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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第八章 流星
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第183話 されど会議は 前編

 ユーリィは長く広いテーブルを前に、ひとりぽつんと座っていた。まだ会議室にはだれも到着していない。窓の外で騒いでいる小鳥のさえずりも、今は空虚の中にいるせいで、遠い世界の雑音にしか聞こえなかった。


――心の中は嫌な予感で埋め尽くされている。


 廊下には十数人の兵士と三人の従者が待機していた。彼らは予定の時間より早く皇帝が移動するとは思わなかったらしく、慌てた様子でユーリィの自室前から付いてきた。宮殿一階にある会議室の窓からも、前庭で整列している巡回兵たちが見える。きっと交代の時間だ。


――行かせて良かったのかという後悔で胸が苦しい。


 空はどんよりとした薄曇り。今夜は雨のようだ。ソフィニアの雨は一度降り出すと数日続くから、きっと明日も明後日も雨に違いない。その予想は、胸にある不安をさらに助長させてしまう。


――ヴォルフだけは絶対に失いたくない。


 テーブルは片側七脚、合わせて十四脚が並んでいて、ユーリィはどちらも眺められる先端にいた。とにかく誰か早く来ないだろうか。焦れったさが時間とともに増していく。早くこの会議を終わらせ、サロイド塔へと行くつもりだった。だれかに止められたって従うものか。


(だってあいつ、絶対なんか隠してたし)


 今思えばというだけで思い違いかもしれないが、それでもやはり不安は頭から離れてくれなかった。


 そうしているうちにやっと一人やってきた。ガランとした室内に驚いたのか、相手は開けられた扉から入ることなく立ち尽くしている。


「どうぞ、入って」


 ユーリィが声を掛けると、恐る恐る入ってきたのは男装の令嬢だった。


「えっ!? 皇帝お一人!?」

「早く来過ぎちゃったみたいだ」


 戯けて言ったユーリィと会話をするのはやや距離がある。そう思ったらしく、彼女は足早に近づいてきて、テーブルの脇で立ち止まった。


「どなたもおそばに居ないのに驚きましたわ」

「絶えずだれかに見張られてるなんてヤダよ」

「あの方は? グラハンス獣爵」

「ちょっと用があって出かけている」


 視線を反らしたことでエルナはなにか感づいたかもしれないが、それ以上はなにも尋ねなかった。代わりに少し戸惑った様子でだれもいないテーブルを見渡した。


「私も少し早く来すぎてしまったようですね」

「君は宮殿で暮らしているからしかたがないさ。でもそろそろみんな来ると思うよ。アル……オーライン伯爵も今日は来るんだろ?」

「そう伺っています。それからアールステット子爵とダール男爵が……」

「最近貴族院で役職に就いた二人だったね。総務長と書記長か」


 数日前にユーリィはその承認を求められ、書類にサインをした。以前作った貴族一覧表を見て、アールステット子爵がミューンビラー派であるらしいことは分かっていた。が前回の騒動の時には、母親が危篤という知らせを受けて領地に一次戻っていて、まったく関与していなかった。


「もうすぐ到着すると思います。今日はお二人とも皇帝陛下にご挨拶をしたいと申していましたので」

「別にいいのに、挨拶なんて」

「陛下!」


 窘めるように少し言葉を強めたエルナに、ユーリィは首を引っ込めた。

 あの騒動以来、エルナにはどうも頭が上がらなくなってきている。たぶん彼女には嫌われたくないと思い始めたことがその原因だと薄々は感じていた。

 エルナが予告したとおり、程なく二人の紳士が入ってきた。一人はどこかどんよりとした雰囲気の中年で、もう一人は長い金髪を後ろで縛った男だった。中年の方がダール男爵、金髪の方がアールステット子爵だとエルナが紹介したのち、それぞれが形式的な挨拶と役職承認への礼を口にした。

