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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第三章 朧月
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第74話 守護者たち

「どう考えても、やっぱり侯爵ご自身が乗り込むのはどうかと思うんっすよ、俺としては」


 ユーリィの斜め後ろを歩くブルーが、また同じ文句を口にした。


「決着をつけたいって言われたのは僕。何度も言わせるなよ」


 辟易としてそれに答える。しかしブルーはまだ食い下がった。


「従う必要、あります? 兵を使えばいいじゃないですか。貴方が命令すれば、百人いやそれ以上の兵士をここに送り込むことは可能ですよ」

「行きたくないなら、アシュトと一緒に教会で待ってても良いんだぜ、ブルー」

「そういう意味じゃないですよ!」


 珍しくイライラとした声を発したブルーは素早くユーリィの前まで来ると、行く手を遮るようにして立ち止まった。


「って、なんで怒ってる?」

「怒ってません、心配しているんです」


 歩いているのはサンウィングの町外れにある小道だ。周りには民家などほとんどない。

 そもそもサンウィングは、ソフィニアやフラン=ドリエのように、建物が密集した場所があまりない町らしい。ラウロの説明によると、もともとは商人が売れ残った在庫をさばくために、城下町フラン=ドリエから近いこの地で市を開いたのが始まりだという。

 住人の半数は行商を生業として、年の三分の一は留守らしい。残りの半分は小麦農家だが、町の中心部には居を構えていないとのこと。

 つまり町とは名ばかりで、集落と言っても過言ではなさそうだ。

 孤児院のある教会も、中心部からかなり離れた丘の上に建っていて、おかげで人目を避けて到着できた。そして目的の屋敷は町の反対側にあるというので、こうして迂回路を通って行こうとているわけだ。

 馬車は当然置いてきた。なにかあった場合、じいさんも馬も足手まといにしかならない。そればかりか、ユーリィにしてみればフェンリルさえいれば、タナトスにもブルーにも護衛してもらう必要はないと思っていた。

 独りでも決着はつけられる。

 一応言ってみると、ブルーには行くことそのものも反対だと、こうして何度も訴えられていた。


「町にはなるべく被害が出ないようにするさ。兵を連れて来なかったのは、その為でもあるんだし。戦闘になったら、フラン=ドリエみたいなことになるのが心配なんだろ?」

「そういうことじゃないんですよ」

「先に避難させろってこと? でもまだ戦いになるとは限らない」

「ククリが関係してるなら、遅かれ早かれなんか起こるんじゃないっすかね」

「それは……」


 困る。

 と言おうとして、隣にいるタナトス・ハーンの視線に気がついた。

 冷酷な支配者はきっと困ったりしないだろう。こういう場合は__


「それは仕方がない」


 かなり非情な返事だとユーリィは満足した。

 しかし__


「でも心配してるのはそこじゃなくて、侯爵ご自身のことですよ?」

「えっ、僕!? なんで?」

「当たり前じゃないですか。なんで俺らが護衛しているのか、分かってます?」

「弱そうだから?」

「そうじゃなくて!」


 イライラとした様子でブルーが黒い髪を掻きむしる。ユーリィとしては、そこまで彼が苛立っている理由が分からなかった。


「言っておくけど、フェンリルもいるし、僕は大丈夫だから。自分のことは自分で守れる」

「今まではそうだったかもしれませんけどね。この数日で何回襲われたか覚えてます? 四回ですよ、四回。最初の時は危うく刺されるところだったじゃないですか。もしハーンさんがいなかったら、今頃どうなっていたことか……」

「あれは確かにちょっと無茶だった。ヴォ……フェンリルにも怒られたし。でもハーンがそばまで来ていたのは見えてたよ。もちろん守ってもらえるか微妙だったけどね、信用なんてしてないし」


 ユーリィにしてみれば、毒を含んだこういう言葉は得意中の得意だ。以前も相手をイラッとさせたり、怒らせたりしたことが多々あった。その時は意識して言ったわけではなかったが、最近はなるべく控えるように努力していた。今は自制せずに言いたい放題言えばいいのだから楽ちんだ。

