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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第四章 蜃気楼
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第85話 邪気、秘めし

『しかし女という生き物に知性などいらないのだよ、きみ。必要なのは微笑みだけだ。それ以外を求めれば、たいていは男が負けてしまうからね』

         ――戯曲『ロロット子爵夫人』第三幕 ハルツァー男爵台詞より




 ソフィニア ――別名“白い街”。

 晩春の日差しを浴びたこの街が、その呼び名どおり白く輝くのは、ほとんどの建物に漆喰が塗られているためだ。俗に言う”ソフィニア様式“である。

 ただし街の外周だけは石でできた建物が囲み、まるで城壁のようになっている。街に入るには東西南北にそれぞれある大きな鉄門を通るしかなく、敵が襲来した時には門がすべて閉じられる。要塞のようなこの造りは、二百年前までここが王都だった証しだ。

 街の中央にある小高い丘からは街中を見渡せた。王宮時代の王族が住んでいたガーゼ宮殿は、その丘の南側に位置している。

 ソフィニアは今や十万を越え、北のフェンロンと並ぶほどの人数が暮らしている。一年前までは一日二百人以上もの旅人も訪れて、大都市の喧噪があちこちにあったが、今はそれも滅多にない。むろんあの戦いのせいだ。

 だがガーゼ宮殿内はここ数日、妙に活気づいていた。それは各地からやってくる貴族たちを迎え入れる準備のためだった。

 七日後に大きな葬儀が予定されている。弔われる者は二人。一人はイワノフ公爵家長子エディク・アズベルト・クリストフ氏、もう一人はジェルジョ・ライゼル・メチャレフ伯爵で、貴族たちを参列させようと半強制的に呼び寄せているらしい。


 タナトス・ハーンがソフィニアに足を踏み入れてから半月になる。その間学んだのは、ソフィニアとガーゼ宮殿内における人間関係だった。特に侯爵を取り巻く環境は噂とはまるで違っていた。

 イワノフの血を引くとはいえ、所詮彼は庶子、しかもエルフとの混血。どうせ眉目が良い人形を飾って、裏でイワノフ家のだれかが糸を引いているというのが、フォーエンベルガー領においての大方の見解だった。

 それがだれかであるかはいくつかの説があり、最有力候補はメチャレフ伯爵。だが伯爵は次男により殺害されたという事実を、タナトスはソフィニアに到着する直前に知った。

 となるとイワノフ分家筋だろうか。

 しかしガーゼ宮殿にはイワノフの影は一切なかった。噂とは違うそんな状況に疑問を抱いたタナトスに、若い貴族がソフィニアの事情を語ってくれた。もちろん面と向かって説明をされたわけでなく、雑談という形ではあるが。

 それはライネスク侯爵の執務室の隣にある客室で、小さなお茶会が開かれた時だった。

 男の名前はアルベルト・オーライン伯爵という。歳はタナトスと同じ頃か、もしくは少し下だろう。薄茶の髪、空色の瞳、明朗なる声をした彼は、タナトスとは正反対と言ってもいいほどの涼やかな雰囲気があった。

 なぜそのような話に至ったかというと、タナトスはフォーエンベルガー伯爵の従者だと侯爵が言ったことが始まりだった。

 室内には侯爵を含めて六人がいた。

 豪華な装飾の入ったテーブルを囲んでいたのは四人。ライネスク侯爵、オーライン伯爵、リマンスキー子爵令嬢、アシュト・エジルバーグだ。

 グラハンスという謎の男は彼らとは少し離れた場所に座り、タナトス自身は所在なく扉の近くに立っていた。


 フォーエンベルガーの名前を聞いて、まずエジルバーグが反応した。


「あの城ではちょっとした騒動になりましてね……」


 お茶のカップをすすりつつ、彼はフォーエンベルガー城での騒動をかいつまんで皆に話して聞かせ、その間、侯爵は渋い顔をしてエジルバーグを睨みつけていた。余計なことを喋るなと言いたかったのだろう。特に酩酊した件はよほど恥ずかしかったのか、顔を赤くしていた。

