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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第二章 冬霞
46/208

第46話 帝国

「本日集まっていただいたのは、先の戦いにおける被害状況と、数日前に行われたギルド裁判についての報告です」


 最初に口を開いたのはジョルバンニだった。だれが王者かを見せつけているのではないかと思えるほど、いつになく強気な口調である。

 それを感じ取ったのか、会議室にいる数十名は様々な反応を見せた。ある者は視線を逸らし、ある者は睨み付け、ある者は視線を微かにさまよわせた。


「数日後にはギルドから正確な情報を、各方面に伝える予定ではありますが、その前にまずはご意見をお伺いしたい」

「意見と言われても、既に済んでしまったことをあれこれ言っても、詮無きことではないか?」


 言い返したのはメチャレフ伯爵で、ジョルバンニなど屁とも思わないとその顔には書いてある。


「我々はあらゆる方面に対し、一丸となる必要がありますので」

「あらゆる方面とは?」

「まずはセシャールを筆頭に北西にある諸外国。むろんフェンロンも警戒する必要がありましょう。それからククリですな。水晶鉱山は制圧したものの、未だ残党がどこかに潜んでいる状況です。むろん、今後また魔物どもが襲って来ないとは言い切れますまい?」

「だが、この人選では意味があるとは思えぬな」


 いかにもメチャレフ伯爵らしい、歯に衣を着せぬ物言いに、だれもが鼻白んだような表情を浮かべていた。

 今、会議に参加しているのはジョルバンニを含めたギルドの十人、アーリングとその部下が七人、ラシアールが七人、メチャレフ伯爵と十五人の貴族、そしてユーリィの総計四十人。さすがに普段使っている円卓の間ではとても入りきれず、大広間にテーブルを四角く並べた急ごしらえの会議室だ。

 エルナと再会した昨日の午後、ソフィニア各地から貴族たちが次々とやってきた。と言っても前回のように、“天子”の見物を兼ねた現状報告や物乞いではないことは、彼らの表情を見れば一目瞭然である。エルナを除くほぼすべてが、硬い表情でメチャレフ伯爵を眺めつつ、さらにユーリィにも厳しい視線をチラチラと送っていた。


「もっと社交界で影響力もある者がいくらでもいるだろう?」


 メチャレフ伯は白い顎髭をなでつけながら、さらに続けた。


「むろんそういう方々にも親書を出しましたが、残念ながらお越しいただけませんでした」

「それはそうだろう。敵地に乗り込むようなものだからな」


 おそらくギルド内部の紛争と裁判については知れ渡っているだろう。あらぬ汚名を着せられるかもしれないと思っている者は一人や二人ではないはずだ。その証拠に、三人が約束を反故にしてとうとう現れない。ソフィニア周辺と市街には、アーリング率いる兵士たちが警備という名目で包囲している。ラシアールの部隊もそれに加わっていた。来なかった三人は、きっと街の様子を見て逃げ帰ったのだろうとユーリィも想像していた。

 しかし分からないのはメチャレフ伯爵の態度だ。彼は少なくてもギルド――イワノフ体制の中心にいる。いったいなにが気に入らないのかと、ユーリィは斜め左にいる老人を凝視した。

 その視線に気づいたメチャレフ伯は、ユーリィを真っ向から見返して、


「皆が知りたがっていることを勿体ぶって、結果報告など意味がないぞ。わしは回りくどいことが嫌いだ」

「はてさて、皆が知りたがっていることとはどういうことでしょうか?」


 驚いたような口調で、ジョルバンニが尋ねる。その白々しさにはユーリィも別の意味で感心をしてしまったが、演技としては上手くはない。伯爵も同じことを感じたようで、小馬鹿にするように鼻で笑った。


「ハッ、分からぬとは言わせぬぞ? イワノフ家の内部紛争に始まり、水晶鉱山からククリを追い出し、ソフィニアを武力制圧している首謀者が、果たしてライネスク侯爵なのか、それともギルドなのか、ここにいる連中は知りたいのだよ」


