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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第八章 流星
182/208

第182話 狭間からの侵入者

 帝都の朝はそれほど早くはない。人々が動き始めるのは大抵、太陽がかなり昇ってからだ。それでも半月前まで繰り返された夜間外出禁止令の間は、宵っ張りの市民も少しは早起きをしていたが、特別問題が発生していない今は人通りもまばらである。一番活動的なのは、きっとゴミ漁りをしているカラスたちだろう。

 俺も夜が明けると同時にベッドという巣から這い出して、活動を始めていた。目的地はゴミの山より腐臭が漂うサロイド塔だ。

 宮殿からサロイド塔までは、徒歩であれば小一時間、馬車でもそれなりに時間はかかる。しかし俺はカラスたち同様、飛行していくことを選んだ。

 人も鳥も俺の姿を見つけると途端に動きを止めて、逃げようか隠れようかといった様子になる。それが面白く、無駄に飛び回って彼らを脅した。

 だがやり過ぎれば、だれかがなにか文句を言い始めるだろう。そんな鬱陶しいことが起こる前に諦めて、俺は塔の前へと着地した。

 正門に立つ二人の門兵が慌てた様子で槍を構えている。それを睨みつつ魔物から人へ。青白い光が肢体を包み込み、それが四散した時、兵士たちはばつが悪そうな表情で槍を戻した。


「今日からしばらく俺がここを調査することになったが、聞いているか?」

「はい、獣爵」

「許可書と身分証はいらないよな?」

「ええ、もちろん」


 ギィギィと油が切れた音を響かせて、太い鉄格子の正門が開かれる。数歩先にはまったく同じ鉄格子の門があり、向こう側にいる門兵二人がこちらを向いて立っていた。

 二つの鉄格子で挟まれた狭い通路には、槍の(ほこ)に似た大釘が、等間隔で地面から突き出している。格子のてっぺんにもそれと同じ物が付いていて、さすが脱出不可能と言われるサロイド塔である。

 それを一瞬眺めたのち、内門の兵士たちに合図をすると、すぐに門は開かれた。彼らも降りてくる俺を見ていたようだ。

 だがしかし、開いた門から中に入る前に、俺の方が動けなくなってしまった。


(マジかよ!? 大釘よりも酷いトラップがあるなんて聞いてないぞ!?)


 門兵たちの横で晴れやかな笑顔を浮かべている優男。軽く流している前髪を掻き上げる手付きも気に入らない。苛つきが内から沸いてきて、できることなら眼力で焼き殺したくなった。


「おはようございます、獣爵」

「お前、なんでここにいる?」

「今日から獣爵と一緒にと、議長から命令が下りました」

「な……に……?」

「ボクの助力があれば貴方も心強いいですよね。なにかご不満でも?」


 相変わらずいけしゃあしゃあと自惚れの言葉を口にする。なんとも腹立たしい男だ。


「そばにいるだけで不満しか感じない」

「あれ? ボク、獣爵に恨まれるようなことしましたっけ?」

「そういう笑顔を浮かべるやつに、ろくなのがいないという経験則だ」

「ずいぶん残念な経験をなさっているんですねぇ。でもご安心ください。ボクはなんの問題もないことを保証しましょう!」

「だれが?」

「ボクが」


 ここまでキッパリ言い切られると、言いたいことがありすぎて言葉すら見失う。もしかしたらこれもなにかの罠だろうかという勘ぐりまで生じてしまった。


「なんで黙り込むんですか!?」

「言葉を失ったんだ」

「ああ、感動のあまりですね」

「全然会話が噛み合わねぇ!! っていうかお前、その服で行くのか?」


 よくよく見れば、今日は宮殿で合うよりもさらに派手派手しい格好をしている。俺は声を荒げ、焦げ茶に金の縦縞が入った上着を指さした。


「いけませんか? 先日仕立てたばかりで気に入ってるんですよ」

「ここは牢獄だ! しかも臭い!」

「あー、それは困りましたね。今日初めて袖を通したので匂いを付けたくないです。でも大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない。新品なんだろ? 匂いを付けたくないんだろ?」

「それはそうですが……」


 迷いの表情を浮かべている男を見て、これはもう一押しだと感じ取った。


「議長には俺の方から上手いこと言っておく」

「ですが――」


 言いかけたクライスを遮ったのは俺ではなく、いつの間にか俺たちの後ろに立っていた体格のいい兵士だ。


「私はご一緒してもよろしいのですよね?」

「なっ!?」


 叫んだのは俺だったが、クライスもぎこちない動きで振り返った。


「驚かせて申し訳ありません、獣爵様。私は今日ここで看守を勤めている者です」


 まるで顔を隠すかのように目深に制帽を被った男は、丁寧な口調でそう言った。そんな兵士が横に立つと、クライスは眉をひそめて横に移動する。その嫌悪感剥き出しの表情にふと兵士へと視線を戻せば、制帽から赤い前髪がチラッと見えた。


