表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

幼少期〜高校

異変を感じたのはいつだったんだろう。


自分が双極性障害とわかって振り返ると、20代後半には症状は出ていた気がする。


幼少時は特に波はなかった気がする。

ただ、気性の激しい子供だったのは何となく覚えている。

我慢ができないのだ。

気に入らないことがあるとすねていた。

週の半分はすねていた気がする。


子供の頃に「普通赤ん坊って機嫌悪く眠った後でも、ケロッとして笑って起きるけど。おまえはぷんすかしてたなぁ」と、父に言われたことがある。

怒りっぽい、すねやすい子供だったのは覚えている。

当時自覚はあったが、コントロールする必要性を感じていなかったか、コントロールする能力がなかったのか。。。

あまり外出せず、写真を撮る機会のない家庭だったが、数枚の写真は残っていて。

子供の頃の写真を見ると、すねてしたを向いて写っている写真がある。


小学校時代は、それなりに何事もこなす子供だった。

勉強も運動も上位だった。

生徒会活動もしていた。

優等生、そんな感じだった。

不登校の子を迎えに行った時期もあり、先生に頼りに(利用)されていた。


小学校と中学校の変わり目で転校して、誰も友達がおらずなじむまで時間がかかった気がするが、中学校生活も優等生で過ごした。

部活ははじめて話しかけてくれた子がソフトボールに入るというので、つられて入ってしまい、1番ライト。

体が小さかったのもあり打球が飛ばなかったが、足が速かったのでバント盗塁要員だった。

県大会出場するレベルのチームに属し、土日も部活三昧で過ごした。

生徒会活動もしていた。

中学校時代は、授業さえ受けていればテストの成績はトップクラスだったので、家で特別な勉強はしなかった。

昭和後半だったので、塾に行く時代ではなかった。


学校の成績が良かったし先生受けも良かったので、高校は推薦でトップクラスの理数科に入学した。

後で、当時面接担当だった先生が「あんなにしっかりした中学生をはじめて見た」と言っていたと聞いた。


立地の関係で学区外の高校になり、また友達ゼロからのスタートを強いられた。

そして、雰囲気が激変したのを覚えている。

女子学生はそうでもなかったが、男子学生は年上に見えた。

伝統を重んじていて、その高校に入学することがステータスになっているらしく、入学式では親まで校歌斉唱。。。

宗教団体に入った気がした。


そこの高校に入学した生徒の大半が塾が一緒だったらしく、皆顔見知り。

自分だけが部外者の雰囲気があった。

貴子は客観的に見たら可愛らしかったらしく、普通科の学生が貴子を見に来て、一時期休み時間が動物園状態だったのを覚えている。

そして、普通科の女子学生に「たいしたことないじゃん」と言われる始末。

高校生活当初はストレスいっぱいだった。


勉強のレベルも急に上がって、最初のテストは散々だった。

元々勉強好きで負けず嫌いの貴子は、それからは帰宅するとすぐ勉強するようになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