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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第二章 冬霞
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第38話 目覚めの時

 ラウロは酷く落ち込んでいた。やり過ぎたかもと反省したユーリィだったが、気づかう間もなく世話係が現れたので、慰めるだけの時間はなかった。

 朝食を済ませて執務室に行くと、すでにジョルバンニが待ち構えていた。昨日の件を蒸し返すことなく、彼は事務的に今後の予定についての報告をした。

 なにもかも勝手に決めるこの男は本当に腹が立つ。事後報告さえすれば受け入れると思われていることも癪にさわった。

 明日は数名の貴族が宮殿に訪ねてくるという。目的は明後日に開かれる会議と、ギルド主催の晩餐会に出席するためらしい。

 渡された名簿を見ても、ユーリィにはなぜ彼らが呼ばれたのかが分からなかった。侯爵二名、伯爵四名、男爵五名、子爵七名の計十八人で、爵位が上の者だけが選ばれたというわけでもないらしい。革命時代からの名家もあるが、数年前に分家した者もいる。ただ一つ言えるのは、イワノフ家とはあまり関わりのない家柄ばかりだった。

 そして一番気になったのは、名簿の中にリマンスキーの名前があったことだ。


「リマンスキー子爵家は、先の戦いで当主が亡くなったはずだけど?」


 なるべく平素を装ってジョルバンニに尋ねると、眼鏡を光らせ彼は「そうですね」と返事をした。


「息子はまだ幼かったはず」

「今回は、リマンスキー家を代表して令嬢がいらっしゃるそうです」

「ああ、そう」


 エルネスタ・リマンスキーが来る。ハニーブラウンの髪をしたあの少女といよいよ再会する。

 果たしてエルナは、今の状況をどう思っているのだろうか? まだ友達だと思っていてくれているのだろうか? 

 最後に会った時、彼女は敵意を露わにしてユーリィと対面した。それもそのはずで、あの時はベレーネクとククリ族の企みを逆手にとって、自分が魔物どもを呼び寄せているのだと触れ回っていたのだから。そんな自分を恐れることなく、彼女は家族、家臣、そして領民たちを守るため、勇敢に立ち向かった。

 それを思い出すと、ユーリィは正直会うのが怖かった。


「で、どうしてこの十八人を選んだ?」

「選んだわけではありません。明後日の会議ならび晩餐会への招待状は、この三倍ほど送りました。そして返事が戻ってきたのが十八名の方というだけのことです」

「三倍にしても、全貴族にはとうてい足りない数だよな?」

「イワノフ家とは関わりの少ないところへお送りしたので」


 尋ねる前に言われてしまった。あいかわらず先手を打つ男だ。ユーリィはその理由を言い出すだろうと、黙ってジョルバンニの顔を眺め続けた。


「私が警戒しているのはギルド内部ですよ、ライネスク侯爵。イワノフの影を強く感じさせれば、ふたたびイワノフ家に覇権を握られるのではないかと思われると懸念しています。今回の人選はそういう意味で、なるべくイワノフの色を強めない為です」

「なるほど、よく分かった。ではもうひとつ聞くけど、僕は今どういう立場にいる?」

「と言うのは?」


 質問の意図は分かっているだろうに、ジョルバンニは白々しく聞き返した。


「イワノフの覇権を恐れているというけど、実際、僕は宮殿にいる。しかもイワノフ公爵家を正式に継いだわけでもない。言うなればただの管理人。それとも、ギルドでは僕を王座に座らせようという話が進んでいるとか?」

「まさか。あれはあくまでも私の希望です。今は一時凌ぎとギルドでは考えています。本当に怖いのは、不安にかられた民衆の暴動ですから」

「じゃあさ、近衛兵については? 数にしても明らかにギルド法違反だろ」

「近々ギルド軍を結成し、アーリング士爵をその総大将にという話で、現況報告をしています」

「アーリングはなんて?」

「彼は、ソフィニアの平和のために一番良い選択をする、と」

「あの男らしい返事だね」


 それが本心かどうかは別としてだが。


「もうひとつ質問。ラシアールの要望は?」

「彼らはエルフの地位向上、もっと言うならラシアール族がエルフの主権を握れれば、それでいいと考えているようです。エルフ同士にも確執があるようですね」


 ラシアールとククリは大昔から対立をしていた。今回ククリが力を失って、シュランプも欲が出たのだろう。さすが長老だけあって、見かけによらず老獪である。


「捕らえたククリたちはどうしてるんだっけ?」

「数は三五六人。男はサロイド塔に閉じ込め、女子供はソフィニア近くに宿営させ、監視はラシアールとイワノフ兵が当たっていると、以前にもご説明したはずですが?」

「ああ、そうだった」


 むろん忘れていたわけではない。ジョルバンニとラシアールが裏でなにか決めていないかの探りだ。


「シュランプはククリについてはどうすべきだと?」

「女は解放し、男は年齢を問わずすべて追放すべきだと主張しています」

「なぜ男だけ?」

「エルフ同士の抗争があった場合、負けた側に課せられる当然の懲罰だとのこと」

「ふぅん」

「その件も含め、明後日の会議で話し合う予定です」


 さてここからが問題だ。冷静になれと自分に言い聞かせ、ユーリィは気づかれないように唾を飲み込んだ。

 もう思い悩む時は過ぎ去った。まだ迷いはあるけど、ヴォルフが望むなら進まなければならない。

 そのために正確な情報を集め、敵と味方を見極めて、排除すべきか引き込むかを決める必要がある。ジョルバンニの企みも看破しなければならない。自分にできるという自信すらなかった。


(怖じけづくな! もう決めたんだろ!)


