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黄金の天子 ~我が皇帝に捧ぐ七つの残光~  作者: イブスキー
第六章 炎天
153/208

第153話 水のない街

 執務室の外には木偶の坊のような衛兵が数人立っているだけで、珍しくコレットがいない。ユーリィに飲ませていた薬の件で、俺はあの女が許せてないから、会わないで清々した。

 皇帝の執務室に入ると、紛れ込んだネズミを眺めるような目つきでジョルバンニたちが俺を見る。山積みにされた書類の向こうでは、青い瞳が含みのある表情になっていた。

 なにか言いたいことがあるのだろう。俺も現状報告をしておきたい。

 しかしこの場では無理だと判断し、首を横に振り捜索状況を知らせ、そのまま黙って退室した。


 三日前にハーンを捜せと命令されて以来、眠ったかどうか定かではない日々が続いていた。使い魔としての役目を果たそうと、自分でもムキになっているのは分かる。そもそもユーリィが捜せと言ったのは、あの男とは無関係だと証明するためだ。それぐらい俺だって感づいていて、だからムキになる。他もなにか隠していることがありそうだ。

 そして俺にも隠しごとがある。

 ジェイドが消えた理由がはっきりしない。いったいあいつはどこに消えたのだろう。居候先の男の話では、水を買いに行ったまま戻ってこないとのこと。荷物も残っているらしい。

 

(まさかハーンにやられたか?)


 もちろんあの男の仲間になったなどと思ってやしない。

 それとも人間とはそれほど愚かなのだろか?


(俺が言えた義理でもないか。それにユーリィに恨みが残っていても、ジェイドはそこまでバカではないだろうさ)


 ジェイドになにかあったと知れば、ユーリィの心に傷が一つ増えてしまうだろう。友ではないと口では言っても、彼はそういう者だ。俺が恐れているのはそれだった。


(しかたがない、今日は西地区の方を当たってみるか)


 エルフの居住区とギルド施設が多い地区ではあるが、人間がいないわけではない。北地区はほとんど調べ尽くしている。手がかりがない以上、虱潰(しらみつぶ)しにしていくしかなかった。


 廊下にはまだコレットの姿はなかった。これは幸先がいい。もしかしたら今夜にもハーンかジェイドが見つかる予感がして、俺は本館中央にある階段を足取り軽く下り始めた。

 ところが二三段降りた辺りで、階段を上がってくるコレットを見てしまった。良い予感がたちまち消え、その苛立ちをぶつけるつもりでブルーのメイド服を睨みつける。しかし大抵の人間は顔を背ける俺の視線を、女は気にする様子もなく数段登ってきた。


「グラハンスさん、ちょっとよろしいでしょうか?」


 小声ではあるが怖がっている口調ではない。いつもはぼけっとした表情の貧相な女だか、さすが間者といったところか。女は鋭い視線で背後を気にしつつ、さらに二段ほど上がり、手の中にあったなにかを俺へと差し出した。


「――――?」

「ジョルバンニ議長から、貴方に渡すように言われました」

「あいつが?」


 少々ためらったのち、手を伸ばして受け取ったそれは、小さく折りたたんだ羊皮紙。恐る恐る中を開く。

 そこには、ミミズが這いずったような字で、“西・北・水売”と書かれていた。

 意味がわからず女を見下ろす。


「どういうことだ?」

「貴方がお探しの物が、そこにあるかもしれないとおっしゃっていました」

「俺が探している物だって?! どういう意味だ?」

「さあ、私には詳しいことは分かりません」


 もしやジョルバンニは俺がハーンを捜しているのを知っているのか?

 あの男なら大いにあり得る。コレット以外にも数人手下は抱えているだろうし、街を徘徊する俺のあとを付けさせていても不思議ではない。そういうところがジョルバンニの恐ろしい部分だ。

 本来ならユーリィに怪しげな薬を飲ませていたことが発覚した時点で、失脚してもおかしくはなかった。そうできなかったのは、ギルドにあの男以上に才気と野心がある者がいなかったせいだ。ユーリィだってジョルバンニを排除できるのなら、とうの昔にしていただろう。