 伯爵も子爵令嬢もそんな彼を見て、微笑みを浮かべる。「ユーリィ君らしいわね」と令嬢が言うと、少年はますます顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。


「それにしてもフォーエンベルガーはかなりイワノフに敵愾心を抱いているようでしたぞ」

「イワノフ家など、今やないに等しいですよ」


 侯爵やエジルバーグの前だというのに、オーライン伯爵は平然とそう言ってのけた。


「まあ、それは確かに……」


 エジルバーグは渋い顔を作り、侯爵は小さく肩をすくめた。


「もともとイワノフ家の力は財力のみで、それ以外は幻想ですよ」

「伯爵、それはどういう意味です?」

「ソフィニアはもともと三つの国がひとつになった土地。にもかかわらずたった二年の内戦でギルド国家を創れたのは、マインバーグ提督の力が大きいでしょう」

「どの国も、王族たちの浪費と放漫な政治により重い税を課せられ、領民ばかりか貴族も辟易していたということもあると思いますわ」


 言ったのはエルネスタ・リマンスキー子爵令嬢だった。

 ハニーブラウンの髪をして、琥珀色の瞳としたこの少女のことは、宮殿に入って数日でタナトスの耳に入っていた。まだ十八という若さにもかかわらず、かなり聡明な少女らしい。さらに“ライネスク侯爵の花嫁候補”という噂まであった。

 知性あふれる瞳で少年を見る彼女は、その気がないわけではないと感じ取れる。ただし少年がその視線を正面から受け止めることは一度もなかった。

 淡い紫のドレスは清楚さと上品さがあふれている。髪飾りもたったひとつ、ドレスと同じ色の石が施された小さなものだ。自分の立場をわきまえているのだろう。如才ない女も悪くはないと思いつつ、タナトスは令嬢を眺めていた。

 そんなタナトスの邪気など知るよしもなく、オーライン伯爵は令嬢を見て微笑んだ。


「おっしゃるとおり、王族たちの無思慮と不道徳は、本来は味方であるはずの貴族からも反感を買うほど酷かったらしいですね」

「そういえば、最後の国王ミルバス六世には八人の子どもがその後どうなったか、ご存じですか? 長男と次男は国王、王妃、側近たちとともに処刑。三男と四男はサロイド塔に一生監禁され、長女はトゥルタ皇国、次女はルーベンス皇国にすでに嫁いでいたために難は逃れたものの、残り二人は革命以降行方知れずというのが定説になっています。実は我が家にあった本にそれについて詳しく書いてあったのですよ。二人の子どもはフェンロンに売り飛ばされたようなんです」


 話を混ぜっ返すように、エジルバーグがどうでもいいことを持ち出して口を挟む。それが気に入らなかったのか、侯爵の青い瞳に陰りが浮かんでは消えた。

 別に侯爵に同調したいわけでなかったが、タナトスもエジルバーグのような男は嫌いだった。エジルバーグは貴族の子弟らしく、かなりの暢気者のようだ。場の雰囲気を感じ取るのも苦手らしい。その時も「まあ、そうでしたの……」と反応をしたリマンスキー令嬢に、得意げにマインバーグ提督の逸話を語り出した。

 エジルバーグが一通り語り尽くすまで、令嬢以外は口を閉ざしていた。

 侯爵はちらちらと斜め後ろにいるグラハンスに視線を送る。しかしグラハンスはそれに反応することなく、ぼんやりと部屋にいる者たちを眺めていた。

 やがてエジルバーグが満足した頃、令嬢は隣に座るオーラインへと顔を向けた。


「伯爵、お話の続きをお願いします」

「ええと、どこまで話しましたか?」

「イワノフ家の権力は幻想だということについて、です」

「ああ、そうでした。ギルド革命後はしばらくマインバーグ提督の理想どおりに、ギルドの運営は機能していました。しかし提督が亡くなり、それぞれが自分の権力をもっと大きくしたいと思い始めた頃、いち早くそれを手中に収めたのがエルセイ・イワノフです。彼はギルド内における貿易担当だったため、諸外国との繋がりを深めることによりその力を確固たるものにしました」

