第七話 少年リーダー①
俺の名前は、ビル。歳は七だ。三つ下の妹がいる。
親は……もう忘れた。
俺が五歳の頃……金がなくなった糞親父が、俺とキャシーを奴隷商に売ることを嬉しそうに、酒を飲みながら友人に話していた。
それを盗み聞きしてしまった俺は、迷わずキャシーを連れて逃げた。
俺たちの人生が親父の酒代の為だけに狂わされるなんて、許せなかったからな。
ただ、家の外は思っていた世界とは違っていた。
毎日、一回飯を食えるかどうかだし、外で寝るのは寒いし……奴隷になった方が楽だったのでは? と思うことは何度もあった。
そんな生活を続けている中、俺と同じ境遇の人たちがスラムにいることを知った。
それぞれ、自分または自分の妹や弟の為に必死で飯を探していた。
それを見た時、俺は全員で協力すればもっと楽なんじゃないかということを思いついた。
そして、俺は片っ端から自分と同じ境遇の奴らを誘っていった。
楽に飯を食えるようになる、妹や弟が安全に暮らせる。
そんなことを言ったら、全員が簡単に俺の提案に乗ってくれた。
こうして、俺たちのグループが出来た。
グループとしての主な活動は、複数人でスラムに迷い込んだ金持ちを襲って金や食料を奪うこと。
一人だけだったら、これは出来なかっただろう。
たくさんいれば、子供でも大人一人くらい簡単に倒せる。
この作戦は、成功した。
全員が一日に二回飯を食っても大丈夫になった。
もちろん、悪いことなのはわかっている。
でも、こうしないと俺たちは生きていけない。
生きるためなら、手段は選ばないのが俺の生き方だ。
そして……グループが結成して一年くらいが経った。
俺たちを真似したグループがいくつかでき、そこと何度もいざこざがあったりしたが、特に問題なく暮らしていた。
ただあの日、俺たちの人生が転換点を迎えた。
あの日は、いつも通りスラムに迷い込んできた奴を襲ってその日の食費を稼いでいた。
そして、あと一人ぐらい襲えば今日のノルマが終わるだろうという時、あの人がやって来た。
見た感じ十歳くらいで、冒険者の格好をしているが服は綺麗だから、金は持っているだろう。
俺たちは最初、あの人の見た目から今日はラッキーだと感じた。
金を持った子供なんて、カモでしかない。
そして……そんな油断しまくりの俺たちは、一瞬であの人にボコボコにされた。
手も足も出なかった……。
今まで、どんなに強い人が相手でも一人、二人くらいやられてしまうことはあっても、全員がやられることは無かった。
だから、あの時の俺は気が動転してしまった。
死を覚悟し、仲間を守らないといけないという考えが浮かび、とりあえずあの人に話しかけた。
すると、あの人は訳がわからないことを言い出した。
孤児院? タダで飯が食える? 暖かいベッド? ま、魔法まで教えて貰えるの?
いや、駄目だ。
これまで、人を簡単に信用してはいけないってことを学んだではないか。
え? 俺だけ試しに?
くそ……どうする?
いや、犠牲が俺だけで済むなら十分か。
お前たち、キャシーのことは頼んだぞ。
ん?
一瞬で場所が変わった?
え? なんだこの豪邸は!
風呂も大きいし、本当にベッドがたくさんあるし、遊ぶ場所まである。
こ、ここで俺たちが暮らせるのか?
おかしい! どうしてこんなに待遇が良いんだ?
本当に何も裏が無いのか?
で、でも……もし、ここが本当に孤児院だったら?
それにこの人、悪い人じゃない気がする……。
うん……俺の勘がこの人を信用しろと言っている。
どうしよう……勘を当てにするか?
いや、待て。よく考えろ。
断ったとしたらどうなるんだ?
