、フィリベール家の領地に、ダンジョンがある街が二つあるんだけど……」
「もしかして、二つともレオ様が?」
「いやいや、一つだけヘルマンたちとゆっくりやるさ。もう片方は、名も知れない誰かが一晩で踏破しちゃう気がするよ」
俺はそう言ってニヤリと笑った。
「それ、レオ様じゃ……」
「まさか~。俺はヘルマンたちと片方のダンジョンで手一杯だからもう一つもなんて無理だよ!」
大げさに手を広げながら、俺はベルに茶番をしてみた。
「レオ様、わざとらしいです」
茶番が終わると、ベルはそう言って胡散臭い物を見る目で見てきた。
うん。その目のベルも可愛いな。
ということで、今週の休みに向けて色々と準備を進めるか……