 しかしハーンは、期待していたような表情の変化を見せず、その濃い眉毛をわずかに動かして、「侯爵の護衛は、フォーエンベルガー伯爵のご命令ですので」とだけ言った。


「とにかく僕は見た目ほど弱くないし、反撃もできる」


 ユーリィは腰にある短剣をそっと触れた。レネがいる時なら、そう易々とはやられない自信はあった。

 その時ふと、案内役で連れてきたラウロが目に入る。彼はぎこちなく手にしたランタンを持ち替えつつ、臆した表情を隠すようにうつむいてしまった。あの夜のことを思い出したのだろう。


「弱いとか弱くないとか、そういうことを言っているんじゃないですよ?」

「じゃ、なに?」

「あーもういいです!」


 投げやりなセリフを吐き出して、ブルーは先に歩き出した。

 ブルーが言わんとしていることは、ユーリィにだって分かっていた。主人を守るための忠義的なにか、もしくは責務的なにかの理由によって護衛をしていると言いたいわけだ。それはつまり自由が奪われるという意味で、ソフィニアに戻れば二度と気ままな旅はできなくなるだろう。むろんジョルバンニが本気で皇帝などにしたがっているのならばだが。

 だからこそ、幽閉される運命を受け入れるため、アシュトの誘いに乗っかって最後の旅をしようと思ったのだから。

 だけど、もしヴォルフが人間の姿に戻っていてくれたなら、二人で逃げただろうか?


(たぶん、しなかっただろうな……)


 離れた場所でこちらの様子を窺っているフェンリルを見やる。

 辺りは小麦畑ばかりだから、遮るものはなにもない。月明かりが魔獣の輪郭をくっきりと映し出し、様々な不安を払拭してくれた。

 ふと視線を感じて横を向くと、タナトス・ハーンが意味ありげな目でこちらを見ている。怒りが含まれていないその視線は残念ではあるが、ユーリィはなぜか安堵のような感情も抱いていた。




 蒼い月光を浴びるその屋敷は、町の中心部から離れた場所にあった。苔に覆い尽くされた石造りの外壁は、建てられてから優に百年以上は経っていることが窺える。アシュトの話だとメチャレフ領内にはそうした屋敷が十数棟あるらしい。すべて何代か前の当主が道楽で建てた別荘とのこと。

“調べなければ正確な数すら分かりませんが、管理する意味もないので放置してますよ”

 調度品などはすべて撤去してあるので、中身のない古箱と同じなのだと彼は言った。

 百年以上前の貴族屋敷は、敷地の周りに森を作り、敵の侵入を防ぐ造りになっている。この屋敷の周りにも森があった形跡はあった。しかし木々はずいぶん伐採されていて、林と言うのもためらうほどしか残っていない。


「ククリの仕業かな?」


 ユーリィが呟くと、住人らが切り倒して、薪に使ったり売ったりしてしまったのだとラウロが説明をした。その表情があまりにも恐々としているので、教会でも使ったのかと尋ねると、神父は黙っていて欲しいと懇願された。


「木を倒すことぐらいどうってことないだろ、人ならともかく」

「あ、あの……」


 うつむくラウロを見て、彼が別の意味に受け取ったのだと感づき、ユーリィは慌てて「他意はないから」と付け足した。


「でも、なにに使ったんだ?」


 なにも知らないブルーが暢気な声で口を挟む。


「物資不足で薪もロウソクも高くてとても手に入らない上に、今年の冬は特に寒くて……。だから赤ん坊や小さい子たちがみな凍えかけたみたいで、そしたら町の人からここの木を使えばいいって教えてもらったそうなんです」

「なんだ、切ったのは君じゃないのか。そういえば帰ってきたのはつい最近だったね」

「あっ、えっと……切ったのは孤児院にいる奴らで……」

「アシュトが気にしなければ別にかまわないと思うけどね。なんだったら、僕から頼んでアシュトに口添えしてもらう?」

「それはどうかと……」


 返事には乗り気ではないという調子が含まれていた。


「ま、いいや、僕には関係ないし」


 そう言って、ユーリィは大きな鉄門の前へと歩み寄った。

 細工が施された黒い柵は、かつてはさぞ豪壮だっただろう。しかし赤錆だらけの今は、廃れた気配を助長させるだけの代物である。その柵の間から覗き見ると、庭だろう場所には、(つる)に絡まれた木々が混沌と生え、屋敷の一階部分を隠していた。

