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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第八章 流星
177/208

第177話 叙爵式にて

 街中を二台の馬車が駆けていく。前後と間には騎馬憲兵の馬がそれぞれ二頭。ちょっとした隊列ではあるが、あえて立ち止まり注目をする者はほとんどいなかった。

 ソフィニアでは貴族馬車の往来が珍しくことではない。だから人々も暮らしに忙しく、いちいち気に留めないのだ。それに混乱と平穏を繰り返す帝都だから、落ち着いている今こそできることを、と思っているのかもしれない。


(あの白馬車にしなくて良かった)


 窓の外を眺めて、ユーリィはそう思っていた。そうでなくても皇帝が乗っていますと宣伝して走る、金の装飾をたっぷりあしらった白馬車はあまり好きではない。しかも後ろの車輪の間には、マヌハンヌス神と取り囲む精霊たちを象った金の彫像まで付いている。いかにも王宮時代の遺物といった馬車だった。


(あんなのに乗っていたら、私利私欲に塗れた支配者みたいじゃないか)


 富と権力が欲しくてここにいるのではない。

 すべてを治めるために。

 だから運命を受け入れたのだ。


 非公式だからという理由に(かこ)けて、ユーリィはありふれた馬車を用意させた。色は黒、金の装飾もほんのちょっぴり、しかも一頭引き。後方を走るのも同型で、陸軍と貴族院の情報書記官二人が乗っている。

 そしてユーリィの隣に座るのは、自惚れが激しいロズウェル・クライスだ。


(無駄に話しかけてこないのは、少しは空気を読んでるのかな?)


 青みがかった黒という、わりと珍しい髪色をした男は、窓枠の下にある小さな肘掛けに肘をついてゆったりと窓の外を見ている。およそ皇帝とともに馬車に乗っている様子ではなく、気楽な馬車の旅を楽しんでいるようだ。


(それとも図太い奴なのかな?)


 親しくなれそうにないタイプに見える。自信過剰な奴は嫌味っぽくて皮肉好きという偏見があるし、今まで会った相手はだいたいそうだ。もしくは相当な変わり者。それなら見てるぶんには面白いが、相手にするのは面倒臭いとも思った。


(ま、顔は確かにいいけどね。良すぎてなんか彫刻みたいだ。でも僕みたいに女には間違われないだろうなぁ、背も低くないし、細すぎてもいないし)


 こんな完璧な造形美なら、クライスが自信過剰なのも理解はできる。だから、これ以上男の容姿の良し悪しを考えるのは不毛だと、目を逸らしかけた。

 だがその時__

 窓の外を眺めていたクライスの薄緑色の瞳が、スッとユーリィへ向けられる。薄めの唇には軽い笑みが浮かんでいた。

 面白くない表情だ。横柄な雰囲気もある。それが気に食わずユーリィは目を細めた。

 するとクライスは肘を下ろし、身を正して、急に真顔になった。


「ボクを処罰なさいますか、皇帝陛下?」

「は? 処罰?」

「ボクはずっと無礼な態度でした」

「まあ、ちょっと図々しいとは思った」

「ちょっとどころではなく、ボクは大変不敬でした」

「えっと、なにが言いたい?」


 整いすぎている顔からは内面を読むことができず、内心ユーリィは戸惑っていた。

 それを感じたのかどうかは分からないが、相手はふたたび破顔して、


「大変失礼いたしました。本当は少々無礼な態度を取って、皇帝陛下に叱られようと考えていたのです」

「なんの為に?」

「せっかくのチャンスなので、陛下とお近づきになりたいと願った次第です。完璧な者は、孤独という悲しみが常にあるのは陛下ならきっとお分かりのことでしょう。ですが陛下はとてもお優しいと聞きましたので、もしや多少欠損がある者の方が、陛下のご寵愛を戴けるやもしれないと。本当に馬鹿なことを考えたものです」

