第十二話 商人エルシーの腕前
「よし。それじゃあ、頼まれた物は任せておけ! 多少時間はかかるだろうが必ず作って見せるからな」
俺が説明を終えると、師匠が大きな声でそう言いながら力こぶを作ってみせた。
「ありがとうございます。たぶん、師匠にしか出来ないので、よろしくお願いします」
師匠なら、絶対に頼んだ物を作ってくれるだろう。
本当、師匠が俺の師匠で良かった。
「地下市街の開発も問題ないだろう。ホラント商会には莫大な人脈と資金があるからな」
「ありがとうございます」
「あ、でも、現場で指揮する人が必要だな。しかも、今回はとんでもない金額が動く。もし、失敗なんかしたもんなら商会が大変なことに……。これを指揮するのは、そうとう責任重大だ。どうしよう……そうだ! エルシーが現場で直接指示を出せばいいんじゃないか?」
「ん?」
なんか……コルトさんが一人で語り始めたと思ったら、最終的にはめちゃくちゃわざとらしい芝居口調になっていたんだが。
これ、要約すると『エルシー、レオのところに行ってこい』だろ?
別にいいんだけど、そこまでわざとらしくやる必要ある?
「おお、それは名案だ! これは、今日から……は流石に準備があって無理だから、明日からレオのところで働いてこい!」
うわ、師匠まで……
「え? 私がレオくんのところですか……?」
「何も問題ない。店のことは、モーランに任せておけば心配ないさ。それに、何かあったら俺が助けに行く」
相変わらず、モーランさんは大変そうだな。
「あ、ありがとうございます。で、でも……」
「行ってこい。これが成功すれば、ホラント商会は更に大きくなるんだぞ? 商会を大きくするのは、会長の役目だ。行ってこい」
なんか、それっぽいことを言っているよ。
ここまで言われたら、絶対に行くしかないじゃん。
「は、はい……」
「ということだ。レオ、明日からエルシーと計画を進めてくれ」
「わ、わかりました」
うん、別に何の問題も無いんですよ?
何の問題も……。
「とりあえず、エルシーも急に準備も出来ないだろうから、明日の朝にでもエルシーを迎えに行ってやれ」
「りょ、了解しました。エルシーさん、明日の昼頃で大丈夫でしょうか?」
「はい。大丈夫です」
「よし。それじゃあ、明日から頑張ってこい」
《次の日》
俺は約束通り、お昼の時間にエルシーさんの屋敷を訪ねた。
呼び鈴を鳴らすと、すぐに大荷物を持ったエルシーさんが飛び出してきた。
「お待たせしました。さあ、行きましょう」
ニコニコしたエルシーさんは、凄くはしゃいでいた。
昨日は遠慮していたけど、やっぱり嬉しいらしい。
「はい。荷物、持ちますよ」
「え、いいですよ」
「いいですから」
遠慮するエルシーさんを説得して、大きな鞄を受け取った。
「それじゃあ、行きましょうか」
そう言いながら、俺は鞄を持った手と反対の手でエルシーさんの手を握って転移をした。
「え? ここは?」
家の中に転移されると思っていたエルシーさんは、急に青空の広がる場所に転移されて、戸惑った顔をした。
「ここは、街の外れにある家の屋根ですね。エルシーさんにあれを見て欲しくて」
そう言って、俺は自分の家を指さした。
「あれ? わあ! 大きなお城ですね。帝都のお城にも負けないかもしれませんね」
確かに、言われてみれば帝都の城よりも……
「そ、それはノーコメントで。えっと……あれが今、俺が住んでいる家です」
「え? レオくん、あんなところに住んでいるんですか? 流石ですね……」
「ありがとうございます。エルシーさんに一度城を見て貰おうと思って、一旦ここに転移してみました」
中からだと、城に住んでいるという凄さがわからないからね。
「そうだったんですか。おかげさまで、良い物を見られました」
「それは良かったです。それじゃあ、城に転移しましょうか」
「はい」
エルシーさんが頷いたのを確認して、俺はまた転移を使った。
「ただいまー」
「おかえりなさい。その方が、エルシーさんですか?」
家に転移してくると、さっそく待っていたリーナがエルシーさんを見ながら質問してきた。
「そうだよ。昨日説明した通り、帝国一のホラント商会の会長だよ」
「はじめまして。エルシーです。よろしくお願いします」
紹介されたエルシーさんは、三人に向かって丁寧なお辞儀をした。
「はじまして。リアーナ・アベラールです。リーナと呼んでください」
「はじめまして。シェリア・ベクターです」
リーナはにこやかに、シェリーは若干ムスッとしながら挨拶した。
「……。シェリー、昨日話し合って納得したじゃないですか」
「……」
リーナに注意されても、シェリーは変わらず表情が硬いままだった。
うん……やっぱり、すぐには仲良くとはいかないか……。
「えっと……すみません。レオくん、少しの間お二人とベルさんと私の四人だけでお話しさせて貰ってもいいですか?」
「え? あ、はい。問題ないです」
うん? 何をする気なんだ?
