第187話 保管室会議
「あんたのせいよ」
そう吐き捨てたのは、唾を吐き飛ばすドレスの女、いや男。
ロズウェルはその野太い声を聞きたくないと、右耳に人差し指を突っ込んで顔をしかめてみせる。だが相手はそんな態度に屈するはずもなく、さらに声を荒げてロズウェルを責め立てた。
「あんたが余計なことを言ったから、きっと獣爵様がお怒りになったのよ!」
「怒鳴るな、唾が飛ぶ」
ここはマイベール家にある布の保管室。二人の周りには木の棒に巻かれた色とりどりの布が、天井近くまで積み上げられている。窓が一つもないのは、陽光によって布が変色をするのを嫌った為で、唯一の明かりは入口扉の横に掛けられた小さなランプだけ。そのせいで、闇に塗れたドルテの顔はいつも以上に迫力を増していた。
「そもそもなんで怒ってるのか……」
「何度も二人で説明したよね、ククリを殺したのはあの方じゃないって」
「聞いたけど、なにを言ってるのかボクにはちっとも分からなかった」
「あんたの頭が悪いからでしょ!」
「いやいやいやいや。魔界がどうの、虫がどうの、復活がどうのなんて話、誰が信じるのさ。ボクだってまだ半信半疑なんだから。そもそも獣爵は――」
言葉を切ったのは、ロズウェルのすぐ横にある扉が開いたせいだった。遅れて顔を出したのはマイベール家の女従業員で、薄暗い中で立ち話をしている男二人にギョッとして、そのまま扉を閉めかけた。
「待って! なにを思ったのかは知らないけど、ボクらはただ話し合っているだけだから、好きなだけ居て」
どうしようかと迷った様子で彼女はドルテに目を向ける。すると雇い主の息子は渋々といった表情で頷いたので、女は怖ず怖ずと中へ入って、入口に掛けてあるランプを手に取った。
(歳は三十少し前かな……? お尻の形がいいね)
女はランプをかざしながら、布を一つ一つの色と手触りを吟味している。上の方にある物には背伸びして、下にある物には少しかがんで、そのたびに黒いタイトなスカートに尻のラインがくっきりと出た。
プリプリとしたその形状につい見惚れていると、そんなロズウェルの脛をドルテが蹴飛ばす。
「痛っ!」
「どこ見てんの!」
「猛獣のような奴を見るなら、ボクは素敵な女性を見ていたい」
「尻を、でしょ!」
「失敬な。ボクが嫌らしい男みたいじゃないか」
「みたいじゃなく実際に嫌らしいから。あんた、子供の頃から女の胸や尻の――」
「アーアーアーアー!!」
「なに誤魔化してるのさ?」
そんなやり取りをしているうちに女は目的のものを見つけたらしく、ランプの把手を口にくわえると、想像以上の逞しさで布と布の間からそれを引っ張り出した。
「うわっ、スゲッ……」
思わず声に出てしまったロズウェルを、女が横目で睨み付ける。入ってきた時には気づかなかった派手な化粧も含めて、ロズウェルは思わず首をすくめた。
そうこうしているうちに女は出ていき、ロズウェルもホッと息を吐き出す。
「前から思ってたけど、マイベールにいる女はみんなケバいね。ああ、だからその毒気に当てられて、お前もそんな姿に……」
「毒気ってなによ!」
「痛っ!! その先の尖った靴は一種の凶器だぞ」
「ここは仕立屋だから、みんな身だしなみに気をつけてるだけ! それより話の続き。誤魔化そうってしたってそうはいかないから」
「あー、はいはい」
誤魔化せると思ってはいなかったが、なるべく話を逸らしたかったロズウェルは仕方なくドレス姿の旧友に向き直った。
「それで、陛下も獣爵様も一昨日と同じ状態?」
「まあ、そうなるかな……」
獣爵とドルテがサロイド塔に入ったは、一昨昨日のことだ。
その後、捕虜であるククリが全員頓死していることが発覚したが、ロズウェルが適当に説明をして二人を家に連れ帰った。しかし完全に口から出任せとも思っていない。“魔界から来た魔物が”というような説明よりも“皇帝陛下のご命令で獣爵が”という方が、説得力は何十倍もある。その証拠にギルド内でその話が広まっても、だれ一人非難するようなことを言った者はいなかった。
ククリの捕虜はどうしようもないお荷物で、その処分をどうするのかこの半年ずっと頭を悩ませていたのだから、皇帝陛下が実力行使で思い切った処理をなされたのだろうとだれもが納得した。