「なに言ってるのか、ちっとも分からないんだけど」


 企みなのか真面目なのか。眉間に指をあてて悲しみを表現している男に、戸惑いはますます増える一方。


「いいのですよ、そのようなお気遣いをして戴かなくても……」

「気遣う理由はないし、ギルドを特別扱いするつもりもないと何度も言ってるはずだ」

「いえいえ、戴きたいのはロズウェル・クライスという者へのご寵愛――」

「うげっ!」


 一瞬にして背中が凍りつく。

 ヴォルフも含めて過去に何回も聞いた同性からの睦言。この運命だけはどうにも受け入れがたい。

 身を乗り出してくるクライスから逃れようと、ユーリィはもぞもぞと座席を移動して、壁へとへばりついた。


「どうなさったのですか!?」

「それ以上近づくな! 動くな!」

「まさかご体調が?」

「すぐ馬車を止めろ」

「いったいどうして……」

「だから近づくなって言ってるだろ。いいか、僕の寵愛なんて期待するなよ!」

「そうですか……」


 悲しげに眉を寄せて、クライスは肩を落としてため息を吐き出した。それから窓枠から垂れている紐を引く。紐の先に小さな鐘が付いており、御者台に合図を送ることができた。その間ユーリィは相手の一挙手一投足を眺め、万が一の場合に供えて魔法がすぐ使えるように準備をしていた。

 馬車は西地区に入ってすぐの路上で停車して、背後の騎馬をやや驚かせる。予定外の停車だからきっと憲兵たちが飛んでくるだろう。そうしたらクライスを後ろの馬車に放り込ませよう。


(明日ジョルバンニに言って、情報書記官の任を解かせる。それで解決)


 短絡的に人材を決めた自分が悪かった。次はしっかり吟味して、なるべく無難な雰囲気の妻帯者を選ぼうそうしようそうしようと思いつつ、クライスを睨み続ける。しかしクライスの方は平然とした表情で、穏やかに座っていた。

 沈黙が数秒ほど続き、やがて馬車の扉が叩かれた。


「どうなさいましたか、陛下!?」


 予想した通りに窓から憲兵が顔を覗かせる。赤毛の憲兵だ。

 その途端、背後の男が素っ頓狂な声を上げた。


「うわぁぁぁー!!」


 振り返れば、クライスは反対側の壁にへばりついて顔を引きつらせている。完璧な造形美は、それほど完璧ではなくなっていた。


「知り合い?」


 クライスの視線は自分ではなく窓の外にあることに気づいてそう尋ねる。クライスは何度も頷いてそれを肯定した。


「知り合いというか天敵というか……、ああ、すっかり忘れてた、あいつ、家の手伝いをしてない時は憲兵をしてるんだった……」

「天敵って、お前、なにか悪いことでもしたのか?」

「違います違います。その男はボクに懸想を抱いてて、女装をして襲ってくるんですよ!」

「今は制服だから平気だろ」

「きっとあの下はドレスを着てるんです。馬車を出た途端に変化するに違いない」


 そんなわけないだろうと呆れかえって、ユーリィはクライスをまじまじと眺めた。しかしその様子は、本気で怯えているようにしか見えない。そんなことは有り得ないと冷静に考えられないほど、彼は混乱しているらしい。


「ええと、お前は赤毛の想いに答えられないの?」

「答えられるわけありませんよ! 女装していたって男は男ですよ? 掻き分けなければならないほど女性にモテるボクが、なにを好き好んで男と……」

「あ、男には興味ないんだ」


 それを聞いて、ユーリィは強ばっていた体から力がスッと抜けていくのを感じた。

 過去に様々なことがありすぎて、少々警戒心が強くなりすぎていた。マヌハンヌス教の禁戒を破る奴がそこら中にいて堪るものか。じゃなかったら自分は天子だなんて持て囃されるはずがない。一応ここはマヌハンヌス教の国なんだ。