 己を鼓舞し、見るとはなしに見ていたテーブルの角から、前に立つ眼鏡男へと視線を移す。


「だいたい把握したよ、ジョルバンニ」

「そうですか、それは良かったです」

「で、僕はこのまま寝てるべきなのか? それとも起きていいのか?」


 レンズの向こうにある琥珀色の瞳が珍しく揺れる。わずかな動揺を感じ取り、ユーリィは目を細めて相手を凝視した。


「それはどういう意味ですか?」

「“シュクレイスの葉”には睡眠作用がある。不眠症のための煎じ薬だが、何度も服用すれば中毒になり、幻覚、目眩、発熱、酷い場合は呼吸困難を引き起こす。昔本で読んだことがあるよ」

「なんのことでしょう?」

「分からないはずないと思うけど。それとも僕を殺して、別の人形を作るのか? ヘルマンに代役が務まるのか、僕としてはちょっと疑問だけど」


 この一手が吉と出るか凶と出るのか。戦々恐々とした思いを隠し、ユーリィはジョルバンニを見つめ続けた。

 執務室には他にだれもいない。それを幸いにして、彼が真実を告白するのではないかと期待はした。しかし男は、ユーリィの視線を振り払うように、濃紺のカーテンが掛かる窓際まで歩んでいく。

 執務室と言っても、急ごしらえの部屋だ。薄茶のライティングテーブルと、飾り気のない椅子が三脚、床はガサリナ山脈で採れる灰色の大理石。まるでこの部屋自体がジョルバンニ自身であるかのように、味わいも暖かみもない。

 そして、振り返った男も暖かみのない視線でユーリィを見た。


「ソフィニアは……」


 ジョルバンニはあざとく言葉を切る。

 ややあって繋いだ声はますます冷淡だった。


「……今のままでは他国に侵略されるのは時間の問題でしょう」

「そうかもしれないね」

「私はソフィニアを強くしたい。それができるのは、私と貴方のみです」

「なにそれ」


 数ヶ月前、赤目のエルフが同じようなことをユーリィに言い、エルフだけの楽園を夢見てソフィニアを破壊した。幼い顔立ちと愛想だけは良かったあのエルフとは真逆な、辛辣で無愛想なこの男も同類なのか? 正義と言う名の狂気に囚われているのだろうか?

 一瞬冷たいものが背中を走る。恐怖というものをあまり感じたことがないユーリィだが、あの悲劇を繰り返すことの恐ろしさは身をもって知っていた。


「侯爵、人々は貴方を天子と呼びますが、私自身もその言葉が真実だと思っています」

「どうでもいい。さっさと僕の質問に答えろ。お前としては、僕は眠っていて欲しいのか、それとも起きてもかまわないのか、どっちだ?」


 ジョルバンニは口を閉ざしたまま視線を外さない。この男も必死に考えているのだとユーリィは感じていた。


「……そうですね、もうしばらくは動かないでいていただきたいとは思っています。ご自身でも分かっていらっしゃるとは思いますが、今のところとても微妙なお立場ですから。ギルド内部のゴタゴタは私が一手に引き受けましょう。もう少し地固めをして……」

「なるほど」

「ご納得されましたか?」

「いや」


 手強い相手を前にして、必死に表情を押し殺す。感情を見せれば、つけ込まれる隙を与えるだけだ。

 目覚めの時が来た。

 戦うと決めたからには、この男を攻略しなければ、遅かれ早かれ敗北するだろう。冷静さを演じ、ユーリィは静かに立ち上がった。


「今日からは僕の手駒として動け。むろんいっさい僕に命令をするな。僕の決定はお前の決定でもあり、ギルドの決定となる。もし逆らうならメチャレフ伯とアーリング士爵に香草の件を話す。きっと彼らもだれが敵なのか考えるだろうさ。証拠はある、というより証人だ。僕の煎じ薬を飲んだら、朝までぐっすり眠ってくれたことをヘルマンは証言してくれるだろう」

「ほぉ、ヘルマンが」


 刹那、その言い方に引っ掛かりを覚え、思考が停止した。


(……いや大丈夫。はったりだ)


 ラウロは確かに自分に妙な感情を抱いている。この男は、彼のそういう気持ちにつけ入っただけだ。


「それと僕の食事は今後しばらく、パンと茹で芋とミルクだけにする。毒味役は、そうだな、ディンケルに頼むとしよう」


 もう後ろは見ない、夢も捨てる。進むのみだとユーリィは心に誓った。


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