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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第二章 冬霞
54/208

第54話 罰か?復讐か?

 メチャレフの兵士たちが完全に抵抗を止めたのは、陸動部隊が到着した頃だった。辺りはすっかり薄暗くなり、町にできた爪痕を隠そうとしてか、雪がチラチラと降り始めている。逃げ出した民衆があちこちに佇んで、雪空を呆然と眺めていた。

 町の周囲を、味方の魔物たちが取り囲む。城の上空も、一度は逃飛した仲間が制圧している。もう彼らに勝ち目はなかった。

 ユーリィはラシアールらを引き連れて、丘の上にあるメチャレフ城までやってきていた。城門は閉じられていたが、ブルーが「開けろ」と大声で叫ぶと、しばらく経って鉄製の門は軋りながら開かれる。門兵たちが一目散に庭を駆けていく後ろ姿が遠くに見えた。

 フェンリルに乗って城門をくぐり、広くもない庭の中央までくると、ユーリィは石レンガでできた建物を見上げた。いくつかの窓には明かりが灯っていたが、人がいるような気配がいっさい感じられない。あれだけいた兵士たちはどこへ行ったというのか。まさか地下道でもあって逃げ出したのかと思っていると、エントランス上にある正面玄関の大きな扉がゆっくりと開かれた。

 現れた人陰は十人前後。輪郭しか見えないが、その中にメチャレフ伯爵がいるようには思えなかった。


「ブルー、警戒しろ」


 隣にいるはずのエルフにそう声をかける。微かな返事が暗がりにした。

 狭いエントランス階段を下りてくる者たちはまるで息をひそめているかのように、ひと言も発しない。金属がこすれる音が不気味に、静かな城内に響き渡った。

 やがて細雪が舞う中に、鎧を身につけた兵士たちが薄明かりに現れる。全員兜は脱いでいて、疲れ切った表情で少し離れた場所で立ち止まった。


「そこにいらっしゃるのは、ライネスク侯爵とお見受けしますが?」


 先頭に立つ男が大声で言った。


「そうだよ」

「我らをどうするおつもりだ?」

「どうするとは?」


 攻撃を最初にしかけてきたのはお前らだろうと言いたかったが、こういう場合は語らせるに限るとユーリィはあえて言わなかった。


「メチャレフ領地を乗っ取るおつもりか」

「そう思う根拠は?」

「魔物を引き連れてこられたのが、その証拠であろう」

「僕はメチャレフ伯爵を助けに来た。お前らが反乱を起こしたらしいという情報が入ったからね」

「我らは反乱など起こしてはおらぬ!」


 強く断言しているものの、男の声はわずかに震えていた。


「ならばメチャレフ伯爵をここにお呼びしろ」

「それは……」

「ミーシャ氏でもかまわない。とにかくこの城の状況を説明してもらう。それともお前が、ミーシャ・メチャレフなのか?」

「違う」

「では早く……」

「ここにいるぞ!」


 か細い声が兵士たちの後方から聞こえてきた。それと同時に甲冑の壁が割れ、小柄な人陰が進み出てくる。空を覆う雪雲が影を作り、顔までは見えなかった。


「明かりを点けろ」


 ユーリィの命令に、周りにいたラシアールが陶製のオイルランプに火を点ける。途端、ちらつく雪が黄色に染まり始めた。

 ユーリィはフェンリルから降り立った。心配してか狼魔が鼻面で方を擦ってきたが、大丈夫だと小声で言い、腰に戻した剣の柄に手を当てた。


「本当にミーシャ・メチャレフか?」


 まだ顔が見えない相手へ穏やかに尋ねる。

 相手は小さく頷いたようだったが、気づかぬふりをして「答えろ」と命令した。


「ああ、そうだ」

「だったらもっとそばに。別に僕はメチャレフ家と敵対するつもりはないから」

「しかし魔物が……」

「分かった。ならば僕も前に出る。それならいいだろ?」


 そう言って、ユーリィは数十歩前進した。ランプを持っただれか ――たぶんブルーだろう―― が付いて来たようで、光が後ろを付いてくる。相手にしてみればこちらの様子がよく見えていることだろう。

