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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第一章 地吹雪
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第18話 喘ぐ爪

15R指定により年齢に満たない方はご移動をお願いします。またBL要素をかなり強く含みますので、苦手な方もお手数ですがブラウザバックをお願いします。

「私がなにを思ってるか、分かりますか?」


 強い口調でヴォルフに言った友は、部屋の片隅に立っていた。まるでそこにいなければ、何かしてしまうという険しい表情を浮かべて。

 前も一度、同じ状況だったことがある。すべてを諦めた男を目の前にして、同じように彼は語りかけていた。

 あの時は見えなかったが、今なら分かる。激しい感情を表さない男が、どれほど怒っていたのか。


「分かってる。どの面下げて、ユーリィのそばにいるんだって思ってるんだろ?」

「いいえ、違います。貴方が彼のそばに戻ってきて良かったと思ってるんです」

「嫌みか?」

「私は、彼を諦めて良かったと思っているんですよ、ヴォルフ・グラハンス。さっきそう確信しました。ただ貴方の立場を心配しているんです。貴方の居場所、どんどん無くなっていきますよ、いいんですか?」


 きっと試されているんだろう。

 以前のように、独占欲という狂気に駆られて、少年を縛り付けないかと。


「俺の居場所は、俺自身が見つけるさ」

「それはどういう意味でしょうか?」

「さて、どういう意味だろうな」


 例のことを言うべきか悩みつつ視線を逸らす。勘のいい男だから、言ってしまえば何を考えているのか悟られるだろう。

 このことはまだ、自分だけの秘密にしておきたかった。


「そういえば眼、色が違いますね、どうしました?」


 アルは自分の右目を指した。

 ほら、やはり。

 言わなくても彼はすぐに見抜いてしまう。


「その色はあの魔物と……」

「俺のことは気にするな。もうあんなことはしない。それより、あいつの力になることだけを考えてくれ」

「もちろん、そうするつもりですよ。ただ……」


 ひとしきり考えた友は、不安げに言葉をつなげた。


「ただ、あのジョルバンニという男、私でも太刀打ちできるか分かりませんよ」



 それから日が落ちるまで、アルベルトと今後について話し合った。特にジョルバンニについては警戒が必要だというのは一致した意見で、何か企んでいるようならユーリィから引き離そうということで話がまとまった。


「あの男は本気で、ユーリィを玉座に座らせようとしてるのかな?」

「操ろうとしているのかもしれないですね」


 その言葉にヴォルフは鼻で笑った。


「あいつが、大人しく操られる玉か?」

「時と場合によります。フォーエンベルガーの時もそうでしたが、彼は守りたいと思う者の為なら、自ら犠牲になることも平気でする子ですから」

「まあ……そうだけど……」


 保身も護身もしない少年に、今までずっと苦労してきたことをヴォルフは思い出した。


「しばらく私は、イワノフ領の面倒を見ることにしますよ。もちろんオーライン家のこともありますが、その辺りは大伯母に分かってもらえるようにします。ヴォルフも注意してくださいよ。特にふたりの関係が知られたら厄介ですから」

「分かってるさ」

「前みたいに、欲望に任せて彼を抱くのも止めてください」

「お、おい!」


 平然とした表情で言った友に焦っていると、


「冗談ではなく。ユーリィ君が一日でも身動きができなくなれば、それだけ付け入られる隙を与えてしまうかもしれないでしょう? それとも彼は大人になりましたか? 死にかけるようなこともなくなった?」

「いや、それはまだ……」

「それなら自粛してください。これは貴方自身のためでもあるのですから」


 事態はわりと深刻なんだなと、今更ながら気づいたヴォルフだった。




 夕食の時間になり、指揮官ふたりを合わせた八人が食堂に集った。ディンケルたちが辞退したいと申し出たのは、ヒルヴェラに遠慮したのだろう。しかしユーリィが一緒でいいと言うし、夫人もかまわないと言ったので、渋々と言った様子で席に着いた。

 フィリップは少しはしゃいでいた。大好きな兄が一緒だったことと、大勢で食べるのが楽しかったのだろう。それに比べてレティシアは、食べ物を喉に通すのもやっとというほど堅くなっていた。