「政略結婚とか暗殺とか詐取とか、あらゆる手段を使って領地を広げたしね」と侯爵。

「フォーエンベルガー家の失墜も影響しているのでしょうな」とエジルバーグ。


 すかさず令嬢が気遣うような視線をタナトスに投げかける。気遣われる筋合いはないとは思ったものの、タナトスは軽く頭を下げた。


「お前でも、しおらしい反応ができるんだね、ハーン」

「相手にもよります」


 それに対し、侯爵は目を細めただけでなにも返さなかった。

 室内に漂った剣呑な雰囲気を、オーライン伯爵が咳払いをすることで払拭し、さらに先を続けた。


「イワノフ家は様々な力を手に入れながら、他の貴族を抑えるためにギルド貴族という立場だけは崩しませんでした。しかしそのせいでギルドと貴族の関係が複雑化し、イワノフそのものもギルドに縛られる形になったのです。さらに先の戦いでククリはイワノフの分家、もしくは繋がりが強い者を重点的に攻撃しているため、ギルドに刃向かえるだけの力のある貴族はほぼいないといった現状です」

「その上、ジョルバンニさんがギルド内の旧派閥を一掃しましたしね」

「で、結局なにが言いたいんだ、アルベルト」


 侯爵の強気な態度はだれに対してもらしい。この時もやや顎を上げ、オーライン伯爵を睨みつけた。

 しかし睨まれた方は慣れているのか、平然とした表情で微笑みを返す。どうやら伯爵は一筋縄ではいかない人物らしいとタナトスは感じ取った。


「今回の葬儀について、少しばかり疑問を感じているのです」

「疑問?」

「今述べたように、イワノフ家の威厳などすでに過去の話であり、それよりなにより貴方がイワノフ家を背負おうなどと気負っているようにも感じられません。なのになぜ、メチャレフ伯爵とエディク氏の葬儀に、貴族らを呼び寄せているのか」

