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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第三章 朧月
82/208

第82話 消え去りし時

 やはりと言うべきか、羽蟻の大群は林の中に戻るとそのまま出てこなくなってしまった。蔓が絡む林は、数千の虫の巣と化してしまったというわけだ。

 弱点を知られているというのは厄介だとユーリィは思った。あれは幻で、攻撃をするわけでもないと頭で分かっていても、あの数を前にして咄嗟に逃げてしまうほど生理的に受けつけない。ロジュには幼い頃から守護されていたので、どれほど虫が苦手かということも知られていた。


「いったいどうするおつもりか?」


 釈然としないという表情で、立ち上がったハーンは顔についた水を乱暴に拭う。もう一方の手にある剣を下ろしたままで、命令に従おうという様子はなかった。


「早くしろ、時間が……」


 言葉の半分を雷に邪魔されて、ユーリィは顔をしかめた。

 木が裂ける音はかなり近い。雷の間隔はほとんどなく、空は光りっぱなしだ。今ならまだ可能性はある。


「なぜお逃げになったのです? あれはただの影で、攻撃力もありませんでしたが?」

「いいから早く剣を構えろよ、時間がないって言ってるだろ」

「誤魔化しやがった……」


 ハーンの呟きを無視し、ユーリィは彼の握る剣を指さして催促した。


「分かりましたよ。で、なにと戦えばいいんですかね?」

「剣を上に放り投げろ」

「は?」

「なるべく高く。剣が惜しいとか言うなよ」


 チッと舌打ちをしたハーンに、この男は内心を隠すことを止めたらしいとユーリィは思った。それならそれで構わない。むしろこちらの思惑通りだ。

 絶え間なく稲妻が光る中、ハーンは両手で剣の柄をつかむと切っ先を下に向けて、もう一度ユーリィに尋ねた。


「高くって、どちらの方向に?」

「なにをしようとしてるか、もう分かってるんだろ」

「……了解です」


 ユーリィも短剣を握り直し、レネに話しかける。


「レネ、頼む。剣をなるべく高く、林の真上に上げてくれ」


 分かったというように小さな風が落ちてくる雨粒を横に流した。

 ハーンは剣の柄を握った手を真っ直ぐ前に伸ばし、離れろというように目でユーリィに合図をした。ユーリィが数歩下がるのを見て、彼はその場で回り始めた。初めはゆっくり、やがて徐々に速くなっていく。

 雨が彼の周りで四散する。ビュンビュンという音が強くなった頃、ハーンは剣を持つ両手を振り上げる。それが頂点に達した時、彼の手から剣が林の上部に向かって飛んでいった。


「レネ!」


 ユーリィは飛んでいく剣へ向けて、短剣を大きく振る。途端、黄色い光とともに雨を切り裂くような風が発射された。

 上昇を続けていた剣が空中で一瞬止まったその時、風が強く押し上げる。その周りを黄色い光がグルグルと回っている。


「よし!!」


 ユーリィが叫んだのと、稲妻がハーンの剣に直撃したのはほぼ同時だった。

 天から下りてきた稲妻を受け、銀色の刀身が黄金に輝く。レネが弾け飛ばないように風で押さえているのが下からでも確認できた。

 直後、剣は黄金色の光の糸を引きながら林へと落ちていく。やがて木の中へ入ると同時に、空からさらに五本の稲妻が落ちてきた。

 林の中に、太陽が現れたかのように光り輝く。その瞬間、耳をつんざくような激しい音が響き、それに驚きユーリィは数歩下がってしまった。

 想像以上の衝撃だ。さっきまで林の縁にまでいた幻虫までもが、一瞬で弾け散るほどに。

 ほどなく稲光が天に帰った時、ハーンにぽつりと呟いた。


「あのエルフが無事だといいですけどね」

「直撃を喰らってなければ、死ぬことはないさ」


 ちらりと後ろにいるフェンリルを確認する。

 狼魔は周りの状況など理解できる状態ではなかった。ただ苦しそうに口を大きく開けて、内にあるモノを吐き出そうと喘いでいる。それがヴォルフなのだと思うと胸が苦しくなる。だからハーンが動くより先に、ユーリィは林の中へと走り出した。


