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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第二章 冬霞
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第37話 愛を語らい

15R指定により年齢に満たない方はご移動をお願いします。またBL要素をかなり強く含みますので、苦手な方もお手数ですがブラウザバックをお願いします。

 ムカデのような気持ち悪い魔物が、ライネスク侯爵を乗せて浮上し始めるのを見た時、心臓が飛び出さんばかりにラウロは驚いた。一緒にいた先輩たちも同じだったようで、妙な叫び声を上げ、地上に残っている長身のエルフの元へと駆けていく。貧相な世話係の女ですら、雰囲気とは違う素早さで走り出した。当然ラウロも皆のあとを追う。その間、最悪な事態を想像し、ゾッとなっていた。

 もしも侯爵があのエルフに連れ去られたとしたら、ラシアールだからという理由を言い訳にして、あんなムカデを恐れていた自分の不甲斐なさを一生後悔するだろう。

 エルフの元に到着すると、すでに先輩の兵士たちが彼に詰め寄っていた。


「いったいこれはどういうことだ!」

「どういうことって?」


 しれっとした顔でエルフが返事をした。

 この長身エルフは常に笑っているような口元で、他の連中よりずっと愛想がある。普通なら親しみを感じるそんな表情も、今回ばかりは小馬鹿にされたような気分となり、ラウロはムッとなった。先輩たちも同じだったのか、「ふざけるなっ!」などと怒鳴り散らした。


「や、そんなつもりはなかったんですけどね。あっ、マズいな、すげぇ大ごとになった」


 エルフの視線を追って振り返ると、ちょうど宮殿から大勢を伴ってディンケル副長が飛び出してくるところだった。

 その後、ブルーと言う名のそのエルフは上官に散々追求された。

 なぜ侯爵を魔物に乗せたのか、いったいどこへ連れて行ったのか、誘拐したのではないのかと、矢継ぎ早に質問を繰り返し、すぐにでも連行していきそうな気配があった。

 そんなディンケルを、ブルーはのらりくらりとかわしている。


「うちの可愛い使い魔ちゃんは、侯爵にぞっこんだって言いましたよね? で、侯爵と散歩したいってごねてたもんで。誘拐? あり得ないっすよ。だって(ぬし)の俺がここにいるんだから。それに、こんな状況でラシアールとギルドの戦争を引き起こすほど、俺、度胸ないし」


 一応筋の通っている言い訳でラウロは納得したが、上官の怒りは静まらない。ラシアール長老とジョルバンニ氏に連絡するとわめき散らした。世話係のコレットはどうしようと泣き始め、兵士たちは浮き足だって剣を抜く者すら数人現れる。そうしているうちに、本当にジョルバンニ氏が現れて、事態はますます悪い方に動き出した。

 ジョルバンニ氏は今すぐに兵士を集めて、侯爵が街の外に連れ去れないようにしなければならないとディンケルに命令した。


「ちょ、ちょっと待ってください。俺、そんな大それたこと考えてないっすよ。街の外にも出ることはないですから、絶対に」

「なぜそれを言い切れる?」

「だって俺がここにいるし」

「使い魔は大抵、街の外にある森などに隠していると聞いているが?」

「いやいやいや、それは主が巣結界を張った場所だけだから。勝手に使い魔だけが遠くに行くことはあり得ませんから」


 気配に飲まれ、さすがに脳天気なエルフも焦り始めたようだった。

 そんなこんなで宮殿中の騒ぎになりかけた頃、だれかが空を指さした。見上げると、夜空を背負った巨大なムカデが浮かんでいる。やがて少しずつ降下して来るその背中にいる少年の姿が見えた時、不穏な空気が一気に冷却していった。

 しばらくしてムカデが着陸し、真っ先にディンケル副長が駆け寄っていた。


「侯爵! いったいなにをお考えですか! 皆がどれほど心配したか」


 上官は本当に心配そうな顔をしていた。若き主君を大切に思っていることが伝わってくる。自分のように邪心を抱いているわけでもなく、ジョルバンニのように計略を練っているわけでもない、真の家臣といったその姿にラウロは恥ずかしさを覚えた。


「とにかく下ろして」


 悪びれもせず侯爵は長身のエルフにそう言ったが、ディンケルはそれを許さず、肢を避けて魔物に近づき、主君へと手を差し出した。

 いかにも渋々といった様子で、侯爵はディンケルの手を借りて地上に降りると、近づいてきたジョルバンニを無視し、世話係のコレットから金糸の入った黒いマントを受け取った。