「皇帝陛下、どうかお願いします。ここから一切動きませんし喋りません。ですから本部へ着くまでここにいさせて下さい」


 同性に言い寄られた経験があるだけに、ユーリィはクライスに少し同情し、窓の外にいる体格の良い赤毛を見直してさらに同情を深めた。


「分かった、いいよ。その代わり約束は守れよ」


 切羽詰まったようにうんうんとうなずく様が、ユーリィは楽しかった。自分大好きなクライスを羨ましく思いつつも、どこかで苛ついていたのだろう。幼い頃にかけられた自己嫌悪の呪縛は、そう易々と解けないのだ。

 ユーリィが外にいる赤毛になんでもないと伝えた瞬間、クライスは急いで紐を引っ張る。御者は合図を受け取ったはずだが、しかしすぐには出発しなかった。


「おいっ! なんで動かない!」


 焦ったクライスがさらに紐を引っ張ろうとするのを、ユーリィはすぐさま止めた。


「お前の天敵が馬に戻るのを待ってるんだよ。それと喋らないんだろ?」


 手で口を塞ぎ、クライスは小刻みに首を縦に振った。

 馬車は何事もなかったかのように進んでいく。聞こえてくるのは規則正しい車輪の音だけ。荷馬車とすれ違うこともない。キルド本部があるここは商業地区だから、一台や二台すれ違ってもおかしくないだろうにと窓の外を眺めれば、道に脇に御者が乗ったままの荷馬車が幾台も止まっていた。


(憲兵が止めてるのか……)


 たとえ目立たない馬車を選んだとしても、結局は人々の暮らしを邪魔している。そんな気分が重くなる考えが浮かんでしまうから、ユーリィはなるべく窓の外を見ないようにした。


(そういえば、さっきの赤毛は結構背が高かったよなぁ。ヴォルフと同じぐらいか。肩幅も同じぐらいあったし、あれで女装となると……)


 女装するヴォルフの姿を想像し、心の中で“うわぁ”と呟いた。


(でも本人がそうしたいと言ったら、止めないけど……、うーん、やっぱ止めた方がいいか。少なくても初めて会った時に女装してたら、今一緒にいなかったかも。そうしたらヴォルフは色んな苦労をしなくても済んだのか。つまりヴォルフが女装していなかったのが悪い! という結論を本人に言ってみたら、どういう反応するかなぁ)


 想像してちょっとだけワクワクしたが、すぐに自分を取り戻す。


(そんなことを言ったら、ヴォルフの奴、また変なこと考えて、変なこと言ったりやったりしそうだ。あいつ、わりと冗談が通じないから)


 つまらない考えを停止して、ユーリィはクライスを横目でチラリと見た。自慢の顔は口を塞いだ手で隠したままだ。


(天敵のわりにあの赤毛のことよく知ってるみたいだった。実は友達だったりして)


 自分より背も高く体格のいい友達が、ある日突然女装をして迫ってきたら?

 そう考えたらクライスには同情する。それ以上にあの赤毛がどういうつもりなのか気になった。


(ホントにクライスが好きだからなのかなぁ。だけど女にモテモテらしいから、女装したところで効果がないと思うけど。もし僕みたいな容姿なら……う……)


 蘇る忌まわしき過去。

 それは女装した自分の姿にヴォルフがにやけ顔になった過去だ。不本意ながら確かに似合っていて、男らしくなりたいという願望が破壊された瞬間でもあった。

 それからエルナから借りたメイド服を着たこともあった。


(あの時にタナトスを狂わせてしまったのかも。って思い出すなよ、気が滅入るから……)


 今は自分のことではなく、クライスと赤毛のことだ。鼻持ちならない男がこういう表情になるのは面白い。少なくても自己嫌悪しかない自分にとっては楽しい姿だ。だからぜひとも赤毛の正体を掴んでやる。自己陶酔が激しいクライスの弱みを握るのは悪いことじゃない。もちろん興味本位ではあるけれど。