「ああ……」


 ライネスク侯爵はしばし目を細め、なにかを考えている様子であった。

 みなの注目が集まる中、彼はひとりひとりを意味深に見返した。

 やがて__


「建国について、正式に流布する予定だ」

「おお、いよいよですな!」


 なにが楽しいのか、エジルバークは目を輝かせて真っ先に言った。しかし伯爵と令嬢は眉を顰めて、懸念するような表情を作った。


「大勢を呼び寄せる必要、ありますの……?」

「私もそれは思います。ククリの残党がどう出るか分からない以上、彼らに攻撃対象を作らせるのはどうなのでしょう」

「メチャレフ領での件で、奴らがランガーの群れを狙ったことは分かっている。ランガーはガサリナ山脈に多く生息しているからね、ラシアールに監視に行かせている」

「ランガーだけではなく、シャルファイドの森にも魔物は生息していますよ」

「あそこには群れを作っている魔物はほとんどいないから」

「ですが、一体でも使い魔として捕獲されれば……」

「そこまで心配していたら、交易も輸送もできやしない。近々ハンターギルドを復活させる予定なので、野盗程度のことならハンターたちを雇えばいい」


 しかし二人はまだ、侯爵の説明に納得がいかないという顔をしていた。特に令嬢は最初の穏やかな様子とは打って変わり、厳しい目つきで侯爵をじっと見る。


「でも、今回は間に合わないのでしょう?」

「貴族を襲うことがあっても脅しに過ぎないよ。万が一、小貴族がひとりふたりやられたところで、体制に変わりはない」

「そのひとりふたりにも、奥方やお子様がいらっしゃると思いますわ」

「その妻子のために僕が働けと? それに不幸はいつでもだれにでもやってくるんだ」


 言い放った少年の顔にはなんの表情も浮かんではいなかった。

 瞳が、氷のように冷たい色を放つ。

 少女のような可憐な顔が一瞬にして、無慈悲な少年のそれへと変貌した。


「エルネスタさん、侯爵のおっしゃるとおり杞憂に過ぎないかもしれませんぞ」


 エジルバーグに(なだ)められ、リマンスキー子爵令嬢は少しだけ肩の力を抜いた。


「失礼しました、侯爵。少し言い過ぎました。つい自分のことと重ねてしまって……」

「いいよ、別に」


 言いながらも、侯爵は令嬢へと視線を戻さなかった。

 本来なら辛辣な印象を受ける様子だというのに、どこか内なるものとのバランスの悪さをタナトスは感じていた。


「そういえばククリ族の捕虜はどうなされるおつもりですか?」


 令嬢より先に気を取り直したらしいオーライン伯爵が、爽やかな笑みを浮かべて、爽やかざる質問をライネスク侯爵へと投げかける。尋ねて欲しくはないということは、伯爵を睥睨した彼の視線が物語っていた。

 なかなか面白い連中だとタナトスは、内心ほくそ笑んだ。

 残りの人生、どちらに転んでもつまらないだろうと思っていただけに、しばらくは楽しめそうだ。少なくても、針のむしろに座っているようなフォーエンベルガーよりはずっとマシだった。


「捕虜は……」


 少年はわずかに言い淀む。

 だがすぐに言うと決意したようだった。


「捕虜は、男は全員奴隷として鉱山で働かせ、逆らう者は処刑する。女子どもについてはフェンロンに売却する予定だ」

「売却!? つまり人身売買をするってことですの?」

「人ではない、エルフだ」

「同じことよ。フェンロンに売られたエルフがどうなるか、貴方はご存じないのですか? 女は売春婦として、男は足枷を付けられ魔法の道具として死ぬまで使われるのよ」

「知ってるさ」

「だったらなぜ、そんな酷いことをしようと思ったのです!?」

「酷い? 酷いのはどっちだ。奴らがなにをしたのか君だって覚えているはずだ、エルナ」

「少なくても、女子どもには罪はないわ」

「先の戦いの首謀者がだれか知っているんだろ? その女と子どもだ。もうこれは決定事項だから。アーリング士爵、ジョルバンニ、それからラシアールのシュランプ老人と散々話し合った。ソフィニアにククリを飼うだけの余裕はないし、彼らがずっと従順でいるという保証はないから。危険分子は早いうちに処理するしかないんだよ」

「そうですか……」


 リマンスキー子爵令嬢の顔にあるのは怒りではなく憂い。大きな瞳に哀しみを湛え、彼女はライネスク侯爵を見つめていた。


「国を作るということは大変なのは分かります。時には非情にならなければならないことも。でも貴方は貴方らしくあるべきだと思うわ、ユーリィ君」


 しかし侯爵は返事もせず、おもむろに立ち上がった。

 居たたまれなさを感じたのか、それとも反感を抱いたのかは定かではない。表情はますます硬く、ますます冷たくなるばかりだった。


「仕事が残っているので、僕はこれで失礼する。ヴォルフ、来い」


 始終無言だった男も、名前を呼ばれて立ち上がった。

 茶番劇はこれにて終了したらしい。しかし今夜、酒の肴に思い出し楽しむのもまた一興。しかも、しばらくこんな劇が続くのかと思い、タナトスはワクワクとした気分になった。

 だがそんな気分に水を差すように、扉で立ち止まった侯爵はふと振り返り、さもつまらなそうにタナトスへと話しかけた。


「そういえば伝え忘れていた、タナトス・ハーン。リカルドにお前の近況を報告しておいた。ついでに“クソガキ”と言われたともね」

「ああ、そうですか。それで?」

「リカルドからの返事には、追い出したければ僕の好きにすればいいと書いてあった。ただしフォーエンベルガー領には戻らなくても良いそうだ。厄介払いをしたいともね」

「なるほど……」

「お前には色々と裏がありそうだね」


 余計なことを書きやがって……。

 むろん言葉には出さなかったが、タナトスは心の中で舌打ちをした。


「どうなさるおつもりですか? 追い出しますか?」

「しばらくは飼ってやるさ。お前の泣きっ面をぜひ見たいからね」

「そのご期待には添えないとは思いますが、承知いたしました」


 従者らしく、タナトスは胸に手を添えて、深々と頭を下げたのだった。


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