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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第二章 冬霞
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第50話 共鳴

 この魂はもうすぐ、泡のように消えてしまうのだろう。それは自然の摂理なのだと納得しているのに、奥深くから、もしくは遙か遠くから声が引き留める。

 会いたい――意識が共鳴している。

 会いたい――魂が震えている。

 会いたい――そう、会いたい。





 緊急事態が発生したのは、メチャレフ伯爵が帰ってから四日後の夜だ。

 その時ユーリィは会議を開いている最中だった。


「要するに一番の問題は金だって言いたいんだろ?!」


 自覚できるほど棘のある声で、ユーリィは表情の薄い男にそう言った。

 心の渇きがどうしても抑えられなくて。感情のコントロールが上手くできない。不安と寂しさが日々増している。だからなのか長々と説明をしたジョルバンニに苛つきを覚えてしまった。


「ええ、その通りです」

「最初からそう言え。いちいちギルドと貴族の関係を説明しなくてもいいから」

「私は侯爵がどれほど理解していらっしゃるか、存じませんので」

「お前、馬鹿にしているのか?」

「いいえ」


 場所は執務室。小さなテーブルを囲み、集っているのはユーリィ、アーリング士爵、アルベルト・オーライン伯爵、そしてジョルバンニといういつもの四人。


「どうやら抵抗が始まったようですね」


 そう言ったアルベルトの声は暗く沈んでいた。連日の疲れが出ているのだろう。さすがに数人で様々なことを(こな)すのは限界が来ていた。


「姑息な嫌がらせさ」

「だとしても放置はできませんね」

「そうだけど」


 ジョルバンニの長々しい説明はこうだ。

 今回の事件で救援物資や難民の保護などの為に、貴族がギルドに預けているほとんどの金を使い果たしたという。だから今後は貴族も現金払いをするようにと、ギルド総会で決定したらしい。

 ギルドは様々な職種の労働者、生産物、郵送を管理している。そして貴族の領民たちはギルドに作物など売った金の一部を、税金として領主に支払っている。しかし貴族の中には直接領民から受け取らず、ギルドに税金管理を任せ、そのまま預金している者が多くいる。だいたいは小貴族で、彼らはその預金内でギルドから様々な物を買っていて、手元に保有財産があまりないはずだ。


「公爵家の預金もほとんどありませんよ、侯爵」

「なんでだよ?」

「今回、近衛兵を増やした為に、住居、武器、食料などが必要になりました。それらの費用はすべて公爵家の預金で賄っています」

「それはギルド負担じゃないのか?」

「公爵家の近衛兵ですので」


 それを聞いてアーリングが“うーん”と小さく唸った。ギルドの命令で兵士を増やしたせいで、公爵家が窮地に追い込まれるのは納得いかないとその顔には書いてある。いかにもアーリングらしい表情だ。


「心配するな、士爵。公爵家はそれなりの財産を保持してるから、スッカラカンになんてならない。無駄な抵抗ってやつだよ」


 イワノフ公爵の財産は、金塊や水晶をいくつかある城に分散して保管してある。メチャレフ家もその他の大貴族も同じあろう。フォーエンベルガーは少々事情が異なって、あの伯爵家はギルドとは一線を引き、預金もしていないはずだ。


「それで、その総会には何人ぐらいが出席されたのですか?」


 苛つきを抑えられないユーリィを察してか、アルベルトは穏やかな表情でサッと話題を変えた。


「八十五名です、オーライン伯爵。その中で三分の一ほどが旧体制を望む保守派、ライネスク侯爵を支持する者は二十二名、貴族廃絶を訴えている者は二十五名、そして九名がミーシャ・メチャレフと繋がっています」

「なかなか厳しい状況ですね、それは」

「もう少しお時間をいただければ、保守派の半分はこちら側に引き入れられたのですが。今さら言っても仕方がないことですな」


 冷ややかな目がジロリとユーリィを見据える。この男がいつまで味方のふりをしているのかと思いつつ、ユーリィは無言で睨み返した。


「しかしアーリング士爵の支持者は、諦めたようですが」

「私を支持? それは初耳というか意外ですな」


 本当に意外だという顔でアーリングが反応をした。


「意外というのは、諦めたことですかな?」

「いやいや、私を支持する者がいたということです」

「隠されなくても結構ですよ」

「隠す? 言っている意味が分からんな。確かにギルドから何人か会談を求められたが、武力制圧の可能性があるのか探るつもりだと分かっていたので、無視しをした」


 アホなのか、しらばっくれているのか、どっちだ?