そもそもククリの件が是か否かという意見が出る前に、皇帝危篤という事態に陥ったのだからそれどころではない。せいぜい陸軍と協力して遺体を荷馬車に積み、街の外に捨ててくるのがやっとだった。
「陛下の意識はまだ……?」
表情を曇らせせたドルテは、たぶんこの街にいる者たちと同じ気持ちだろう。
皇帝に万が一のことがあれば、いったい自分たちはどうなってしまうのか。もう幾度目かすら覚えていない戒厳令が、その不安を助長させている。あふれかえるほどの兵士たちが街中を徘徊し、しかもラシアールが多い西地区と、貴族屋敷の多い東地区が多いのだから、軍部がいったいなにを懸念しているか子供ですら理解ができるはずだ。だからロズウェルが一番理解できないのは、軍部でもラシアールでも貴族でもなく、上司であるジョルバンニ議長だった。
今回の戒厳令も、軍部からの申請を彼が独断であっさり承認したせいである。
そのくせ郵送業務をずっと休んでいるラシアールにも警告を出すわけでもなく、勝手に輸出入を始めた貴族たちを咎めることもしない。まるで日和見主義的に、ギルドを動かしているようにしかロズウェルには思えなかった。
「ああ、皇帝陛下にもしものことがあれば……」
「そうなって欲しいと思ってるのは少なからずいるんじゃないかな」
「だれ? 陸軍? ラシアール? それとも貴族? でもそうなったらこの街は、いいえ、この国はおしまいよ。陸軍とラシアールは戦争を始めるかもしれないし、貴族達は好き勝手し始めるかもしれないし、ギルドも崩壊よね。それなのに、あんたはなんでそんなにのんびり構えているのか私にはさっぱり分からないわ」
「のんびりなんて構えてはいないさ。きっとこの二、三日で情勢が変わるだろうけど、ボクは平気だ」
口を滑らせてから“しまった”と思ったものの、なんでもないふうに装ってロズウェルは軽く微笑んだ。
幼なじみというものは思わぬ油断をしてしまうから質が悪い。たとえ真っ赤な口紅を付けていようと、白粉の下から見える髭跡が見えようとも、紫色のドレスを着ていようとも、黄緑色の瞳は昔のままだ。まだドルテが女言葉を喋らなかった頃、この場所で魔物の巨大人形を作ろうと二人で布を大量に引っ張り出して、マイベール氏に大目玉を食らった思い出がそうさせるのか。
「平気ってどういうことよ?」
「別に深い意味なんてないさ。それよりお前だって家でのんびりしてるじゃないか」
「なに言ってんのこいつ。仕事はしてるから」
「サロイド塔で?」
「あそこはもう人数が必要なくなったんで、離宮警備に替わったんだけど、ああ、そうだ、そのことであんたに話があったんだった。すっかり忘れてた」
離宮には例のラシアールが看護されている。魔軍との対立のきっかけを作った女だ。もしやなにか問題があったのかとロズウェルはグッと身構えた。
「まさか死んだのか……?」
「そんなことになったら、あんたにも連絡が来るでしょ、馬鹿じゃないの。じゃなくて私は夜間警備担当なんだけど、この二日間将軍が一晩中いるの。将軍って魔軍のよ」
「分かってるさ」
「聞くところによると、ほぼ毎晩来ているらしいの。ずっと傍にいて語りかけてるらしいわ。いいわねぇ、そんなふうに愛されるなんて憧れる」
「お前の恋愛観なんか興味ない。まさか……それを言いたかったのか……?」
まだドルテが自分に変な気持ちを抱いているという恐怖があるだけに、魔の手から逃れようと無意識のうちに一歩下がっていた。
「なに怖がってるの」
「べ、別に……」
「だったら黙って最後まで話を聞く!」
「はい、分かりました」
不承不承にロズウェルがそう言うと、ドルテは真っ赤な唇をゆがめて気持ち悪く笑って見せた。
「それで将軍はいったいなにを語ってるんだろうってどうしても気になるから、盗み聞きしようって思ったわけ。あ、眉毛を動かしたね。いちいち反応するとぶっ殺すぞ」
「反応していません、眉間が痒かっただけです」
「ちょうど離宮にいたのが、うちのばあさんが死にかけてた頃にしばらくうちで寝泊まりしてた看護婦だったのよ。あんたも覚えてない、大柄の人?」
