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☆4 魔法の薬

私は小瓶を手に持ったまま、その場を去った。雑木林を抜け、繁華街の裏道に出ると、急に現実世界に戻ったような気分になる。

 家に帰って晩御飯のオムライスを食べる。大好物なのに、全然味がしなかった。それからお風呂に入って、自分の部屋へ入る。ベッドの上に座り、鞄の中から小瓶を取り出した。

 ピンク色の魔法の液体を眺めながら、私はほうとため息を漏らす。本当に綺麗な色をしている。

 これを飲めば、奇跡が起こる。そう、言われた。

 けれども奇跡を信じるには、私は少し年を取りすぎていた。

 それに見ず知らずの人からもらったものを口にするのは、やはり抵抗がある。これが毒である可能性だってあるのだ。とりあえず金色の栓を抜いて、匂いを嗅いでみた。フルーツタルトみたいな甘い匂いがした。嗅いでいるだけで、幸せな気持ちになる。

 ふいに、これを飲んでみたいという好奇心が私の中でふつふつと沸き起こった。もしこれが毒で、飲んだ結果、死んでしまったとしても、それはそれで構わない気持ちもあった。

 友達といれば息苦しさを感じ、大好きな後山君に振られてしまった今、学校は私にとっては監獄も同然だ。そんな場所にこれからも毎日通わなくてはいけないのは拷問に近かった。

 結局好奇心に負けた私は、ガラスの小瓶を唇に押し当てた。少し傾ける。ピンクの液体がのろのろと落ちてきて、舌の上にすとんと落ちた。すぐさま甘い風味が口いっぱいに広がった。ゴクンと飲み込むと、トロリと喉の中をそれは通り抜けて行った。

 飲んだ。

 実感すると、今更のように心臓がバクバク言って、喉がかーっと熱くなった。

 飲んでしまった。

 これがもし毒だったとしたら、私はどうなってしまうのだろう。胸が苦しくなるのだろうか。それとも、血を吐いてしまうのだろうか。ドカドカする身体を抑え込みながら、時を過ごす。けれど、五分経っても十分経っても、何も変化は起きない。

 ひとまず、安心してふっと胸をなでおろした。けれど遅行性の毒という可能性もあるので、まだ手放しによかったと喜べない。ひとまず、眠ることにした。

 明日、無事に目覚めるだろうか。一抹の不安を抱えながら、けれど割とすぐに眠りにつくことが出来た。もしかしたら、あの薬には睡眠薬に似た成分が入っているのかもしれない。溶けるように夢の世界に入っていく。

 その日、私は夢を見た。

 後山君と初デートをする夢だ。


 待ち合わせは 白い時計台の下 

 まずは星降るサーカスで ライオンのショーを見て

 それから2人でラジオを聞きながら 炎のカクテルをのもう

 お姫様と王子様の話の続きを考えて 人魚の唄で眠らせてあげる


 頭の奥で、少年の歌声が聞こえた。

 波の音のように心地よく、心の中で、寄せては返していく。

 とても暖かく幸せな、夢だった。

 目が覚めた。時計を見るともう起きなくてはいけない時間だった。私は生きていた。別に不調を感じる部分もない。これだけなんともなかったのなら、もう安心してもよいだろう。

 どこかいつもより晴れ晴れとした気持ちで、朝の支度を始めた。きっといい夢をみたからだ。

 鞄の中にガラスの小瓶を入れて、家を出た。


 問題はどうやって後山君に薬を飲ませるかだ。まさか小瓶ごと渡して、一滴飲んで持てよなんて言うわけにもいくまい。考えた末、コンビニで買った新製品のドリンクに一滴忍ばせることにした。

 放課後掃除の時間、二人きりになれる瞬間を狙って、私はそのドリンクをおもむろに後山君に差し出した。

「あの、これ……」

 やはり後山君と一対一になると、声が震える。

「え?」

 彼は不思議そうにそのドリンクを見つめた。無理もない。掃除中にドリンクを出す人間がどこにいるというのだろう。けれど仕方ないんだ。他にいい方法が思いつかなかったんだから。ひるみそうになるのをぐっとこらえて、笑顔を作った。

「これ、あそこのコンビニで売ってたの。新商品なんだけど、結構おいしかったから、一口飲んでみない?」

 〈幻の虹味〉と書かれた、ペットボトル入りのソーダをますます後山君に近づける。

「え、うん」

 彼は戸惑いながらも、それを受け取った。そして私の方をちらりと見てから、蓋を開けて一口飲んだ。強引に渡されたものだから断れなかったのだろう。ゴクリ、飲み込む。

「どうも」

 ペットボトルを返す際に差し出された腕は、ひょろりと細長くて手首には青黒い血管がぼこぼこ浮かんでいる。

「どう?」

「え、うん。〈幻の虹〉ってどんな味かと思ったけど、ただ普通よりちょっと甘いだけのソーダで、僕はあまり好きじゃないな」

 ここでお世辞にもおいしかったといえないのが、後山君だ。けれど、私が聞きたいのは味の感想なんかではない。

碧い鞄の少年の話では、これを飲めば後山君は私のことを好きになってくれるはずなのだ。期待に満ちたまなざしで彼を見つめる。

「ね、後山君」

「ん?」

「あのね、後山君はね、私のこと……」

 昨日、振られたばかりなのに、また告白だなんて、おかしいよね。でも、勇気を出して、言葉にした。

「どう思っているの?」

「え……」

 彼は呆けたように、口をぽかんと開けた。

 あ、また振られちゃうのかな。

 私はもう怖くて怖くて生きている心地がしなかった。

 彼は少し考えるようにしてから、そっとつぶやいた。

「好き、だよ」

 私は耳を疑った。

 今、好きって言った?!私のこと、好きって言った?!

 嬉しくなって、手に持っている虹色のソーダを見る。

 この薬、本物だったんだ!!

 すぐさま叫びだしたい衝動に駆られる。いやでも、叫ぶよりももっと大事なことがある。私は後山君の正面に立つと、深く頭を下げた。

「ならば、私とお付き合いをしてください」

 すると、すぐに彼もお辞儀を返した。

「はい、お願いします」

 嘘みたいだった。幸せに体がピンク色に染まっていく。彼を見ると、その痩せこけた頬も僅かに紅潮していた。かわいらしいと、思った。いとおしくて、抱きしめたくなる。

「じゃあさ、今日、掃除終わったら、お茶でもしない?」

 私が誘うと彼はすぐにうなずく。

「うん、そうしよう」

 やったー。もしここに誰もいなかったら、私は今頃飛び上がって、変な舞でも踊っていたことだろう。けれど大好きな後山君の前なのだ。冷静に、冷静に。

「じゃあ、さっさと掃除、終わらせよっか」

 そういって、せせこまと箒を動かす。彼も続いて箒を動かす。

 ああ、もうこの箒の音でさえも愛おしい。


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