 木々の上には屋敷の窓がいくつか見える。しかし明かりは一切なく、割れたガラスが月に怪しく光るだけ。とてもだれかが居るとは思えない荒れ様だった。

 何気なく鉄柵に手をかけると、耳障りな音を立ててわずかに動く。施錠はされてないようだ。さらに押そうとしたユーリィを、「お待ちください」とタナトスが止めた。


「なんで?」

「さっきの会話、もう一度最初からします?」


 いつの間にかブルーが横に立ち、ユーリィの手首をつかんで柵から引き離した。


「分かったよ。だったら先にハーンが行け」

「御意」


 ユーリィとブルーが一歩下がり、タナトスが前に出る。剣を抜いた彼は、軋む鉄門をゆっくりと押し開き、敷地内へと踏み込んだ。

 そのあとにランタンを持つラウロが続き、さらにユーリィとブルーが中へと入った。

 月光とランタンのおかげかで、足元に不安を感じるほどは暗くない。寒い地方だからか雑草もまばらだ。だが楽しいピクニックではないから、みな息を殺して前へ進んだ。

 途中から、木に絡む(つる)が行方を阻む。と言っても蔓草の類いではなく、葡萄のように幹が太い木本植物だから、(くぐ)るのも(また)ぐのも一苦労だ。

 しかし途中からは枝や幹がなくなり、まるで通路のように歩きやすくなった。


「やっぱり、だれか出入りしてるみたいだ……」


 同意を求めたわけではないユーリィの独り言に、背後のブルーが「そうですね」と不安げに反応した。

 しばらく行くと、やがて崩れた石階段とその上にある玄関が見えてきた。正面に銅の扉、両サイドにはステンドグラスがはめ込まれた六角の半分が、建物から突き出している。もしも扉が緑青色に錆びず、ステンドグラスが割れてなければ立派な玄関だろうが、今は廃屋の雰囲気しかなかった。

 扉についているノッカーも同じ銅製で、角のある獅子に似た魔物がたたき金を咥えている形をしている。そのたたき金を、先に登ったタナトスが右手でつかんで振り返った。

 それを見て、ユーリィは小さく頷いた。ここまで来て今さら引き返せない。万が一出てきた相手があの男でなくても、むしろだれも現れなかったとしても、それはそれでかまわなかった。もちろん多少の肩すかしは否めないけれど。

 しばらく待って、だれもいないらしいと思い始めた頃、足音らしき気配が割れたステンドグラスから聞こえてきた。

 ハーンが剣先を少しあげて身構える。ブルーの体からも魔力らしき微動が放出し始めた。

 ユーリィはそんなふたりを見守りつつ、短剣を握ろうか迷っていた。

 その決意がつかぬうちに、軋みをあげて銅製の扉がゆっくり内へと開く。

 やがて、半分ほど開かれた闇に立っていたは、ローブらしきものを纏った人物だった。


「お待ちしておりました、ユーリィ様」


 その声は紛れもなくあの男。

 かつてユーリィの護衛をしていたロジュという名のエルフ。彼はククリ族であり、あの惨禍を起こした少年の父親でもあった。


 その時だ。

 背後から木や幹が折られるような凄まじい音が聞こえてきた。驚いて振り返ると、木々の間にある闇を、真っ赤な炎が舐めている。


「侯爵、逃げましょう!」


 慌てた声でブルーが叫ぶ。

 しかし__

 玄関下に現れ出たのは敵ではなく、火の粉をまとった狼魔であった。全身の毛を逆立て、低いうなり声をあげ、その怒りを露わにしている。


「フェンリル、よせ!」


 勢いのままロジュに飛びかからんばかりの守護獣を、ユーリィは慌てて制した。


「僕を呼んだのは、戦おうってわけじゃないんだろ、ロジュ?」

「それは貴方次第です、ユーリィ様」


 そう言ってフードの奥にある口元が意味深に微笑むのを、ユーリィは剣呑な面持ちで眺めたのだった。


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