「あっ! お前、知ってるぞ。ユー……皇帝から聞いている。クライスを狙っている赤毛のオカマらしいな? 名前はマイベル」

「ドルテ・マイベールです、お見知りおきを。けれどクライス氏を狙っているというのは、彼の妄想です。勘違いしないで下さい。私が狙っているのは……あ! いえ! 誰も狙ってません!」

「なんか言いかけたな?」

「それよりどうなさいますか、獣爵。ここにいる役立たずの糞クライスと一緒に行くか、それとも体力にも自信があり、内部構造にも精通している私とご一緒するか」

「どっちも嫌だ」

「でも今、私は制服を着ているのですから、なにも問題はないと思いますが?」


 改めて赤毛の看守を眺め回し、確かに今は女装が趣味という雰囲気は全くなかった。長い髪には女のような巻き毛などなくただ結んでいるだけ。顔立ちも至って男性的で、太い眉、やや目立つ小鼻、二つに割れた顎、しかも髭の剃り残しまである。少し気になるのは長い下睫毛と垂れた目であるが、女性的というほどでもなかった。


「確認だが、昨日俺と一緒にいた男はいないのか?」

「看守長ですか? あの人はダメですよ。匂いを嫌がって兜を取りませんし、独房の奥までは絶対に入りません。食事の用意などはすべて我々下っ端がしていますから」

「なるほど……」


 独りで行った方がいいのか、それとも看守と一緒の方がいいのか頭の中で考える。ククリたちが暴れる様子はいっさいないが、万が一という可能性がないわけではない。それに昨夜見たアレもなにかの罠だったとしたら、一人より二人の方がいいかもしれない。見たところまともに戦闘もできないクライスよりは、少しは使えそうな体格をしていた。


「わかった、ではマイベール、一緒に来てくれ」


 この判断が正しかったのか間違っていたのか。

 一つ言えるのは、人生で“タラレバ”を考えたらキリがないということだ。




 ククリが収監されている五階に昇ってきたのはそのすぐ後。マイベールと俺の前を行くのは昨夜と同じ兜の男だ。十数個の鍵が付けられた鉄の鍵束を片手でじゃらじゃら鳴らして、煩いことこの上ない。


「あの音を響かせて、自分が来ることを私たちに知らせてるんですよ」


 隣にいるマイベールがそっと囁く。


「なんのために?」

「サボらせない為にね。みんなこんな場所にいるのが嫌だから、屋上でサボるんですよ」

「屋上があるのか?」

「小さな見張り台です」


 確かに一階であの音が鳴り始めた途端、階段を駆け下りるような足音がいくつか聞こえてきた。


「それで、マイベールが獣爵とご一緒することは、ジョルバンニ議長はご承知なのか?」


 独房の前まで来て、看守長は振り返り、いかにも面倒くさそうに赤毛の男に尋ねた。


「それは大丈夫ですよ。クライス氏がちゃんと話を付けているはずです。彼は最近議長のお気に入りだって、ご存知ですよね?」

「皇帝陛下は……」

「陛下には俺が言っておく」


 すかさず俺が答えると、ようやく看守長は納得して鍵穴に鍵を差し込んだ。

 隣にいるマイベールがゴクリと唾を飲み込む音がして、俺もそれに感化されてわずかな緊張を余儀なくされる。


(アレは幻だ。もう二度と現れることはない)


 そう気を落ち着かせて、嫌な音を響かせる重厚な鉄の扉が開かれるのを眺めていた。


「どれくらい中にいらっしゃる予定ですか?」

「小一時間だ。それ以上は鼻が壊れる」

「確かに。あ、そういえば今朝一人死んだので、今は六十七人ですのでお間違いなく。では出られる時は合図をお願いします」

「合図……?」


 意味が分からないまま薄暗い中に足を踏み入れると、背後で扉が閉じられて、しかも施錠までされてしまった。


「あっ!? おいっ、なんで鍵をかける!?」


 慌てて振り返って扉に取り付く。しかし小さな小窓から見える兜男は、くぐもった声で突き放した。


「ここは独房なので当然です」

「昨夜はかけなかっただろ」

「昨夜は覗いただけですから。では一時間後、扉を叩くなりして合図をお願いします」


 コツコツと床を鳴らして立ち去っていく靴音に舌打ちをしたが、いざとなったら変化をしてぶち壊せばいいんだと思い直して、右側に独房が並ぶ通路へと向き直った。


「弱虫チキタだから諦めて下さい、獣爵」

「チキタ?」

「チキータス看守長閣下です」

「ああ……」


 独房内は生きている者がいるとは思えないほどの静寂である。だから自然と俺たちもひそひそ声で話していた。

 朝だというのに本当に薄暗かった。陽光が入ってこられる場所は、それぞれの独房の天井近くにある手のひらより小さな窓しかない。だからここにいる者たちは朝なのか昼なのかもきっと分からないだろう。そればかりか生きている事すら分かっていないような気がした。