 最初の距離からちょうど中間だと思われる場所に立ち止まり、ユーリィは相手を静かに待った。

 すると無言の圧力を感じたようで、男も数歩前進し、光が届く場所まで近づいてきた。

 浮かんだ顔はどこか見覚えがある気がして、ユーリィは眉を顰めた。

 メチャレフ伯爵の面影があるからだろうか? しかし老人の頑丈そうな体格と大きく違い、彼はあまりにも線が細かった。似ているところと言えば、獅子鼻だけだろう。髪は鳶色をしているが、白髪の老人もそうだったのかは知らなかった。


「で、伯爵はどこにいらっしゃるんだ?」

「父は……」


 言いあぐねるように口を閉ざした男を睨みつける。嫌な予感ばかりが胸を突いて、鼓動が激しくなった。


「父は、なに?」

「父はもう伯爵ではない」

「どういう意味だよ!?」

「伯爵家は私が継いだという意味だ」

「伯爵はそれをお許しになったのか? というよりギルドへの申請が先だぞ」

「ギルドなんて、どうせお前が乗っ取ったんだろう! 私は、俺はお前みたいな汚らしい豚の命令なんか聞くものか」

「な……に……?」


 辛い過去が一瞬で蘇る。

 その声、その顔、その言葉は、その昔、幼い自分を陵辱した連中の中心にいた人物と同じであった。


「お前……あの時の……」


 四つん這いにされ、鞭で打たれた。

 あられもない格好で台に乗せられ、苦痛をともなう仕打ちを受けた。

 死んでしまいたいほどの辱めを受けた。

 その記憶の中に、目の前の男が紛れていた。


「イワノフ家にお前のような下賤な血が混じるなど、許しがたい」

「あの時もお前はそう言ってたな」


 もう聞き飽きたと言いたいほどの(そし)りであり、その言葉そのものに傷がつくほど、もう弱くはなかった。それに自分にはヴォルフもフェンリルも、そしてラシアールたちもいることを知っている。たとえ苦しい過去であっても、痛みなど感じぬ強さは手に入れているはずだと、ユーリィは自分に言い聞かせた。


「それなのに、父は俺を退け、お前を引き立てようと躍起になっていた。そんなことがあってなるものか!!」


 口角から泡を飛ばして、男が叫ぶ。いままで何度も見た狂気がそこにはあった。


「もう一度聞く。メチャレフ伯爵はどうした!?」

「あの年寄りは死んだよ。俺が殺してやった!」


 次の瞬間、自分の中のなにかが吹き出してくるのをユーリィは抑えられなかった。

 短剣を上げ、男めがけて振り下ろす。

 降りてくる雪を風が切り、激しい悲鳴が辺りに響き渡った。

 剣を掲げたまま、ユーリィは真っ赤に染まる雪と、その上に転がる片腕を見つめていた。




 哀しみとも虚しさともつかぬ気持ちで、ユーリィはベッドに横たわるメチャレフ伯爵の遺体を見下ろしていた。固く閉じられた目と口は、もう二度と開くことはない。険しい表情で辛辣な文句を言われることも、言うこともない。そこにあるのは物と化した亡骸だ。死臭が鼻を突く。死後の硬直も解けていて、分厚い手のひらはだらしなく開いていた。