 林の中を走ることしばし、あっという間に出口に到着した。前方にはブルーを引っ張ってエントランスの短い怪談を上がっているロジュの姿がある。


「待て、ロジュ!!」


 ついうっかり叫んでしまうと、赤目のエルフはブルーを階段の下へと突き飛ばして、自分は胴扉の前まで駆け上がった。


(ダメだ、間に合わない)


 それでもなんとかしたくて、倒れたブルーを避けて階段を上がる。しかし間に合うはずもなく、黒いローブは扉の隙間に吸い込まれるように入っていき、ユーリィが到達した時には扉は完全に閉じられてしまった。


「くそっ!」


 急いでレバー型のノブを下げて、力一杯押してみたが扉はぴくりとも動かなかった。さらに扉を数回、ロジュの名を叫びながら力任せに叩いてみる。そんなことをしても開けてくれるはずはないと分かってはいたけれど。

 屋敷の中はいったいどうなっているのか。もう彼が現れてしまったのか。気が気でなくて焦りばかりが募る。


「彼は助けなくてもいいんですか?」


 なにも知らないハーンが、厳しい声で背後から声をかけてきた。


「分かってるなら、お前が解けよ」


 苛立ちが声になってユーリィも乱暴に返事をする。ハーンはなにか言いかけたようだが、黙って階段を下りていった。だがさすがに気になって振り返ると、ブルーはまだ呆けたような表情で、水が溜まった地面に転がったままだった。

 そんな彼をハーンは強引にうつぶせにすると、ズボンのポケットからナイフを取り出した。ブルーの両手は拳を作った状態のまま、縄のような物でグルグルに縛られている。おそらく“惑わしの石”がその手のひらに握らされているのだろう。その縄をハーンがナイフで切ろうとし始めるのを確認し、ユーリィはふたたび扉の方を向いた。

 胴の扉を押し破るなんて無理だ。魔法も効くとは思えない。となると__

 その時、あるものが目に飛び込んできた。

 扉から突き出した扉と壁とを繋ぐ両サイドは、細長いステンドグラスが斜めに取り付けられている。その右側の一部が割れていた。


「ここなら、もしかして……」


 しかし割れているのは下の方の一部だけ。しかもステンドグラスにはデザインを構成するための枠があるので、窓ガラスを割って入るようなわけにはいかなかった。

 だがこのステンドグラスはわりと大まかなデザインである。少し上の場所には、丸い形をした薄紫のガラスがはめ込まれていた。当然、枠もその大きさである。あそこを割れば、もしかして華奢な自分なら中には入れるかもしれないとユーリィは思った。