 ヴォルフもなんだか落ち着かない気分でいた。こんな顔ぶれで食べるのは最初で最後だと分かっていながら、ディンケルから向けられる視線が、時々刺すように痛かった。

 あの指揮官はすべてを知っている。だがそれはいい。問題は、彼がだれかに言っていないかということだ。そのことをアルに伝えると、自分が確かめようと言ってくれた。

 そう言えばと、ふと思い出したのはアーリング士爵。彼も気づいている様子だった。尋ねられ、“愛している”とはっきり答えたこともある。

 さらにラシアール族のブルーも知っている。


(結構知られてるな……)


 ジョルバンニの耳に入るのは時間の問題かもしれない。

 そう考えるとなんだか憂鬱になって、ヴォルフもまた食欲が失せていった。


 食事はガーゼ宮殿よりは遙かに豪勢だった。特に鴨肉があったのは驚きだ。ソフィニア人はあまり鶏肉を食べないらしく、平穏な時でも口にすることは滅多にない。

 味付けはイマイチだったが、失せた食欲でも食べられたのだから、やはり久しぶりの肉を体が欲していたのだろう。肉嫌いなユーリィですら、いつもより積極的に口にしていた。

 食事中の議題は、ソフィニアの現状とイワノフ家について、それからオーライン伯爵領についてだった。

 ソフィニアについてはヒルヴェラがたいそう心を痛めたので、さすがにアーリングが今何をしているのか、だれも言わなかった。

 イワノフ領のこれからについても、ユーリィの口から改めて説明された。


「でしたら、どなたか良い娘を探さなければなりませんわね?」


 ヒルヴェラの言葉を受けて、正面に座るディンケルの視線がふたたび向けられたものだから、飲みかけた肉を喉に詰まらせ、ヴォルフは慌てて水で流し込んだ。


「リマンスキー子爵家の娘はどうかしら? たしかエルネスタという名前だったはず。あの戦乱の中、ひとりの領民も失わずに領地を守ったと噂を耳にしたわ。きっと聡明な娘なのでしょうから、侯爵にはお似合いではないかしら?」

「エルナは、エルネスタ嬢は知っています。ただ彼女とは色々あって、たぶん僕を嫌っていると思うので、無理だと思います」

「あら、そうなの? 残念ね」


 あの戦いで、ユーリィに悪評が流れた頃に彼女とは一度会ったのだが、その時のエルナの態度が悪かったため、ユーリィはそう信じているんだろう。

 だがヴォルフは知っていた。エルナがユーリィを憎んでいなかったことを。それを伝えずに握りつぶしたのは、他ならぬヴォルフ自身だった。


「そういうことは、まだまだ先の話ですよ、ヒルヴェラさん。それに、僕にはエルフの血が濃く出ているので、心も体もまだ成熟していないんです。そうですよね、母さん?」


 ユーリィの問いかけに、レティシアはピクンと肩を震わせただけだった。

 それからオーライン家の領地の話題になり、今はほとんど放置されているとヒルヴェラが悲しげに言った。ユーリィもためらいがちに、あまり良い状態ではないと告げると、アルベルトが継承したらすぐ自分が見に行こうと申し出た。


「できるだけ早く、ギルドにはこの継承についての承認をいただかないとなりませんわね」


 ということで、ソフィニアに戻る時はアルベルトも同行することが決定事項となってしまったのだった。

 それから妙な食事会はたいした話題も出ず、すぐにお開きとなった。フィリップが眠そうにし始めたのも一因だ。皆、それぞれの部屋に引き上げていき、ヴォルフも同じように部屋に戻ることにした。以前この城で寝泊まりしていたのと同じ場所だ。ユーリィの部屋とはかなり離れているが、アルに釘を刺されたこともあり、今夜はそれでいいと思った。

 ユーリィは何か言いたそうな顔をしていたが、シュウェルトに案内すると言われ ――たぶん迷うと思われたのだろう―― 渋々と付いていった。

 毎晩毎晩、強引に一緒に寝てたから、本当は迷惑だと思っているんだろうと感じていた。だからあんな顔をされただけでも満足しよう。

 今日はすでに言葉の愛情をもらっているから、これ以上は贅沢すぎる。

 幸せとは、小さなことの積み重ねなのだ。


(俺も卑屈になったもんだなぁ……)


 自虐の笑みを浮かべつつ、ヴォルフはベッドに横になった。

 数年前まで“女泣かせ“などと異名をいただいていたなど、今はだれも信じないだろう。十も年の離れた少年に、毎日しっぽを振って暮らしているのだから。


(俺って結構、尽くすタイプだったのか)