頼むから、喧嘩だけはやめてくれよ? まあ、エルシーさんならそんなことはしないだろうけど。
「わかりました。それじゃあ、私の部屋でお話ししませんか?」
「はい。あ、レオくん、荷物をいいですか?」
ん? 荷物?
「あ、はい。どうぞ」
もしかしたら、中に何か秘策が入っているのかも。
それが、仲良くなるための秘策であるとは限らないけど……。
俺はちょっと不安になりながら、エルシーさんに荷物を渡した。
「ありがとうございます。すぐに終わらせますので、少々お待ちを」
そう言ってリーナたちについて行くエルシーさんを見送った。
どうか少しでも仲良くなって帰って来ますように、と願いながら……
SIDE:エルシー
レオくんを好きになったのはいつからだったか……。
本格的には創造魔法を教わった時からなのかな?
でも、レオくんに教えてと頼んだ時は確か……レオくんに構ってほしさに頼んだはずだったから、その時には既に好きだったのかな?
うん……よく覚えてないや。
好きになった理由は……とにかく頼りになるところ。
私より五歳も年下と思えないくらいしっかりしていて、本当に年齢差を感じさせられない。むしろ、私の方が年下に感じちゃうかも。
まあ……その分、子供と思えないくらい女性に手を出してしまうのは玉に瑕だけどね。
私の時だって、初対面なのにわざわざ創造魔法を使ってかっこよく花を渡してきた。
あれは、今も忘れられないし、あの花もあれからずっと大切に取っておいている。
借金が返せなくて奴隷になって、これからひどい生活が待っているんだろうな……って、不安に思っているところにあんなことをされたら、誰でも好きになっちゃうよ。
あ!! 私、あの時からレオくんのことが好きだったんだ!
そうだったんだ……最初からか……。
それはさておき話を進めると、私はレオくんのことが好き。
でも、レオくんには婚約者が二人もいる。
この国の皇女様と聖女様の孫……とても、私では釣り合わない。
それに、レオくんの幸せを邪魔するようなことはしたくない。
そう、あの時は自分にそう言い聞かせて抑えていた。
だけど……急にレオくんが来なくなってしまったら、その抑えも効かなくなってしまった。
もう、寂しくて寂しくて……
悪いと思っていたけど、耐えられなくなった私は部下たちにレオくんのことを見張らせて、逐一報告するように命令した。
それからは、どんどんエスカレートしていった。
ホラントさんに頼んで、レオくんの姿を鮮明に記録してくれる魔法具を発明して貰い、レオくんの様子をたくさん部下たちに記録させ、私のところに持ってこさせるようにした。
エスカレートしたのにも、ちゃんと理由があるからね?
レオくん、婚約者の二人以外の人と良い感じの仲になっていたの。
その相手は……専属メイドの女の子。
一緒に寝ているところを記録した紙を部下から渡された時は……思わず微笑んじゃった。
怒らないの? とか思った?
普通はそうなのかな?
けど、そんなことなかったのよね。
だって! そのメイドのベルさんが憎めないくらい凄く可愛いんだもん。
もう、レオくんと一緒に愛でていたいと思っちゃったんだから。
あの耳と尻尾は反則よ! おかげで、それから私の人形コレクションにレオくん以外の人形が並ぶようになってしまったじゃない。
まあ、そんな感じで、他の女の子たちに嫉妬とかは無いかな……。
婚約者のお二人も、私が後から勝手に好きになった訳だから、逆に私が処罰されるべきなのよね。
でも、ベルさんも含めて、レオくんの女の人とはなるべく仲良くしておきたい。
ということで、しっかりと三人へのお土産を鞄に詰め込んできました!
レオくんを愛している三人なら、きっと気に入ってくれるはず!