 石でもないかと辺りを見回す。するとエントランスポーチの端に、人の頭大ほどある灰色の物体が落ちていた。

 階段の縁についていた飾りらしい。なにを象っていたのかよく分からない大理石のそれを、ユーリィは両手で持ち上げようと試みた。

 が、ひとつ歳を重ねたからといって、力が急に出てくるわけもない。結局はほんの少し持ち上がっただけだった。


「なにをしておいでで?」


 下の方から聞こえてきたのは、ハーンの冷たい声だ。彼の隣では、まだ呆けているブルーがしきりに手首をさすっている。


「ブルー、早くフェンリルからお前のベタドロを出せ。正気に戻ったんだろ?」

「あっ、はい」


 いつもは軽口を叩くブルーも、今回ばかりシュンとした様子で返事をして、フェンリルがいる方へと小走りに駆けていった。

 雷はさっきのあれを最後にすっかり止んでしまった。雨もずいぶんと小降りになっている。それが良い兆候だとはちっとも思えなかったが。


「それで、なにを?」

「これを持ち上げて、あそこの丸い赤紫のガラスを割れば、僕なら入れそうだろ?」

「なるほど」

「なら、割れ」

「……」

「なぜ黙る?」

「無茶を言うなと目で告げましたが、なにか?」


 今度はユーリィが舌打ちをする番だった。

 けれどハーンが無理だというのも理解した。確かにこの大きさの大理石を、頭の上まで持ち上げるのは魔物でなければ無茶な話だ。


「ブルーが間に合えば、あいつが来るまでに穴を閉じられるかもしれないけど……」

「あいつとは?」


 むろんそれには答えない。今は知られるわけにはいかないのだから。

 とにかく中が気になった。ロジュはなにをしているのだろうと、ユーリィは割れているステンドグラスの隙間から屋敷の内部を覗くことにした。

 中には過去の世界があるのだろうかと緊張で手が震える。

 もし“彼”が居たとしたら……。

 最後に見た少年は魔物と化した醜い姿で、理性の欠片も宿してはいなかった。

 割れた隙間に恐る恐る顔を近づける。しかし薄暗すぎて、初めはなにも見ることができなかった。

 しばし眺めていると徐々に目が慣れてきて、なにかの影がぼんやりと確認できた。ロジュだろうかと目を凝らす。黒いローブではなさそうな薄い色のシャツは、まるで陽炎のようにゆらゆらと揺れていた。


(なんかロジュじゃないみたいだけど……)


 そのまま眺めていると、さらにはっきりとその姿が見えてきた。

 生成色のシャツを着た青年。その腕に抱かれているのは、先ほど逃げた幼児だろうか。


(ラウロ!?)