 気になるのは渡された紙がハーンの居所を示すものだとして、なぜ俺に伝えたかということ。ハーンは確かジョルバンニの下についたはずだ。

 眼鏡男の腹を探るべく、俺の様子を窺うようにして立っているコレットをふたたび見下ろした。


「議長は他になにか言っていたか?」

「なにも。それを渡されたあとは直ぐにお部屋を出ましたから。ああでも、退室間際、“親戚に黒い鳩を飼い始めた者がいる”と呟いておいででしたわ」

「それを俺にどうにかしろと?」

「まさか。ただの独り言だと思います」


 コレットが分からないフリをしているのかどうかは別として、ジョルバンニが言いたいことはだいたい理解ができた。ただし水売だけがまだよく分からない。これは少し考える必要がありそうだと思いながら、俺はその場を立ち去ろうとした。

 ところが女の横を過ぎようとしたところで、女が冷たい声でこう囁いた。


「これから皇帝陛下はミューンビラー侯爵の生誕会にご出席なされるので、今宵は戻られてもお会いになれないと思いますわ」


 ひどい胸騒ぎを覚えつつ、俺は宮殿をあとにした。



 ソフィニアには南北通りと西北通りと呼ばれる二本の大通りがある。その名が示すとおり一本の両端は南北の門、もう一本は西東の門に繋がっていて、その二つが交わるはずの街の中央には小高い丘があった。なので、どちらの道も丘の手前で一度途切れ、反対側から伸びるという形だ。丘の周りにはぐるりと囲むように道があり、二本の大通りを結んでいる。つまり正確には丘道と北門、丘道と南門というように四本の大通りなのだが。

 大通りに区切られた街の南東は、ほとんど宮殿の敷地だ。敷地外も大聖堂や講堂などの大小様々な建物があるが市民は中に入れず、東地区に屋敷がある貴族が利用する場所となっている。

 南東通りを挟んで反対側の南西はギルド施設が建ち並び、北に行くにつれて徐々にエルフや商人らの住まいが増えてくる。

 そして紙に書かれた“西・北”というのは、地域のことだろうと俺は想像していた。

 西地区と北地区という意味にも受け止められるが、黒い鳩の話からきっと西地区北部という意味だと思っていた。


(あの眼鏡野郎は従兄弟に裏切られそうなのか。ざまぁみろだな)


 しかし俺を利用しようとしていることは気に入らない。もしかしたらどちらも抹殺しようと企んでいるのか。今まであの男がしてきたことを考えれば、さも有らんだ。


 西地区北部まで来ると、俺はジョルバンニが関係してそうな施設や建物を、片っ端から調べて回った。

 先ずは二つ。ジョルバンニ家御用達だという仕立屋と靴屋。どちらも雑多に品物を並べているような店で、金持ちが立ち寄りそうもない店構えだ。どうも怪しいと思いつつ靴屋の店主にさり気なく聞くと、先々代かその前かのジョルバンニ家の当主が、一度だけ買いに来たという話だった。仕立屋の方も似たようなことだろう。商売人の誇大広告は信用できないと肝に銘じて、俺はもっと可能性が高い場所を探ることにした。


 西地区北部にはギルドの第十二支部がある。ソフィニアのあちこちには四十二の支部があり、その中の一つだ。出入りしているのは主に商人と、ギルド配送部の連中、それからハンターの奴らも少々。ただしハンターギルドはほぼ機能していないので、用心棒や力仕事といった短期の仕事だろう。

 仕立屋や靴屋よりはまだジョルバンニに直結しているはずだ。俺はハンターのフリをして建物内を見て回り、なにかがないかと手がかりを探した。

 うまい具合にハンターだった頃の知り合いを一人見つけ、懐かしさもあって話しかけてみた。しかしハーンどころかジョルバンニのことすらのことすら知らなかった。。さらに相手は俺の立場を知っているらしく、『金の天子にハンターギルドを復活させてくれと頼んでくれ』と、逆に懇願されてしまった。


(きっとここじゃないな)


 支部を出て、次は別の通りにあるジョルバンニガラスの支店へ行ってみた。店内は狭く、中央のテーブルにはグラスやランプや手鏡がごちゃごちゃと置いてある。見本としてなのか、窓用のガラスが壁に幾つも貼り付けられていた。愛想の良い店主は酒用のグラスを勧めてきたが、それを無視し、ここは本当にジョルバンニガラスの支店なのかと尋ねた。