 メチャレフ伯爵の茶色の瞳はまだユーリィを観察している。“さあ、どうする?”と答えを待っているのだろう。それを悟りつつ、ユーリィは室内にいる者たちをぐるりと見渡した。

 テーブルは四角く並べられている。ユーリィから見て左手二列には貴族らが座り、正面にはアーリングとその部下、右手にはラシアールの面々が並んでいる。ギルド連中が同じテーブルにいるのは、ライネスク侯爵はギルドと共にあるというジョルバンニの姑息な演出かもしれない。けれど、精神攻撃を仕掛けてくるジョルバンニの顔を見ることができなくて、反って良かったとユーリィは感じていた。

 貴族らは相変わらず戦々恐々といった表情を浮かべ、口は固く閉ざしたまま。もしかしたら彼らは、本当になにも考えずにノコノコとやってきたのかと思えるほど覇気がない。罠にかかったウサギですら威嚇ぐらいはするというのに、その勇気も持ち合わせていないようだ。


(それならそれで都合がいいけど……)


 一時(いちどき)に争う敵は少ない方が楽だ。現在の敵は彼らではなく、両脇に並ぶギルドの連中なのだから。しかし立ち向かえるだけのものが自分にあるのだろうか。

 貴族らから目を離し、ユーリィは正面にいるアーリングを見た。その視線に気づいた英雄の瞳は、冷たい光を湛えてユーリィを一瞥しただけだった。

 反旗を翻す気でいるのか、ギルドに(くみ)しているのか。


 のちの歴史家たちは、この時の会議を“ソフィニア会議”と呼ぶことになる。さらにライネスク侯爵については、数日前の密約により確固たる自信を持っていたという考証がほとんどだが、単なる賭に出ただけと分析している者もいた。

 正解は後者であるが、ユーリィ自身、真実をだれにも語らなかったので、すべては憶測にすぎない。


「いったいなにをおっしゃっているのか、メチャレフ伯爵」

「この期に及んでまだそのような白々しいことを。なんなら、わしが言って進ぜようか?」


 ジョルバンニとメチャレフはまだ論争を続けている。

 それを聞きながら、ユーリィはラシアールの長老シュランプを見た。人間たちの小競り合いに老エルフがなにを思っているのかなど分かるはずもない――そもそも自分は他人の内面を推し量るのは苦手なんだ。

 もう一度左側に顔を向ける。

 メチャレフ伯は口から唾を飛ばし、無能なギルドについての持論を披露している。その様子は、今にも立ち上がらんばかりの勢いがあった。

 貴族たちはますます萎縮し、アーリングは己の微妙な立場を(おもんぱか)ってなのか、固く口を閉ざしている。ギルドの幹部たちはすべて、ジョルバンニかメチャレフを注視して、ここにいる人形など興味がないらしい。

 そうしている間にも、事態はますます収拾がつかない状況になってきた。


「すべての貴族を廃絶するつもりだと、わしは考えている」


 メチャレフ伯爵のこの言葉に、貴族たちはざわつき始めた。


「馬鹿なことを。そのような根も葉もない話で、ソフィニアを混乱に陥れるつもりですか?」

「では聞くが、イワノフ公爵家の私兵であるアーリング士爵の軍隊を、まるでギルド所属のように扱っているのはどういうつもりであるか? しかも今やその数は五千人にまで膨れあがっている」

