第八話 少年リーダー②
孤児院に連れて来られて、二日目の朝になった。
初めてのベッドは、最高の寝心地だった。
これを知ってしまったら、もう地べたで寝られないかもな……。
「ハイハイ。全員、起きたら食堂に向かいなさい! 朝食の時間よ」
メイドさんの言葉に、全員が目を覚まして食堂に向かう。
誰も、眠そうにしている奴はいない。
毎日、朝早くから食料調達をしている俺たちからしたら、こんな時間まで寝ていられることすらありがたいことだった。
実際、いつもより長く寝れたので、体が軽く感じた。
もしかすると、今まで疲労が溜まっていたのかもな。
朝食は、パンとミルクが配られた。
どちらも、俺たちからしたら年に一回食べられるかどうかの高級品だ。
「そんなにチビチビ食べなくていいわよ。これから、毎日食べることが出来るんだから。もっと、がっつりいきなさいよ。ほら!」
俺たちがもったいないから少しずつ食べていると、昨日の夜に覗いた部屋にいた首輪のメイドさんが笑いながら俺のパンを持って口に突っ込んできた。
「んん~!」
俺は驚きつつも慌てて、口をもぐもぐと動かした。
「ふふ。ちゃんと食べられるじゃない。子供は、よく寝て、食べて、遊んで、勉強するのが仕事なんだから。遠慮するんじゃないわよ。いいわね?」
「それと、昨日のことは許してあげるけど……今日の夜からはちゃんと寝ないと駄目だからね?」
皆に向かって話し終わった後、首輪のメイドさんが俺の耳元でボソッと呟いてきた。
「んぐ!?」
俺は、その言葉にビックリしてしまった余り、パンをよく噛まずに飲み込んでしまった。
「あ、喉に詰まっちゃったの? ほらほら、大丈夫? 牛乳もちゃんと飲みなさいよ」
首輪のメイドさんが俺の背中をポンポン叩き、俺にミルクを渡すとニヤリと笑ってから他の子供のところに行ってしまった。
「ふう……」
まさか、バレていたとは……。
いつから気がついていたんだろうか?
とりあえず、今日の夜からは部屋から出られないと思っておいた方がいいだろう。
「お兄ちゃん、どうしたの? 辛そうな顔をしているよ?」
俺が悩んでいると、キャシーが心配そうに覗き込んできた。
「そ、そうか?」
俺は慌てて誤魔化した。
これ以上、キャシーたちを不安にさせるのは良くない。
「うん。キャシーにはわかる」
「うん……環境が変わって少し気疲れしているのかもしれないな」
「そうなんだ……無理しなくていいんだよ? もう、お兄ちゃんはご飯を探さなくていいんだから」
「そうは言ってもな……」
こんなに簡単に飯を食えるなんて……逆に裏がないか心配になってしまう。
それから、皆が食べ終わったのを確認すると、先ほどの首輪のメイドさんが皆の前に立って説明を始めた。
「ハイハイ。これから、三つに分かれるわよ。まず、ビルくんのグループ。これから、勉強をするから二階の教室に向かって。次に、エルドくんのグループ。魔法の練習だから、外の庭に出て。最後に、アルスくんのグループ。中庭で剣や体術の練習よ。午後は自由時間だから頑張りなさい」
「それじゃあ、移動開始!」
号令と共に、皆が顔を合わせて話し始めた。
「ねえ、勉強って何をするのかな?」
「さあ? 文字を教えてくれるんじゃないか?」
あいつがそんなことを言っていたぞ。
「文字!? 文字が読めるようになるのか?」
「どうなんだろうな? とりあえず、言われた通りに教室に向かうぞ」
ここでああだこうだ言っていても仕方ない。
俺は仲間を引き連れて、二階の端にある教室に向かった。
「はい。それじゃあ、授業を始めますよ。好きな場所に座って」
教室に入ると……昨日の夜、俺が覗いた部屋にいた綺麗な人と、耳が猫みたいな人、普通のメイドさんがいた。