 ジョルバンニガラスと言えば、貴族御用達の高級店である。それなのにこの店はどこにでもある庶民相手の雑貨屋といった感じだった。


「正真正銘ジョルバンニガラスですよ。扱っているのは全てジョルバンニ製ですから」

「それにしては……」

「ガラスは貴族にも庶民にも必需品ですからねぇ。客層に合った店の造りを目指しているだけですよ」

「あんたはジョルバンニ家の者なのか?」

「まさか」


 上質とは言えない服を着た店主は、金持ちと間違われたのがよほど嬉しかったのか、ニヤニヤと笑って首を横に降った。


「私はただの雇われ店主。それにここは本家ではなく、分家の店でして」

「分家?」

「バルク家ですよ。で、旦那はなにか買われるんで?」


 数分後、小汚い布に包まれたグラスを持って俺は店を出た。


(どうも手詰まりだな)


 バルク家という言葉が気になってしばらくガラス屋を見張っていたが、入っていく客は年寄りばかり。つまり客層はそこかと新たな発見はあったが、だからなんだという話だ。

 あきらめて他を当たるかと思ったその時、俺の前を大きな革袋や鍋を持った者たちが通り過ぎていった。夕方近くなるとソフィニアではよく見られる光景だ。各家に井戸があるセシャールでは考えられないことだが、ソフィニア人は水売から水を買わなければならない。治水がこの街の一番の問題であり、ユーリィが眺めていた書類にも治水のことが書かれていたのを思い出した。いずれ彼がこの問題を解決すべく動くだろう。

 それはともかくとして、渡された紙にあった“水売”の文字は当然頭にあったので、なんとなしに彼らに付いていった。

 数ブロック行くと、周りを数十人が囲んでいる荷馬車が見えてきた。荷台には特注の大きな革袋が幾つも乗せられている。朝夕の二度、水売はああして水を売りに来た。

 囲んでる人々の中の一人に、俺は大いに注目していた。軍服は着てはいないが見間違えるはずもない。ハーンだ。


(そうか、水売か)


 どこに潜んでいようと、腐った水しか出てこない井戸水を飲みたくないのなら、水売から買うか、南地区にある公園でガーゴイルが吐き出す水を汲むしかない。ハーンならもちろん前者を選ぶだろう。

 気づかなかった俺もマヌケではあるが、ジョルバンニに示されて気づいたことはやはり腹立たしい。


(やっぱりあの男はいけ好かない)


 悔しさ紛れに文句を言いながら、ハーンの様子を窺っていた。

 小さな革袋を持ったヤツは、太った女を押し退けるようにして割り込み、順番など無視して水を買っていた。割り込まれた女は文句を言ったようだが、ハーンに睨まれて引き下がった。


(ヤツもいけ好かない野郎だ)


 やがて水でパンパンに膨れた革袋を持ち、ハーンは人垣から抜け出して、すぐ脇の路地へと入っていく。俺は慌ててその後を付けた。

 さすがに人目のある場所で騒ぎを起こすわけにはいかない。それにジェイドのことも気掛かりだった。果たして彼はハーンといるのだろうか?


 路地裏は夕刻の喧騒に満ちていた。あちこちに木箱が置かれているそこは、子供らが石蹴りをして遊んでいる。その横では女が数人、井戸端会議に勤しみ、上には建物と建物を繋げているロープを手繰って、洗濯物を取り込んでいる女がいた。

 どこからともなく美味そうな匂いが漂い、巡回を終えたらしい猫が中に入れてくれと、扉の前でニャーニャー鳴いている。そんな中を俺はハーンを追って慎重に歩いていった。

 ハーンは入り組んだ路地を何度か曲がり、正面の階段を降りていく。見失ってはまずいと俺はやや慌て気味にそのあとを追い、五段ほどの階段を降りたところで気がついた。道はそこで突き当たりになっていると。前には建物の半地下に繋がる扉。その建物が、先ほどまで訪れたガラス屋だと悟るまで数秒もかからなかった。


(なるほど、そういうことか……)


 入ろうか外で待とうか一瞬迷い、背後から聞こえてきた子供らの笑い声に促される形で、鉄製のノブに手をかけた。

 次の瞬間、扉が内側に開かれる。それに引っ張られて中に体が持っていかれ、体勢を整える前に、首筋に冷たいなにかが充てがわれた。


「こんな場所で変身はできないよな?」


 そう言ってニヤニヤと笑うハーンがすぐ横に立っていた。


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