 総務長という役職に就いたアールステットが思いのほか若かったのに内心驚いていたユーリィだったが、もちろん表情には出さず、これまたありふれた返事をした。

 しかし一つだけ気になったことがあって、ユーリィは思わず言ってしまった。


「面白い目の色をしているね」


 その言葉にすぐアールステットが反応し、長い前髪で目を隠すような素振りをした。

 子爵の両目は色違いで、左は鮮やかな緑、右は紫に近い青だ。オッドアイはヴォルフで見慣れていたが、それでもついうっかり言ってしまったことを少々申し訳なく思った。


「あ、ゴメン」

「お気になさらず。これは生まれつきですし、視力も問題ありません」

「それなら良かった」

「もし不愉快とおっしゃるなら……」

「別にそんなことはないよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 無表情のまま子爵は軽く頭を下げた。

 その目の色のせいか、つかみ所がない男だなとユーリィは思った。年齢は二十五ぐらいだろう。クライスのように小洒落た雰囲気もなく、整った容姿だか瞳以外は派手な顔立ちでもなかった。背は低くもなく高くもなく。そんな男がなぜ総務長に選ばれたのだろうか。ミューンビラーが影で暗躍しているなら警戒すべき相手だろうが、あまりに無表情な相手にユーリィは困惑した。


(無表情って案外怖いんだなぁ。僕も昔はあんなだったから不気味だったかも……)


 今は表情豊かになったわけではないが、これよりマシだと思った。


(こいつにはあんまり関わるのはやめようっと)


 それからすぐにオーライン伯爵がやってきて貴族院側は全員揃った。直後、今度はディンケルを筆頭に、軍服姿の男たちが五人やってきた。その中にはエトムント情報書記官と、鉱山で出会ったのち司令官に任命したバルガンもいる。他の二人もアーリングが将軍だった頃からの司令官だった。

 代表してディンケルが有り体の礼儀を述べたが、そのまま口を閉ざさずに顔色が悪いだの、また痩せたのはないかだの、小言を言い始めた。


「ちゃんと食べてるし、痩せてもいないってば」

「では今朝はなにをお召し上がりになりましたか?」

「チーズの乗ったパンと、山羊のミルク」

「それから?」

「え? それで十分じゃないの?」


 すると、陸軍将軍はわざとらしいほどの深く長いため息を吐き出した。


「いいでしょう。今度実家から豚の腸詰めを送ってもらいましょう。我が家では毎年この時期になると作っていますから。特別な製法なので美味しいと評判ですよ」

「ディンケル家って肉屋なの?」

「旧メチャレフ領で養豚業を営んでいます。とは言ってもソフィニア人は豚をあまり食べないので、ほとんどは塩漬けにして輸出しています」

「僕も食べたことないや」


 なぜ食べないんだろうと考えても、ユーリィにはまったく分からなかった。今度調べてみようと思いつつ、陸軍将軍の真実を知ってほんの少しだけ愉快な気分になった。てっきり貴族の遠縁か子弟だと思っていたら、まさかの豚屋だった。それを堂々と口にしたディンケルに、ユーリィは親しみを覚えた。


(やっぱり軍部の方が、貴族連中よりも気が置けないな……)


 だからと言って彼らを信頼しているという意味ではなかったが。


 それからすぐにジョルバンニ率いるギルドの連中がやってきた。偉そうな口髭を生やしたアルカレス副議長、ジョルバンニの劣化版であるニコ・バレク、そして小柄な老人の四人だ。老人はシモンという名のギルド人事部長官。ちなみにバレクは流通部長官補佐という肩書きを持っている。流通部長官は以前アルカレス副議長が勤めていたが、彼が副議長就任以来その椅子は空席だった。

 だがそんなことよりも、ユーリィはクライスがいないことの方が気になっていた。ジョルバンニに尋ねると所用があり出席できないという。するとすかさずアルカレスが“クライスが出席しても意味がない”というようなことをいって豪快に笑った。

 その雰囲気がどこかミューンビラーを彷彿させ、しかも指輪やカフスなどあちこち金ピカなところもその印象を助長させた。


(この男もなるべく関わらないようにしよう……)


 室内は誰もいなかった頃に比べても、同じぐらい静かな状態だった。ギルドも貴族も軍部も、お互いに牽制し合っているという雰囲気は、ユーリィですら感じ取れる。だからと言ってそれを改めさせるつもりはまったくなく、妙な癒着が生まれなくていいと思っていた。


