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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第四章 蜃気楼
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第97話 二つの密会

 馬車に乗せられた故メチャレフ伯爵の棺は、ソフィニア兵五十人、ならびにラシアール十五人による護送で、フラン=ドリエにあるメチャレフ城へと運ばれた。

 遺体を運ぶにしてはずいぶんと大人数の兵団であるが、そこにはわけがある。

 現在メチャレフ城には、伯爵家臣従五名ならびに近衛兵二五二名が、メチャレフ家の今後について憂慮しつつ待機していた。


 彼らの希望は、嫡子アシュトがあとを継ぐこと。

 むろん兵士の中には籠城し、ソフィニア軍に備えようという意見もあったが、メチャレフ伯爵の遺体がソフィニアにある以上、謀反軍として討伐されるという懸念から、結局は大人しく待つことを選択した。

 だがその選択が間違いかもしれないと彼らが感じたのは、棺が到着した直後だ。


「メチャレフ伯爵領は、ライネスク大侯爵の領地となった。なおライネスク大侯爵は、ソフィリアス帝国皇帝になられる。よって旧メチャレフ近衛兵は本日をもって解散とする!」


 そう伝えたのはソフィリアス帝国軍師団長ヒューン。


これより数日前、それまで何回も開かれた会議により帝国軍の編成が行われ、以前はイワノフ近衛団副官だった十三名が、師団長という階級となり、そのトップである陸将軍にはディンケルが就任した。

 さらにエルフ率いる魔物軍のトップとして、ブルーが魔将軍に就いた。彼の下に三師団が編成されて、三人の師団長がラシアールの中から任命されている。

 そして、二人の将軍のさらに上にいるのがアーリング軍務長官だった。


 それほど広くもないメチャレフ城の前庭にいた二五二名の兵士たちは、一瞬にして騒然とした。数十名ほど剣を抜き、今にも暴れ出しそうな気配をかもし出した者がいたが、ラシアールの使い魔が数体、空に向けて火を放つと、諦めたように剣を下ろした。


「分かっているとは思うが、これだけの魔物がいれば、諸君らを一瞬で焼き殺すなど造作もない。そして数日後には七百の兵士が到着する予定だ」


 追い打ちをかけるようなヒューンの言葉が、兵士たちの士気をさらに下げていった。

 その様子を見て、ヒューンは飴を投げ入れる時だと思ったらしく、


「我らヒューン師団は、この旧メチャレフ領内の駐留を命じられている。よって、ここにいる全員を迎え入れる用意はある。むろん、新たな人生を選ぶことも止めることはない。すべては各々の決断である」


 想定もしていなかった決断を迫られて、彼らがしばらく呆然としていたことは、言うまでもない。




 メチャレフ伯爵の二度目の葬儀は、その日の夕方執り行われた。

 もっとも出席したのは故人の妻と、数名の家臣のみ。市民は街に唯一ある教会の、その敷地にすら入ることを許されなかった。

 しかし厳格でかつ公平だった故メチャレフ伯爵は、民からの信頼が厚かったようだ。教会の正門前には数百人が、故人を偲んで集まった。

 するとその彼らにも、この地の行く末が公布された。だがライネスク大侯爵の人気は、故人よりもさらに高く、人々は喜悦をもって歓迎をした。


 葬儀のあと、メチャレフ城の執務室にいたフォーン師団長に、三人の男が面会を求めてきた。彼らは旧メチャレフ近衛兵団において、指揮官の立場にあった者たちである。


「なにゆえに、アシュト様がメチャレフをお継ぎにならないのか」


 まず彼らから出てきた質問はこれだった。

 ヒューンは自分の知るところではない、すべてはライネスク大侯爵のお決めになったことだと答えるのみ。


「では伯爵夫人はどうなされるおつもりか」


 ヒューンは答えた。

 未亡人にはすでにその件をお尋ねし、彼女はこの城に残って故人の墓を生涯守り続けるという返事ともらったと。

 彼らの質問はさらに続く。


「ミーシャ様と、そのご家族はどうするのか」


 これに対してヒューンの態度は、それまでと違っていた。

 もともとヒューンにはやぶにらみの癖があった。さらに背がだれよりも高いこともあり、見る者によっては不愉快に感じてしまうだろう。のちの学者の中は、もしもヒューンではないだれかがメチャレフ城に来たのなら、歴史が変わっていたと考える者すらいるほどだ。

