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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第四章 蜃気楼
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第99話 君、想うとき

 凄く後悔していた。

 ヴォルフを行かせてしまったこと。

 あいつはいつだってそうだ。そばに居て欲しい時にかぎって役に立たない。

 それでも行かせたのは、彼が自分自身で何者なのか自覚してもらいたいから。

 竜と戦えば、あいつもなにか見えてくるのではないだろうか。


 そんなことを考えつつ、ユーリィは本日三度目の会議に出席していた。

 連日続く会議で一番辛いのは、頬杖をつけないことだ。一度それをした時に、ジョルバンニにきつく(とが)められた。


『皇帝自らがやる気のない態度では、みなの士気が下がります』


 反論したくても、反論の余地にない指摘なのでしかたがなく従っている。

 しかし正論と感情は別ものだ。

 たとえばギルド議会において、借りてきた猫のように大人しい連中を前に、ジョルバンニが演説をしている時。しかもユーリィ自身の意見でるような言い回しである時。

 たとえば軍事会議において、アーリングとその武官や、ブルーとその配下のラシアールらが、“ぜひライネスク大侯爵の意見を聞きたい”と尋ねる時。しかも帝国軍の新しい軍服の色や形などという、どうでもいいことまで尋ねられた時。

 そういう時はジョルバンニの正論を無視して頬杖をつきたくなる。

 今ごろヴォルフは、どこでなにをしているのだろうかと考えたくなるから。

 そして本当に頬杖をついてしまうことも幾度かあった。

 それは貴族院会議の時だった。


 貴族院の会議はおもに、宮殿の別館で行われていた。

 もともとは王族らが演劇や歌劇を楽しむために作られた劇場である。すり鉢状に観客席が設けられ、その中央部が舞台という構造だ。

 現在はその舞台に大きな円卓が置かれ、三十人ほどが着席できるようにしてある。座るのは、ユーリィを含めて侯爵と伯爵の二十二名。

 観客席に座るのは、それ以外の二百余名だ。

 すでに十日以上、彼らはソフィニアに留まることを余儀なくされている。そのせいで完全にダレきっていた。絶えず意見を述べているのはただ独り、ミュールビラー侯爵という男だけ。

 気障な片眼鏡に、立派な口髭を蓄えたこの男は、半年前ならきっと混血の庶子など歯牙にも掛けないどころか、見下していたことだろう。

 それなのにどうだ。

 今は愛想笑いを浮かべ、“ライネスク大侯爵が”“ライネスク大侯爵の”とことあるごとに、その奇妙な称号を連呼して媚びへつらおうとしてくる。

 気味が悪いとしか言いようがなかった。


 そして三つの議会は、現在ある問題を繰り返し取り上げていた。

 ギルド議会の議題では、水晶鉱山における労働力の確保。

 帝国軍部の議題では、セシャール大使の護衛と、ククリの子女らへの暴行。

 貴族院の議題では、セシャールにあるマヌハンヌス教皇領での戴冠式について。

 それぞれ違った内容であるが、結論が出ない理由は同じ。

 ククリ族だ。

 ほぼ毎日、各地で小規模ながらテロ行為が繰り返されている。十三に分けられた陸軍師団と、三分団あるラシアール魔物軍が対応しているが、文字通りイタチごっこ。神出鬼没の彼らをラシアールが追い、各地に配置した陸軍が駆けつける。しかし戦うのはわずかな時間で、ククリたちはすぐに逃走をしてしまう。

 ククリの残党はいったい何人いるのか。

 ロジュがいったい何を考えているのか。

 ユーリィには皆目見当がつかなかった。


 そして早急に対処しなければならないのは、こともあろうに牛だ。

 この大陸の牛は、大昔セシャール山間部にいた野生を家畜化し、大陸中に広まっていった。そのせいもあってセシャールの主な産業は牛である。干し肉、チーズはもとより、多くの革製品はあの王国が生産している。その牛をセシャールが帝国建国の祝いに送ってくれることになっていた。

