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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第一章 地吹雪
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第9話 玉座

 ギルドの面々が引き上げたのち、室内にはユーリィとジョルバンニだけが残された。

 午前に始まった会議は、夜を迎えてお開きとなったが、長い時間を費やしたわりには何の成果も得られなかった。

 今日の議題はギルドの再編。街が壊されてしまった今が、それができる最大のチャンスだとユーリィは考えていた。しかしほとんどの者は大きな改革を望まず、のらりくらりと言い訳をして、現行維持を訴えた。

 そもそもギルドは各種の職業組合が集まってできたもので、民衆が選んださまざまな職種の代表を中心に、民衆のための治世を行うはずだった。

 けれど衣服を作るためには麻や綿や羊、ロウソクを作るためには蜜蜂や椰子(やし)、皮や毛皮を使うには牛や羊が必要で、干し肉などの加工食品もまた(しか)り。その原材料を手に入れるためには、農漁業を(にな)う貴族たちと交易する必要があり、諸外国からの輸入もまたイワノフなどの大貴族を通して行われた。

 やがてギルドは貴族とのつながりがある、職種とはまったく関わりのない者たちが上に立ち、さらにその地位は世襲されるようになった。つまりギルド幹部とはある種の貴族のようなものだ。彼らのことを人々は“ギルドの上層部”と呼ぶ。

 今回の事件で物資が滞り、ギルドがほとんど機能しなかったのもそうしたことが影響していた。


 ユーリィはギルドを本来の形に戻し、世襲は禁止し、貴族との交渉はギルドが総括して行うことを強く望んでいた。

 けれど自らの地位を捨てようとは思う者は多くはいない。だからこうなることは予想していたが、思った以上に抵抗は激しかった。

 ただ一人、ユーリィの前に座るセグラス・ジョルバンニを除いては……。


「残念な結果となりましたな?」


 相変わらず飄々(ひょうひょう)とした表情で、ジョルバンニは言った。


「想像はしてたから、別に驚いてないよ。でも他の手立てを考えないと……」

「他の手立てとは?」

「そこまでは考えてない」


 口調が荒くなったのは、自分の力のなさを指摘された気分になったからだ。


「もう少し強硬手段に出てもよろしいのでは?」

「必要ならそうする。でもその前に、自分の地位を心配した方がいいんじゃないのか、ジョルバンニ? 今日の会議でお前がどういう考えなのか知られてしまったからね。今頃、奴らは全力で僕とお前を引き下ろす算段をしているはず。でも僕はそれでも別にかまわない。そもそもこんな場所にいること自体、嫌なんだから」

「そうでしょうな」


 彼は真っ黒な窓へと目を向けた。ちなみに今日は“謁見の間”での会議ではない。人数が人数だけにあの小部屋では収まらないので、本来の謁見室を使用した。

 ジョルバンニの後ろには、布の被せられた玉座がある。昔ここが王国だった頃、歴代の王たちが座っていた物だ。

 刃物のような男は、窓からユーリィへと視線を戻した。


「今はラシアールたちが味方であるゆえ、すぐに手は出しては来ないでしょう。それに民衆も貴方を支持している。さらに言えばフォーエンベルガー伯爵も貴方の手中にあると言っても過言ではありません」

「それがどうした?」

「フォーエンベルガー領は、北西の諸外国につながる一番楽なルート。言い換えればソフィニアを侵略から守る(ふた)のようなもの。私の言いたいことはお分かりでしょう?」


 ソフィニアが弱体化している現在、その気になればこの地方を侵略することは可能だと、彼はそう言いたいのだ。


「それから水晶鉱脈ですが、できれば早急にアーリング士爵に任せられるのが良いでしょう。あの場所はまさに宝の山。虎視眈々と狙っている輩は大勢います。もちろんソフィニアのみならず、という意味です」

「だけど今、彼はギルドの連中を警護しているじゃないか」

「物資が届くようになったら、その必要もなくなるでしょう」


 何もかも目の前の男に操られているようで、ユーリィは心底嫌気が差してきた。


「ジョルバンニ。前々から思っていたけど、お前が全部やったらいいんじゃないの? 僕を祭り上げようなんて面倒なことはしなくても。それに僕も(かつ)がれるのは好きじゃない」

「分相応な立ち位置はわきまえているつもりですよ、ライネスク侯爵。私は大勢の前に立つ者ではありません」

「だから僕を操ろうとしてるのか?」

「操るつもりは毛頭ございません」


 刹那、ジョルバンニは立ち上がり、布に覆われた玉座へと行く。その布が力任せに取り除かれると、渇いた音がホコリとともに室内に飛び散った。


「私はこの椅子に、貴方に座っていただきたいのです、侯爵」


 現れ出たのは、嫌悪感すら覚える黄金に輝く大きな椅子。私欲のためだけに政治を行っていた者が座っていた場所だ。

 それなのに、この策士は座れと言う。


「ふざけるな」

「ギルドの統治など夢の夢ですよ。大勢が上に立てば、必ず(はし)は腐ってくる。支配する者は多くはいらないのです。その支配者が腐ることがなければ」

「僕はそんなこと望んでない!」


 強く強く否定した。

 だれかが支配する世の中など良いはずはない。気軽に名前を呼び合える世界、それだけが欲しいのに……。

 まるでその内面を察したかのように、ジョルバンニはふっと口角を緩めた。


「この世界には平等などあり得ません、侯爵。弱者は廃れていくのです。それが人であっても、エルフであっても、植物であっても。手入れをしなければ、花壇はたちまち強い雑草に覆われ、無残なものになる。どうしても花を守りたいと思うのでしたら、だれかが手入れをし続けるしかないのです」