 そんな面構えのヒューンが、男たちに冷たく言い放った。


「親殺しに未来があると思うのか?」


 三人はなにも言わずに立ち去っていった。




 その夜、フラン=ドリエでは二つの大きな事件があった。

 一つは市街にあるミーシャの屋敷において、令夫人が四歳になる娘を殺し、自らも命を絶ったことだ。これについてはヒューンが暗殺を謀ったという説がある。ただし証拠があるわけではない。


 そしてもう一つ。

 あの騒動以来ずっと、ミーシャ・エジルバークは城の地下牢に収監されていた。監視をしていたのは、前回ディンケルが率いていた兵士の六人とラシアールの三人だった。

 メチャレフの近衛兵が大人しかったのも、やはりラシアールの存在が大きい。彼らは魔物と魔法の怖さを肌で知っていた。

 しかしこの夜、引き続き看守役を務めていた八人は、仲間が増えたことによりかなり油断をしていたようだ。

 特にラシアールの三人が酷く、夜中になる前にはすっかり酔っ払って監視どころではなかった。なお、魔将軍ことブルーがこの話を聞いた時、普段は陽気な彼が床を踏みならすほど怒り狂ったという。

 けれど五人の兵士たちが、しらふだったというわけではない。


「今後は仲間として仲良くするために、お近づきの印として」


 そう言われて渡された酒を、それぞれ二杯以上は飲んでいただろう。そのせいで携えていた剣を抜くのが遅れ、次の朝、彼らは瀕死の重傷を負った姿で発見された。


 そしてミーシャ・エジルバーグは、鉄格子の中からその姿を消していた。




 この事件のあと、別々の場所で二つの密会が開かれていた。奇遇なことに、同日同時刻、薄暗い室内に集った人数はどちらも六人。だがそれを知っていたのは神のみだ。


 ソフィニアからかなり離れた野小屋に集まった六人には、エルフが二人混ざっていた。

 そのうちの一人、黒いローブのフードを目深に被った方が言う。


「……ではよろしいのですな?」


 地の底から聞こえてくるような、深く暗い声だった。

 その相手は、色白い顔に目ばかりをぎらつかせ、エルフを見返した。彼の片方の袖は、途中からただの布きれとなっている。

 男はなにも入ってないその袖口を握りしめて、


「かまわぬ。俺の望みは復讐のみだ。麗しき顔の皮を文字通りはぎ取って、見るもはばかられるほど醜い化け物にするまでは、俺は絶対に死なない」

「なるほど」

「いつ決行するのだ? 今日か? 明日か?」


 せっつくようして、男は古びた木椅子から腰を上げる。だが顔を隠したエルフはわずかに片手をあげて、穏やかに制した。


「まだその時ではございません。しかし近いうちに必ずや、内にある錆が広がっていきますよ。正義などという幻想は、この世の毒にしかならないことを、あの方も身を以て知ることになるでしょう」

「それはどういうことだ?」

「いえ、こちらの話です。貴方は時が来るまで、ゆっくりと静養されてください。後ろのお三方もそれでよろしいでしょうか?」


 エルフはわずかに顔を上げ、暗闇に紛れるようにして立っている男たちに言った。

 三人はすぐさま、揃ってうなずく。


「間違いなく、皆様のご協力が必要になるはずですよ、間違いなくね」


 エルフの言葉の意味を、だれひとり尋ねる者はいなかった。




 この同時刻、ソフィニアでも密会が開かれていた。

 集まるのはやはり六人ではあるが、エルフは混じっていない。一見すれば、貴族一人とその従者たちという情景だ。

 ソファにくつろぐ貴族は、口髭の先端をつまみ上げつつ、ソファの横に立つ従者たちに話しかけた。


「今は大人しく従っているふりをすればいい」

「それは分かります、侯爵。しかし……」

「貴殿の気持ちはよく分かりますぞ、男爵」

「まったくですよ!」


 男爵と呼ばれた男の隣にいる従者は、この中にいるだれよりも若い。そのせいか、やや激情した面持ちで同意した。


「貴族同士でこうして集まることも許されてないなんて、有り得ない!」

「けれど実際にこうして集まってますが」


 唾を飛ばして文句を言う若者に、その隣にいる小男が反応した。臆病な小動物に似た目つきの彼は、自虐的に笑い、自分の両脇にいる男たちをチラチラと見る。その態度が気に入らなかったのか、言葉に腹を立てたのか、若者がふたたび喚いた。