「我々はお止めしたのです、本当です。ライネスク侯爵」


 背後で言い訳がましく言っているのは、先ほど先頭にいた兵士だ。ブルーともうひとりが彼の隣に立ち、それ以上近づいてくるのを防いでくれた。


「止めたってなにを?」


 伯爵の遺体から目を離さず、尋ね返す。聞いたところでなにかが変わるわけではないのにと、心の中で呟いた。


「ミーシャ様と伯爵の口論はいつものことですが、今回は少々違いました」

「違うって、なにが?」

「ご自分が死んだら、すべて貴方にお譲りするとおっしゃって……」

「……へぇ。で?」

「激しい喧嘩となり、剣を持ち出したミーシャ様が伯爵を……」


 ふんと鼻で笑い、ユーリィは少し首を巡らして男を睥睨した。


「まるでその場の感情に突き動かされたみたいな言い方だけど、ククリがいたことはどう説明するんだ? 最初から伯爵の命を狙うつもりだったんだろう、あの男は」

「ク、ククリの者たちはギルドの方が……。もしも侯爵に攻め入られてもいいようにと、彼らを送って寄越したのです」

「ギルドが?」


 想定外の話に驚き、ユーリィは体ごと振り返る。

 連中が裏でなにか企んでいることは想像できたが、まさかそこまでのことをするとは思ってもみなかった。


「ギルドの方ってだれだ。名前を言え」

「自分はそこまでは……」


 口を濁す男の顔には、知っていると書いてある。

 ユーリィは短剣を抜いて、切っ先を男に向けた。


「お前も片腕になりたいか?」

「あ、そ、その……」


 尻込みをする男の腕をブルーが掴んで動きを止めた。


「言え!」


 渋々とした様子で、男はその名を告げた。

 ミーシャと繋がっていると言われた者の名前である。それを聞いて、なぜ自分はもっと強引に事を進めなかったのかとユーリィは激しく後悔した。


「で、ギルドの口車に乗っかって、あの馬鹿息子はククリと手を結んだわけか。あいつらが一筋縄ではいかないって、先の戦いで学習しとけよ」

「その件に関して実は我々もかなり懸念し、ソフィニアにいらっしゃった伯爵にこっそり書簡をお送りしたのです。ククリがメチャレフ家を狙っているかもしれないと」

「伯爵に? で、返事はあったのか?」

「いえ、ありませんでした。というより書簡そのものが届いていなかったようで、戻ってこられた伯爵はククリを見て激怒されました」

「つまりだれかが隠したってことか。だけどそんなことができるのは……」


 貴族宛ての手紙も、庶民と同じくギルド経由で届く。ただし庶民と違い特別便の扱いになり、配送を担当しているラシアールも特別な任務となっていた。そのラシアールが握りつぶしたとでも言うのだろうか?

 その疑念を感じ取ったらしいブルーが、憤然とした表情で否定した。


「ラシアールが関与したなんてあり得ませんからね、侯爵。特別便を扱っているのはシグリスという老人で、もう何十年もその職に就いています。彼は特別便の配送という仕事に誇りを持っていて、だれに頼まれようと書簡を勝手に破棄なんてしませんよ」

「となると、つまり……」


 宮殿にいる貴族たちへの手紙をそれぞれに配っていたのはあの男だ。

 つまりあの男が握りつぶしたのだ。

 だけどなぜ?

 ユーリィはジョルバンニの意図を必死に考えた。そしてその答えらしきものが見つかった時、怒りで叫び出しそうになっていた。


(あいつ、僕を焚きつけるために)


 メチャレフ家の跡取り問題がいつか足枷になるだろうことはあの男も想像できたはずだ。しかしミーシャを排除する理由が見つからない。そこですべて見て見ぬふりをして、メチャレフ家取りつぶしの理由を作ろうと画策したのだ。サロイド塔からククリを消えた理由も、おそらく残党だと思われる連中とともにメチャレフ家に入ったことも、彼は知っていたに違いない。


(くそっ!!)