「戦後の混乱が未だ続いている状況ゆえに、一時的な措置です」

「ではアーリング士爵に尋ねるが、そなたはだれの命で動いているのだ?」


 メチャレフはぎらぎらとした瞳を、落ち着き払った態度を崩さない赤毛の英雄に向ける。


「我々はイワノフ家の兵士であると同時に、ギルドにも所属していますので」

「つまり、ギルドの命令に従っているという意味であるな?」

「ええ、そうです」


 メチャレフはふたたびジョルバンニに視線を戻す。白髭に埋もれたその口には、敵の本陣を攻め落としたという、満足げな笑みが浮かんでいた。


「イワノフ家の兵士をギルド兵として扱っているこの事実が、動かしがたき証拠である」

「おっしゃっている意味が分かりかねますが?」

「全貴族の財産もいずれギルドのものだと主張し、没収するのであろう?」

「話が飛躍しすぎですな、伯爵」

「いいや、そうは思えぬぞ。どうやら今すぐ領地に戻り、私財を守る準備を整えた方が良さそうだ」


 メチャレフ伯が吐き出す挑戦的な言葉を、のらりくらりとかわすジョルバンニに我慢ができなくなったのか、ギルドの数人が応戦し始めた。

 貴族はさらに浮き足立ち、アーリングとその部下や、ラシアールたちもコソコソと話を始めていた。

 彼らの目には人形など映ってはいない。ここにいるのは、部屋の片隅で飾られている少女の胸像と同じ物でしかないのだから。石膏でできた彼女は永遠に虚空を見続けて、自分もまた永遠に虚無でいることを望まれている。他人の感情が分からないユーリィであっても、それぐらいははっきりと感じ取れた。

 しかし__

 痛いほどの視線を感じ、ユーリィは胸像から意識を戻した。すると、ジョルバンニを強く非難しているメチャレフ伯爵とふたたび目が合う。その鋭い瞳に浮かぶ言葉、それは……


“野心を持て、ユリアーナ”


 声なき声が聞こえてきた。

 さらに老人の後ろにもうひとり、こちらを見ている人物がいた。ハニーブラウンの若き子爵令嬢。淡いブルーのワンピースに身を包んだ彼女は、大人たちの喧噪など気にする素振りもなく、琥珀色の瞳をキラキラと輝かせていた。

 その瞳と、未だ動けずにいるユーリィの視線が交差する。

 次の瞬間、彼女は確かに微笑んだ。

 穏やかに、そして楽しげに。

 後日、なぜ微笑んだのかとエルナに尋ねると、この時と同じ笑みを浮かべ、『歴史的瞬間に私は立ち会っていると思ったら、とても嬉しくなったの』と彼女らしい答えが返ってきた。

 ユーリィはグッと息を飲み、彼女を数秒見返すと、無意識に胸元のペンダントを触る。

 自分がここに存在しているのだと確かめたかった。

 そう、僕はここにいる。

 人形になどなるつもりは毛頭ない。

 ユーリィは、硬直していた体を解きほぐすように、ゆっくりと立ち上がった。その様子を見てすぐに感づいたジョルバンニが、メチャレフとの会話を切ってなにか言いかける。


「ライネスク侯爵、なにを……」


 ユーリィは左手を差しのばし、その言葉を強引に制止させた。動き出した人形に驚いたのか、他の者たちも動きを止めた。そんな呆けているような大人たちの顔を、ひとりひとり睥睨する。ジョルバンニがまたなにかを言いかけたが、「黙れ」と強い口調で遮った。

 今日はやや長い緋色のマントを羽織っている。数ヶ月前まではマントの無意味さに辟易していたが、ある頃からマントを効果的に使えば、こんな自分でも偉そうに見えるのだと気がついた。

 その時も大げさにマントを翻し、やや後方に下がり、もう一度皆の方へと向き直った。この位置からならギルドの連中の顔が見える。ただそれだけのことだったが、思った以上に効果的で、動き出した人形にほぼ全員が驚愕した表情を浮かべていた。