 そんな言い訳を心でしてから、ユーリィは赤毛の名前をクライスに尋ねた。

 だが彼は、口を塞いでいる手をもう一方で指さして、喋れないという身振りをした。


「名前を言うぐらいいいよ」


 それでもクライスは首を横に振って拒絶するから、ユーリィはやや顎を上げて、


「言わないと、また馬車を止めるぞ?」


 その脅しに屈した男は、ほんのわずかに手を離して呟いた。


「ドルテ・マルベールです、皇帝陛下」




 その後すぐにギルド本部に到着し、三階奥の小部屋に案内された。中は白馬車の代わりとでも言うように、煌びやかに装飾されている。宮殿から色々持ち込んだらしいことは一目で分かった。

 一緒にいるのは貴族院情報書記官、つまりエルネスタ・リマンスキー子爵令嬢だ。クライスと陸軍の男は、叙爵式の行われる大広間にいた。

 部屋に居る間、エルナはほとんど話しかけてはくれなかった。どの組織とも距離を置くという言葉に従ってくれているのか、それとも何度かやり合ったことを根に持たれているのか定かではない。

 彼女が着ているのは軍服のような濃紺色のスーツで、装飾品の類いはなく、髪も一つに束ねているだけ。男装と言ってもいいだろう。そんな姿でいようという覚悟して要職を務めているのなら、ただ感謝しかない。だからそれを言おうと思っていたが、今はそんな雰囲気ではなかった。

 扉の向こうからはわずかにジョルバンニの声が聞こえている。くぐもった声なので、なにを言っているのかほとんど分からなかった。

 そのうちに“皇帝”という言葉がなんとなく聞き取れた頃、扉が半分ほど開かれた。


 扉の向こうには百人ほどがいた。

 その人数の多さに、ユーリィは息を呑む。ユーリィが直接関わるのは二十人ほどだったので、今日もそれぐらいだろうと考えていた。しかしギルドは細部まで数えると三百以上はある組織だから、その代表となればそれぐらいいてもおかしくはないと思い直す。

 あとでジョルバンニから聞いた話によれば、さすがにあの人数が集まるとは彼も思ってはいなかったそうだ。


『魔物の化身という男が、珍しかったようですね』


 それを聞いてユーリィは少々腹を立てた。

 叙爵式ではなくて、見世物小屋じゃないか、と。

 それはともかく、式は滞りなく進行しているようだった。ひとしきり皇帝の姿を眺めた一同は、ふたたびジョルバンニの隣に立つ男へと視線を戻す。

 房飾りの肩章が付いた黒の正装に身を包んだその男は、幾百の視線に屈することなく雄々しく立っていた。


(ヴォルフもやる時はやるなぁ。格好いい)


 ついさっき女装姿を想像した男の堂々たる立ち姿をユーリィは惚れ惚れと眺めていた。


 ジョルバンニはマヌハンヌス法典とギルド法典をそれぞれの手で掲げ、叙爵の誓約をするようにヴォルフへと促した。それに従って彼は二つの法典に手を乗せて、マヌハンヌス神への忠誠とギルドへの忠誠と口にする。

 それが終わると、ジョルバンニが声高らかにこう言った。


「ソフィニアギルド議会および連盟がこの者へ、皇帝守護獣爵を叙したと宣言する!」


 その言葉を自分が言いたかったとユーリィはつくづく思った。

 今さらギルドへ忠誠を誓うなんて馬鹿馬鹿しいじゃないか。誓うべき相手は、帝国と皇帝だ。ジョルバンニの宣言などもう意味などないのだ。

 するとユーリィの心を読んだかのように、隣に立つエルナがそっと囁いた。


「今はご辛抱下さい、皇帝陛下。他の貴族と同じようにギルドから叙爵されたということが、彼にとって意味があることなのです。彼の身分を否定すれば、自分自身の爵位も否定することになるのですから。いずれ帝国法典が完成した暁には、彼を含めて貴族全員に、皇帝陛下が改めて叙爵をお願いします」