 その役目を担ったヴォルフの父親グラハンス子爵が、子牛五十頭を連れてセシャールを出立する日が、三日後に迫っている。

 海路を使うとのこと。つまり船で来る。七日後に南にあるファセド港に到着し、そこから陸路で二日。出迎えにはディンケル自らが指揮をとって、千人規模の兵士で護衛する。もちろんラシアールも加わる予定だ。子牛の運搬用に十台の荷馬車も準備している。

 しかし果たして無事に済むかどうか。

 ひとたび襲撃をされれば大混乱は間違いないだろう。



 そして退屈な長い長い一日がまた終わろうとした時、執務室にジョルバンニが現れた。タナトス・ハーンが付き従っている。どうやら彼はギルド議長に就くと決めたようだ。


「就寝なさる前に、少しお時間をいただきたい」


 室内に入ってきてからではほとんど意味もないその断りに、ユーリィは眉をしかめた。


「なんの話? 明日じゃダメなのか?」

「早急に決めていただきたいことがありますので」

「それなら今日の議会で出せば良かったじゃないか。僕が決める理由は……」

「私が理想とする独裁的国家とはほど遠いですからね、現況は。意味のない会議を開いてばかりで先には進まない。ギルド議会にしても事前に根回しをする必要がある」

「つまり僕が独裁者になれと?」

「そのおつもりではないのですか?」


 あえて返事はしなかった。

 最終的にそれを目指していても、今はジョルバンニが居る限り無理だと分かっている。だからと言って彼を排除すればたちまちあらゆることが破綻していく。ゆっくりと足固めをする必要があるとユーリィは考えていた。


「それで話というのは?」

「現在、貴族院も軍部もギルドも、ククリの件で話が滞ってますな」

「それがなに?」

「打開策として、ひとつ提案があるのです」


 彼の案はこうだった。

 セシャール大使への襲撃を抑えるため、敵を分散させようという。つまり陽動作戦だ。


「軍部では例の暴行事件が尾を引いているようですな。実行犯は全員判明ですか?」

「実際に殺害を行ったのは三人だけど、司令官も含めて四十人ほどが関わっている」

「その司令官が、一番の問題ですな」


 ククリ族の捕虜は三五〇人いた。そのうち八十五名の男はソフィニアにあるサロイド塔に収監し、女子供と病人二七〇人は近郊に作った収容所に軟禁していた。

 収容所には急造した建物が五棟と、もともとあった小さな池が一つ。その周りを鉄の柵で囲い、ラシアールを含めた兵士が二百人体勢で逃亡などがないよう監視していた。

 当初は大人しかった彼女らであるが、それなりに自由がある環境であったせいで、自分たちが捕虜であることを忘れてしまいがちになっていったのだと、兵士たちは口を揃えて証言した。

 はじめは食事が悪いと文句を言い始め、衣住も充実させろとクレームが出たとのこと。

 だがさらに詳しく調べてみると、兵士たちは食べ物や衣服などを個別に与える代わりに、体の関係を迫ったようだ。

 エルフはまだ発情期前の娘に性的なことを強要すれば、最悪死ぬこともある。

 実際その最悪な事態が起こったらしい。もともとククリは女系種族である。しかも男子同様魔法も使えるわけだから、暴徒化した捕虜は収容所の建物を一つ破壊し、逃亡を企てた。幸いなことに、ラシアールの協力もありその場はなんとか収まったそうだ。

 だが事件はまだ終わってはいなかった。女とはいえ、ククリの力を目の当たりにして兵士たちは恐れおののいた。なにか対処しなければ、同じことが起きると思ったのだろう。彼らは寝場所を失った四十人を、新しい収容所に連れていくと欺し、収容所外に連れ出した。むろん同じことが起こらないように手かせを付けて。