「牛のような看護婦のことを言っているなら覚えてる」
「そう、その人。私が盗み聞きしようと思いついたのもその人がいたからよ。彼女の服がちょうど私とピッタリだしね。で、早速昨夜、替えの服を借りて彼女と一緒に中に入ったの。ここまでは理解した?」
「だいたい分かった。それで?」
ドルテは昔からそういうところがある。こうと思ったらやらずにはいられない質だ。他人から見れば異様な行動でも彼にはちゃんと理由があり、子供の頃はその予想外な行動が面白くて、あの巨大魔物作成計画も楽しかった。だが今は女装も含めて受け入れがたいことが多く、必要に拒絶反応が出てしまう。
「私たちの役目は患者の脈をとって、下着が汚れていないか確認すること。夜はそれを一度行うことになってるらしいわ」
「ちなみに患者は覚醒してるんだっけ?」
「目は覚ましている。でも動けないし喋れない。将軍が毎晩来ているせいで夜は起きて昼は寝ている状態だから、できれば夜中に来ないで欲しいって彼女は言ってたけど、将軍に直接言えないみたいね。そんなわけで私と彼女は中に入って仕事をしたわ」
「牛が二頭入ってきたと思って将軍も驚いただろうな……」
そう言った途端にグーで頭をポカリと殴られ、ロズウェルは頭を抱え込んだ。
「反応するなって言っただろ!」
「なんでちょいちょい男に戻るんだよ」
「いいから黙って聞け。将軍は私たちが来たことなんてちっとも気づかない様子だったわ。患者の手を握って、一生懸命に話しかけて回復させようと頑張ってる感じだった。とてもエルフらしい可愛らしい女性よ。よほど愛しているのね。羨ましいわぁ」
「ちょいちょい男に戻るくせに、ちょいちょい女らしさアピールが気持ち悪いな……」
ふたたびグーで殴られたのは言うまでもなく。
「それでなにを言ってたかってことなんだけど、小声だったからはっきり聞き取れなかったんだけど、“間違ってるのか”とか“協力をしていいのか”とかそんな言葉が聞こえてきたの。協力って聞いて、いったいラシアールがだれに協力しようとしているのかが今度は気になってきてさ。こんな情勢だから、彼らの協力相手によっては明日にでも戦いが始まるかもしれないし、逆に平静を取り戻すかもしれないし。わざわざあんたを呼び出したのは、あんたならなんか分かるかと思ったのよ」
「協力……ねぇ……」
その相手が、未だ意識不明の皇帝とは考えにくい。陸軍ともあまり良い関係ではないので同じだ。だとしたらジョルバンニか、もしくは貴族か。領地を渡す代わりとしてそのどちらかがなにかの協力を要請したことも考えられなくもなかった。
(もしそうなら……)
皇帝の命が危ぶまれている状況でなにかの取引をしたなら、それは権力闘争に関することということは想像できた。
「天才ロズウェルさんとしてはどう思うのさ」
「さすがのボクも、情報が少なすぎて結論なんか出ないから」
「は? それだけ? この話を聞いたら今すぐ獣爵様に知らせに行って、皇帝陛下を医者に診せるべきだと訴えようとは思わないの?」
「いや、ちっとも」
「あんたって人は……」
プルプルと震える握り拳が怖い。
また殴られては敵わないと、ロズウェルは扉の方へと一歩近づいた。
「だってなにをどう話せばいい? まさか幼なじみが看護婦の女装をして、魔将軍の独り言を耳にしましたなんて言えないだろ?」
「あ、そうだ。他にも“エルフの世界を作る”って言ってたっけ。あと今夜は来られないって、それは患者だけじゃなくて私たちにも言ったんだけどね。もしかしたら今夜なにかするつもりじゃないの?」
「今夜……」
窓がないからはっきりとした時間は分からないが、もうすぐ夕方になるだろう。ロズウェルもこれから行かなければならない場所があった。
皇帝危篤の危機に怪しげな動きをしているのは、なにもラシアールだけではない。つまりあの倉庫から綿花がセシャールへと輸送されることになったと言うのだ。しかも綿花だけではなく、ニコ・バレクも同行するというのだから、なにか企んでいることは明白だった。
そのことをロズウェルに打ち明けたのは、むろんバレク本人ではなくジョルバンニの方だ。『いよいよ動き出す』と。彼の見解では、セシャールに新たな皇帝の承認をもらいにいくのだろうということだった。