 思い起こせば、雨降る森の中で出会っただけの相手だった。少女のようだと思ったのは最初だけ。魔物が出るぞと警告した相手に“(なま)ってないから大丈夫だ”などと答えるのは、後にも先にも彼ぐらいだろう。


(ま、だからこそ、あんなことをしたんだけどな)


 あんなこととは、強引に薬を飲ませたこと。

 高熱が出てふらつく少年に、無理やり薬を口移ししたという凶行だ。

 それが始まり。


(違うな。俺はあいつに一目惚れしたんだ、たぶん)


 あの青い瞳があまりにも悲しげで、引き込まれるほど美しく、気がつけば心ごと囚われていた。


(あの時はそうとう警戒されたっけなぁ)


 罵られたこともあったし、変態扱いされたこともあった。

 それが今では、向こうから抱きついてくれるほど愛をもらっている。

 だから一晩や二晩、いや、しばらくの間は独り寝の寂しさを味わうことなどどうということはない。今夜は過去を思い出しながら、寝ることにしよう。

 そう自分に言い聞かせ、毛布にくるまって、うとうととし始めた頃だった。

 小さな音が聞こえてきた。

 落ちかけていた意識が急激に浮上し、ヴォルフは毛布から首を出した。

 間違いなく、扉がノックされた音だった。


(だれだ……?)


 わずかな期待に胸がうずく。

 ベッドから静かに降り、足音を忍ばせて扉まで行くと、相手を驚かせないようにと、そっと開いた。

 果たして、廊下にいたのは青い瞳の少年だった。


「どうした……?」


 戸惑いと喜びが半々な気持ちでそう言うと、彼は何も言わずに中に入ってきて、指先で扉を閉めろと命令した。


「よくここまで独りで来れたな」


 この城の内部構造は、ユーリィでなくとも迷ってしまうほど複雑だ。それを独りでこれたのだから、感心するより他になかった。


「馬鹿にするな。僕だってやる時はやる!」


 その言い方が可愛くて、少しからかってやろうという気になった。


「独りで来られるように練習したって聞いたぞ?」

「なんで、それを……」

「チョビ髭に聞いた」

「げっ、あいつ、やっぱり喋ってたのか」


 怒った表情を作っているものの、少年の顔は少しずつ上気している。

 なんて愛しい存在だろうかと思わずにはいられなかった。


「あの時は俺も意地になって、なかなかここで寝なかったから、あの男も心配したのさ」

「いいよ、別に……」

「で、何回ぐらい練習した?」

「そ、そんなにしてない」

「何回?」

「たった二十回ぐらい往復しただけだ」


 猛烈に抱きしめたくなる。

 その赤くなった頬にキスをしたいと思う気持ちを必死に抑え、ヴォルフはなるべく平素を装い、「練習した甲斐があったな」とだけ言って、軽く微笑んだ。


「そんなこと、もうどうでもいいよ」


 少々むくれたように言い、ユーリィはヴォルフの体を押し退けるようにして、部屋の奥へと歩いていった。

 ベッドまで歩み寄った彼は、その縁に腰を下ろして周囲を見渡す。ランプは消していなかったので、赤い炎が喘ぐように揺れていた。

 少年がつまみをひねって、炎を弱める。

 途端に、薄闇が部屋の中へと忍び込んできた。


「全部消したら、真っ暗になるかぁ」

「まさか、ここで寝るつもりなのか?」

「そうだけど? でもこのベッド、狭いよね」

「従者用だからな……って、本気か!?」

「なんで? いつも一緒に寝てるじゃん」


 いや、そうだけど。

 今日は色々事情があってだな、というよりこれからは色々と事情があってだな___と言いたかったが、言ってしまえば怒り出す気がした。


「早く寝ようぜ」

「あっ、ちょっと待て。その前に話をしよう」


 横になろうとするユーリィを慌てて引き留めて、ヴォルフは少し離れた場所に腰を下ろした。


「話? なんの?」

「えーと、ああ、そうだ、ヘルマンのやつ、すごく気にしてたぞ。君を怒らせたって」


 刹那、少年の表情が暗く沈んでいく。


「別に怒ってないよ。ただ僕があんまり話しかけると、ラウロに……ヘルマンに迷惑かけちゃうだろ? いいんだよ、僕は友達が欲しいわけじゃないから」


 今すぐ抱きしめたい。

 抱きしめて、その暗くなった気持ちをすべて受け止めてやりたい。

 しかし今は耐えるべき時だと、ヴォルフは必死に我慢した。


「いつか君にも友人ができるさ」

「ならいいけど。で、話ってそれだけ?」

「えーっと、あ、レティシアさん、彼女はずいぶん綺麗になったな?」

「そう? 前と変わらないんじゃない?」

「そういえばそうかな……」


 そして沈黙。

 はっきりと説明するべきなのか?