 見上げれば、エルナは以前と同じように優しい微笑みを浮かべていた。


 それからヴォルフには爵位の証として、正装時に胸に付ける章飾を渡され、叙爵式は終了した。

 帰りの馬車は陸軍情報書記官エトムントが同乗したが、あまりに畏まりすぎて喋らないどころか銅像のように固まっていた。時々思い出したかのように呼吸をするので、生きているのだけはユーリィも感じ取れた。




「――――――ってことがあったんだよ、面白いだろ?」


 その日の夜ベッドに潜り込んだのち、ユーリィはクライスと赤毛の話、エルナの言葉をヴォルフに聞かせていた。

 守護獣爵という爵位のお陰で、彼は皇帝の寝室まで同行することを正式に認められた。ただし朝までは許されず、ほんの一時だけ。それでも今までの立場を考えれば、嬉しい変革だった。

 ヴォルフは例の正装のままでベッドの端に腰を下ろしている。薄明かりの中で見る双眸は、やはり色違いだった。


「あ、それとガーゴイルも叙勲されたって言ったっけ? 準守護獣爵だってさ」

「あいつと同じく、俺も魔物扱いなんだろうな……」

「そう言うなって。それでさ、ジョルバンニとクライスを含めた数人で法典を持って、あいつのいる公園に行ったらしいんだけど、ヴォルフみたいに手を乗せないし、誓約を言うわけじゃないしで、結構大変だったみたいだよ」

「そりゃそうだ。むしろ誓わせようなんて、馬鹿なことを考えたもんだ」

「だよなぁ。結局ガーゴイルの足にクライスが法典を押しつけて、終了したんだって」


 その時あの男がどんな様子だったのか想像して、ユーリィはクスッと笑った。赤毛であれほど動揺したぐらいだから、ガーゴイル相手では半ベソになったに違いない。

 だが後日本人から聞いた話では、まるで動揺しなかったらしい。


『皇帝陛下のご寵愛を賜っている精獣ですゆえ、恐れを抱くはずもありません』


 嘘だろうと思ったが、エルナもエトムントもその通りだと認めて、さらに立派だったと褒めちぎるものだから、クライスの鼻がわずかに高くなった。


「今日のお前、スゴく格好良かった」


 彼をつくづく眺め、そう言ってしまってから、しまったと毛布で顔を半分隠した。

 案の定ヴォルフはにやけた顔になって、「惚れ直したか?」と尋ねてきた。


「じょ、女装じゃなくて良かったって思っただけだよ……」

「へぇ」

「あの赤毛、ドルテ・マルベールって言うんだって。どんな奴なんだろうね?」

「誤魔化したな」

「誤魔化してなんてない」

「なら、“格好良すぎて惚れ直した”って言ってみて」

「ヤダよ」


 プイと横を向き、絶対に言うものかとユーリィは口を固く結んだ。

 ちょっと褒めるとすぐ図に乗る。それに言ってしまえば、ヴォルフの自制心が消えてなくなって、叙爵した初日から掟破りをしてしまうかもしれない。

 彼のためにもそれは止めておこう。


「ま、一度聞けたからいいか。さて、そろそろ寝なさい」

「寝なさいじゃなくて寝て下さい、だろ」

「これは大変失礼いたしました。そろそろお休みになって下さい、皇帝陛下。自分はこれにて退室しますので、どうぞ良い夢を」

「あ、待って!」


 立ち上がるヴォルフを、ユーリィは慌てて引き留めた。

 少し言い過ぎたかもしれない。


「僕が寝るまで、ここに居ろ」

「我が儘な皇帝陛下、目を開いては眠れませんよ」


 それでも座り直したヴォルフに安堵して、言われたとおりに目を閉じた。

 こういう穏やかな夜は、いったい何日ぶりだろう?

 明日も今日と同じ夜が来てくれればいいと願いつつ。


「おやすみ、ユーリィ」


 額にキスを感じたのも束の間、疲労が呼び寄せた睡魔に襲われて、ユーリィは深い眠りへと堕ちていった。


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