 ユーリィは爪が食い込むほど、手のひらを握りしめた。

 自分では上手くやっていたと思っていたのに、あの男の手のひらで踊っていただけだと思うと悔しくてしかたがなかった。


「あのそれでお願いなのですが……」

「願いだって!?」

「地下牢にはご長男のアシュト様が捕らえられています。奥様も部屋に閉じ込められています。どうか温情を持って、お二人をお助けください」

「奥方はともかくその長男がどういう奴か知らないから、約束なんてできないよ」


 もしも記憶の中にその男の顔も混じっているのなら、許せるような気がしなかった。

 あの時、ミーシャに剣を振るったのは伯爵殺しに対するものではないかもしれない。

 もしかしたら、内にある怨念がそうさせたのかもしれない。

 あれは親殺しの罰ではなく復讐だったのかもしれないと、そう思うとユーリィは自分が信じられなくなった。

『復讐がなにかを生み出すことはない』

 何かの本で読んだことがある。

 この先、その復讐心が悪化してこの世界を壊すことになるのではないか。

 そう、あの赤目のエルフのように……。


「どうかお願いします、侯爵様」


 絞り出すような声で言った男をチラリと見る。

 どうせ心の中ではこんな子供に懇願などしたくないと思っているはずだ。そんな想像をついしてしまう。


「っていうか、お前らもククリと一緒に刃向かったんだから、ミーシャと同罪だ!」

「仕方がなかったのです。このような内紛がギルドに知られれば、伯爵家を継ぐ者がいなくなり、我らも路頭に迷ってしまいます。だからミーシャ様に従うより他に……」

「アシュトがいるんだろ?」

「アシュト様はミーシャ様がお父上を手に掛けたと知り、逃げ出そうとされたのですから」

「その男はクズなのか?」


 言ってしまってから、自分に向けた言葉だと感じてしまった。

 しかしもうひとりの自分が言い訳を繰り返す。

 僕は逃げなかった、逃げなかったと。


「もういい。メチャレフ家の件は追って沙汰を出す。アシュトには会ってやるが、ミーシャと同じく幽閉するかもしれないから覚悟しておけ」

「つまりそれは……」

「メチャレフ家を取り潰す」


 言い切ったのち、ユーリィは背後に横たわる伯爵の遺体を思い出した。

 自分を好きだと言ってくれた老人は、それを望んでいるだろうか。

 これは野心ではなく復讐だと怒ってはいないだろうか。

 そんな思いが痛みとなって心を引き裂いた。




 半時後、ユーリィは庭の片隅にいたフェンリルに話しかけていた。


「ヴォルフ、早く戻ってこいよ」


 心が闇に染まりそうなんだと、ブルーグレーの毛を撫でる。


「頼むから……」


 その声が聞きたい。

 その腕に触れたい。

 この心に光を生み出してくれる唯一の存在が欲しい。

 どうしても欲しい。


「頼むから……」


 そう繰り返した時、背後に気配を感じてユーリィはハッと振り返った。

 ランタンの光がゆらゆらとして、それを持つ人物の影が揺れている。その背後にもだれかいるようで、背丈と気配からブルーだろうと想像した。


「だれだ?」


 警戒の声を発すると、数歩手前で立ち止まった男は自らの顔にランタンを近づけ、自分が何者であるかを見せつけた。

 しかし会ったことのない人物である。歳は三十後半で整った顔立ちの男だ。茶色の髪が耳を覆っている。やや上がった口角が微笑みを作っているようにも見えた。


「だれだ?」

「アシュト・メチャレフと申します、ライネスク侯爵」

「ああ……」


 身持ちが悪いと何度も聞いていたためか、確かに年のわりに浮ついた雰囲気だなとユーリィは感じた。


「で?」

「弟を止めていただいたお礼を申し上げに」

「礼? そんなこと言われる筋合いはない」

「そうでしょうな。私も変なことを言ったものだと思っていますよ」

「逃げ出そうとしたんだって?」

「逃げるというより捨てるが正解です。私は面倒事が嫌いな質ですから」

「ふぅん」


 その声からはどこまでが本心かは分からなかった。むろん穏やかなその表情からもなにも見えない。つまり油断ならない相手なのだ。


「実は命乞いでもしに来たとか?」

「私が殺される理由はありますかな? 私はどちらかと言えば被害者側です」

「今のところ、そういう設定みたいだね」

「設定ではありませんよ」


 ふふふと笑った男の顔を注視して、忌まわしき過去にそれが紛れているか思い出そうとした。しかしどの場面にも彼の顔はなく、少しだけ安堵する。