「授業を始める前に、私と後ろにいる二人の自己紹介ね。まず、私から。名前はアンヌ。エルフ族よ。まあ、種族の話は後で教えてあげるわ。私は、皆に勉強と魔法を教えるわ」
「私はラナ。見ての通り、獣人よ。皆には剣と体術を教える」
「私はクレラ。ただのメイドよ。皆の身の回りの世話が担当よ。勉強も教えられるから、遠慮せずに質問してね」
「これから、この三人が君たちビルグループの担当よ。基本、この三人のうちの誰かは一緒にいるから仲良くしてよね」
綺麗な人……アンヌさんは、そう言ってニコッと笑った。
俺は思わず、その笑顔に見惚れてしまった。
「もう、そんなに硬くならないでよ。と、言っても仕方ないか。少しずつ慣れていくしかないわね。とりあえず、今日は文字の勉強をしていくわよ~」
俺たちが何も反応しなかったのが悲しかったのか、アンヌさんは少し悲しい表情をした。
でも、すぐに笑顔に戻り、俺たちに文字を教え始めた。
《三時間後》
「今日はここまで。この調子で頑張れば本が読める日もそう遠くないわね」
そう言って、アンヌさんが黒板に描いた文字を消していく。
うん、文字の勉強は楽しかった。
街にあったあの文字はあんな意味があったんだ、など色々と勉強になった。
これから頑張って、早く本が読めるようになりたいな。
そんなことを考えていたら、キャシーがアンヌさんに質問をした。
「本ってなに?」
あ、そういえば、俺はあいつに本を見せて貰ったから知っているけど皆は知らないのか。
「本って何? えっと……うん……わかった。お昼を食べたら自由時間だから、その時に紹介も兼ねて本を読んであげるわ」
「やったー」
説明するのは無理だと判断したのか、アンヌさんが読んでくれることになった。
それから、昼食を済ませて適当な部屋で集まると、アンヌさんが本を持ってきた。
「これが本よ」
「うわ~。文字が書いてある。これ、今日習った文字じゃない?」
キャシーたちが本を開いて、今日習った文字を見つけて喜んでいた。
「あら、よくわかったわね。えらいえらい」
「えへへ」
アンヌさんに褒められたキャシーは嬉しそうに笑っていた。
「それじゃあ、読むわよ。これから読むのは、この世界で一番有名な物語よ」
「へ~。どんな話?」
仲間の一人がアンヌさんに質問をした。
「それを今から読んでいくのよ。静かに聞いてなさいって。昔々……」
それから、アンヌさんが本を読み始めた。
内容は、魔界から魔王が攻めて来たから、人々が勇者を召喚して世界を救って貰おうとした。
それで、召喚された勇者はたくさんの試練を乗り越えながら、世界一の魔法使いである魔導師と、どんな傷でも治すことが出来る聖女と共に魔王に立ち向かうという話だった。
「……こうして、勇者は仲間たちと共に魔王を倒して世界を救いましたとさ。どう?」
「面白かった!」
「勇者かっこいい!」
「俺も魔王と戦ってみてえ!」
アンヌさんが読み終わると、ちびっ子組が嬉しそうに物語の感想を口にしていた。
「そう、それは良かったわ」
「ねえ、魔王を倒した勇者たちはどうなったの? もしかして、聖女と魔道師の二人と結婚したの?」
ああ、それは気になるな。
あ、でも、本当にあった話じゃないのか?
「それは……」
「やあ、皆。元気にしているか?」
アンヌさんが何か答えようとした瞬間に、部屋の入り口から声がした。
「あ、レオンス様」
入り口に立っていたのは、あいつだった。
「アンヌさん、子供たちに本を読み聞かせさせてあげていたの?」
「はい。この子たちが本を知らないと言っていたので」
ん? アンヌさんの口調が変わった?