「だが、このような姿にならざるを得ないのはどうにも我慢できない!!」

「まあ、落ち着かれよ」


 侯爵は片手をあげて、叫んだ若者を制す。


「つまりあの庶子は、我々が逆らうと思っているということだ」

「まさにそれですよ、侯爵」


 すると小男のやや後方に立つ、それまで黙って聞いていた長身の男が、ここぞとばかり反応した。


「私はこの地に国を創ることにはまったく異存がない。平民ばかりのギルドに、貴族が従うなど笑止千万。フェンロンの醜さを耳にすればするほど、やはり王国という形が一番理想的な社会なのですよ」

「しかしあの子供を皇帝には認められない。そう言いたいわけですな、子爵は?」

「庶子である上にエルフの血が混ざっているような輩が、皇帝になるのですぞ? 私でなくても、高貴な血が流れる多くの貴族は認められるわけがあるますまい」

「となると、子爵はだれが一番相応しいと?」

「そうですな……」


 長身の男は眉を顰めてやや考えると、


「やはりあの方が一番相応しいでしょうな」

「あの方とは?」

「イワノフ公爵ですよ。あの方のお母上はトゥルタ皇国の王女ですぞ。トゥルタ皇国と言えば、最後の国王ミルバス六世の長女ヴィオレーヌ王女が嫁がれた国ですからな。彼女は六人の子供を産み、トゥルタ皇族もすべてその血を受け継がれている」

「だが公爵にはあの庶子と、その弟しか子がいらっしゃらぬ。弟の方は正妻だったアンヌ夫人が跡継ぎ欲しさに密通してできたと噂がある。それを知った公爵が、慌てて養子に出そうとしたとのことだ」


 その通りというように、長身の男は大きくうなずいた。


「しかしですな、侯爵。イワノフ公はまだ五十を超えたばかり。お子を作るのに遅すぎるという年齢ではあるますまい? なんでしたらわが娘を差し出してもなんの異存もございませんよ。私の口から申し上げるのもなんですが、娘はソフィニア一の美女と評判をいただいておりますからな」

「たしかにお美しいご息女でありますな。ところでバルターク子爵は先ほどから黙っておるが、なにか申すことは?」


 侯爵が問いかけたのは、長身の隣に立つ男だ。終始穏やかな表情を浮かべていた彼は、突然注目を浴びて困ったような顔をした。

 男は無精髭のような顎髭をたくわえてはいるが、厳つさはまるでない。どちらかといえばボンヤリとした風体で、身だしなみもそれほど気遣わないのか、クセのある茶色の髪は寝癖をただ撫でつけただけという状態で、あちこちが小さく飛び跳ねていた。


「これと言ってなにも……。私は皆様がこの国の将来を本当に憂いでいらっしゃることに、ただただ感心するばかりですよ。そして皆様のご意見はすべて尤もであるように聞こえます。私はより良い選択があるのなら、それに従うのみです」

「ソフィニア人の悪癖である、事流れ主義の最たる意見だな」

「そんなことは……。私もあの庶子が、皇帝になどはなって欲しくありません」


 きっぱりと言い切った男に、侯爵は満足そうにうなずいた。


「しばらくは新皇帝を崇め、有志を少しずつ増やしていくことに専念をしよう。私もそのつもりで、貴族院ではなるべく奴らの意に背かないように演じているのだ」

「そういえばあのジョルバンニという男は、どうなんでしょうか?」


 心配そうに尋ねた小男に、侯爵は嫌味の含んだ笑みを見せた。


「ガラス屋風情などに、いつまでものさばらせてはしておけぬな。綺麗な人形を椅子に据えて、自分が実権を握りたいと思っているのは目に見えている。早いうちに尻尾を掴むべきだろう」

「それよりも侯爵、あの庶子を失墜させる方が早いですぞ」


 小男は嫌らしい笑みを浮かべて、彼には似合わない強い口調で口を挟んだ。


「それはどういうことですかな?」

「小耳に挟んだのですが、あの庶子はどうやら男の趣味があるらしいのです」

「男!?」


 その場にいた男たちは、みな一様に驚きを露わにした。

 特に激高していた若い男は汚物でも見たかのように、顔を大きく歪めた。


「あの見た目ですからな、その手の輩が寄ってくる想像はできるというもの」

「うむむ……男とは……。マヌハンヌス信徒として、死にも値する蛮行……」

「ええ。ですからその証拠が手に入れば、あるいは戒律を破った者として断頭台に送ることも可能かと」

「なるほど」


 その後、男たちはしばらくの間、それぞれの思いにふけり黙り込んだのだった。


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