 さらに数分後、やっとラシアールたちが到着したという連絡が入った。


「陛下を待たせるとは、まったく」


 ディンケルがブツブツ呟く。それに同意してうなずいたのは軍部の者ではなく、アルカレス副議長だった。しかもどんよりした中年ダール男爵もうつむき加減ながらうなずいていたのを、ユーリィは見逃さなかった。


(長引く会議になりそう……)


 その予想は現れたシュランプ以下三人のラシアールによって、さらに最悪な方向へと導かれる。ブルーの姿はもちろんその中に混じってはいなかった。

 挨拶も早々に、ラシアールたちはいくつかの要求を出してきた。

 まず一つ目は、陸軍よりも魔軍の地位を上にすること。二つ目は流通をギルドから切り離し、すべてラシアールが管理するというものだった。

 むろん陸軍もギルドも黙ってはいない。ラシアールに従う理由がないとディンケルが反論し、ラシアールだけでは無理だとジョルバンニが冷たく言い放った。

 するとシュランプ長老は表情も変えず、静かにこう言った。


「しかし我々抜きでは、あなた方は赤ん坊同様ですな」


 その言葉にアルカレスは立ち上がり、ディンケルはテーブルを拳で叩きつけた。

 そんな彼らの様子を貴族たちは冷静に眺めていた。しかしさらに長老が続けた要求に、エルナが反発した。

 シュランプの要求は、先の戦いでギルド管理となった帝国南部の所領をすべてラシアールに譲渡しろというものだった。その数は二十三。つまり二十三人のラシアール貴族を誕生させよという意味でもある。


「あなた方が貴族の仲間入りをすることに反対をしているのではありません。ですが一度に二十三人は、いくらなんでも多すぎます。それに授爵に相応しい方が二十三人もいらっしゃるのでしょうか?」

「だれの所領にするかは我々が決めるので心配はいらぬ」

「なにをおっしゃってるのですか? 叙爵には現在はギルドの承認が必要ですし、近いうちに皇帝陛下から賜ることになるでしょう」

「エルフが人間のルールに従う理由などないですな」


 以前はもっと穏やかで腰が低かった長老の態度に、ユーリィは驚きを隠せなかった。

 彼らがこれほどまで強気になっているのは、やはりブルーが関係しているのか。それとも他に理由があるのか。それを尋ねようとした矢先だった。

 四人のラシアールが一斉に同じ方へと顔を向ける。

 北東のなにもない空間だ。全員が同じように眉を潜め、困惑の表情を浮かべている。さらに互いに顔を見合わせて、感じ取ったなにかを確認する小さな目配せをした。


「どうした、シュランプ長老?」

「いえ、別になにもありませぬ」


 しかしユーリィは絶対になにかあったはずだと確信していた。

 なぜなら彼らが見たのは、サロイド塔がある方向だからだ。


「塔でなにかあったんだろ?」

「さあて……」

「とぼけるな!」


 今まで黙っていた皇帝が声を荒げたのに驚いたのか、シュランプは戸惑いの表情を浮かべる。だがユーリィが魔力を高めたのを感じ取り、ようや重い口を開いた。


「わずかに空間が歪んだような気配はありましたな……」

「空間が!?」

「ほんの一瞬だけです。この世界になにか影響があるほどでもない」


 しかしそこにはヴォルフがいるはずだ。

 もしかしたらその歪んだ空間に彼が囚われてしまったのかもしれないと想像して、居ても立っても居られない気持ちになった。

 しかしそれを抑えるかのように長老はこう続けた。


「もう少しすればブルー将軍が来る予定となっています、皇帝陛下」

「なにが言いたい?」

「これが最後のチャンスだと彼は申しておりました」


 シュランプの声はわずかに震えているように感じられた。

 だからこの会議も自分も、きっとだれかの陰謀に踊らされているのだとユーリィは直感した。



☆★☆


挿絵(By みてみん)


タナトス・ハーン

作画:鷹澤水希様


萌えすぎて死にそうになりました!(作者が)

中編は185話になります。

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