 また復讐心が蘇るのが怖かった。


「つまり礼だけを言いに?」

「いえ、伝言を持って参りました」

「伝言?」


 もしや伯爵がなにか言い残したのかと期待したが、そうではなかった。

 そして想像すらしていない話であった。


「ククリたちの首謀者が、貴方にどうしても伝えてくれと」

「首謀者だって!?」

「彼は戦いが始まる前に消えてしまいましたが、ククリたちに魔物使いの技を教えたエルフですよ」

「なんだ、ラシアールじゃなかったのか!!」


 言ったのはアシュトではなく、その背後にいるブルーだった。


「っていうか、ラシアール以外でも使い魔が持てるの?」

「契約魔法は別に特別ではないですから、できると思いますよ。ただ俺たちのように長期間操るのは難しいかもしれませんけど。ラシアールが魔物使いだと言われる所以は、何代にも渡って同じ魔物を引き継ぐからです」

「なるほど。で、その首謀者ってだれ?」


 ふたたびアシュトに視線を戻し、ユーリィは尋ねた。


「名前など知りません。赤目のエルフです。たぶん若くはありませんでしたね」

「まさか……」


 背筋にゾクリとしたものが走る。

 まさかあのエルフが、自分を守護していた彼が生きていたというのだろうか?


「で、伝言っていうのは……」

「決着を付けたいから、自分を探すように侯爵に伝えて欲しいと言ってました」

「なにを偉そうに。ってか、探すってどこを探せって言うんだよ。なにか言っていなかったか?」

「いえ、なにも」


 もしもあのエルフだとしたら、そんな曖昧な話で動くと思われているとは、ずいぶんと買いかぶられたものだ。

 自分は、雲のように漂えたあの頃にはもう戻れないのだから。

 するとアシュトは小首を傾げるような仕草で、やや声のトーンを落として言った。


「侯爵、探されたらいかがです?」

「はぁ?」

「逃げてばかりの私が言うのもなんですけどね。生前父が言っていました。侯爵は賢いが、背負う荷物が重すぎて辛そうだと」

「だからって、そのエルフを探す理由にはならないだろ」

「お知り合いなのではないですか? あのエルフの言葉からそんな気がしました。それともこのままソフィニアに戻られますか?」

「それは……」


 今はまだジョルバンニに対して、冷静でいられるような気がしない。もしかしたら彼の腕を切り落とすのではないかという思いはあった。


「言っておきますが、別に私はメチャレフ家を守ろうとしてこんなことを言っているわけではないですよ。何となく、貴方が私と似ているような気がしたので」

「似ている?」

「本当はご自分の思う道を歩きたいとお思いになっているのではないですか?」

「そんなのはだれだってそうだろ」


 アシュトは小さく首を振った。


「貴方が信じる道ですよ。信じられない場所にいるなど私はゾッとしますね」

「伯爵が信じられなかったとでも?」

「父は悪い人間ではありませんでしたが、すべて私が同意する理由にもなりません。私には私の考えがあった。しかし父には受け入れてもらえず……」

「だから逃げた?」

「ええ、そうです。逃げました」

「私の考えって?」

「あのくだらない弟を殺して欲しかった、それだけです」

「お前が殺すのではなく?」

「自分の手を汚すなど、真っ平ごめんです」


 しれっとした顔でアシュトは小さく肩をすくめる。

 その本心がどこにあるのか、ユーリィにはまったく見えなかった。


「私はあの弟が嫌で逃げました。けれど貴方は気に入らないこと、気になることがあったらきっと捨て置けない方だ。貴方と私が大きく違うとしたらそこでしょう。そしてもしそういう方だとしたら、私は喜んでメチャレフ家を差し出します」

「だけど探すと言ったって……」

「一つだけ私に心当たりがあります。とある町に滞在していた時、その町の外れに怪しげな人物がいるという話を聞きました。あの戦い後にふらりと現れたのだと。多分エルフではないかと町の者は噂していましたね」

「どこの町だ?」

「名前は忘れました。たしか大きな教会と孤児院がある場所です」


 孤児院と聞いて、目が微かに泳ぐ。

 まさかそんなはずはないと思いつつ、偶然の重なりという状況を何度も味わってたことを思い出した。


「どうされます? もしいらっしゃるなら私も同行しますが」


 一体それはどんな罠だと言いかけたユーリィだったが、むろん口にはしなかった。


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