「改めて、はじめまして。エルシーと申します。これから、よろしくお願いいたします。」
リーナさんの部屋に案内された私は、すぐにそう言って頭を下げた。
「あ、頭を上げてください。そんなかしこまらなくていいですよ」
そう言って、私の肩を掴んだのはリーナさんだった。
前から調べていて知っていたのですが……リーナさん、本当に優しすぎる。
もう、この人には一生頭が上がらなさそう。
ただ、もう一人のシェリーさんはムスッとした顔を向けられていた。
嫉妬深いことは事前に調査済み、これくらいで動揺しちゃダメ。
とにかく、計画通りを意識よ。
「ありがとうございます。そうだ。三人に渡したい物があるんですけどいいですか?」
「え? 渡したい物ですか?」
「はい。まずは、これです」
そう言って、私はレオ君の人形をその場で創造して三人に配った。
練習の成果もあって、今ではレオくんを見なくても完璧に再現することが出来ます。
今回創造したのは、ゴブリンを倒していた時に偶然記録できた、レオくんが剣を振っている時の姿。
今のところ、これが私の最高作。
三人の反応は……
「こ、これは? レオくん?」
「う、嘘でしょ? そのまんまだわ」
「完璧なレオ様ですね……」
私の完璧な再現にとても驚いていた。
「気に入って貰えて嬉しいです」
「それにしても、本当に創造魔法を使えるのね」
「はい。と言っても、人形を造ることぐらいしか出来ませんけどね」
レオくんみたいに、魔法やズルいアイテムを創造したりすることは出来ません。
「それでも凄いわ。前、レオが言っていたんだけど、創造魔法はイメージした物をそのまま造ることが出来る魔法なの。だから、細かい物を創造するのは、とても難しいの。それなのに、何も見ずにこれだけ細かに再現できるというのは、本当に凄いことよ」
く、詳しい……。というより、まさかシェリーさんに褒めて貰えるとは。
これはもしかして、順調な滑り出し?
「あ、ありがとうございます。あ、それともう一つ、皆さんにお渡ししたいお土産があります」
そう言いながら、私は鞄から紙の束を三つ取り出して、それぞれ三人に渡した。
「これは……え?」
「私とレオが一緒に描かれた絵だわ。しかも、たくさん」
「これ、絵なのですか? どっちかというと、あのレオくんが創造したモニターの映像に近い気がするのですが」
「確かに。あと……これ全部、凄く見覚えのあるシーンなんだけど」
「言われてみればそうですね。学校の中での出来事まで……。ベルのは、どんな感じですか?」
「え? あ、はい。屋敷でのレオ様と私の絵がたくさんありましたよ。い、一体、どんな方法で描いているのでしょうね?」
リーナさんに覗かれそうになったベルさんは、慌てて隠してどうにか話題を変えようとした。
それもそのはず、中には、お二人に見られたくないであろうものが特にたくさん記録されているからね。
ふふふ。でも、きっと気に入って貰えるはず。
「これは思い出を記録する魔法具ですよ。また、いいものが記録できたら三人にお配りします」
「あ、ありがとうございます」
「あ、ありがとう……」
「その代わり、私と仲良くしてくれませんか?」
私は、ニッコリと笑いながらシェリーさんの目を見つめた。
「う、うん……。いいわ。あなたが本当にレオのことが好きだってことは伝わったし」
「ありがとうございます!」
良かった……。なんとか、成功ね。
「ふふ。シェリーも大人になったわね。前なら、説得するのももっと大変だったのに。まあ、エルシーさんの交渉が上手かったのかもしれませんが……」
「そうね。流石、帝国一の商人だわ」
「いえ、私はお飾りですので、大したことないですよ」
帝国一なんて。私はまだまだコルトさんやモーランさんには敵いませんから。
「何を言っているんですか。たぶんですけど……この紙の中にそれぞれ他の人には見られたくないようなものが描かれていますよね。しかも、ただ見られたくない内容じゃなくて、自分自身で見るだけなら少し恥ずかしいけど嬉しい物だから怒れない……そういう作戦ですよね?」
あら、気がつかれてしまいましたか。
やっぱり、私はまだ一人前にはなれませんね。
「え? そんなものが入っていたのですか?」
とりあえず、笑顔でとぼけておきました。
「やっぱり、帝国一の商人だわ」
だから、帝国一の商人はこんなもんじゃありませんからね?
「そうですね……。ベルですら、こんな感じですから……」
リーナさんが苦笑いを浮かべながら、ベルさんの方に目を向けた。
ベルさんは、顔を真っ赤にして俯いていた。
うん……少し、やり過ぎちゃったかな?
でも、許して。私、ベルさんのことも好きだから。