 迷った矢先、ユーリィはおもむろに立ち上がり、ヴォルフの前までやってきた。

 見下ろす青い眼には、ランプの炎が燃え移っていた。


「おまえ、アルになんか言われたんだろ?」

「あ、いや……」


 曖昧な言葉を発した口を、ユーリィの唇が重ねられた。

 温かく柔らかな感触は、瞬時に理性を吹き飛ばしそうになるほど気持ちよかった。

 マズい……。

 逃れようと首を動かす。しかし頭の後ろを鷲づかまれ、反対の手は背中に回されて、完全に押さえ込まれた。

 その間にもユーリィの唇は、濡れた感触を帯び始める。上唇も下唇も、そして口角も甘い液に浸された。

 恋人を舐め尽くして、少年はふっと唇を離した。


「その気になれよ……ヴォルフ」


 やや上擦った声で囁かれ、唇を押しつけられ、回された手で背中をまさぐられ、あらがうすべなどあるわけがない。

 華奢な体を抱き寄せると、夢中で(むさぼ)った。

 シャツのボタンを外し、細い首筋に、美しい鎖骨に、滑らかな胸に唇を這わせ、敏感な部分を刺激した。


「っあ……」


 劣情が混じった喘ぎ声は、夜の静けさに溶けていく。欲しくて堪らないとでも言うように、何度もヴォルフの髪をかき混ぜた。

 いつもは抑え気味の少年が、今夜はすっかり夢中のようだ。こんなふうに乱れるのは、本当に珍しかった。


「ヴォルフ……」


 自分の名前すら甘く聞こえるから、もう我慢するのは無理かもしれない。

 背中を支え、少年を膝の上へと座らせた。

 虚ろな瞳がなんと色っぽいことか。

 ズボンのフォックを外し、中へと手を滑らせる。

 脇腹からゆっくり前へと……。


「んぁっ……や……」


 少しの刺激でも耐えられないのか、彼はヴォルフの肩に顔を押しつけてきた。

 息がかなり荒くなっている。欲情だけではない何かが混じった息だ。

 すでに苦痛が生まれているらしい。


「苦しそうだ」

「だい……じょうぶ……」


 切れ切れの息には甘さが消えかけて、言葉とは裏腹な限界が現れていた。

 やはり今日は止めておいた方がいいかもしれない。


「止めよう、ユーリィ」

「やだ……続けてよ……」


 そう言って彼はしがみつく。細い指が、胸に深く食い込んだ。

 もう片方の手がヴォルフの右手に添えられて、動かしてくれとせがんでくる。本当に今夜の彼は積極的だ。

 けれど紛れもなく、少年は欲情と苦痛の中で溺れかけている。絶え間なく漏れる息があまりに辛そうで、ヴォルフの熱を奪っていった。


「これ以上は無理だ」

「お願い……」


 ヴォルフのためらいに抗議するように、添えられた手に力が込められた。


「お願いだから……」


 両目が泣いているかのように潤んでいる。

 切ないほど彼は必死だった。


「辛くなったら言うんだぞ」

「うん」


 それから、少年の様子を窺いつつ、彼を刺激し続けた。

 つかまれた胸元に、爪が鋭く刺さっている。血がにじんでいる感覚すらあった。

 だけど、彼と苦しみを分け合っているのだと思うと痛くはない。

 ひたすらに少年が愛おしかった。


「ん……」


 ユーリィの体が軽く震え始めた。これが彼の果てる合図。もう終わりが来ているようだ。


「あ……や……んぁっ……」


 嬌声を吐き出して、少年の体が硬直した。

 直後、その細い体から徐々に力が抜けていく。

 意識を失った彼の手は、滑るようにヴォルフの胸から落ちていった。


 いつも彼はこうして果てる。

 ヴォルフは分かっていた。

 彼に子供など、まだ無理だということを……。


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