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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第七章 夜露
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第165話 犬と元飼い主

「今のはどういうことだ?」


 ユーリィが出ていってすぐ、俺はジュゼに問いただした。しかし俺の不安などよそに、彼女はのんびりとした様子でテーブルの上にあったカップを二つ取り上げ、隅にある小さな樽の方へと移動した。中には水が入っている。その水でカップをざっくり濯ぎ、少し振って水を切ってから、丸太の壁に打ち付けてある太い釘に把手を引っかける。その間、彼女は一度も俺の方を見なかった。


「聞いてるのかよ?」

「聞いてるよ。どういうことって、どういう意味さ」


 そう言いつつ、ジュゼは手に付いている水を、黒と白の縦縞のワンピースでゴシゴシ拭いた。やることも言うことも、まったく雑な女だ。半ば飽きて、俺は彼女を見返した。


「ユーリィを一人で行かせたことだ。なんか企んでるのか?」

「企むもなにも、薬を取りに行かせただけ。それ以下でもそれ以上でもない」

「ホントかよ」


 本心を探るつもりで睨んだものの、白目のないエルフの瞳は内面を読み取るにはかなり困難だ。ただし口元に浮かんでいる笑みにはイラッとした。

 本当に行かせて良かったのかと後悔を感じて、扉の方を見る。


(今なら間に合うな……)


 そうは思ったが、追いついたところで“ふざけんな”の一言で撃退されてしまうことは目に見えていた。


「ほら、そんなとこに突っ立ってると邪魔」


 なにかで突かれて振り返ると、ジュゼが芋潰しの棒で俺の背中をグリグリ押していた。


「まだ戦うまで時間があるなら、それを向こうに持っていっておくれよ」


 指さされた出入口の横に、鍋が一つ置いてある。中には芋らしき赤い物が入っていた。


「森に自生している芋さ。リュット様にこれが食べられると教えてもらったんだ。茹でて潰して焼くと結構美味い。だからあの子が戻ってきたら、食べさせようと思って。どうせまた、ろくに食べてないんでしょ?」

「あ、ああ……」


 言われたとおり鍋を持ち、指示された場所へと持っていく。そこには地面を掘っただけの穴をかまど代わりに、煮たり焼いたりできるようになっていた。

 ハイヤーは座ったままうつらうつらし始めていた。


「ここ二日ばかり昼間は芋掘りに薪集めをずっとして、昨夜は婆さんの看病で寝てないから、許してやってね」


 俺の視線に気づいたのか、ジュゼは少々申し訳なさそうにそう言った。

 俺はただ頷いて、ハイヤーの大きな体にぶつからないよう注意して、穴の隣に置いてある切り株の上に鍋を置いた。


「で、なんであいつにあんなこと頼んだ? もしやリュットになにか聞いていたか?」

「別になにも。でも顔を見たらピンときたよ。こりゃ相当参ってるって」

「色々あって、ブルーも切れてる。もちろんあいつが悪いわけじゃないぞ」

「はいはい、あんたがあの子を守るのに必死なのは知ってるよ。でもさっきは途中で諦めたでしょ?」

「ローブを貸してる時に、あいつを虐めたいわけじゃないかもしれないと思ってね」

「アタシもずいぶん見くびられたもんだね。さて、芋を潰して」

「それも俺かよ!」


 渡された棒をしかたなく受け取り、鍋めがけて力いっぱい打ち下ろすと、すかさずジュゼに背中を小突かれた。


「鍋が壊れる!」

「人使いが荒いエルフだな」

「そりゃそうさ。だってフェンリルはアタシの元使い魔なんだから」

「それ、俺じゃねーだろ」


 未来からやって彼女の使い魔になったのは、確かに俺ではない。そして未来の俺がなにを思ってそうしたのか、考えると少し怖かった。

 もちろん時間に穴を開けて覗き見ることは可能だろう。しかしユーリィの未来を見たいとは思わない。

 俺は今を一緒に生きたいだけだ。


「ホントに大丈夫なんだろうな? もしあの連中に出くわしたら……」

「もうちょっとユーリィを信用しなさいな、バカ狼」

「バカ狼って、おまえ……」

「ユーリィは負けないさ、どんなことがあっても。ただ今は皇帝という立場を気負いすぎてる。でしょ? あの子の性格を考えれば想像はつくよ」

「まあ、確かに……」


 生真面目で純粋で、だけど器用なタイプではない。特に人間関係ではあまりにも不器用で、嘘や愛想という処世術をなかなか使いたがらなかった。

 あれだけ虐められたにも関わらず、彼は最後まで屈せず抵抗を続けた。そのことがエディク・イワノフという男を苛立たせた要因であり、最終的に力を貸した理由だとなんとなく俺も理解していた。

 しかし今回もすべて丸く収まるのか。

 考えてもあがいても、なんの役に立たないことを思い出して気が滅入る。こうやって連れ出して、気晴らしでもさせることぐらいしか、俺にはできないのだ。


「ほら、手が止まってるよ、バカ狼」

「バカバカ言うな」


 本人が一番気にしていることだ。

 とはもちろん言わなかったが……。

 ユーリィのそばにいると、あいつの頭の回転が早いだけに、余計自分のマヌケさに凹んでしまう。人並みという自負はあるけれど、人並み以上と自惚れするほどはバカでもなかった。


「芋を潰し終わったら、すぐに行くよ」

「行くってどこに……」

「さっき“カッコイイ俺を見せつける作戦”とか言ってたけど、ちゃんと考えてる?」

「う……」


 ちょっとは考えていた、当然。

 前回の戦闘を反省し、アーリングと戦ったユーリィを参考にして、早さと奇襲をする予定だ。ただ森の中ではそれは適わないだろうから上空で。それ以外は出たとこ勝負。


「ああ、やっぱりね。しかたがないからこのジュゼ様が手伝ってあげるよ」


 フフンと鼻を鳴らす黒髪のエルフは、姿形は小娘にしか見えず、未来の俺がこき使われていたということも同時に思い出し、自尊心が少なからず傷ついた。


「ほら早く。あんたがユーリィのために命賭けてるのは分かってるから大丈夫だよ」


 未来の俺が、このエルフに敵わなかった理由がなんとなく分かったような気がした。



☆☆☆


挿絵(By みてみん)

作者が想定していた半分以下の長さになってしまいました。

日頃のご愛顧に感謝して、今回もサービスイラスト添付

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