 そして草原のど真ん中、なにかがおかしいと悟った一人が暴れ始めたのを引き金に、女たちは次々と殺されていった。もちろん性的な暴行も含めての話だ。

 まったくもって酷い事件だ。

 だが捕虜の扱いを厳密に決めていなかったことも問題になった。引き金になった暴行事件は、少女が食べ物欲しさに裸になったせいだと、兵士たちは主張した。

 さらに悪いことに、収容所の監視を監督していたのは、アーリングの甥であった。そのせいで、事件そのものをうやむやにしようという動きさえ感じられた。


「お前の陽動作戦には、あの事件を解決する方法があるのか?」

「解決するかどうかは分かりませんが、彼らの名誉挽回には繋がるかと思います」

「つまり?」

「大使が到着した当日に、捕虜の移送を行うのです」

「移送するって、どこに?」

「どこにも移送などしませんよ」

「ああ……なるほど……」


 陽動とは目標を二分して、ククリ残党らの拡散をするという作戦なのだろう。上手くすれば敵を半減できるし、牛も無事に運べるという一石二鳥を狙っているのだ。


「移送の護衛には、前回の実行犯と言われる者たちにあたらせるのです。作戦が成功すれば彼らの名誉挽回に繋がります。万が一にも護衛が失敗しても、手を汚さずとも面倒な連中を片付けられる」

「お前らしい汚い作戦だよ」

「しかし今のままでは、貴方もアーリング士爵も微妙な立場のままです。兵士らは自分たちが悪いとは思ってはいないでしょう。それを処罰されれば全体の士気が下がります。かと言ってなにもしないで無罪放免では、たとえククリといえども捕虜への婦女暴行に、今後とも目をつぶらなくてはならなくなる。我々はあくまでも規律ある軍隊を持ちたいのであり、無秩序な暴力集団を飼いたいわけではないのですから」

「まあ、そうだけど」


 正直迷った。

 確かに今考えられる防御策としては一番いいかもしれない。

 だがジョルバンニがなにか他に企んでいるのではないかという懸念があった。その気持ちが顔に出てしまったのか、相手はユーリィの視線を正面から受け止め、そして舐るように見返した。


「それとも他になにかお考えがおありでしょうか?」

「別に反対ってわけじゃない。でも失敗したらどうするつもり?」

「なにもしなくても、危険は回避できませんよ」

「それは分かってる。貴族連中にはどう説明する?」

「彼らが軍部のことなど気にするとお思いで? 彼らの興味はククリ族を皆殺しにできるかどうかだけですよ。本当のところ、捕虜を全員処刑したいのではないでしょうか?」


 それはユーリィもなんとなく感じ取っていた。ただしそれを行った場合に、敵が捨て身の攻撃をしかけてくることを恐れているだけだ。


「もう一つ聞きたいのは、移送についてはどうやって敵に知らせるつもりだ? まさか大々的に宣伝して回っては、いくらなんでも怪しすぎる」

「この街にネズミが紛れ込んでいると考えるべきでしょうな。あの葬儀の時も、あまりにもタイミングが良すぎましたから。むろんネズミが人かエルフかは分かりませんが」

「どうやって味方に知らせてるんだ? ソフィニアの出入りは厳しく取り締まっている」

「伝言オーブですよ」


 そういうことかとユーリィは納得した。

 伝言オーブとは、内に魔力を込められる水晶の一種である。いわゆる手紙の代用品で、受け取り主が両手に包んで念を込めれば送り主の姿とともにその言葉も見ることが出来る代物だ。一昔前はよく使われていたようだが、今はあまり見かけることはない。オーブ自体が高価な事がその大きな要因だ。


「ククリは水晶鉱山で暮らしていまし、オーブを作ることなどお手の物でしょう」

「となると、真剣に移送を考えているという動きをしなければならないね」

「もちろんそのつもりです。移送先は旧ベネーレク領にある村を予定しています。あの戦いで住民がすべて死んだ場所です」

「ホント、なにもかも抜かりがないな……」


 もう反対する理由は見つからなかった。

 できれば自分でこの作戦を思いつきたかったが、まだまだこの男には敵わないということなのか。そう思うと悔しさが込み上げてきた。


「だいたいは了承した。だけど細かなことは明日、文章で提出しろ。それと移送する人数は三十人。幼児、二十歳未満の娘、老人は含めるなよ。それからラシアールの女兵士も護衛に参加させるんだ」