「侯爵、この騒ぎをどうお考えでしょうか?」


 辛辣な声でジョルバンニが言う。

 しかし侯爵はそれを無視して自らマントを羽織り、大きな身振りでそれを翻した。その瞬間、ラウロは黄金の光が辺りに飛び散る幻を見た。

 宮殿へと歩き始めた侯爵を、「お待ちください、侯爵」と、慌てた声でジョルバンニが引き留めた。


「聞く必要はないね。お前は僕に命令する立場にはないから」


 朝にはなかった強さがある。儚さを(まと)っていた気配が、完全に払拭されていた。いったい彼に何があったのだろうか。

 さすがのジョルバンニもひるんだようで、歩を止めて、立ち去っていく少年の後ろ姿に目を細める。彼がなにを考えているのか、ラウロには全く読めなかった。

 やれやれといった様子でディンケルと兵士たちが引き上げ始めた。世話係のコレットと警護兵はとっくの昔に侯爵に付いて立ち去っている。ジョルバンニはというと、魔物を撫でているブルーへと近づき、ひと言ふた言なにかを言った。だがすぐに振り返り、立ち尽くしているラウロにらしからぬ激しい口調で命令した。


「ヘルマン、お前は役目を遂行しろ!」


 まるで冥府から来た指令のように、その声はラウロの耳にこびりついた。



 それからすぐ、侯爵、メチャレフ伯爵、アーリング士爵の三人が大広間の一つで夕食を共にした。部屋には召使いや兵士が十数人いて、取り囲むように彼らの食事を見守った。ラウロもその中の一人だ。古くからの習わしとはいえ、こんな大勢に見られていては食べ物も喉を通らないだろうと同情しつつ、ひたすら侯爵を見つめていた。

 彼は本当に小食で、鳥がついばむように欠片を口に入れていく。フォークに刺したのに、口に入れる直前に皿に戻すことすらあった。どおりで華奢なはずだ。いくらエルフの血が混じっているとはいえ、小食にもほどがある。次々と出される皿の三分の二は必ず彼は残してしまう。メチャレフ伯もそれに気づいて、具合が悪いのかと尋ねると、彼は「そうです」とだけ返事をした。

 メチャレフ伯はそんな侯爵を心の底から心配しているようだ。今すぐ医者に診てもらえと何度も言って、それを拒絶されると今度は、自分の白パンを侯爵に押しつける。それは唯一侯爵が食べきったものだった。



 侯爵には警護という名目で監視役がさらに二人追加されていた。ディンケルの報告で事情を知ったアーリング士爵が指示したらしい。

 ここ最近、ラウロ自身が感じていたことなのだが、宮殿や兵士たちの雰囲気がどこか違ってきている。先月から近衛兵の数が徐々に増えているせいもあるだろう。噂によれば、街にいるハンターに声をかけたり、近隣の町からも募集したりしているとのこと。あの戦いが終わる頃には五百人程度しか残っていなかった数も、今は五倍ほどに膨れあがっている。記憶は定かではないが、ギルド法により貴族の私兵は千人が限度だったはず。いくらイワノフ公爵家とはいえ、一貴族がそれほどの数の兵士を抱えるのを黙認されている理由、それは……。


(あのジョルバンニって男は、本当に侯爵を国王にしようと思っているのかな?)


 もしそれが本当なら、男の命令に従うのは正しいことのようにも思えてくる。侯爵のために、あの魔物を引き離すべきだと心が訴える。

 反面、自分があの男の代わりに愛されたいと願っている邪心が、そう思わせているのではないかとも考えた。

 そんなぐちゃぐちゃした気持ちを抱えたまま、ラウロは侯爵の前に座っていた。時はすでに夜更け、場所は彼の部屋にあるソファ。美しき君は腕と足を組み、不機嫌そうな面持ちでラウロを見つめていた。


「あ、あの……」


 堪りかねてラウロが言うと、彼はやや目を細め、それから小さなため息を吐き出した。


「ヴォルフから聞いたよ。見たんだって?」

「あ、ええ」


 いきなり核心を突かれ、動揺を隠せずにラウロは侯爵の顔から視線を離してしまった。


「で、ヴォルフの言うとおり、ジョルバンニに頼まれた? というより、最初からあいつの為に動いていたの?」

「それは、違います!」


 離した視線を戻し、ラウロは瞳に力を込めて相手を見つめた。


「確かにジョルバンニ氏には頼まれました。宮殿の上にあの狼魔がいるのを見て、追いかけろって。その代わりに侯爵の警護兵にするという条件ももらいました。そう言われて、俺が拒否できると思いますか? 貴方のおそばにいられるチャンスをみすみす見逃すと思いますか?」

「なんだ、そういうことか」


 嬉しそうににこにこと微笑んだ侯爵が眩しくて、今すぐにでも好きだと言いたくなる。言ったところでなにかが変わるはずもないのは分かっているのに、困らせるだけだと分かっているのに。


(好きです)