「本当に静かだ。本当に何十人もここにいるんですか?」


 通路を眺めつつマイベールが囁く。


「お前、ここの看守をしているんじゃないか?」

「この階に入ったのは初めてですよ。いつもは二階の軽犯罪者たちを見張っています。数ヶ月で出られる者ばかりですから、うるさくてうるさくて。けど基本的な構造はどの階も一緒なのでご安心を」

「ほとんど瀕死の状態だ。半年で半分生き残っていないだろうな」


 だからこのまま放置しろと別の俺が言う。たぶん魔物の方だ。人間の方もそれに同意していた。


「だから俺一人でも十分だったんだ」

「ですが、少し騙され易すぎやしませんか?」

「なに……?」

「クライスのやつ、ここに入りたくないもんだからあんな一張羅を着てきて、貴方を煽るようなことを言って、お役御免を図ったんですよ。議長には“獣爵に脅されました”とか言うつもりなんでしょう。自惚れが強いアホに見えますが、案外抜け目ない男なんですよ、昔から」

「くそっ、だからああいう晴れやかな笑顔を浮かべるやつは信用できないんだ」


 いや……

 良いように考えよう。

 ラウロ、ハーンに続き、あいつが第三の男となるリスクはなるべく排除すべきだ。

 それに隣の男の方がクライスよりも数倍役に立ちそうな雰囲気がある。

 少なくてもあの優男の自惚れでイライラすることはなくなったのだ。


「まあいい。とにかく人数がちゃんといるか数えよう。六十七人だったな?」


 通路はゆっくりと右側にカーブをしていて、その通路の右側に独房が並んでいた。


「通路を真っ直ぐに行くとどこに行く?」

「行き止まりですよ。この塔は円形をしていて、外壁に沿って通路があります。縁の内側に独房が並んでいるのです」

「ああ、だから部屋の形が(いびつ)なんだな」

「そういうことです」


 それから二人で黙って中にいる者たちを一つの部屋毎に数えていった。どうやらそれぞれ五人から七人ほどがいるようだ。動く者は誰もいない。朝食はどうしたかと尋ねると、昼近くになる頃にここの担当が運んでくるとのことだった。


 独房の脇を歩いて、最後の部屋までたどり着き、中を覗いてみるとそこにはたった一人だけが端の方に座っている。黒いローブを着たそれは、フードで顔を隠して、壁際に寄りかかっていた。


「ここは一人か」

「あれ? そんなことはないはずなんですが……」

「一緒に居た連中は死んだのかもしれない」

「その場合は……あっ!」


 顔を上げてこちらを見たエルフを見て、マイベールが叫ぶ。きっと今までと違い、生気ある瞳の輝きに驚いたのだろう。俺自身も驚いて一歩下がったが、それとは別の理由だった。


『ボクを殺すの……?』


 真っ赤な瞳がこちらを見つめている。

 あれは間違いなく俺を刺した――――――


「アッ、消えた!!」


 昨日と同じく、本当に一瞬でその姿が消え去った。


「やっぱり幻なのか!?」


 だが、昨夜とは違っていた。

 背後に気配を感じて振り返れば、そこにフードを落としたエルフの少年が立っている。青い髪が燃えるように揺らいでいた。


「ア、アロンソ……お前……」

『ボクを殺すの!?』

「クソッ!!」


 同じセリフに苛立って、マイベールが構えていた剣をひったくると、その勢いのまま亡霊めがけて振りきった。


 しかし__


 亡霊は煙のように消え、通路の奥へと再度現れる。


「どうなってるんだ!!」


 俺の叫び声は、静かな牢獄内に響き渡った。


『ふふふ、ヒントは“時空の狭間”だよ。それにしても昨日アナタを刺したのに、そうやってピンピンしてるってことは死ななかったのかな?』

「昨日!?」

『ここがどこか分からないから、今ボクがいる場所に招待するね』


 赤目のエルフがそう言った刹那、俺たちの取り巻く空間がグニャグニャと歪み始める。

 それはまるで、異界に繋がる空間を通ったかのようであった。



☆ ★ ☆


挿絵(By みてみん)


フェンリル その2

作画:Nina様


なおイラストクリックで、Nina様のpixivページのURLが表示されます。

可愛らしく素敵なイラストばかりなのでぜひ覗いてみて下さい。

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