「それは……」


 すぐには反論する言葉が見つからない。それでも言い返したくて思いを巡らせていたユーリィだったが、この話は終わりとでもいうように相手は話題を変えた。


「明日から貴方に護衛を付けさせていただきます。街が落ち着くまで彼らも手を出さないと放置していましたが、明日からは違います」

「どうせ嫌だと言ってもそうするんだろ? でもグラハンスはそばに置いておくから」

「ええ、結構です。それから明日、必ずやイワノフ公爵とお会いになるように。公爵家のご領地を今日来た面々の好き放題にはされたくはないでしょう?」


 どうしても足かせが外せない。

 以前のように、自分はこの世界を自由に行くことは許されないのだろうか?

 それが自分の運命だというのだろうか?

 ふたりでフェンロンに行くという約束が叶う日が来ない気がして、ユーリィはどうしようもない絶望に打ちひしがれた。




 真夜中近くヴォルフが帰ってきた。ユーリィがうつらうつらし始めた頃だ。

 眠っていると思ったのか、覗き込まれる。薄闇に浮かんだその顔には、いつも以上に疲れがしみ出ていた。女がいるというのはあながち間違ってはいないのかもしれない。こんな時に暢気(のんき)なものだ。

 薄目のまま手を伸ばし、その頬に触れた。


「悪い、起こしちゃったか?」

「で、どこの女?」

「女!?」

「あんまり僕を放っておくと、お前の居場所がどんどん減ってくぞ」

「それは困る」


 そう言って、ヴォルフは濃紺の軍服を素早く脱ぐと、近くにあった椅子に投げた。革ベルトを外して剣も立てかけ、モゾモゾと毛布の中に入ってくる。体に回された手がとても冷たい。


「ここが俺の永遠の居場所」

「今夜の女んとこじゃないの?」


 腹が立つからそっぽを向いた。

 女々しすぎるという自覚はある。それでも言わずにはいられない、特に今日は……。


「おっ、その“旦那の浮気をなじる妻”みたいなセリフ、いいな。感動した」

「なんだよ、それ!?」

「一年前は間違ってもそんなこと言わなかっただろ? それにこんなこともできなかった」


 耳たぶを甘噛みされ、さらに首筋を吸い付かれる。

 (ひじ)で小突いて突き放したが、内心ちょっと嬉しかった。


「で、女じゃないなら、どこに行ってきた?」

「今、一年前の話をしたろ? つまりあれからもうすぐ一年になる」

「あれから?」

「君の誕生日。去年は準備できなかったけど、今年はプレゼントしたくてね」


 意外な言葉に驚いて、ユーリィは背けていた顔を元に戻した。

 すぐ前にヴォルフの右眼がある。薄い光でも分かるほど、黄色い瞳は異彩を放っていた。


「何も手に入らないこんな時期にプレゼント?」

「プレゼントにも色々あるからね」


 彼がそう言った瞬間、黄色の光がさらに輝いた気がした。


「ふぅん、なら楽しみに待ってるよ」


 期待は半分というところ。それにプレゼントなんかより一緒にいる時間の方がずっと嬉しい。もちろんこれ以上図に乗せるつもりはなかったので言わなかった。

 代わりに、今日一日の出来事を話して聞かせた。ギルド連中との話し合いとジョルバンニについてだ。


「なるほど、あいつはそんなことを考えてたのか」

「本心で言ってるのならね。僕はあいつを信用しているわけじゃないから」

「でも確かにギルドの連中にやらせるより、その方がずっといいかもな」


 ユーリィは驚きのあまり跳び上がるように身を起こし、眠たそうな目をした男の顔を睨みつけた。


「何言ってるんだよ!? お前は僕がそうなるのが嫌で、縛り上げたことを忘れたのか? ホントにお前はヴォルフか?」

「ああ、あれはヒドかった、というより狂ってた」

「じゃあ、今は?」

「今は、君の最強の守護神は俺だって分かってるからね」


 突然、物わかりの良い大人になったようなヴォルフに腹が立つ。それとも本当に人が違ってしまったのだろうか?


「それに、俺が君を独り占めしたいと思ってしまったのは、君が座るべき椅子がどこにあるかを薄々気づいてたからなんだよ」

「私欲と自惚れと虚飾に染まったあんな椅子に、僕が相応(ふさわ)しいってことか?」

「君が座る椅子はどんなものでも高貴になるってことだよ、ライネスク侯爵」


 ユーリィはフンと鼻で笑った。

 一年前どころか数ヶ月前まで、(いや)しき血だと罵られ、今でもそう思っている奴らが大勢いるというのに、そんなことを信じられるわけがない。


「信じなければ信じないでもいいさ。だけどいずれそうなる」


 何もかも分かっているというような口調でそう言うと、ヴォルフはその黄色い瞳をゆっくりと閉じた。


今後の予定ですが、更新は3~6日に一度になると思います。

書き溜めてはいますが、前に戻っての改稿および修正を繰り返しているので、どうしても小出しになっています。今後ともよろしくお願いします

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