 彼はユーリィからは見えない方を一心に眺めている。


「ラウロ、おい!」


 ユーリィがそう声をかけると、ラウロの顔は驚いた表情になってキョロキョロと辺りを見回し始めた。


「こっちだ、ステンドグラス」


 この言葉にようやく気づいたのか、彼は見ていた方向を気にしながらゆっくりと扉の方へと近づいてきた。

 やがてそばまできたラウロの姿に、今度はユーリィが驚いた。

 まるで黒い煙でもまとっているかのようだ。ステンドグラスを隔てた向こうに立った時ですら、幻にようにその輪郭がぼやけていた。


「侯爵、ご無事でしたか。良かった」


 子どもを抱いたまま、ラウロは少しかがんで穴から顔を覗かせる。姿と同じように、声までもが箱の中からしているようにくぐもっていた。


「こんなところでなにやってるんだよ、お前」

「それは、ええと、侯爵の助けにならないかと……」


 まだそんなふうに思ってくれるのかと思うと少し嬉しかった。

 だが喜んでばかりはいられない。ロジュをなんとかしなければ、ラウロどころかこの世界が狂ってしまうかもしれないのだ。


「ラウロ、早く扉の鍵を開けろ」

「え、鍵? あっ、かんぬきが通されてますね。ちょっと待ってください」


 ステンドグラスの前からラウロが消え、ほどなく彼の素っ頓狂な声が聞こえてきた。


「えぇぇえ!? なんで!?」

「どうした?」

「な、なんかおかしいです。扉に触れられなくて……」

「触れられない?」


 戻ってきたラウロの声はかなり強ばっている。相変わらず輪郭はぼやけたままだ。


「ラウロ。その穴から手を出してみて、早く」

「え、ええ」


 奥の方を気にしつつ、ラウロは言われたとおり穴の方へと手を伸ばした。

 しかし驚くことに彼の手は、ステンドグラスを境にして、手首から先が消えしまっている。断面は黒い幕で遮断されたかのようだった。


「いったい……」


 屋敷の内部がまるで違う世界にあるかのようだ。試しにユーリィも手を差し入れてみたが、こちらと同じ状態だとラウロの説明で理解した。


「どうなってるのでしょう?」


 不安げな声で尋ねるラウロに、ユーリィは返事に窮してしまった。説明したところでますます不安にさせるだけだ。しかも背後ではハーンが腕を組んでこちらを見上げている。


「ロジュはどこにいる?」


 説明する代わりにユーリィは尋ね返す。するとラウロはチラッと先ほど見ていた方向に目をやった。


「階段の下に」

「そこになにかあるの?」

「なにもないです。ただここにあるすべてがなんだか歪んでいて、階段のあたりが一番凄くて、手すりとか柱とかぐにゃぐにゃに曲がっているみたいな感じで……」

「奴はラウロがいるのは分かっている?」

「たぶん。入ってきた時、俺を見ましたから。でもなにも言わずに今いるところに行って、なにか唱え始めました」

「なにかって?」


 ラウロは少し考えてから、


「魂とか、そんなことを」

「どうしよう……あいつの魂を呼び寄せてるんだ……」

「あっ!!」


 階段の方をずっと気にしていたラウロが、突然大声を出した。


「どうした? なにがあった?」

「なんか……黒い影みたいなのが……」

「影? どんなの? 人の形をしてる?」

「分かりません。でも嫌な感じがします」

「ラウロ、なんとかして扉を開けるんだ! まだダメだって決まったわけじゃないから!」


 ところがラウロは、穴から顔を覗かせると、寂しげな微笑みを浮かべた。


「ダメですよ。今、ステンドグラスや壁に触ろうとしました。でも無理でした。たぶんここは外と違う場所にあるんじゃないかと思います」

「それでも何回もやれば……」

「俺、貴方のことが本当に好きでした」


 突然、そんなことを言い出したラウロに、ユーリィは焦りを感じた。まるで今際(いまわ)の言葉のような穏やかな声だ。


「今はそんなこと言っている場合じゃないだろ!?」

「いいえ、聞いて下さい。友達っておっしゃっていましたけど、でも俺はそんなふうには思えなかった。あの森でお会いした時からずっと、お慕いしていました」

「ラウロ、止めろ!」

「もしも来世でお目にかかれたら、もう一度だけこの腕で抱き締めたい。それ以上はなにも望みません。貴方をほんの少しだけ感じたい、それだけでいい」

「落ち着け、ラウロ。なにか方法があるはずだから」


 しかしラウロはユーリィの言葉を聞き入れる様子もなく、穴から顔を離すと、抱えていた子どもを下ろしつつ、「この子はここに。もしかしたら出られるかもしれないので」と言った。

