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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第四章 蜃気楼
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第94話 麗人 後編

 エルナは心配している様子である。

 勧めた椅子にも腰掛けることなく、机の向こうに立ったままユーリィを見つめていた。


「どうなさいます?」

「どうって……。近いうちに問いただそうとは思ってるよ」

「追い返すことはできないの?」

「一つ気になっていることがあってね」


 消えた屋敷の前であの男が言った言葉について確かめたい。

 彼はククリと関係しているのか?

 それとも……。


「気になっていること?」

「つまらないこと」

「ジョルバンニ議長は、どんな思惑で彼を引き込もうとしていると思います?」

「さあね」


 言葉を濁して誤魔化した。けれど内心ではその理由を少し考えてみる。


(やっぱジョルバンニもあの男を探ろうとしているのか? もしくはリカルドと繋がろうとしているのか……、うーん、でもリカルドはあの男をゲームの駒ぐらいにしか考えていなかった感じだったし……。いっそあのゲームのことをぶちまけて、やつがどういう反応するか確かめてみるのも手かな。上手くすればジョルバンニの手の内もぶちまけてくれるかもしれない。腹を立てて出ていってくれるならそれでもいいし)


 課題があるのなら、この場所であの男が本音をさらけ出すかということ。サンウィングの時のように、ひと目を気にしないような場所なら、あるいはベラベラと心情を話してくれるかもしれない。

 もう自由にこの牢獄からは出られないから、実行不可能な想像ではあるが……。


「ああ、そうだわ。貴方のお母様にお目にかかったのよ」


 エルナがふと話題を変えたので、ユーリィも思考の海から浮上した。


「あ、そっ」

「とてもお綺麗な方ね。そして貴方によく似ていらっしゃる」

「似たくなんかなかったのに……」

「あら、その容姿が人々の心を捉えるのだと思えば、悪いことではないと思うわ。私も貴方ぐらい綺麗なら、人生が変わっていたかしら?」

「それ男女の会話じゃないから! 女同士の会話だから!」

「貴方は本当に、見た目のことを言われるのが嫌いね。それなら話題を変えましょう。一昨日ちょっと小耳に挟んだんだけど、水売りのギルドが嘆いているらしいわ。貴方の使い魔がいるせいで、“商売あがったり”なんですって。街も落ち着いてきたことだし、そろそろ休ませてあげたらどうかしら?」

「ああ、僕もそれを思っていたんだ。でも本当は池まで行って、労をねぎらってやりたいんだよなぁ。ついでに少しの時間でいいから、散歩したい」

「貴方が行ったら、もっと騒ぎになるわよ」

「分かってるよ。言ってみたかっただけ」


 ふぅーっと息を吐き出し、ユーリィは前にある書類の山を手の平で叩いた。


「しかもこんな状態だし……」

「少しお休みしたらいいのに」

「そうも言ってられない。今までのやり方を一から見直す必要があるからね。より効率的な方法を模索しなくちゃ。軍事面は強化すべきだろうし、あの戦いで壊れた橋の再建とかも。ククリ処刑が集団リンチだったことはエルナも知っていると思うけど、明日からその軍法会議が開かれる。それと秋になる前に穀物交易の安定を図りたいから、造船も急がせないと。水晶を外国に売って金貨を買う現状を早々に解決して――」