「ひと月以内に、ソフィニアおよびガサリナ地方を領土とするソフィニア帝国を建国する。皆、そのつもりでいるように」

「て、帝国とは……」


 ギルドのだれかが言いかけたが、ユーリィはむろん無視をして、正面にいる猛者の名を呼んだ。


「ラウロ・クレーヴァ・アーリング士爵。貴殿には帝国軍の総指揮を執ってもらう予定だ」

「御意に従いましょう」


 立ち上がったアーリングは胸に手を当て、忠誠の姿勢をとった。


「ラシアールには魔法部隊の指揮を頼むことになる」

「尽力いたします」


 長老シュランプも座ったまま軽く頭を下げた。

 そんな彼らの姿に、ユーリィは胸を撫で下ろす。問題がひとつ先延ばしになったのは本当に嬉しかった。

 しかしそんな内面も表情に表さず、形勢を引き戻そうとしていると思われるジョルバンニを睨みつけた。


「なにか不服でもあるのか、ジョルバンニ?」

「ギルドはどうなさるお考えですか?」

「ギルドに関しては大きな変更をするつもりはないが、決定権をギルドには持たせない。以前にもお前にそう言ったはずだが?」

「ちょっとお待ちを、ライネスク侯爵」


 ジョルバンニが答える前に、彼の二つ隣にいた男がしゃしゃり出てきた。数日前に話した赤ら顔の名前は、パチャレフだったかバチェックだったか……。


「なにか?」

「帝国には皇帝が必要。貴方がその座に就くと宣言なされたわけですか?」

「他に相応しい者がいなければ、そうなるだろうね」

「すると、貴方ご自身が相応しいと思っていらっしゃると?」


 赤ら顔のこの男は、貴族廃絶を訴える強硬派だ。名前は覚えてはいないユーリィだったが、ジョルバンニから少しずつ情報を引き出していたので、今いるメンバーはおおよそ把握していた。

 ジョルバンニの左隣と、自分が座っていた右隣はジョルバンニの配下にある。赤ら顔の左隣にいるふたりは一番厄介な連中で、メチャレフ伯爵の次男と裏で繋がっているらしい。

 そうした背景を頭の中で確認しつつ、ユーリィはそれぞれの反応を今一度確かめた。


(うん、全然分からない)


 そう易々と内面が読み取れたら苦労はしない。だからといって、強気な姿勢は崩すつもりもなかった。


「相応しくない理由があるか?」

「それは多くの者が賛同を得て、初めて分かることかと」

「賛同など必要はない。このユリアーナ・セルゲーニャ・ルイーザ・クリストフ・ライネスクに従うか従わないか、それだけだ。従わないのなら、すぐにソフィニアを立ち去ればいい。アーリング士爵ならびにラシアールを打ち破れたのなら、間違いなく皇帝に相応しい人物だろう」


 すぐに反論する言葉が見つからなかったのか、赤ら顔の男は不服な表情を隠しもせず、ユーリィに背を向けた。


「では話を戻す。帝国建国には今少し時間が必要なのは、むろん分かっている。その手始めに、フォーエンベルガー伯爵に協力を願う予定だ。それ以外にも北西のルーベンス伯爵、さらに南東のメルホップ侯爵も近々ソフィニアに来てもらう。場合によっては一軍を率いる事態になるかもしれないので、アーリング士爵とシュランプ老にはその準備をしておくように。僕としては、そうならないことを願うだけだけど」

「御意」

「それと数日中にククリと話し合いを行う予定だ」

「それはいったいどういうおつもりですかな?」


 それを聞いて、本日初めてシュランプが厳しい表情を作った。


「心配するな、ラシアールを軽視するつもりは一切ない。ただし敵の敵は味方になる可能性を潰せるか知りたいだけだ」

「なるほど……」

「帝国の件はむろん他言無用。今晩の晩餐会は貴族の方々以外の参加は認めない。さらにこの宮殿に数日留まり、その間の他人との接触を禁止する」

「留まれというご命令は、ギルドの者にも当てはまるのでしょうか?」


 相変わらずの無表情ではあるが、心なしか動揺をした目でジョルバンニがそう尋ねた。


「自由に出ていけばいいさ」

「了解いたしました」

「だがお前は別だ、ジョルバンニ。アーリング、メチャレフ伯爵、シュランプとともに会議を開く」


 もう絶対に後戻りはできない。

 するつもりもない。

 運命に逆らうのは無駄だと諦めた。

 野心など手にしていなくても、僕は僕の道を行く。

 己に言い聞かせ、ユーリィは瞳になおいっそうの力を込めて、曖昧な表情を浮かべている大人たちを見渡した。


「以上だ!」


 三つある扉が一斉に開かれて、立ち上がった貴族たちはぞろぞろと扉へと歩いていった。


 これが後の世に言われた“ソフィニア会議”の全容である。出席していた貴族の数人は、自叙伝に様々な感想を書き残した。そのほとんどに書き綴られた言葉は、『この日がソフィニア帝国の始まりである』であった。



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