「御意」


 まるで忠実な士官のような態度で立ち去っていくジョルバンニを横目で眺め、ユーリィは密かに息を吐き出した。

 まだまだ始まったばかりだというのに、すべてが嫌になる。揺るぎのない決意をしたつもりでも、時々自分に言い聞かせないと、すべてを投げ出したくなる気分に陥ってしまう。

 今がまさにその気分であった。

 だから昔に思いを馳せて、気持ちを落ち着かせようと試みる。

 まだ自分が何者でもなかった頃、さまよったあの森はまだ残っているのだろうか。


(ヴォルフは、今ごろどうしてるかな……)


 愛していると囁かれ、突き上げられる喜びを感じたい。

 抱かれている一瞬に、とろけるような快感に体を犯されるあの幸福が欲しい。

 それはもう望めない夢なのだろうか?


 ふと気配を感じて顔を上げる。

 深い茶色の机に積み上げられた書類の山。その向こうに見えたのは濃緑の軍服だった。

 まだタナトス・ハーンが残っていたのだ。

 彼は妙な表情を浮かべて、ユーリィを見下ろしている。視線が合うと、なぜかサッと顔を背けた。


「なに? まだなんか用?」

「用ってわけじゃないですけどね、一応申告しておこうかと……」


 部屋の端を眺めたまま、彼はらしからぬ曖昧な口調で言った。


「申告?」

「さきほど議長がおっしゃっていた陽動作戦、自分も参加させてもらいます」

「はぁ? なに言ってるの? お前には関係ないだろ、ハーン」

「関係はあります。自分はここで骨を埋める覚悟をしましたからね。こう見えて、出世欲は強いんですよ」


 ようやく戻ってきたハーンの視線は、わずかに揺れているように感じられた。


「こう言っちゃなんですが、アーリング長官の甥、なんでしたっけ、名前。ええと、モデスト? 七光りで出世した男に比べれば、俺の方が腕は数百倍上でしょうし。兵士三十人分ぐらいの働きはできますよ。しかも随行するエルフが女となれば……」

「女であってもエルフはエルフだ。魔力がある以上、お前は敵わないよ」

「ま、その時になれば分かるでしょう」


 いつもの不敵で嫌味な笑みが、男の顔に浮かぶ。

 それを見て、ユーリィは少しホッとした気分になった。


「そんなに自信があるなら、軍に入ればいいのに。それなら僕も許可をする」

「軍なんて冗談じゃない。俺がよそ者だってことは知れ渡っているし、軍隊でのよそ者の扱いがどんなものかよく知ってますので。それに貴方の許可など必要ないですよ。俺の主人はあくまでもセグラス・ジョルバンニ議長ですから。ではこれにて失礼します」


 閉じられた扉の音は、なぜか怒りに満ちているような静かな激しさを感じさせた。

 あの男がなにを考え、なにを思っているのか、未だに見えてこない。単純な性格ではないのだけは分かっているが……。

 ユーリィは手元にある手紙に視線を落とした。ジョルバンニが入ってきた時に、さりげなく裏返しておいたものだ。

 その宛先はリカルド・フォーエンベルガー。本人が来るとは思わずに、ちょうどハーンのことをもう少し詳しく尋ねようとペンと取ったばかりだった。

 リカルドがすべてを教えてくれるとは思ってはいない。しかしどこかに真実があるかもしれないと期待して書いている。たぶんあの男とは、この先も腹の探り合いのようなことが続くのだろう。


「そろそろ寝るか……」


 また明日が来る。

 長い長い独りだけの明日が。


「ヴォルフはなにをしてるんだろう」


 彼の中でどんな結論が出てもいい。

 とにかく無事に帰ってきてくれれば。

 もしも我が儘が許されるのなら、そっと抱き締めて欲しい。

 ただそれだけだ。


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