「ユーリィ君!」


 突然名前を叫ばれ、ユーリィは言葉を止めた。


「ごめん。きみに言っても仕方がなかったね」

「そうじゃない。やっぱり貴方、ちょっと休む必要があるって思ったの」

「今度フィリップが来たら休むよ。そしたら“追いかけっこ”するつもりだ」

「その前に、今言ったお散歩を実行してみない?」


 琥珀色をしたエルナの瞳がキラキラと輝くから、ユーリィも久しぶりにワクワクとした気分になった。


「なんか良い考えがある?」

「長時間は無理だけど、少しの間なら大丈夫だと思う。今日これから会議は?」

「夜にあるだけ」

「それならちょうどいいかも」

「もしかして、“ブリュームの池”に行ける方法を考えた?」

「とっても良い方法よ!」


 よほど自信があるのだろう。エルナは胸をも叩く勢いで、やや声を大きくして断言した。


「なら、ついでにあの男を呼び出すのも良いかもしれない。どうせフェンリルは一緒に来るだろうから、危険はないと思うよ」

「そういえば、あの人、見かけと違って女性がとても……」

「女性?」

「なんでもない。あの人を池に行かせる方法を考えてみるわ。とにかく急ぎましょう、だれかに気づかれる前に。私、ちょっと準備をしてくるから少し待ってて」

「準備……?」


 嬉々として動き出したエルナに、ユーリィは気圧された。

 その行動力はやはり自分と似通っているものがあり、同時に今までヴォルフやその他の者たちを戸惑わせた自分自身を反省して――――。


「あ、そうだ、一つだけ。この作戦を実行するには貴方の協力が絶対に必要なの」


 扉まで歩いていったエルナが、真剣な面持ちをして振り返る。


「あ、うん……」

「本当に外に出たい? 男に二言はない?」


“男”という単語に妙に力がこもっていて、そのせいでユーリィは、「ないよ!」ときっぱり答えてしまった。




 そして今、後悔をしている。

 この数日で二度目の後悔だ。


「うぅ……」


 窓ガラスに薄ら映る自分の姿に、頭を抱えたくなる。

 まさか、こんなことになるとは……。


「凄く似合ってる」

「似合いたくない!」

「でもこれなら抜け出せると思わない?」

「こんな姿で抜け出したくないし」


 執務室を出て行ったエルナがしばらくして、彼女の侍女をひとり伴ってが入ってきた。

 なんだろうと思っていると、いきなり侍女はスカートとたくし上げ、布のようなものを取り出した。

 ただただ唖然。

 するとエルナがもう一度「男に二言はないのよね?」と確認をしてくるから、意識を抜き取られたような状態で、ついうっかり「うん」と返事をしてしまった。

 ユーリィの返事に満足そうな笑みを浮かべ、子爵令嬢は執務室の隣にある客室に消えていった。

 その後に起こったことは正しく悪夢、それも二度目の。

 昔セシャールで一度同じ状態になったことがある。しかしこんな残虐な仕打ちをふたたび受けるなんて、想像すらしていなかった。

 侍女の報告で戻ってきたエルナを前にしても、ユーリィの意識はまだ朦朧としていた。


「エルナ……あの……」

「メイドにしては垢抜けて綺麗すぎるけど、大丈夫かな?」

「はい、エルネスタ様」


 若い侍女はニコニコと微笑んで、エルナに愛想良く答えた。彼女の手際の良さを、ユーリィはついさっき目の当たりにしたばかりだ。

 あっという間に服を脱がされてから、白と黒のメイド服を着させられ、髪を結われ、頭の上に小さな帽子を乗せられ、クツを取り替えてくれと言われて我に返るまでは、ほんの一瞬の出来事だった。

 まるで魔法でも使われたかのような、そんな気分だ。


「どう、気分は?」

「悪い! っていうかさ、こんな使い古された手はすぐにバレると思うよ。ほら、王様が城から抜け出すために使用人の格好をしたって話も有名じゃん」

「『カンティバ王物語』ね。でも変装した使用人は男だったはずよ」

「だからなに? だからなに? だからなに?」


 つい声を荒げて同じことを三回繰り返すと、エルナは本当に泣きそうな表情になった。


「やっぱり嫌よね……。ごめんなさい、私が浅はかだったみたい。これなら絶対だって思い過ぎちゃって、でも貴方の気持ちを考えずに……」

「いや、外に出たいのは本当だよ。毎日大勢につけ回されて、水を飲め、マントを取れと命令されて、本当にウンザリしてるし」

「でも止めましょう。だれかが来る前に早く元の姿に。他に方法があるはずだから」

「うーん」


 もうなんだかんだ言っても着替えたあとだし、なんか行けるような気がするし、明日からしばらく午前も午後も会議が続くし、善は急げって言うし……。


「分かった、やるよ。だれかに気づかれなければいいんだから。気づかれてもジョルバンニが適当に誤魔化してくれるさ。バレたらバレたで、あの眼鏡がどんな言い訳を考えるのかって思うと、それも面白いかもしれない」


 こうなったら開き直るしかない、開き直るしか。


「でも、どうやって外に?」

「もちろん貴方が私の侍女のフリをして、後からついてくるだけよ。幸い、彼女とは髪色も体型も似ているから、うつむいていれば見つかることはないと思う。だれも他家の侍女なんてじろじろ見ないんじゃないかしら」

「外にはコレットがいるだろ? あの女は本職が本職だけにめざといと思うけど」

「彼女なら居ないと思うわ。さっきちょっとした罠を仕掛けたから」


 にっこりと微笑むエルナを見て、女って怖いなと、いつか思った陳腐な感想がユーリィの中で浮かんでは消えた。

 罠がなんだったのか、エルナは教えてくれるだろうか?

 それを聞きたくもあり、そして聞きたくもなかった。


ほぼ連投になりました。本当は一話だったのを「8000文字越えてるぅぅ」と叫んで、二つにぶった切ったという……orz

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