それに、表情も少し硬くなった気が……。
「そうだったの? 本は面白いし、自分だけだったら絶対に体験できないことを教えてくれるから、絶対に読んだ方がいいよ」
「わ、わかった。ねえ、お兄ちゃんのことをなんて呼べばいい?」
「呼び方? ああ、名前を教えてなかったね。レオでいいよ」
「わかった。レオ兄ちゃん……レオにいだ!」
ちょ! そんな軽い呼び方をして怒られないか?
俺は慌てて、謝る準備をした。
しかし……その心配は杞憂に終わった。
「その呼ばれ方は初めてだな……。まあ、いいや。好きに呼んでくれ。よし、俺も読み聞かせしてやるから、好きな本を持ってこい!」
レ、レオにいは、気にする素振りすらなく、キャシーたちにそう言った。
「やったー」
「うん? どうした? お前たちは、本を取りに行かないのか?」
キャシーたちが外に出て行ったのを見送り、部屋に残った俺たち兄組たちに向かってレオにいが聞いてきた。
「いや。いい……」
俺たちが、キャシーたちと一緒に本を読んでと頼むのは違う気がした。
「まだ不安か?」
「そ、それは……」
不安だが。そんなことは、本人には言えないだろう。
「まあ、そうだろうね。何も知らないキャシーたちならまだしも、お前たちは不安だろうよ」
「あ、あなたは、何が目的で俺たちをここに連れて来たんですか?」
本当、それを知りたかった。
どうして、俺たちの為だけにこんな豪邸に、豪華な食事、勉強までも無償で提供してくれるのか、知りたかった。
「レオでいいって。別にこれと言って目的はないけど……。強いて言うなら、ビルたちが立派な大人になって貰うことかな」
立派な大人?
「十四くらいまでここでいろいろと学べ。その後は、冒険者になったり、魔法学校や騎士学校の入学試験に挑戦してみたり、好きな道を選んでいい。もちろん、冒険ギルドの入会費や最初の防具代、学校の学費は俺が出してやる」
は? そこまで金を出してくれるのか?
「そこまでして、レオにいの何の得になるんだ?」
それに、どこからそんな金が出てくるんだ?
「簡単だよ。お前たち、俺がここに連れて来なかったら、これからずっとあそこで盗賊紛いなことをしていただろう?」
「あ、ああ……」
それは否定しない。
だって、そうしないと飯が食えない場所だったんだから。
「普通なら、お前たちは捕まった時点で纏めて犯罪奴隷にされていただろうな」
「う、うう……」
俺たちが奴隷に?
そうか……悪いことをしていたんだもんな。
「でも、それは流石に可愛そうだなと俺は思ったんだ。だって、お前たちはやりたくてやっているわけじゃないんだから」
「そ、それだけの理由で?」
俺たちに悪さをさせないためだけに、こんなことをしているのか?
「まあな。だから、これからは道を踏み外すようなことはするなよ? 大人になってから同じことをしたら、容赦しないからな?」
「わ、わかった……」
「私がさせませんわ」
「へ?」
急に、アンヌさんが話に参加してきたので、思わず変な声が出てしまった。
「私がしっかりと皆を立派な大人して、ここを旅立たせてみせます」
そう言いながら、立ち上がったアンヌさんが俺たちの頭に手を乗せた。
何というか……アンヌさんの手は心地良かった……。
「うん、アンヌさんなら大丈夫だと思っているよ」
「ありがとうございます」
アンヌさんは、嬉しそうに頭を下げた。
うん、この人の為にもこれからは悪いことはしないようにしないとな。
そして、キャシーたちが本を持って帰って来た。
「レオにい! これ読んで!」
「これも!」
「こっちも!」
「わ、わかったから。順番な」
「ビル……。あの人は、本当にいい人なのかもしれないぞ」
「どうなんだろう……そうかもしれないな」
たぶん、悪い人ではないだろう。
仲間の言葉に頷き、キャシーたちに本を読み聞かせているレオにいを見ながら、俺はレオにいの評価をそう改めることにした。