 アーリングに対してそう言おうと思ったユーリィだったが、口に出して言わないだけの冷静さは残っていたので、素知らぬ顔で他方を見る。すると斜向かいに座っていたアルベルトが、クスクスと笑い始めた。


「な、なんだよ……」

「いえ、別に」


 相変わらず彼は人の心を読むのに長けているらしい。左にいるアーリングが怪訝な表情と、右にいる眉をひそめたジョルバンニをチラチラと横目で眺めつつ、ユーリィは小さく咳払いをした。


「まあいいさ。とにかく金に関してはギルドに今後一切任せないと決めたから」

「どうなさるおつもりですか?」

「貴族らには、必要ならイワノフ家の資産を一時貸し出すと広報する。それから新しく財務院を設立し、貴族の資金も含めて管理することにしよう。三人はすぐに相応しい者を人選しろ。ああ、そういえばルイ・フェヴァンという人物を探して欲しい。以前ちょっと関わりがあった貿易商だけどかなりの切れ者だから、生きていたら使えるかもしれない。あとは水晶の発掘を急がせて、セシャール以外の国からも輸入を増やそう。ジョルバンニは輸送用に造船計画を進めろ。それと……」


 その後ユーリィはいくつかの命令を下し、ギルドへの対抗処置をした。それが正しい指示だったかなんてもう考える暇もないし、考えたくもない。これから先、こうしたことが続くのかと思うと本当にウンザリし、改めてつまらない地位を手にしたと感じていた。


「なにか言うことはある?」


 すべての指示が終わり、最後にそう付け加えると、ジョルバンニが眼鏡を指で押し上げながら、


「侯爵。貴方は今現在この街のどこかで、だれかかれかがこうした密談を行っているだろうことは、想定していらっしゃいますか?」

「そうだろうね。だからなに?」

「姑息な嫌がらせなどさせない、もっと抜本的な解決が必要です」

「たとえば?」

「力ですよ。圧倒的な力を以て抑えつけ、動きを封じる手段を講じるべきです」


 眼鏡の奥にある瞳が僅かにアーリングへと動いたのを見て、ユーリィはその意味をすぐに悟った。


「武力統制をしろってか? しかし今のところなんの反乱も起こっていないのに……」


 まるでその言葉を聞こえていたかのように、執務室の扉が打ち鳴らされ、入ってきた伝令兵により緊急事態が発生したことが伝えられた。

 メチャレフ領内で反乱が発生したという。首謀者は次男であるミーシャ・メチャレフと、メチャレフ近衛兵団。さらにククリも荷担しているらしい。情報はメチャレフ伯爵を護衛した騎兵数人によってもたらされた。

 すぐにイワノフ軍による討伐隊を組織しようとアーリングが提案したが、ユーリィは反対した。

 ガサリナ地方にあるメチャレフ領へ人馬で行くには、どんなに急いでも四日はかかる。軍を率いて行くとしたらその倍は必要だ。その間に近隣の貴族領が狙われる可能性が十分ある。もたもたしていればメチャレフ伯爵の命も危なかった。


「ラシアールに協力させよう」


 早速シュランプを呼び出して事情を説明したが、長老はやんわりと拒絶した。


「ブルーがいない現在、統率できる者がございませんので……」

「いいよ、僕がするから」

「フェンリルをお使いに?」

「いや、ガーゴイルで……」

「おや、フェンリルはどうされましたか?」


 言葉に詰まったユーリィに、すかさずジョルバンニが厳しい口調で言い放つ。


「早急に行かれる必要はありますまい。またイワノフ家の内紛が勃発したと知られれば、民衆の信用を失い、ギルドの反発はますます強まってしまいます」

「けど伯爵を救出しなければ……」

「厳しい言い方ですが、すでにお命がないと思った方が宜しいかと。タイミング的に見ても、伯爵がお戻りになった直後に父親に刃向かったのでしょう。ですが、これを逆手に取り、今すぐにギルド内にいるミーシャ派の一派を拘束すべきですな」


 頭を撫でたあの分厚い手を思い出す。そのせいか、あの老人が窮地に陥っていると思うとユーリィは胸の痛みを感じていた。

 また自分はだれかを失ってしまうというのだろうか?

 押しつぶされそうなほどに焦りや不安が大きくなる。その反面、ジョルバンニの提言はもっともだと納得している冷静な自分がいることにも驚いた。


「……分かった、そうしよう。ミーシャ・メチャレフと繋がっていると思われる者たちを今すぐに拘束する。街にも戒厳令を布くから、今夜中に兵士には準備をさせろ」

「分かりました」


 アーリングが軽く頭を下げた。


「それとは別に、討伐隊の準備も頼む。だって行かないわけにはいかないだろ? 騎馬兵と歩兵合わせて二千ぐらい欲しいな。シュランプ、魔物はどれくらい出せる?」

「五十ほどですが、足りますかな?」


 十分だと答え、窓の方へと目をやった。

 濃紺の長いカーテンは夜の闇も寒さも遮断していた。けれど不穏な気配は確かにその向こうにある。今にも壊れそうな脆い世界だ。

 そんな不安感を煽るように、ジョルバンニの辛らつな言葉が聞こえてきた。


「あの狼魔はもう期待できないと思っていてよろしいでしょうか、侯爵?」


 気がつけば、右拳がジョルバンニの方へと向かっていた。

 だが、あっさりと片手で止められる。冷たい光を放つ眼鏡のレンズが、ユーリィを見下ろしていた。


「ご自身で(さい)を投げたのですから、責任を持って多くの運命を背負っていただきたいですな、ライネスク侯爵。明日は十七歳にお成りになるのでしょう?」

「うるさい、分かってる!!」


 強気な返事とは裏腹に、心がむせび泣く。



 会いたい、今すぐに……。



 その声が薄れている意識にはっきり届く。

 陽炎のように揺れる幻が現れる。

 青い瞳を輝かせ、金の瞳をなびかせ、気高く美しく。

 あれはこの世のすべて、我が主、我が愛、我が魂。

 ああ、血が、肉が、鼓動がようやく蘇る……。


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