『可能性としてはベレーネク伯爵家の遺児二人のどちらか』
有り得なくはない。故ベレーネク伯爵夫人はセシャール王室とは遠縁だから、あわよくばソフィニアの実質支配をセシャールが考えるかもしれない。それを餌にバレク自ら渡航する可能性は十分にあった。
(ミューンビラーはまだ諦めてないみたいだな……)
貴族とはまったく面倒な連中だとロズウェルはつくづく思う。金だけではなく、権力も名誉もすべて総取りしなければ気が済まないらしい。商人はその点、金のためなら多少プライドが傷ついても和やかに対応できるだけの根性がある。
「さっきから黙り込んでなによ!?」
すっかり存在を忘れていた幼なじみが吠えて、ロズウェルはビクリと肩を震わせた。その態度に余計不信感を抱いたらしく、ドルテは鬼気迫る形相で一歩近づく。
「なんか隠してることがありそうね? 今夜どうしたっていうのさ?」
「今夜は仕事があるからそんなことはできないって言いたかったんだ。ボクだって色々忙しいんだよ。それより夜勤のお前もそろそろ離宮に行く時間だろ」
「今夜は別の仕事があるからまだ余裕」
ドルテはフンと得意げに鼻を鳴らす。
「別の仕事って?」
「荷物の護送。と言っても運ぶのは私らじゃなく荷馬車だけど。こんな状況だし、ククリの報復もあるかもしれないから、憲兵が護衛をすることにしたみたいよ」
「陸軍の兵士は?」
「あっちはあっちで街の防衛に人手不足らしいし、そもそも物資の輸送はギルドの仕事だから、こんな時に軍に頼むのが嫌なんじゃない?」
「ちなみにいつ、どこまで、なにを?」
「今夜、ファセド港まで、綿花を」
「げっ……」
間違いない。さっき考えていたバレク同行の輸送部隊だ。実はロズウェルも今夜行くことになっている。と言っても同行ではなく、部隊の後をつけてバレクが本当にセシャールへ渡航するか確認するようジョルバンニから命令されていた。
(ついでにファセド港で適当に時間を潰して、面倒なことに巻き込まれないようにしたかったんだけどなぁ)
家族のことは気になるが、商売柄、軍部の庇護は十分に望める。むしろ宮殿に出入りしジョルバンニとも繋がっていた自分が矢面に立たされるのが嫌だった。卑怯と言われても、賢人は危きを見ずだ。
「やっぱり隠しごとあるよね?」
気がつけば、両手を腰に当てたドルテが、上から目線でロズウェルを見下ろしている。こういう時の彼は暴れ牛の十倍ぐらい恐ろしい。
案の定、逃げる間もなくロズウェルはその大きな手で首根っこを押さえつけられ、ギューギューと締められていた。
「く、くるしい……」
「白状しなさい!」
「隠しごとなんて……ないから、ホントに」
「じゃあ、“げっ”ってなに?」
「ええと、それ、たぶん無許可のやつ。ギルドを通さず勝手に自分たちで輸送をしようとしている。だからお前も行かない方が身のためだぞ」
「ふーん……」
ようやく解き放たれて、ロズウェルは乱れた髪と襟元のスカーフを整える。ただし鏡がないので満足がいくほどではない。
「なんで無許可だって知ってるのさ?」
「ジョルバンニ議長が言ってたから」
「無許可なのになんで憲兵の任務命令を見過ごしているわけ? 議長なんだから下の人間が勝手なことを始めたら耳に入って当然だし、阻止できる権力もあるわよね?」
「知らない。ボクは議長のことをなんでも知ってるわけじゃないぞ」
「なんか怪しい」
「そう思ったら今夜の仕事は辞めた方が――」
「嫌だね」
猛獣を完全に怒らせてしまったようだ。真っ赤な唇がまるで血のように見えるほど、ドルテの顔は怒りしかなかった。その矛先がいったいどこにあるのか。どうか自分ではないようにと祈るような気持ちでロズウェルは横目で友人の顔を覗き見た。
「どいつもこいつも自分のことばかり。陛下のご容体なんかだれも心配してないみたいじゃないの。こんな国、滅べばいいのに」
「お、おい……」
「って言いたいところだけど、家族まで死んで欲しいとは思わないから。だから行ってなにか証拠を掴んでくるわ。あんたが言ったとおり、私みたいなのが訴えたところで信じてもらえないだろうけど、獣爵様ならきっと分かってくれるはず。それにきっと陛下も大丈夫。だって天子様なんでしょ?」
