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とある侍女から見たお嬢様 後編

 結婚当日。

 お相手の貴族が迎えに来るのを待つ。

 美しく着飾ったロザンナは、その装飾に負けない程、愛らしかった。

 部屋から窓の外を見て、彼女は歌う。

 その透明感のある声に、思わず聴き惚れた。悲しい恋の歌は、心にスルリと入り込んでくる。

 歌い終えた彼女は、私を見やる。

「もうきっと、こうして歌う機会も無いわね」

 いつも表情を取り繕う彼女にしては珍しく、寂しそうな表情だった。

「私、上手かったでしょう?」

「ええ、とても」

 本心からの賛美に、ロザンナはありがとうと返した。

「だから、もう歌わないの。これまでも、お父様とお母様には、バレないようにしてきたわ。これからも、誰にもバレないようにするの」

 その歌声は、人の心を震わせる。そこに“利用価値”を見い出す人間の筆頭は、彼女の両親だろう。

「一生に一度きりの、私の秘密の反抗なのよ」

 多分その利用価値を提示すれば、この結婚は破談され、別の道が彼女の前に引かれるだろう。決して殺されはしないが、死ぬまで多くの人を欺く道だ。

「貴女とも、お別れね。寂しいわ」

 向こうの貴族の要求は、侍女も一人も連れず、単身で嫁入りすることだ。それが意味する汚さを思うと、吐き気がする。

 でも、彼女はひとつ、大きな思い違いをしている。

「お嬢様、いえロザンナ様。貴女様が思っているようなお別れにはなりません」

 悪戯っぽく笑う私に、ロザンナはきょとんと目を瞬かせた。それからすぐに、それの意味するところに気付いたのだろう。「早まってはいけないと、あれほど言ったのに…!」と顔を青褪めた。

「早まってなどおりません。ロザンナ様、ご存知かと思いますが、私は優秀なのです」

 扉の外が、俄かに騒々しくなる。

「だから、ついでに貴女様のお相手の男も、一緒にしょっぴくことにしました」

 変態め、お灸を据えてやる。いや、私は顔も合わせなくないから、同僚に任せるけれども。

 もう一生、陽の目を浴びることはないだろう。これまで散々好き勝手やってきたツケだ。一切同情はしない。

「まあ…」

 ロザンナは、本当に驚いたようだった。

「…でも、お別れなのは変わりないわ。私が嫁いでも、この家がなくなっても、別れは別れ」

「そのことなのですが」

 私としては、ここからが本番だった。唇を舐めて、濡らす。存外、緊張していた。

「ロザンナ様、私どもと共に、働きませんか」

「働く?」

「ええ、時に侍女として、時に行商人として…場合によって、“化ける”対象は変わりますが」

 突然の申し出に、ロザンナは戸惑っているようだった。

 私の仕事とは、つまり、こういう後ろ暗い仕事も込みだ。当然、そうではない部分もあるが。

 しかし、ロザンナが躊躇っているのは、別のことだったらしい。

「エミリー、優秀な貴女が忘れているとは思えないけど、私はラドラゼルフ家の娘よ? 罪人の娘なの。受けるべき罰は受けなくては」

「罪人の娘は、罪人ではありません。少なくとも、私はこの一年でそう判断しました。このまま堕ちていくのを見ているのも惜しい存在だ、と」

「それは…買い被りだわ」

 目を伏せる彼女に、「買い被りではございません」と言い切る。普通の人間は、あそこまで感情を殺して行動できないものだ。

 しかし、まあ。

「もちろん、貴女様に、私と同じ仕事は無理でしょうね」

 できるできないと、向いている向いていないは、全くの別物だ。彼女は感情を殺せるが、私のように近くに対象がいて尚目的の為に動くことは、心を壊してしまうだけだろう。私? 私はほら、優秀なので。それに、ある程度は仕方がないと諦めることができる。

「では…何を求めているのですか?」

 外の騒がしさが、より酷くなってきている。

「そうですね、実のところ、思い付いていなかったんですが」

 先程、歌声を聴いて、閃いてしまった。残念ながら、私はある面において、彼女の両親と近い部分があるのだ。彼女が、それを受け入れてくれるかどうか。

「貴女様の歌を、“利用”させて頂きたいと、考えています」

 だからこの手をお取り頂けますか、と手を差し出す。

 ロザンナは―――。


 その日、ラドラゼルフ家は没落した。

 悪行を働いた筆頭たる当主、その奥方、そしてその娘は、しばらくした後に縛り首になったと言われている。


⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


 あれから、五年の月日が流れた。

 私は、とある貴族の付き人として、コンサートに出席していた。この貴族というのが、なにやら良からぬことを企んでいるらしく、その悪事を事前に暴くのが今回の仕事だ。まあ、未だに過去最大級であるラドラゼルフ家の手強さは無い。あれに比べれば、ひよっこ同然だ。

 壇上に、美しい姫が立つ。その小さな体躯から、透明感のある、心震わす歌声が広がっていく。仕事中ではあるが、このくらい楽しんだっていいだろう。

 奇跡の歌声の持ち主、ナンシー。

 彼女の経歴は、謎に包まれている。舞台以外の公の場にも決して姿を現さない。会えるのは、会場だけだ。

 彼女は歌う。気持ちよさそうに。

 この広い会場の中で、彼女と目が合った気がした。晴れやかな表情で、彼女は笑った。




読んで頂き、ありがとうございます!


さて、これにて侍女さん視点は終了です。

とある貴族の没落話を、今度は外側から見てみましょう!


というわけで、バトンタッチ、選手交代です。

あら、お互い非常に嫌そうな顔ですね…。


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