 けれど、子どもは下ろされた途端、火がついたように泣き始めた。


「やだぁーやだぁぁぁ!! こわいこわいこわいぃぃーー!!」


 なだめるラウロの体に必死にすがりつき、どうにも収まらなかった。

 その泣き声があまりにも悲痛だったせいか、それまで一言も発しなかったハーンがいきなり怒号を上げた。 


「そのガキ、早く黙らせろ!!」


 らしからぬその声に驚き、ユーリィは振り返った。

 階段の下にいる彼は、なぜか両耳を塞ぎ、両目を閉じてひたすら耐えている。顔がやや青ざめているのも気になった。

 だが今はハーンを気にしている場合ではない。なんとしてでもラウロを止めなければと、もう一度ステンドグラスの向こうに話しかけた。


「ラウロ、馬鹿なことは考えるなよ。絶対に僕がそこから出してやるから」

「さっき“人の形か”ってお尋ねになりましたよね? 今、そんなふうに変わってますよ。あれは出しちゃダメなんでしょう?」

「そうだけど、でもお前がなにかする必要はない。だからさ……」

「やっぱりこの子は連れていきますよ。独りで行くのは寂しいし」


 ラウロは泣いている子どもをふたたび抱き上げると、「しょうがないなぁ、シャミルは。ほら、抱っこしてあげるから」と、優しく話しかけた。


「ラウロ、頼むから聞いてよ。さっき抱き締めたいって言ったよね? ここから出てきたら、二回、いや三回許すから」

「三回なんて抱き締めたら、キスしたくなっちゃうじゃないですか」


 (おど)けるように言ったそれが、ラウロの最後の言葉だった。

 ステンドグラスの向こうにあった気配が消える。


「ラウロ、ちょっと待って!!」


 ユーリィが叫んだその刹那、中からラウロのものらしきわめき声がして、さらに爆発音のようなものが立て続けに二回聞こえてきた。


「おい、ラウロ。返事しろよ! なにがあった!?」

「出てきた黒いのを、押し戻したんですよ」


 後方から聞こえてきたのは、見えたかのようなハーンの説明だった。感情もこもっていない。まるで彼ではないだれかが言ったようでもある。

 そのわけを見極めようと振り返ったユーリィは、そのまま息を飲んだ。

 林の上を青白いものが飛んでくる。復活したフェンリルのだ。

 狼魔の全身を輝かせるあの光は、時の穿孔を閉じる魔法に違いない。ずっとそれを望んでいたけれど、今はタイミングが悪すぎる。

 フェンリルと止めようと、ユーリィは急いでエントランスの短い階段を駆け下りた。狼魔は林と屋敷の間にあるわずかな空間に降りようとしている。


「フェンリル、待て! 中にラウロが……」

 

 着地したフェンリルは、ユーリィに最後まで言わせず、遠吠えのように首を大きく上げて咆哮した。 まとっていた青白い光がフェンリルの体から放たれる。

 

「ああっ!」


 自分の上を越えていった光を追いかけ、首を巡らせた。

 青白い光は屋敷全体を包む。その眩しさに目を細めずにはいられなかった。

 光の内部にある屋敷が徐々に薄らいでいる気がするのはそのせいなのか。

 次の瞬間、光が八方に弾け飛んだ。

 青白い光の粒が、煌めきながら辺りに降り注ぐ。

 なにが起こったのか頭が理解する前に、意識が混乱し始めた。

 残像がまだ目の奥にあるというのに、実際に見ているものはそれとは全く違う。

 真横にいるハーンがあんぐりと口を開けているのが目の端に入る。ユーリィ自身もまた口を開けて呆けてしまうほど、信じられない光景たった。

 

 屋敷があったはずの場所にはなにもない。建物もエントランスの階段も、なにもかも一瞬で消えてしまったのだ。すべてが幻であったかのように、虚無だけが残されている。だが間違いなくそこに屋敷があったことは、乾いた土が証明していた。


「ラウロ……」


 あまりのことに放心していたユーリィに、駆けてきたブルーがさらなる衝撃を加えた。


「侯爵! 町の上空に魔物が数体現れて、火を放ってます! ククリの仕業ですよ!」


 大変なことになったということは理解した。しかしなにをすべきなのか、すぐには思いつかなかった。

 そんなユーリィを我に返したのは、フェンリルでもなくブルーでもなく、ましてハーンでもなく、薄日が差し始めた雲間から羽を広げて舞い降りてきたフクロウだった。


『やはり間に合わなんだか』


 フクロウの後ろでは黄色い小さな光が飛び回っている。それがレネであるとユーリィが気づいたのは、持っていた短剣の宝石へと吸い込まれるように入った時だった。


「リュット……、あの……」


 レネに礼を言うことすら忘れ、ユーリィは張り出した木の枝に止まったフクロウを見上げて言った。


『言わんでもいい。事情はそなたの精霊から聞いたのでのぉ。わしも時が開かれるのを感じて急いできてみたのじゃが、雷に阻まれてどうにも近づけなかった』

「屋敷の中にラウロが……友だちがいて、一緒に消えたんだ。でもリュットなら、どうしたらいいか知っているんだろ? 分かるんだろ!?」


 早くそ“知っている”と言って欲しかった。

 少しぐらい大変でも、リュットができると言ったのならやろうと思っていた。

 本当に思っていた。

 けれど__


『まだやることがあるのではないのか? 西の大地が真っ赤に燃えておるぞ』


 視線を感じた。

 ふと前方を見れば、色違いの双眸がこちらを見つめている。彼がなにを思っているのか、ユーリィには痛いほど分かった。

 


「お前のせいじゃないよ、ヴォルフ」


 そうだ。

 救うべきはラウロだけではない。一人を助けるための生き方は、もうとっくの昔に捨てたのだから。


「行こう、ヴォルフ。僕にはまだ救わなくちゃいけない者たちがいるから」


 ユーリィはそう言って、愛する狼魔の方へと歩み寄った。


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