「やめとけって」
「うるさい! とっとと帰れ」
そうして男言葉に戻ったドルテに、ロズウェルは保管庫から蹴り出された。
もうすっかり日が暮れていた。しかし実際のところ太陽は一度も雲間から顔を出さなかったので、日が暮れたという表現が正しくもないのかもしれない。
自宅に戻ったロズウェルは、決まらない前髪をずっと整えていた。
窓を叩く雨の音がうるさい。もう三日も降り通しで、服も髪もじめっとしている。そのせいで上手く整わないのだ。
違う、そうじゃない。
今まで聞いた情報をかき集めて、良く考えればこのボクが分からないはずはない。本当はすべて理解しているのだ。
しかし脳味噌が拒絶するのは、知ってしまえばなにか動かなければいけなくなりそうな予感がしてるから。
(自分以外のことを考えたくない……)
前髪のことなら何時間でも悩んでいられる。それをだれかのために使うとなると、ウンザリするほど面倒な時間だった。
(とは言っても、このまま放置しても目覚めが悪いか)
嫌嫌ながら記憶の底から様々な声を引っ張り出す。たとえば“共通の敵”と言ったジョルバンニの言葉、バレクたちと交わした会話、サロイド塔での出来事についてのドルテの説明、そして離宮で女に呟いた魔将軍のセリフ。
共通の敵とはククリもしくはエルフだろう。魔将軍が言っていた“エルフの世界”とはククリが嘗て望んでいた世界だった。
(つまり議長は共通の敵として、ククリとラシアールを結託させ、ついでに邪魔なバレクを始末しようとしてる? いや、でも皇帝があの状態の今、そんなことをすれば本当に戦争になりかねない。陸軍だけではとてもエルフに太刀打ちはできないぞ。まさかこの街を壊滅させようとしてるんじゃないだろうな、あの人?)
それこそ、まさかだ。
議長に就任してからずっと、彼が守ってきたのは皇帝でありソフィニアではないか。それをあっさりと壊すようなことをするなんて考えられなかった。
(でも、そういえばあの人は失明しかけているってバレクが言ってたな)
失明は死と同じぐらい恐ろしいことだとロズウェルは思っている。なにしろ自分の姿が見られなくなるのだ。想像しただけでゾッとした。
ジョルバンニは自分の姿が見られなくなることに恐怖は感じないだろうが、その代わりに議長の椅子に座ってはいられないだろう。
(だから自暴自棄になってるのか?)
それも違うような気がした。
(いや、ジョルバンニの動機なんて今はどうでもいい。あの人がどうやってエルフを動かしてるかは分からないけど、間違いなくあの輸送部隊が襲われる。敵はエルフだ)
そうなったら貴族もギルドも自分たちの利権など考えている余裕などなくなるはずだ。なんとしても皇帝復活を願うだろうし、もしそれが叶わなくても結託しなければ勝ち目がないと、今さら悟るかもしれない。
(魔将軍がどうするかはまだ見えてこないけど。ククリと一緒に襲うつもりか、それとも彼らを助けることでラシアールの重要性を再認識させるつもりか。どっちにしてもエルフ同士、裏で繋がっていることは間違いない。そして例の化け物が復活となれば、いよいよ皇帝がいなければこの世界は終わる……)
案外ジョルバンニが一番、皇帝の復活を望み、信じているのではないかとロズウェルはうがったことを考えた。
「さて、ボクはどうすべきかだね。この結論が導き出せるのはボクぐらいしかいないと分かった上で、ドルテを例の任務に就けたり、今夜荷馬車が出ると言ったり、色々ヒントをくれたのかもしれないけど。あの人の思い通りに動くのもなぁ」
しかし動かないわけにもいかない。
彼の思惑通りに世界が破滅に向かう方がもっと腹立たしかった。
「ドルテの馬鹿をどうにかしなきゃならないから……」
ロズウェルもう一度鏡に向き直ると、手早くスカーフを整えて部屋を出る。
行先は、むろんガーゼ宮殿。
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マヌハンヌス教シンボル
デザイン:森の人様
ラウロ・ヘルマン
作画:森の人様