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糸が導く冬と春

作者: 樒 七月

 冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。

 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。

 季節を廻らせることを妨げてはならない。


 王様のお触れを読んだ二人の男の子は、一人が塔に行って冬の女王様の様子を見に、もう一人が春の女王様を探しに行くことにしました。何人もの大人が塔に向かっていますが、辿り着いた人はいません。

「塔が見つからなかった」

 大人達は口々にそう言っていました。

 黒い服を着た男の子は、ポケットから取り出した白い糸を、白い服を着た男の子に渡しました。糸は雪と同じ白さで、しっかり握っていないと消えてしまいそうです。

「これで連絡をとろう。この糸はとても長いから大丈夫だよ」

 白い男の子は頷いて、糸を手袋に巻き付けて塔へと向かって行きました。


 白い男の子は、雪に覆われた道を進んでいきます。もこもこのコートにはフードが付いていて、顔以外は冷たくありません。ブーツは滑りにくくなっていて、歩くのが楽です。黒い男の子が用意してくれたものは、塔に向かうのにピッタリでした。

「なんで、冬の女王様は塔から出ないのかな」

 吐く息は、白くなって空気に溶けていきます。まだ塔は見えません。王様のお触れに描いてあった地図では、一時間で着く距離でした。

 誰も塔に辿り着けなかった理由がわかりました。

「地図は間違っていないよね。冬の女王様の魔法かな」

 男の子は持っていた糸に息を吹きかけました。

 黒い男の子は「これで連絡をとろう」と言っていたので、糸電話のようなものだと思ったからです。

 糸から、声が聞こえました。

『どうしたの?』

「塔に着かないんだ。地図で見たところまで歩いたんだけど」

『わかった。糸を上に向けてごらん』

 男の子が糸を上に向けると、目の前に壁が現れました。それは塔でした。

「目の前にあった」

『ちょうど良かったね。そのまま歩いていたとしても、ぶつからないんだよ。魔法で見えないものは、無いのと同じだから』

「ありがとう。今から塔に入るね」

 男の子は糸を上に向けたまま、入り口を探しました。

 入口はすぐに見つかりました。糸のおかげで、扉を覆っていた氷は融けていきます。鍵はかかっていませんでした。

 男の子は、石でできた扉を開けました。

 風がないため外より寒くはありませんが、塔の中は冷え切っていました。人が住んでいるようには思えません。

「冬の女王様は寒くないのかな」

 男の子は階段を上って行きました。寒さは変わりません。塔は石でできていて、薄く氷が張っているのが見えます。

 滑らないように気を付けながら、男の子は階段を上り切りました。最上階には木でできた扉がありました。

 ノックをしましたが、返事はありません。男の子は扉を開けました。

「女王様?」

 女王様は椅子に座っていました。目は閉じています。眠っているのでしょうか。

 男の子は慌てて女王様に駆け寄りました。

「大丈夫ですか?」

 女王様の足は氷で覆われていました。床に足を着けたまま凍っています。

 塔から出ることができないはずです。女王様は動けなかったのです。

 女王様は男の子の呼びかけに、ゆっくりと目を覚ましました。

「春の女王がどこにいるか知っていますか?」

「いいえ。僕はあなたの様子を見にきました」

「では女王は」

「友達が探しに行っています。この糸を持ってください。連絡がとれます」

 男の子は女王様に糸を差し出しました。白い糸は、キラキラと光っています。

 女王様は糸を受け取りました。


 黒い男の子は、塔とは反対の方向へ進みました。春の女王様がいる場所は、糸が教えてくれます。

 この糸は、春の女王様から貰ったものでした。黒い男の子は、春の女王様が塔に入るときに準備をする仕事をしていました。昨年の春に、春の女王様にお礼として糸を貰ったのです。

「この糸は魔法を消すことができるの。弱い魔法に限るのだけど。あとは、離れていても話すことができるわ。糸に問題があったら、糸が光る方へ進みなさい。その先に私はいるわ」

 糸が光る方向へ進んでいきます。春の女王様はそれほど遠いところにいるわけではなさそうです。近くにいると、光は強くなると女王様は言っていました。糸の光は、だんだん強くなっていっています。