 唇をかみしめて、ラウロはその言葉が心の奥から出てこないように食い止めた。


「でもそう言ってくれて嬉しいよ。僕も知らない奴がそばにいるより、ラウロの方がずっといいし。そっか、これから毎日会えるんだ。なんかスゴく嬉しい」


 潤んだような青い瞳に見つめられ、体が発火した。頑張れば炎の魔法ぐらい使えるかもしれない。

 すると侯爵はおもむろに立ち上がり、部屋の隅にあるテーブルへと歩んでいった。ランプの隣に置かれていた真っ白なカップを持ち戻ってくる。しかし座った場所は前の椅子ではなく、ラウロの隣。肩は触れあうほど近くにあり、驚きのあまりラウロは言葉を失った。


「あのさ、ちょっと頼みがあるんだけど、いい?」

「頼み……?」

「これ」


 差し出されたカップの中に、薄茶の液体が入っていた。


「メチャレフ伯爵の滋養薬。またコレットが持ってきたんだ、いらないって言ってるのに。あんまり食欲がないんで伯爵が心配したらしい。でも好きじゃない、っていうかマズくて嫌なんだよね」

「ああ、はい……」

「で、頼みっていうのは、僕の代わりに飲んで欲しいんだよ」

「だ、駄目です! 伯爵は本当に侯爵のことを心配されているんですよ。俺ももう少し食べられた方がいいと思いますし。だからこれは……」

「明日は飲む。でも今日は嫌だ」


 らしいと言えばらしい拒絶で、微笑ましさすら覚えてしまう。

 駄々っ子のように口元を尖らせた表情がとても可愛らしかった。


「分かった。それじゃ、一口だけ飲む。ラウロは残りを飲む。それならいい?」


 良いとも悪いとも言わない前に、侯爵はカップにその可愛らしい唇を近づけて、本当に一口こくりと飲んだ。それからラウロにカップを差し出し、飲めという身振りをした。口をつけた部分が前にあるのは、たぶん偶然なのだろう。


「ね、いいだろ?」


 おねだりをするように、侯爵は小首を傾げる。

 ああ、神様……。


「わ、わかりました。でも今回だけですから」

「うん、今回だけ」


 にこっと微笑んだ美しい顔を横目で見つつ、ラウロは一気に飲み干した。

 確かに飲みたくないという気持ちは心底分かる。それほどまで、茶色の液体は苦くて、不味かった。


「うへ……」

「マズいだろ?」

「ええ」

「ありがとう、助かったよ」


 触るようにしてラウロの手からカップを取った侯爵は、テーブルにそれを置き、少しだけ身をもたせかけてきた。


(熱い……肩が熱い……)


 その後、なんの話をしたのかはっきりしない。度重なる接近にのぼせてしまったせいだ。教会で過ごした日々のこと、神父様のことなどを語っていたような覚えがある。

 気がつけば侯爵の肩に腕を回し、その柔らかな髪にそっと口づけをしていた。


「侯爵、俺は貴方が好きです」

「でもラウロはマルハンヌス教徒だろ?」

「貴方のためなら、俺はなにもかも捨てられる覚悟はありますから」

「本当に?」


 ああ、なんと麗しき瞳。

 優しく引き寄せて唇を重ねると、すぐに反応が戻ってきた。

 耐えられるはずはない。

 耐えられるはずなんてない。

 そのまま押し倒し、唇、首元、そして胸元の味を確かめる。滑らかで香しくて、さっき飲んだ薬の味が一瞬で消えていった。


「ラウロ……」


 甘い声で囁かれ、ラウロの火は一気に燃え上がった。

 ボタンを外してシャツを脱がせ、ズボンをはぎ取る。自らも軍服を脱ぎ捨て、肌を重ねる。甘い蜜を吸うように体中を舐め回すと、あんあんと色っぽく喘ぐ声がした。


「ラウロ、愛してる」

「侯爵……ユーリィ……俺も、貴方を愛してます」


 体中に点いた炎が消えないように、ラウロは無我夢中で少年を抱いた。彼もまた体の芯まで熱を帯び、どれほど自分を欲しがっているのか感じ取れた。


「ユーリィ、気持ちいい?」

「うん……いい……」


 もう神などどうでもいい。

 地の底に堕ちたとしてもかまわない。

 ずっとこの人と一緒にいられればそれだけで……。




 なにかの気配を感じ、ラウロは薄ぼんやりとした意識を取り戻した。瞼を通して光が分かる。朝が来たんだと思い、愛しき者を抱きしめようと辺りを探った。しかし手のひらは宙をかすめる。あの華奢な体はどこにもなかった。


「あ、起きた?」


 その声に驚いて、ラウロは飛び起きた。

 少し離れた場所に、朝日を背にして光り輝く少年が立っていた。


「警護兵が爆睡したとか言わないから、安心していいよ。ついでに寝言も聞かなかったことにしてやる。なんか凄い夢を見てたらしいけど。ちなみに僕はだれに対しても、“愛してる”なんて小っ恥ずかしいことは言わないから、覚えておけよ」


 彼がなにを言っているのか、数分ラウロには理解できなかった。


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