忘れてた。この人、とんでもなく強いんだ。
しかも、一瞬で移動する手段を持っている。
断ったところで、無理矢理連れて行かれるのが落ちだろう。
仕方ない、今は従った方が賢明だろう。
それからあいつに従うことにして、キャシーたちと合流し、豪邸での暮らしが始まった。
他のグループの奴らもすぐにやって来たが、お互いに必要以上に関わらないようにしていた。
喧嘩になって何か罰を貰っても怖いから、とりあえずお互いに大人しくしている。
この屋敷には、俺たちをお世話してくれるメイドさんたちの他に、何も話さない不気味な鎧兵たちが巡回している。
皆、この鎧兵にビビって大人しくしているのだ。
メイドさんたちが言うには……ここを警備している人たちのようだが、どう考えても俺たちを監視しているのだろう。
それと、メイドさんたちの中に、首輪を着けている人たちがいた。
たぶん、あの人の奴隷だ。
あとは……見慣れない耳や尻尾がついたメイドさんたちもいた。
凄く綺麗な人たちで、どういう経緯でここに連れて来られたのかが、気になった。
そして、約束通り何もしなくても一日三回の食事が食べられるようになった。
しかも、ただの飯じゃない。
どれも、今まで食べたことがないような凄く美味しい料理だった。
これには皆、ここで暮らしてもいいと思い始めてしまった。
ただ、俺だけはまだ信じないことにした。
皆が寝静まった頃、あの人に行ってはいけないと言われたエリアに侵入することにした。
鎧兵に見つからないように隠れながら、バレないように目的の場所にたどり着いた。
その場所は、あの人が言っていた通り、本当にメイドさんたちが暮らしている部屋が並んでいた。
その中から、複数の声が聞こえる部屋を見つけたので、そっと覗き込んだ。
「とりあえず、初日お疲れ様! 皆、大人しくしていてくれて、助かったわ」
中には、首輪を着けた人が一人、耳が長い綺麗な人が一人、普通の女性が二人の四人のメイドさんたちがいた。
どうやら、今日のことを振り返っているようだ。
「まあ、単純に怖がっているだけな気がするけどね。新しい場所だから、緊張するのは当たり前よ」
「それに、レオンス様が置いていったゴーレムも怖いだろうしね」
「そうね。確かに、何も知らない子供たちからしたら怖いわね。無言で歩き続ける鎧なんて、ゴーレムと知っていても怖くて仕方ないわ」
ゴーレムとか、よくわからないことを言っているが、この人たち何か勘違いをしてないか?
俺たちは、あなたたちが思っているほど子供じゃない。
怖がっているんじゃなくて、警戒しているんだ。
「でも、私たちには必要でしょ? 強盗とか入った時に私たちじゃあ、対処出来ないもの。それに、男の人をここには入れられないでしょ?」
どういうことだ? 鎧兵は本当に警備をしているだけだったのか?
それに、男を入れないってどういうことだ?
俺は男だし、鎧の中身は男じゃないのか?
「そうなのよね。そういえば、アンヌさんたちって男の子なら大丈夫なの?」
「大丈夫みたいです。今日一日、可愛い以外、特に何も感じませんでした」
なるほど。あの綺麗な人が男嫌いで、俺たち子供は例外だから中で暮らすことが出来ているのか。
「そう。それは良かったわ。確かに、子供たちは可愛かったわね。今まで、あの豚の世話をしていた時と比べたら、もう仕事が楽しくて仕方ないわ」
豚? 首輪を着けた女性は、今まで豚の世話をしていたのか。
「豚って……」
「別に、間違っていないでしょ? あいつ、食うことと女のことしか考えていないんだもん。本当、レオンス様には感謝ね」
あ、そういうことか。
豚って、豚のような人のことを言っているのか。
大変な主人の下で働いていたんだな。
ん? てことは……今の主人であるあの人に感謝しているのか?
確か、レオ様って言われていたから今の主人はあの人で間違いないだろう。
それじゃあ、あの人は本当にいい人なのか?
よくわからないな……。
「そういえば、カミラさんはどうしてまだ奴隷の首輪を着けているんですか? レオ様に、取って貰うことも可能だったんですよね?」
首輪って取れるんだ……。
というかあの人、自ら望んで首輪を着けてるの!?
「そうね……どうしてなんだろう? 豚の奴隷をしていた時は、この首輪を凄く憎んでいたんだけど……。いざ、豚がいなくなって首輪を外して貰えるってなった時に、怖くなっちゃったんだよね」
怖い?
「何にですか?」
そう、何が怖いんだ?
奴隷なんて、他人に支配されているだけだろ?
「捨てられてしまう恐怖? 何というか……実は私、もう考え方が奴隷に染まっちゃっているんだよね。奴隷って基本誰かの所有物で、主人がいるでしょ?」
「はい」
「私は、ご主人様の所有物であることが生き甲斐みたいに考えるように奴隷商で調教されているの。あの豚の時は、主人がクズだったから、そこまで思わなかったんだけど……レオンス様っていい人でしょ?」
調教……。やっぱり、親父から逃げて正解だったな。
それにしても、レオンス様がいい人か……。
「はい」
「それを意識したら、レオンス様の所有物でいたいって考えるようになってしまったのよね。それで、首輪を外すのが捨てられた様な気がして怖くなってしまったの。どう? 納得した?」
「は、はい……。ちょ、調教ってどんなことをされたんですか?」
俺も凄く気になる。
きっと、とんでもない内容なんだろうな……。
「聞かない方がお互いのためよ。これは、言う方も聞く方もいい気がしないわ。あなただって、奴隷だった頃のことは忘れたいでしょ?」
まあ、言いたくないよな……。
え? あの綺麗な人も奴隷だったの?
「そうですね……余計なことを聞いてしまってすみません」
どうやら、本当らしい。
意外だな……。もしかすると、男嫌いなのもそれが原因か?
「謝らなくていいわよ。私も気になるような言い方をして悪かったわ。それじゃあ、今日のお喋りはこの辺にして、明日に備えてもう寝ましょうか」
「はい」
「さあ、明日も頑張るわよ」
「そうね」
それから、皆が立ち上がったのを見て、俺は慌てて自分の部屋に戻った。
たぶん、誰にもバレていないと思う。