 30分ほど歩いたところで、小屋が見えました。小屋には雪が積もっていません。

 黒い男の子は、扉をノックしました。

「春の女王様、お迎えにあがりました」

「入りなさい」

 扉を開けると、春の女王様は編み物をしていました。

 長いマフラーのようです。

「女王様、早く塔へ向かってください。なぜこんなところで編み物を」

「手紙が来ていないもの。冬の女王から手紙が来て、私は塔へ入ることができるの」

「手紙が来ていない? 冬の女王様に何かあったということですか?」

「わからないわ。私は塔へ入ることができないもの」

 春の女王様は、マフラーを強く握り締めていました。心配しているのでしょう。冬の女王様から手紙が来ないということは、女王様に何かあったに違いありません。しかし、春の女王様は何もできないのです。

 季節が巡る順番は変えることができません。冬の女王様からしか春の女王様に連絡できません。

 男の子が声をかけようとしたところで、握っていた糸から吐息が聞こえました。

「どうしたの?」

『塔に着かないんだ。地図で見たところまで歩いたんだけど』

 白い男の子からの連絡でした。

 塔に着かないということは、何か魔法がかかっているからでしょう。

 糸には魔法を消す力があります。

「わかった。糸を上に向けてごらん」

『目の前に壁があった』

「ちょうど良かったね。そのまま歩いていたとしても、ぶつからないんだよ。魔法で見えないものは、無いのと同じだから」

 魔法で見えなくなっていたから、塔に辿り着いた人がいなかったようです。ぶつからないので、通り過ぎてしまったのでしょう。

『ありがとう。今から塔に入るね』

 白い男の子の声は聞こえなくなりました。

 黒い男の子は、糸を春の女王様に差し出しました。

「冬の女王様と話してみてはいかがですか。どうして手紙がこないのかわかると思います」

 春の女王様は、男の子の手を握りました。

「これはあなたにあげた物。あなたが持っていて」

「わかりました」

 春の女王様の手は温かく、春の訪れを感じます。春の女王様が塔に入れば、すぐに春はやってくるでしょう。

 しばらく二人で糸を見ていると、声が聞こえました。女の人の声でした。

『春の女王ですか?』

「はい。冬の女王、手紙が届かないのだけど何かあったの?」

『……私の魔法が凍り付いてしまったのです。私一人ではどうすることもできなくて』

「そういうことだったの。わかりました、すぐに塔に向かうわ」

『ありがとうございます』

 春の女王様は完成していないマフラーを机に置き、コートを来て小屋を飛び出して行きました。

 春の女王様が歩いた後は、雪が融けています。黒い男の子は、糸を巻き取りながら急いで後を追いました。

 

 塔に着いて、春の女王様は扉を開けて塔の中に入りました。女王様が入った途端、雪は止んで暖かい風が吹きました。一斉に雪は解けていきます。

 春の女王様は階段を上り、最上階の扉を勢いよく開けました。

「冬の女王、大丈夫なの?」

 冬の女王様の足元はまだ凍っています。春の女王様は駆け寄り、冬の女王様の手を握りました。足元の氷は融けていきます。冬の女王様の凍っていた魔法は元に戻りました。

 冬の女王様は立ち上がりました。

「春の女王、ありがとうございます。足が氷に覆われてしまって動けなかったのです。手紙を出すことができず、申し訳ありませんでした」

「いえ。私も気付かなくて……」

 冬の女王様は微笑んで、糸を春の女王様に渡しました。

「あなたの魔法が助けてくれたのです。ありがとうございました。白い君と、黒い君も」

 春の女王様も微笑んで、受け取った糸を黒い男の子に渡しました。

「あなたに糸を渡して良かったわ」

「私たちを交替させた人には褒美が与えられるのでしょう? 私からも何か渡したいのだけど」

 黒い男の子は、白い男の子と目を合わせました。白い男の子は頷きました。

「僕を冬の女王様の連絡係にしてもらえませんか。僕が冬の女王様からの手紙を黒に渡して、黒が春の女王様に渡す。そうしてもらえませんか」

「そんなことで良いのですか? 私は助かりますが」

「春がきて、夏がきて。秋がきて、冬がくる。それが楽しみなんです。僕は春の女王様からは糸を貰いましたので」

 長かった糸は、手の平に納まるサイズになっていました。

 黒い男の子は糸を持った手を反対の手で握りました。

「わかりました。では白の君、一緒に王様のところへ行きましょう。これまでのことを説明しなくてはいけませんから。春の女王、また来年お会いしましょう」

「はい。お元気で」

 春の女王様は冬の女王様が座っていた椅子に座りました。夏の女王様に手紙を書く時期が来るまで、春の女王様は眠ります。

 三人が塔を出ると、春の女王様は目を閉じました。

 

 春の訪れを感じた人々の声が遠くから聞こえました。

冬に糸で『終』ということから、糸が導いてくれました。

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